墓地アンデッド討伐戦 その二
ふいに暗闇に光が灯り、次々と墓場のあちこちで連絡の笛が鳴らされる。
「始まったな。
こんなにアンデッドはいるのか」
自然に虎徹に手を置いて俺が呟く。
「人は生きている以上、いつかは死ぬものですから。
けど、多いですね」
ボルマナの声に少し戸惑いがみられる。
魔術師が墓地全体に結界を張って魔力をぶちこんで、覚醒中や覚醒途中のアンデッドを顕在化させる。
それを騎士と兵士達が討ち取る段取りなのだ。
「ご主人。気をつけて。
思った以上に多い」
「確かに。
想定以上の数が沸いています。
ご主人様ご注意を」
いつも沸くのは多くて十体。
笛の音と剣戟の位置音を人以上の聴力を持つ猫耳のベルや犬耳のリールは割り出し、顕在化したアンデッドは十数体と判断したらしい。
そして、俺たちの近辺から笛がけたたましく鳴り響く。
「向こうか!
俺達が救援に行くからあんたらはここを守ってくれ!」
俺が冒険者達に叫びながら笛の音の方向に駆け出す。
駆けつけた俺達が見たのは、そこにいた冒険者達の死体と、死体の上で佇む青白い男の幽霊だった。
「辰馬様下がって!
それはワイトです!」
ボルマナの叫びに俺はベルに引っ張られて後ろに下がり、リールがハンドアックスで斬りつける。
ワイトはそれをかわすと間合いをとって俺達と対峙し、ベルとリールが獲物を構える。
「やっかいなやつが出てきたわね。
アンデッドが多いのはこいつが原因?」
ベルの声にワイトが気づき、悪意を全面に出して笑う。
「嘘!
何で長が……ワイトに……」
ベルの叫び声に盗賊ギルドのギルドマスターだったワイトは餌を見るように笑い、ベルに向けて襲い掛かる。
先の討伐からギルドマスターの死体はまだ見つかっていないが、盗賊ギルドは彼に賞金をかけていた。
「ベル離れて!
触られるだけで精気を吸い取られて、仲間にされてしまいます!」
ボルマナの注意に襲われたベルが紙一重でワイトの腕から逃れる。
そこをボルマナの魔法がワイトに当たり、ワイトが姿をくらます。
「やったのか?」
「姿をくらましただけです。
まだ近くに居ます」
リールの警戒に俺は笛を吹く。
これで増援がこっちにも来てくれるだろう。
「何でわたしばかりっ!」
再度現れたワイトがベルに襲い掛かり、リールがワイトに攻撃をしかけてワイトにダメージを与え、ワイトがまた姿を隠す。
「ボルマナ。
あの死体は何時ごろ動き出す?」
「まだ死体が動くには一昼夜の猶予があります。
この戦いが終わるまでは放置しても大丈夫でしょう」
話しながらも警戒は解かない。
そして、近くのアンデッドを倒した冒険者達がこちらに駆け寄ってくる。
「気をつけて!
ワイトよ!」
ベルの叫びに冒険者達も身構える。
だが、ワイトはそれ以上の攻撃をしてこなかった。
「逃げた?」
「その可能性は高いですね。
あれは、冒険者の精気を吸っています。
しばらくは身を潜めるつもりなんでしょう」
まだ警戒していると、どうやらここが最後らしく、次々と冒険者や兵士達が駆けつけ、一人の騎士がやってくる。
「すまない。状況は……おや?」
来た騎士はキーツ氏で俺達の姿を見て声をかける。
「貴方でしたか。
ワイトを冒険者が撃退したと聞いて騎士団に勧誘したかったのですが」
軽口ながらも彼も警戒を解いていない。
「笑うカゴメ亭の主人の依頼です。
今回の指揮は貴方が?」
俺も警戒を続けながら社交辞令の域を崩さない返礼をする。
「ええ。
回復後にこれですから、人使いが荒い。
で、ワイトは?」
キーツ氏の質問にベルが口を挟む。
「盗賊ギルドのギルドマスターがワイトに成り果てていた。
で、姿をかくして今に至ると。
たぶん、下に居る」
「下?」
俺とキーツ氏が同時につぶやいて地面を見つめる。
それにベルは地面を靴でつついて続きを話す。
「この下に地下墓地があるのさ。
その地下墓地は、スラムの地下水道に繋がっているわ」
ベルの言葉に俺とキーツ氏か青くなる。
「地下墓地の地図を持って来い!
地下墓地の入り口を確保しろ!」
キーツ氏の声に兵士が駆けてゆく。
他の兵士は死んだ冒険者達に布をかけている。
「被害は?」
「冒険者五名死亡。七名負傷。
兵士は六名負傷。
ワイトを討伐するには十分です」
俺の質問にキーツ氏は笑みを作って答え、となりに居た従者に命令した。
「討伐隊を編成しろ。
墓地には警戒の兵を残す。
冒険者達にはここまでの報酬を払った上で、追加依頼という形で志願を募る」
従者が駆けていった後、キーツ氏は俺達に向けて尋ねる。
「という訳です。
私とすれば、あなた方にも参加してもらうと嬉しいのですが、いかがですか?」
それに俺は少し考えてから答えを口にした。
「好意と期待はありがたいのですが、やめておきましょう」
「ご主人。
なんで参加しなかったのさ?」
帰り道、報酬を受け取って、その金貨を手の中でもてあそびながらベルが俺に尋ねる。
「金に困っている訳じゃない。
それ以上に、なんか出来すぎているんだよ。あれ」
俺の懸念にベル以下が首をかしげる。
それを見て、俺は俺が感じた懸念を解説する事にした。
「盗賊ギルドのギルドマスターが殺されて、ワイトになっていた。
じゃあ、ギルドマスターを殺したのは誰だ?」
「!?」
マンティコア出現のどさくさにまぎれて、ギルドマスターの生死は不明になっており、現ギルドマスターのガースルは懸賞金をかけていた。
今回のワイトによってギルドマスターの死亡は確認できた訳だが、誰がギルドマスターを殺したのか名乗り出た者はいない。
「俺が気になったのはもう一つある。
マンティコアの騒ぎは、ギルドマスターが起こしていたと思っていた。
だが、マンティコアが出た時にギルドマスターが死んでいたとしたら、誰がマンティコアを出したと思う?」
三人とも深刻な顔をして黙り込む。
その疑問は下手するととんでもない深い闇に結びつきかねないからだ。
「そういえば、話してなかったな。
俺がここに来た理由は、向こうで知っちゃいけない秘密を知ってしまって、島流しにあったのさ。
帰ったら、殺されるか捕まえられかねん。
こっちでもそんな目にあいたくないという訳だ」
せいぜいした顔で俺は館に向けて歩き出す。
深刻な顔をした三人があわてて後をつけてくるのを確認しつつ、心の中に湧き上がる懸念を口にすることなく歩き続ける。
(たぶん、これですっきり終わる事は無いだろうな)
という懸念を。




