ヒトノモノ その31 不信
三十一
「藤原さんは何かに悩み苦しんでいるんですよね?」
本田は率直に尋ねた。本田は藤原がつくる壁を越えてみたかった。
「そうだねえ。生きるということに悩んでいるんだ」
「どういうことです?そういう哲学的なことを言われても」
「生きているから、悩むんだ。当然のことだ」
「何かあるんですよね?」
「今日はグイグイくるねえ」
藤原は困った顔をしながら、笑った。
「いつもそうやって、けむに巻くようなことを言いますよね?」
「そんなつもりはないよ」
「だったら、教えてください」
「やけに真剣だねえ。オレは生きていること自体が悩みなんだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
話はどこまでいっても、平行線だった。
「じゃあ、藤原さん自身のことを教えてくれませんか?」
「どういうこと?」
「いつも藤原さんは本の話しかしないじゃないですか?」
「そうねえ。これといって、普通の人が言う世間話のネタになるような出来事がないからさあ、本の話をしているだけだよ」
「そんななんも出来事がないなんてことはないでしょ」
「あったとしても、話したくないから、話してないんだよ」
「それを教えてください」
「嫌なもんは嫌さ」
藤原ははっきりと拒絶の意を示した。本田は引き下がるしかなかった。
「すみません」
「こんなに自分に関心を持たれたことは初めてだ。君の言う通り、オレは悩んでいることがある。でもねえ、それは普通の人には言えないことなんだ。言うのが恥ずかしく、罪深いことなんだ。それを君に言って、軽蔑されたくない。君のような優しい人に自分のことなど知られたくない。君は優しい人だ。けれども、君はオレの話を聞いた後でも、同じように優しい人でいられるとは思えない」
藤原はテーブルの上で拳を握っていた。
「そんなに言いづらいことなんですか?」
「そうだ。だから、もうやめにしてくれないか。いつものように軽いジョークを言わせてくれ」
「本当にすみません」
「矛盾するようで悪いけどねえ、もし君がオレの本当の姿に気づいた後でも、優しくしてくれる保証があるなら、早くこのことを打ち明けて、オレはラクになりたいんだ。だがねえ、どこか信用に置けないんだ。ごめんな」
「すみません」
本田は謝るしかなかった。




