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UNSUNG HERO  作者: 二宮シン
12/21

大脱走

日が昇った。俺たちは、宿屋や家々が並ぶ道の裏、路地裏から、東の空を見てそれを確認すると、一晩隠れながら考えた作戦を実行に移そうと、機を待っていた。

「いました。カイム様ともあまり体つきは変わりません」

 リンが見つけたのは、この国を巡回する騎士だった。今も、不届き者がいないか注意を巡らしている。

「さてと、あいつは神に真っ当な顔を向けられるか、それとも神に懺悔をするか……試してみようじゃない」

 クリマが物陰で一枚の金貨を取り出すと、路地裏から表通りに向けて投げた。

 案の定、騎士は突然舞い込んできた幸福に驚き、同時に笑顔を浮かべて、金貨を拾うために屈んだ。

 ネコババをするようなら、神に対して真っ当な顔は向けられないだろう。

「悪いな!」

 その一瞬の隙で飛び出し、騎士の首筋を殴ると、騎士は意識を失った。

「人通りが少なくて助かった……さて、こいつを運ぶか」

 足を引っ張り路地裏の最奥にまで連れて行くと、クリマはその場にいたホームレスたちに銀貨を渡して退いてもらい、騎士を引っぱたいて目を覚まさせた。

「ここは……っ! 貴様らよくも!」

 罠にはまったことを理解したのか、立ち上がって剣を抜こうとするが、騎士の足と腕には、リンが掛けた重力の魔術が施されており、動くこともできない。

「おい騎士様、いくつか単刀直入に質問するから、正直に答えろよ?」

「ふざけるな! お前達の事は知っているぞ! 昨晩騎士二十人近くを虐殺した大罪人としてな!」

「喧嘩を売ってきたのは向こうだ。自業自得ってやつだな。さて、そろそろ話してもらおうか」

 言うと、マグナムを額に突き付けて問いかけた。

「まず一つは、昨日連れて行かれたクラッド……いや、氷の魔術師はどこにいる」

 答えるつもりはない、と意地を崩さない騎士の額からマグナムを離すと、右足の太ももに一発撃ち込んだ。声にならない叫びと共に轟音が響くが、ここからでは誰にも聞こえない。

「リン、頼む」

 はい、と答えたリンは、光り輝く魔術で騎士の太ももの傷を治す。

「なんのつもりだ……?」

「決まっている、質問に答えないから拷問をするんだよ」

 もう一発、今度は左足の太ももに弾丸を撃ち込む。

 叫び声が上がり、それをリンが治療して、再びマグナムを構える。

「言っとくが、こいつの魔力は底なしだし、この武器も無限に近く撃ちつづけられる。それがどういう意味か分かるよな」

 何がこの後行われるのか察した騎士は、徐々に顔面蒼白になっていく。この激痛が何度も何度も己の身を苛むと気が付いたとき、騎士は震える声で質問に答えると言った。

「まず一つ目は、氷の魔術師はどこにいるかだ。あと、嘘を吹き込もうとしても無駄だぞ。氷の魔術師を助けるまで、お前にはここにいてもらうからな」

 さぁ、答えろ。そう言うと、騎士は怯えた声で答えを話す。

「あの銀髪の魔術師は、監獄に連れて行かれた……たしか、最下層の牢屋に入ったと聞いている」

 嘘を付けばどうなるか分かっているからか、言葉がスラスラと出てきた。

「第二の質問だ。お前たち騎士なら、監獄に自由に出入りできるか?」

「も、もちろんできる。罪人が暴れないように、牢獄に入れるまで、騎士は付きっきりで行く。……それが、どうしたというのだ?」

 質問に答えればそれでいい、と言うと、口を猿ぐつわで塞ぐ。そのままリンに魔術を弱めてもらい騎士を下着一枚にまで引っぺがすと、再び魔術で動けなくする。

 脱ぎたての騎士の甲冑を着込み、腰に剣を固定すると、どこからどう見ても、この国の騎士だった。

「さて、行くか」

 騎士の持っていた手錠を拝借し、リンとクリマにかける。そして、表通りに堂々と出て、監獄へ歩き出した。罪人を捕まえた騎士として。


 色鮮やかな王城とは違い、灰色か黒しか使われていない監獄に来ると、今まさに、一人の男が監獄に連れ込まれていた。

「きっとあの人も無罪なんでしょうね……何か特別な事をしたから、無理やり理由をこじつけて、罪人扱いしているのよ」

「そんな奴らが、この中に大勢いるのか」

 クリマは頷くと、口を閉じて罪人としての表情に戻る。しかし、例えるなら小学校か中学校くらいの大きさのある監獄だ。騎士から最下層にいると知らされていなければ、右往左往して、不審に思われただろう。

「先日の虐殺犯を捕えました。えーと、私が牢獄に連れて行きます」

 慣れない敬語で門番に告げると、かんぬきが外され、門が開いた。

 その後も、リンとクリマは罪人らしく振舞っていた。そうすれば、監獄に入っても怪しまれないからだ。

 門を通り抜け、内部に通じる扉を開くと、真っ先に下へと続く階段があった。他の騎士たちに見つかって、この二人を別の牢獄に入れるとなったらまずいので、そそくさと階段を下って行った。

 螺旋階段のようで、降りていく途中にいくつも牢獄が並ぶ部屋がある。謂れのない罪で捕まった人々も、ここにいるのだろうか。

 一歩、一歩と階段を下りていくと、螺旋階段の終着点にたどり着いた。そこには、蝋燭の灯がともり、十人以上の罪人が捕えられている。おそらくこいつらは、顔つきや体つきからして元々犯罪者だったのだろう。でなければ、わざわざ最下層に閉じ込める理由がない。

 見るからに極悪そうな顔が並ぶ中、一人だけ壁に背を預けて、俯いている人影が見えた。

「クラッド、おいクラッド! 助けに来たぞ!」

 俯いている顔がこちらを見据えた時、喜んだりしなかった。逆に、頭を抱えてうずくまってしまう。

「おいどうした! 奴らに何かされたのか?」

 数瞬の静寂の後、クラッドは口を開いた。

「記憶が、頭の中でグルグル回って、気持ち悪いんです」

 そう言うクラッドは、今も額に手を当てて痛みに耐えている。

「リン、こいつの頭痛を治してやれ」

 お望みのままに、と両手をクラッドに向けたリンの手のひらから、キラキラと光る天の川の様な光がクラッドを包んだ。

「どうだ、落ち着いたか?」 

 しかし、クラッドの表情は暗いままだった。

「この頭痛は、そういう類のものではありません」

 どういうことだ? と聞くと、クラッドは牢獄の中から途切れそうな声で話す。

「この頭痛は、僕の記憶が暴れているから痛むのだと思います。病気や衝撃によるものでない以上、治癒の魔術では治せません」

 そういう物なのか。とはいえ、こちらとしてはクラッドを連れ出せればそれでいい。

「南京錠で扉は絞められているか……リン、なんとかなるか?」

 言われ、南京錠と牢獄を確認すると、リンの魔術をもってしても時間がかかるという。おまけに、この牢獄自体にも魔術的結界が張られている為、南京錠を壊すしか方法はなかった。

 方法はあるにはある。マグナムだ。しかし、それを使ってしまえば、立ち所に騎士たちが駆けつけるだろう。

「ねぇ、カイム。あたしいいこと思いついたんだけど」

 最下層に来て手錠を外したクリマが、ここにも担いできた金貨袋から金貨を取り出してニヤリと笑う。

「ここに投獄されている罪人たちを買収するのよ。自由の身になっても犯罪を起こさないほどの金貨を渡せば、罪は起こさないだろうしね」

 なるほど、それならクラッドを連れて脱出できるかもしれない。問題は、最下層に投獄されている、見るからに悪人と言った連中が言うことを聞くかだ。

「おいお前ら、気づいているとも思うが、俺は騎士じゃねぇ。ここにいる仲間を助けに来ただけなんだが、ここからの脱獄を行うには、お前たちの力が必要だ」

 牢獄の中で燻っている罪人たちに問いかけると、自由の身になるというのなら、力を貸すという。ついでに、金貨の事も説明し、買収も済んだ。

「ですが、どうやって南京錠を開けるのですか?」

 リンが至極最もな意見を述べると、騎士に化けるために着ていた甲冑を取り外し、黒コートの中からマグナムを取り出す。

「答えはそう、お前を助けた時と同じだよ」

 なるほど、とリンが呟くと、耳をふさいだ。こんな閉所では、マグナムの轟音は集中力を欠いてしまうほどに響く。リンはこの後も魔術を使うために、耳をふさいだのだ。

 そして、クラッドを閉じ込める南京錠をマグナムで破壊すると、異音に気づいた騎士たちが螺旋階段を下りてくる気配が感じられる。

 その隙に、最下層に捉えられている罪人たち十人の南京錠を破壊した。

「さぁて、準備はいいか? 野郎ども」

 おう! と雄たけびを上げる罪人たちが降りてくる騎士たちを剛腕で叩きのめした。更に、中には魔術師もいたようで、炎や風で騎士を葬り、階層をあがっていく。

「クリマ! クラッドの面倒は任せた! 俺とリンは、このパーティーに参加させてもらう!」

 リンと共に、迫りくる騎士たちをなぎ倒していく。弾が切れればリンが守り、固い甲冑と盾はマグナムで風穴を開ける。この命を懸けた戦い、そして仲間を助けるための戦い……いいね、実にいい!

「一気に攻めたてるぞ!」

 声高に叫ぶと、呼応するように雄たけびが帰ってくる。しかし、流石は監獄といったところか、騎士たちは次々と現れ、快進撃に歯止めをかけてくる。

 こうなったら苦肉の策だ。階層ごとに閉じ込められている罪人たちを解放し、脱獄の為に力を発揮してもらう。しかし、最下層以外の罪人たちには、買収が済んでいない。地上に出たら、それこそ大混乱で、最悪この国が崩れてしまう。

 それでも、クラッドを助ける為、また、脱獄するため、五階層分の罪人、占めて五十人が地下の牢獄からあふれ出し、監獄の騎士たちと戦っている。

 しかし妙な事に、謂れのない罪で捕まった者たちが見当たらない。適当な騎士をひっ捕まえて問いただすと、そういった輩は地下ではなく、監獄の一階と二階に囚われているという。

 ここまで来たら、引き返せない。ならばせめて、無実の者たちを助けよう。

 監獄を囲む煉瓦の壁の中で激闘が繰り広げられている中、一人一人と解放していき、ようやく全員が自由の身になった頃には、監獄の騎士団は降伏していた。だが、監獄の二階から外を見ると、王城から新たな騎士団が送られてきていることを視認した。

 このままでは、大勢人が死ぬ。この国も秩序を失い、牢獄から自由の身になった罪人たちは、人々を蹂躙し、中には国の外で山賊や盗賊になる者もいるだろう。

 流石にこれだけの事態を、自分一人ではどうにもならない。共にいるリンでさえも、手はないだろう。

 万事休すか、と固唾をのみこんだ時、監獄の二階の通路の先から、ニオが現れた。その傍らには、クリマとクラッドがいる。

「こんな時に何の用だ。こっちは今忙しいんだよ」

 邪険に扱ってしまうほど、追い込まれていた。いっそのこと逃げてしまうか、などと考えがよぎった時、ニオはいつになく真剣な声音で言葉を発した。

「君と、それから君が出会ってくれた奇跡に対して、まずは感謝を述べるよ」

 君と君とは、俺とクラッドのことだった。

「そして、ボクはこの奇跡によって生じた外の暴動に対して、ボクなりの解決案がある」

言うと、ニオはクラッドを見据えて、口を開いた。

「ボクなら、君の記憶を取り戻してあげられる。以前に伝えた”真実”に関しての記憶の霧を払うことは出来ないけれど、アイルデン第一王子サスーリカとしての記憶なら、今すぐにでも思い出させてあげられる……きっとそれが、この馬鹿騒ぎを終わらせてくれるから」

 ニオの言葉に、クラッドは、いや、この場にいた全員が困惑していた。クラッドの正体に関してと、この暴動を鎮められるという言葉に対してだ。

「……なんとなくなんですが、僕の中にある記憶が、眼下に広がる暴動を鎮圧しろと叫んでいるように感じるんです。もしも僕にそれが出来るなら、僕は記憶と向き合います」

 いつも物事から一歩ひいていたクラッドが、己の意志でニオに頼んだ。

「じゃあ、早速……」

「ちょっと待ちなさい!」

 ニオの言葉を、クリマの大声が遮った。

「あんたが本当にサスーリカ王子で、記憶を取り戻しても、あたしとの復讐の旅には付き合ってもらうからね! そこのところハッキリしないんだったら、認めないわよ!」

 商人とはどこまでも損得勘定に生きるということを実感した。こんな状況だというのに、自らの思念を優先するクリマには、呆れを通り越して、尊敬の念すら抱く。

 しかしクラッドは微笑むと、クリマの手を握った。

「僕は、あなたに救われた身です。例え何が待ち構えていても、あなたと共に進みます」

 クラッドの真っ直ぐな言葉に面食らったクリマは、だったらさっさと済ませろと背中を押した。

「では、いくよ」

 再びニオの前に立ったクラッドは、片膝を付いて、目を閉じるように言われ、言われるがままに行動した。

 ニオの小さな手のひらが、クラッドの銀髪の髪を抑えるように掴むと、虹色の光が、クラッドの頭の中にしみ込んでいった。

 その刹那、クラッドは赤い瞳を見開いて立ち上がると、周囲の大気が凍てついた。

「――思い出しました。僕……いえ、私はサスーリカ・リ・アイルデン。アイルデンの第一王子にして、次期国王です」

 クラッド……いや、サスーリカを覆う雰囲気がガラリと変わった。

 雄々しく、凛とした佇まいで、眼下の暴動に目を向けている。

 微笑を浮かべたサスーリカは、窓の外に平面で厚い氷の板を作り出すと、それに乗り空中を移動し、暴動の真ん中の頭上に陣取った。

「まずは、話を聞いてもらいます」

 空にいるサスーリカなど眼中にない罪人や騎士たちに対して、サスーリカは両手を広げると、真冬に吹く様な風が辺りを包んだ。

 そして、その場にいた全員の膝から下が、厚い氷によって動けなくなっている。

「我が名はサスーリカ・リ・アイルデン! アイルデンの次期国王として命ずる! 罪人は牢に戻り、騎士はこの場に、国王トラント・ディカプリオを連れて来てください!」

 監獄が小学校や中学校ほどの大きさなら、外の煉瓦の壁に囲まれている暴動の起きている場所はグラウンドくらいの広さはある。その条件で、その場にいる全ての自由を奪った。

 リンは、氷の魔術に関してはサスーリカに勝てないと零した。それほどまでに、強力な魔術だったのだろう。

 どうにか氷を壊そうとしている罪人や、炎の魔術で溶かそうとしている罪人がいるが、サスーリカの氷にはヒビも入らなかった。やがて、騎士の一人が騎士団長を名乗り、国王をこの場に連れてくるとサスーリカに言うと、騎士団長だけ自由の身になり、馬に乗って、王城へ駆けて行った。


 国王が来るまで、しばらく時間があるだろう。この隙に、リンにニオの足の自由を奪ってもらい、何を隠しているのかを問いただした。

 ニオは、覚悟の決まったサスーリカを一瞥した後、こちらに金色の瞳を向けると、懐から一輪の白い花を取り出した。

「歪んだはずの運命で、サスーリカとカイムが出会った事は奇跡に等しい。だからボクも答えるよ……ここでは時間がなくて話せないけどね」

 そう言うと、ニオは白い花を手渡してきた。神秘的な真っ白の花は、薄く光り輝いていた。

「君がここに来た理由、そして、君に与えた記憶の正体……すべては、アインヘルムで話すよ」

 唐突にアインヘルムの名前が出たことでリンが動揺すると、ニオは数歩下がった。

「ここから北にまっすぐ行けばアイルデンにつく。でもその前に、アンバーという村で、その花……オオアマナを村長に見せてあげて。アインヘルムへ導いてくれるから」

 そう言い残すと、またしてもニオは風と共に消えた。

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