ヒトノモノ その38 手段
三十八
赤いニットが強調していたのは胸だった。暖色系の色は膨張して見える。今日に限って、うなじが顔を出していた。僕はパーツごとに親しみを覚えた。そのうち、大きくなっていた。恋という心理がたんなる生物学的な反応にすり替わっていく。もっと、恋愛というものは高尚なものだと思っていた。
そばにいたいのも、抱きつきたくなるのも、キスをしたくなるのも、情欲が見せる幻想なのである。結局のところ、僕は発情しているだけだった。モノを愛でるフェティシズムに過ぎなかった。
「落ち着きがないよ」
「すみません」
僕は先生の隣で平静を保つことができなかった。何か一つでもきっかけがあれば、超えてはならない一線を超えてしまいそうだった。
もう先生に会うのはよした方がいいはずだ。僕はそういう結論にたどり着いた。なんとか、理由をつけて、家庭教師を別の人にするべきだと感じた。けれども、もっとそばにいたい気がした。僕の一週間から先生と会う時間を引くと、ただの孤独感しか残らなかった。小学校、中学校、高校と決まりきったことを繰り返してきただけだ。そんな日常に先生は華を添えてくれる存在だった。
けれども、僕は先生を一人の人間として好きになることができないのである。ただたんに自分を慰める道具としてしか先生に興味がない。思い返せば、先生がどんな人間なのか、全く興味が湧かない。僕は先生のフォルムにしか興味がなかった。このフォルムが胸を高ぶらせ、あらぬ妄想をかきたてるだけだった。
先生は僕の頭の中のことなど全く分かっていなかった。その証拠として、先生はいつものように業務を行っていた。
「カノジョとうまくいってるの?」
僕は以前にカノジョがいると噓をついた。バカにされるのが嫌だったから。
「いってますよ」
「いいな。最近になって、ケイタくんの良いところが少しだけ分かった気がする」
こんな風に褒めてくれるとは思わなかった。妄想ではなく、現実の出来事だった。
「本当ですか?」
声が大きくなってしまった。
「少しだけよ」
諫めるように先生は言った。
「少しでも嬉しいです」
「ケイタくんのカノジョさんが羨ましい」
その言葉をどう解釈するべきかが分からなかった。意味もなく適当に言っているのか、お世辞なのか、嫉妬なのか、からかっているのか。あらゆる解釈が頭に浮かんだ。
「今日の夜ごはんってあるの?」
「ないですよ」
あると噓をつきそうだった。
「じゃあ、どっか食べに行こう」
「いいですか」
「いいよ」
現実の出来事だった。




