ヒトノモノ その23 父親
二十三
「わざわざ、来てくれてありがとう」
男は頭を下げながら、感謝の意を表した。
「あなたには感謝しているわ」
「感謝されるいわれはないよ。ただの罪滅ぼしだよ」
「そんな、罪滅ぼしだなんて」
「あのとき、ぼくは間違ったことをした」
「悪いのは私よ」
「ぼくが悪いんだ。君から逃げ出したぼくが悪いんだ」
「もうその話はよして」
女はきっぱりと言った。
カフェには、パソコン作業をするサラリーマン、試験勉強をする大学生にあふれていた。その中で、二人の話はひときわシリアスなものだった。
「今日はどうしたの?」
「特別な要件があるわけじゃない。ただ、君のことが心配になっただけ」
「大丈夫よ」
「本当かい?」
「本当」
「一人で子育ては大変じゃないのか」
「もう子育てなんていう年齢じゃないわ」
「それはそうだけど、お金のこととかさあ」
「今までも助けてもらったから、大丈夫よ。なんとか、乗り切れる」
「でも、あの子を大学に行かせるつもりなんだろ」
「それはそうよ」
「ぼくがなんとかする。なるだけ、奨学金がかからないようにした方がいいだろ」
「あなただって、自分の奨学金を返さなくてはいけないんでしょ」
「まあね。でも、あの子にそんな苦労をさせたくない」
「いいのよ。もう私たちのことは」
「そうはいかないよ」
「もう何年もあなたは私たちを支えてくれたじゃない」
「せめて、大学までは面倒をみたい。それがぼくなりのケジメだ」
女にとって、その優しさはありがたいものでもあり、恐ろしいものでもあった。優しさが大きければ大きいほど、恐ろしさが何倍にもなって降りかかってくるような気がした。けれども、女は男からの資金援助を欲していた。というのも、そのおかげで今の生活が成り立つからである。
「言うか迷ったんだけど」
男はその先の言葉を言うのをためらった。
「何?」
「そろそろ、あのことをあの子に言っても、いいんじゃないか」
男はあのことと言って、言葉を濁した。
「いまさらよ」
女はあのことの中身が分かっていた。
「ずっと、言わずにおくつもりなのかい?」
「ええ」
今度は女が言葉を濁した。
「そうか」
男は静かに腕を組んだ。
「もう父親は事故で死んだことになっているわ。それに、あの子は父親のことなんて、気にしてない。いきなり、あなたが父親だと名乗り出ても、どうしようもないわ」
女は語気を強めた。
「そうだけど」
「今まで通りでいいわ」
「分かった。ただ、大学までは援助するよ」
そう言って、二人はカフェを出た。




