独裁者の国2
「中はこうなっていたのか」
三人に遅く続く形で教会に入ると、いくつもの椅子が設けられており、奥には色鮮やかなステンドグラスが広がってる。その手前には金色の祭壇があり、白い髭を蓄えた老人が青いローブに身を包み、手を合わせている。
結構な人だったので、リンたちがどこにいるのか分からなくなってしまった。仕方がないので適当な椅子に座ると、あの髭の爺さんは神父だと聞こえてきた。その神父が一人一人に祈りの言葉を告げている。まいったことに、神父の前では、皆が頭を下げている。そんなことは御免だと立ち去ろうとすると、自分の番がやってきた。
「罪を持って生まれし者よ、汝に天の祝福あれ」
「勝手に罪人呼ばわりはやめろ」
つい思った事が口から出てしまった。オロオロしている神父は、コホンと喉を整えると、手に抱えていた分厚い本を開いた。
「人間は、誰しも罪を持って生まれます。この聖典にも、”きっと”そう書かれているでしょう」
「きっと? なぜそこに書いてあるのに疑問形なんだ」
その質問をした時、周囲がざわついた。ああ、これはもしかすると、知っていて当然の疑問を投げかけてしまったのだろうか。
「すまない、後は適当に祝福でも何でもしていてくれ」
正直飽きてきたので、人ごみに紛れて教会の礼拝所を出て三人が戻ってくるのを待った。
「しかし、みんな熱心な事で」
教会を支える石柱に身を預けていると、視界の先から懐かしい声が聞こえた。
「やぁ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
茶色く短い髪に、金色の瞳。クリマよりは若干背の高いその姿は、ニオだった。出会った時こそ気が付かなかったが、バッグパックを背負って、腰には短剣をいくつかぶら下げている。よく見てきた旅人のそれだった。
「たしかお前は、アイルデンに用事があるんじゃないのか?」
聞くと、ニオは困ったような顔を浮かべた後、路銀が尽きたと口にした。
「ボクとしたことが情けないけど、お金がなければ生きていけないから、今はこの国で資金を集めているよ」
金ってのはどこまでも人を縛り付けるものだな、なんて思っていると、礼拝所の中から歌が聴こえて来る。見るだけで疲れる様な楽譜で作られた曲ではなく、シンプルに誰でも歌えるように調整された歌だった。
「カイムは行かないのかい?」
「神様ってやつがどうにも信用できなくてな。それに、頭を下げるのも嫌だ」
「初めて会った時からなんとなく感じていたけど、君って変わり者なんだね」
お互い様だ、と言い返してやると、ニオはバックパックから一冊の本を取り出した。
「ボクもある意味Kの信者なんだけれど、これがあるからいちいち祝福してもらわなくても構わないんだ。君も読んでみるかい?」
そう言って手渡された本は薄く、チラシの束の様だった。中身も教会のお偉方の名前が記されていたりで何の本だか分からなかったが、一ページだけ、見開きで挿絵と共に物語が描かれていた。
『世界を創った神は、やがて愚かな種族である人間を生み出した。そして、西の空で光り輝く星が夜を照らした時、神に変わる人間が生まれた。以来、世界を創った神と、人として神になった人間を崇める二つの信仰が生まれた』
ああ、これがKとUの信仰の事か。納得がいってニオに本を返すと、ニオは複雑な顔をしている。
「――まだ、思い出さないかい?」
思い出す? いったい何のことだ?
「君はもう”知っている”はずだよ。”この場所”に来た時、頭の中に記憶を植え付けたんだから」
ニオを疑いたくないが、記憶を植え付けたということは。
「まさか、お前……!?」
真っ先に、この世界に来た時のことを思い出した。誰かの記憶を追体験するような感覚は、忘れたくても忘れられるものではない。
そして、あれは自分の脳内で起こった出来事だ。もし、このことを知っている奴がいるとすれば、俺をこの世界に呼んだ奴だ。
「お前は、誰だ」
初めて会った時の威嚇ではなく、本気で狙いをつけてマグナムを構える。あの時は知らない素振りを見せていたが、目の前に佇むニオは、不敵な笑みを浮かべている。
「ボクはボクであってボクではない。ニオ・フィクナーという名の器さ」
「哲学を聞いたつもりはない。お前は最初から全て知っていたのか? あのロシアンルーレットの場から、ここに呼んだのもお前の仕業か?」
今、心にあるのは怒りでも憎しみでもなく、猜疑心だった。なぜ、俺なのか。どうやったのか。いや、そもそも理由はなんなのか。
「答えろ」
脅すような口調で問いただしても、ニオは一向に笑みを崩さなかった。
「やっぱり、人間は難しい存在だ。だからこそ面白いのだけれ……」
言葉の続きは、マグナムの轟音でかき消した。教会の周りにいた人々が唖然とする中、ニオの目じりから血が流れた。
「質問に答えろ、次は当てる」
構えなおすと、ニオは吹っ切れたように目を閉じて、一つだけ答えた。
「君じゃなければならないんだ。平等な世界を守るには」
平等な世界を、守る? また意味の分からない事を口走ったのかと思ったが、その言葉には重みがあった。
「いずれ、全てを話すよ。今はまだ、この先の運命がどう動くか分からないからね」
そう言うと、突風が駆け抜けた。思わず目を覆うと、次の瞬間には、ニオの姿が消えていた。
「カイム様!」
銃声を聞いてか、教会の中からリンが飛び出してくる。何があったのかと問いただされるが、正直意味か分からなくて説明のしようがなかった。
「とりあえず、どこかに引っ込もう。この国の暴君とやらにマグナムが見つかっても面倒だ」
リンの手を引いて大回りしながら宿に戻る。その中で何度もリンは銃声について聞いてきたが、答えられなかった。正直混乱していて、まともに言葉も出てこない。
教会の外から、何か大きな音がした。なんだなんだと教会を後にする人々を愚かだとは思わないが、神の御前で騒いでいるのには若干の憤慨を覚えた。きっと神は、信仰心の高い者に奇跡をくださるだろう。だからこうして、祭壇の前に跪き、両手を合わせて祈りを捧げている。
「ちょっと! 今の音って、カイムが使う鉄の魔術の音じゃない?」
騒がしい声だが、言われてみれば確かにそうも聞こえた。しかし、カイムが意味もなく魔術を使うとは考えられない。どういうわけか、心の底に、カイムを信頼する熱情があるのだ。
「あんな奴らでも仲間よ。さぁ、とっとと行く行く!」
命の恩人クリマはそう言い、腕を引っ張っていく。教会を出るギリギリのところまで祈りを捧げ、教会の外に出た。
「あいつら、どこ行ったのかしら」
クリマが周りをグルグルと探しているので、僕も目を凝らしていると、たった今出てきた教会の右端に広がる墓地に人だかりが出来ていた。
「あっちに行ってみませんか?」
墓地を指差すと、クリマも人だかりに気づいたようだ。
「まさか、もう殺されて棺の中ってわけじゃないでしょうね……」
あるいはその逆で、カイムが人を殺したか。確かめるためにも人ごみを押しのけてクリマでも見えるくらい近くに来ると、棺が置いてあり、その中には誰とも知れない男性の遺体が安置されていた。
「あの馬鹿の魔術で死んだわけじゃないようね」
笑えるような笑えないような苦笑いを浮かべていると、棺に寄り添っていた白髪のおばあさんが、誰か、誰かと、涙を流しながら口にしている。
「何があったんですか?」
この人ごみに紛れていた神父にこの状況を聞くと、悲しい目で答えた。
「この遺体を埋葬するのは明日なのです。しかし、遺体を安置するための氷の魔術師が、急病で魔術を使えなくなってしまったのです」
遺体の安置は、葬儀に欠かせないものだ。最後の別れの為の時間を作るために、それから遺体が腐らないようにするためにだ。
しかしなるほど、それなら簡単だ。僕の魔術なら、遺体が腐ることなく、明日を迎えられる。
「それでは、僕がっ! ムグゥ」
言葉の続きは、クリマの小さな手で遮られた。
「さて、皆さんここには、凄腕の氷の魔術師がいます! 遺体の安置が必要であれば、どうぞ財布の紐を緩めてください」
どんなに金を持っていても、商人は商人らしい。金の匂いを嗅ぎつければ、すぐに手に入れようとあれやこれやと手段を企てる。
「その、これしかないのですが、お願いできませんか?」
おそらく遺体の妻である女性は、銀貨を五十枚取り出した。
「中々太っ腹じゃない。それに、これだけあれば金貨を崩さなくても困らないわね」
いそいそと銀貨を締まったクリマは、僕の背中を押すと、棺桶の前に一人佇んだ。
記憶喪失だというのに、魔術に関しては忘れていない。それは長年魔術を習ってきたからか、それとも偶然か。とにかく、遺体に手をかざして、意識を集中する。凍りすぎても遺体を傷つけてしまい、中途半端では遺体は腐ってしまう。
慎重に、慎重にと足から胴体、腕先と顔に薄氷を張り終えると、歓声があがった。
「まるで王族の魔術だ!」
取り巻きの一人がそう言うと、頭の奥がズキンとした。銀貨を回収してきたクリマが、どうしたの? などと声をかけてくれたおかげか、痛みが引いていく。
「ん?」
そんな折、棺を教会の中へ運んでいく男たちの先から、誰かが見ていた。気になったので追いかけようとしたが、その男は馬に飛び乗ると、颯爽と走り去ってしまった。
「なに?」
「いや、別に……そうだ、日も上がったことですし、買い物でもしますか?」
「残念なことに、この国にそんな娯楽施設はないわよ」
そう言われてその場を後にするクリマ。僕も続いて行ったけれど、内心、なにかが起こると感じていた。
「人ごみの中であんな魔術使うなぁ!」
夜、宿でクリマ達と合流すると、第一声がそれだった。
「悪いが、こいつは魔術じゃねぇ、武器だ。ものすごく強い弓矢みたいなもんなんだよ」
「だったらなおさら使うんじゃないわよ! 変に目だったら、この国の暴君に捕まっちゃうんだから! 保釈金を出すのもあたしなのよ?」
ああ、捕まっても助けてくれるのか。意外だなと思いながら、ベッドに座る。昨日に続いてリンとクラッドがベッドを譲ってくれたので、今夜もよく眠れそうだ。
「さてと」
マグナムを取り出して、ニオに向けて撃った一発の薬莢をシリンダーから取り出すと、水にぬらした布きれで汚れを拭く。
「リン、いつもの奴を頼む」
はい、と答えたリンはマグナムを手に取ると、片手を各部位に重ねている。
「何してるの?」
「祝福を掛けてもらっている」
怒りが収まったのか、クリマが覗き込むと、リンの祝福の魔術は終了した。この魔術は、物体が壊れたり傷んだりしないようにする魔術らしく、定期的に使ってもらっている。
「へぇ、やっぱりエルフの魔術は何でもありね」
そう言ってクラッドに視線を向けると、困った様な苦笑いを浮かべている。
「僕たち、というか人間の魔術師は皆、一つの魔術しか使えません。僕で例えるなら氷の魔術しか使えないのです。しかし、エルフは知識さえあれば、いくつもの魔術を使いこなせます」
「まぁ、それがエルフにとって必ずしも良い事とは限らないんだけれどね」
どういうことだ? と聞くと、クリマの代わりにリンが説明した。
「私の様に、山に縛り付けられたり、奴隷となって慰み者になるエルフの他に、もう一つ、捕まったエルフが赴く場所があります」
リンがローブの裾をギュッと握って辛そうに話すので、クリマが続きを話した。
「洗脳して、調教して、KとUの領域に属さない地域に連れて行かれて、戦いを強制させられるの……例え死んでも埋葬されず、カラスに死肉を貪られて朽ちていく。その間にも、新しいエルフが戦場で戦う……ひどい話よね」
うまく言葉が出てこない。リンを慰める言葉ならいくらでもあるが、薄っぺらいものばかりだ。そんな事を察してくれたのか、リンが微笑を浮かべた。
「何も言わなくても、カイム様のお気持ちは分かります。ですから、笑っていてください」
笑顔なんて苦手だが、せめてもの気持ちとして、今は笑おう。
「あんた、作り笑いもできないの?」
どうやらクリマの見立てでは、笑顔になっていないらしい。リンも笑っているので、その頭をグシャグシャと撫でる。
「それで、この国からはいつ出るんだ?」
クリマに問いかけると、早々に立ち去りたいのか、明日には出るという。
「早くこんな国出て行きてぇなぁ」
陰湿で暗くて酒場もない国なんて退屈でしょうがない。ベッドに寝転がりながらそう言うと、何やら廊下が騒がしい。それと、窓の外にユラユラと人影がある。
なんだ? と声を出す暇もなく、廊下からドアが蹴破られ、甲冑を着込み剣と盾を構えた、恐らくこの国の兵士たちが三人押し入ってくる。
「トラント国王の命のもと、氷の魔術師を捕えに来た。無駄な抵抗はやめて、降伏しろ!」
突然の出来事にどうにか頭を冷静に回転させると、どういうわけか、クラッドが狙われているようだ。マグナムならあの甲冑にも風穴を開けられるが、それをすれば、俺達まで捕えに来るだろう。
「ずらかるわよ!」
まるで泥棒の様な台詞を吐いたクリマは、どこからか煙玉を取り出して、部屋を真っ白に染める。その間に、窓を壊して外に出た。しかし、宿の周りは甲冑を着込んだ騎士で埋め尽くされていた。
「なぜ、僕を狙うんですか!」
クラッドは大声を出すが、騎士は意にも介さずにじり寄ってくる。
「氷の魔術師を渡せば、他の奴らは見逃してやろう。万が一邪魔をするのなら、殺していいとの許可がおりている」
後方で一人、馬に乗った騎士が高らかに言うと、槍を掲げた。
「そっちがその気なら、俺たちにも考えがある」
マグナムを取り出そうとした時、クラッドが首を振って止めた。そして一歩前に出ると、頭を下げた。
「国王からの命ということは、独房に送られるわけではないのですね」
あの頼りないクラッドが柄にもなく凛々しく言葉を並べると、馬に乗った騎士は頷いた。
「すいません、みなさん。ちょっとだけ留守にします」
「ま、待ちなさいよ!」
騎士たちの方へ歩いていくクラッドに、クリマが叫ぶが、振り返らなかった。そのまま奥に用意してあった豪華絢爛な馬車に乗ると、クラッドは連れて行かれた。
「さて、任務は”半分”終わった」
ひとりの騎士がそう言うと、周囲を囲む騎士は、退くことなくこちらを見ている。なるほど、お約束ってやつらしい。
「なぁクリマ、こいつらどうにも、俺たちを逃がす気はないみたいだぞ」
「分かってるわよ、そんなこと。だから……」
「その静寂は、マグナムを使っていいってことだな?」
もうどうにでもなれ、とクリマが言うと、早速ベルトに挟んであるマグナムを取り出して、一人の騎士の胸に坑道を作ってやった。
それが合図と言わんばかりに、二十人はいるであろう騎士たちが飛びかかってくる。この轟音に驚かないということは、マグナムの事は知っているらしい。
「リン! クリマを守れ! 突破口は俺が作る!」
一発一発、向かってくる騎士たちに弾丸をお見舞いするが、二十人を相手取るのは、なかなか難しい物があった。それでも、撃たれて倒れた騎士の合間に、リンが作り出した光の壁が生まれ、道を作った。
「この光の中なら安全です! カイム様も早く!」
リンに急かされてマグナムを撃ちながら光の中へと一歩ずつ歩いていくが、倒れていた騎士の一人に足を掴まれ、転倒してしまうの。
顔面から倒れた瞬間、寝たままの姿勢で転がって振り返りマグナムを構えと、今まさに剣を振り下ろそうとする騎士がいた。
「鉄の魔術師カイム! 貴様を殺せば我が名も……」
「能書きがなげぇよ!」
やかましい口目掛けてぶち込んでやるが、その隙に周囲が囲まれてしまう。その上、残弾がない。騎士たちはもう撃てない事を悟ったのか、ニヤリと笑って、一斉に剣を構えた。
「カイム様!」
リンの絶叫とも取れる悲痛な叫びが木霊する。クリマの声も聞こえて来た。もはや逃げ道はない。今度こそ死ぬのかと苦慮すると、目を閉じた。
――あれ、また死んでいない? それともまた、別の世界に来たのか?
しかし、ゆっくりと目を開けてみると、ここは今いた世界に変わりはない。だが、目の前の光景は異質なものだった。剣を垂直に構えた五人の騎士が、震えながら冷や汗を流しているのだ。切っ先も揺れて、進もうとしない。
「あ、ああ……うわぁぁぁ!」
囲んでいる一人の騎士が発狂したかのように剣を放り投げ逃げていく。それを追うように、他の兵士も奇声を上げてこの場から去って行った。
何が起こった? 騎士たちは俺を殺そうとしていたというのに、逃げていく。まるで、世界の終りが来た時の様な声で叫びながら。
騎士たちが去った宿の前に、リンが走ってきて抱きしめられた。よかった、よかったと、リンは抱きしめながら涙を流していた。
「あんた、今のはなに?」
リンの後を警戒しながら歩いてきたクリマは、今起こった異様な光景について聞いてくるが、自分でもよくわからない。ただ、騎士たちは何かに怯えていた。それはあの様子から察することが出来る。そうすると、一つ思い出した。魔獣との戦いの事だ。あの時も殺される寸前で、魔獣は震えて、動きを止めた。しかし、原因は分からない。
「その顔だと、自分でも分かっていないわけ?」
その通りだと返すと、クリマも反応に困っている。
「とにかく、俺たちは生き残れた。なら、クラッドを助けなきゃな」
「雇ったからには仕方ないわね……その前に、鉄の魔術を聞いて人が集まってくる前に逃げましょう」
王から追われる身となってしまった俺たちは、夜の闇に消えた。どこか匿ってくれる場所を探して。
馬車に揺られて連れてこられたのは、カルチエの王城だった。見上げるほどではないにしろ大きな城ではある。
「こちらへどうぞ、国王様が待っております」
召使らしき背の低い老人が、馬車の外で待っていた。どういうわけか、妙に扱いがいい。そんなことを気にかけながら城内を進んでいると、時折頭痛がした。こんな光景を見たことがあるかのように。
階段を上り、最上階まで来ると、召使は大きなドアを開いた。
「この先は、あなた様だけでどうぞ」
背後に引っ込んだ召使を後にして、開けた部屋に入る。天井にはシャンデリアがあり、壁にはいくつもの絵が並んでいる。そんな部屋の奥に、国の中を見下ろすためのガラス張りの壁があり、今もそこに国王が国を見下ろしていた。
「よくぞ来てくれた。まずは礼を言わせてもらおう」
振り返った国王トラント・ディカプリオは、頭の毛を全て剃り、その頬に大きな傷跡が残っていた。
「僕に、何の様ですか?」
答えずにトラントは部屋の真ん中に設けられていた椅子に座ると、テーブルの上のグラスにワインを注いだ。
「墓地で君を偶然見かけてね、ここに招待することにした。まぁ君も座りたまえ、極上のワインを一人で呑むのはもったいない」
言われるがままに座ったが、ワインには手を出さなかった。
「もう一度聞きますが、僕に何の用ですか」
ワインを一口飲み、テーブルに置かれていたチーズを食べているトラントに問いかけると、その口をナプキンで拭った。
「この国カルチエは、Kの領域にある国だ。長年玉座に座った者たちが築いてきた信仰は、とても素晴らしいものだと思わないかね?」
「……たしかに、信仰心は大事なものです。しかし、それとこれとは話が違います」
「ああ、君を拉致したことは詫びるよ。しかし、君の様な人間があんなチンピラやエルフと一緒にいては、その名が廃ってしまう」
「そう思わないかね? サスーリカ王子」
まただ、カイムの時と同じく、またサスーリカだと言われた。
「実はね、今アイルデンは各国に対し、王殺しの大罪人サスーリカを捕えよ、と命令が下されているのだよ。どうやら川に身を投げたらしいが、第二王子のスティーリア王子は双子だから、まだサスーリカ王子は生きていると言うのだよ。それで、見つけて捕まえた国には、”新世界”への『搭乗券』が配られるという」
新世界? 搭乗券? 訳が分からないが、今は話を合わせておこう。
トラントはワインを一口飲むと、こちらにも飲むように仕向けてきた。
「すいません、僕はワインは苦手でして」
「なら、適当に酒を持ってこさせよう」
トラントが部屋の隅にある縄を引くと、階下に響いたようで、召使がやってきた。
「この城にある最高級の酒を何種類か持って来い」
頭を下げた召使は、そそくさとその場を後にすると、また二人きりになった。
「あなたはサスーリカ王子を探しているようですが、僕は記憶喪失で何も覚えていません」
その言葉にトラントはワインを揺らすと、自らの頬の傷を撫でた。
「これは、アイルデンの命令でUの領域に何度も赴いた時につけられた傷だよ。一緒に行った仲間は殺され、私も炎に包まれた。それがこの頭だ」
ワインを飲み干すと、トラントはワナワナと震えていた。
「私はKの信仰の為にこの身を捧げてきた! しかし、アイルデンの国王は私の顔を見て笑い、死んでいった仲間の遺体も、Uの領域にあるというだけで回収されず、朽ちていった」
この口ぶりからして、トラントはKの信仰を信じていないのか?
「ああ、君の考えていることは分かるよ。私がどちらの信仰に属しているか? だろう」
丁度召使が酒を持ってくると、トラントは再び頬の傷を撫でると、一杯飲むように促した。ここでの一挙一動がカイム達に影響があっては不味いので、蜂蜜酒を口にすると、次第に目の前がユラユラと揺れて、座っていられなくなる。
「毒でも盛らないと、サスーリカ王子の魔術には敵わないからね。そうさせてもらった」
ついに椅子から転がり落ちた時、トラントは傷を撫でながら口にした。
「信仰は、人を殺す。だからこそ、”新世界”を作る必要がある。当然、新世界に行くための働きは必要だけれどもね」
薄れていく意識の中で、トラントの言葉を必死に脳裏に焼き付けた。
「もう間もなく、Kの信仰もUの信仰もなくなる……世界が一つになる時が来たのだよ。君の体は、その乗船券との取引で使わせてもらう」
新世界、乗船券……いずれも、覚えておかなければならない。
ああ、意識が遠くなっていく……僕は……僕? 違う、僕じゃなくて、私……
そこで意識がプツンと切れた。




