墓地アンデッド討伐戦 その三
俺の懸念どおり、ワイト捜索は難航する羽目になった。
あの後、地下墓地を探索した冒険者たちは死傷者を出しながらもついにワイトを討伐する事ができず、探索はそのまま続けられる羽目に。
盗賊ギルドもギルドマスターのワイト化を把握して、スラム地下水道から地下墓地を探索しているらしいが、こっちは情報が流れてきていない。
そんな訳で数日経っているのだが、このワイト騒動はもうしばらくかかるだろうと報告書を書く。
「ご主人。
船団がイッソスの港に入ってきたって」
第五次派遣船団入港で、こっちは奴隷市で買った黒長耳族や獣耳族をこの船に乗せる仕事が待っている。
今回は盗賊ギルドからも黒長耳族を買い取っているので、送り込む人間はいつもより多い。
とはいえ、やってきた護国丸に全員乗せられる数だったので問題はないのだが。
第五次派遣船団は清澄丸を中心に、第一一駆逐隊(吹雪・白雪・初雪)と軽巡洋艦由良の四隻が護衛についている。
その後ろに小型の船が二隻。
砲艦「伏見」と「墨田」で、この二隻は撫子三角州に駐留して、鏡の河を遡って獣耳族の保護に当たるそうだ。
武装が強化されているのは、前回のマンティコアの襲撃があったから神経をつかっているのだろう。きっと。
ベルからの報告に船団に向かうかと椅子から腰を浮かしたら、次に入ってきたリールからコンラッド氏とキーツ氏の来訪を告げられる。
おそらく、一緒に船団に行く事になるのだろうなぁ。
「この間のマンティコア討伐の一件、本当に感謝しております」
「いえいえ。
これからも貴国とは長い友誼を続けられたらとの思いからで」
清澄丸客室にてコンラッド氏と内海審議官の会談に副官格で立ち会っている自分というのが、どうも現実感がない。
俺の会談の参加はコンラッド氏が求めたものなのだから、これも極力関与を避けたい帝国と関与によって引きずり込みたいカッパドキア共和国の外交の一旦なのだろう。
「これは、ささやかですが、先の討伐に対するお礼です。
どうかお納めください」
「これは……どうもありがとうございます」
コンラッド氏が出してきたのは、今回購入した黒長耳族および獣耳族、俺が盗賊ギルドから買い叩いた黒長耳族の代金立替書類だった。
このあたりをイッソス太守家お抱えのダコン商会に任せていたからのお礼なのだろう。
内海審議官もお礼を言ってそのお礼を受け取る事にした。
「で、わざわざこの船までやってきた用件は、このお礼を渡す事ではありますまい?」
内海審議官の促しにコンラッド氏も苦笑して口を開く。
「はは。
お礼が言いたかったのは事実です。
ですが、貴国と神堂氏の協力を仰ぎたくてここにやってきた次第で」
そして、俺が深入りを避けたワイトの一件をコンラッド氏は口に出した。
コンラッド氏が口にしたワイトの一件は俺の想像以上の深刻さを物語っていた。
「既に十人が犠牲になり、負傷者もそれ以上の数が出ています。
スラムを中心に不安が広がっており、早急な解決を目指さないといけないのです。
そこで、貴国に所属している神堂氏の参加を要請したいのです」
いったん返事を保留してコンラッド氏とキーツ氏が帰った後、俺と内海審議官は同時にため息をついた。
深入りしたくないこちらの世界に深入りしかねない現状を認識していたからに他ならない。
内海審議官が俺に内緒ですがとやばい話を口にする。
「大陸情勢があまり芳しくありません。
華北はほぼ共産党が手中に収めるでしょう」
帝国の足抜けと共に、帝国占領地における主導権争いも国共内戦再発の原因の一つとなっていた。
そんな中で、黄河堤防を破壊して黄河を決壊させて大洪水を引き起こした国民党への怨嗟を、華北の民衆は忘れてはいなかった。
国共内戦再発における華北情勢は共産党優位のうちに進み、ついに北京無血開城という最悪の展開を向かえる事になる。
国民党は華北各地で敗退し、国民党を支援している欧米列強はこの状況に頭を抱えているという。
米国はフィリピンに駐留している部隊から抽出した軍事顧問団を送り、英国も対ソ支援ルートが大寒波で途絶しているので軍事物資の支援を拡大させているが共産党の勢いを止める事はできず、淮河周辺すら維持できるか怪しいという所まで追い詰められているという。
帝国を追い出したら共産党が広がっていたというこの状況に、帝国は思う所がない訳ではないが、現状では国力回復を優先して撤退時の兵器有償譲渡などでお茶を濁している状況だそうだ。
何しろ、共産党が占領した華北の北側にわが帝国が作った満州国が広がっているわけで、共産党の北進の可能性を考えて、陸軍は部隊を配備して警戒を続けているとか。
現在、満州には陸軍と満州国軍で百万の兵が駐屯しているが、対ソ戦を封じられて華北の動揺に不満がくすぶっている。
「まぁ、今の所我々にとっては『だからどうした』と言えるのでは?」
俺が茶化すと内海審議官も苦笑する。
「だったら良いんですけどね。
満州がこんな状況で不満がくすぶっていると、共産党相手に第二盧溝橋事件なんか発生しかねない。
やばそうな連中を全部こっちに流すという方向で三宅坂は考えているみたいですよ」
状況はそんな悪くなっているのかと俺は唖然とせざるを得ない。
そんな俺の顔を見て、内海審議官が説明を続ける。
「独ソ戦の進展が独逸優位に進んでいるんですよ。
このままだと、独逸がモスクワを落としかねない。
そうなる前にソ連を殴らないと取り分が少なくなると陸軍強硬派は恐れているみたいですよ」
事実、独ソ戦の戦況が独逸優位に進められている現状で、『何故同盟国を助けないのか?』という論調に国民は一定の理解を示していたのである。
英国仲介で米国と秘密交渉をしている現内閣は確実に追い詰められていた。
それが開戦につながらないのは、竜神様と竜神様によってもたらされた大陸での戦争終結という平和の果実を国民が久しぶりに口にしているからに他ならない。
内海審議官は机の上にタイムズを広げる。
そこには爆撃を受ける独逸艦艇の姿が鮮明に写っていた。
「こっちに来る前日に届けられたものですよ。
英本土から飛行機で最速で送り届けられた為か日付は四日前。
英空軍によるブレスト爆撃です」
北半球を史上空前の大寒波が覆ってしまった結果、北極海を中心に分厚い氷が北大西洋航路をうろつくようになり、英国の喉元を締め付け続けていた。
そこに止めを刺すべく独逸海軍はUボートだけでなく戦艦ティルピッツをはじめとした水上艦艇を全力出撃させて英国を封じ込めようとし、それはあと一歩で成功するかに見えた。
帝国の不戦と対米秘密交渉仲介を餌にインド洋の戦力を空にして地中海に回し、本土の戦力と地中海艦隊の増援を得た英国艦隊はついに独逸艦隊から英国を守りきり、力尽きた独逸艦隊はフランスのブレストに撤退した所を補足され、数百機数派の航空攻撃によって壊滅的打撃を受けることになったと記事には書かれていた。
英国記事だからどこまで信憑性があるかわからないが、この記事が本当だとしたら独逸はナポレオンと同じく、英国に渡る為の海軍を失った事になり、ソ連が打倒されても英国は戦えるという事を意味している。
「で、自分はどう動くべきでしょうか?」
俺の質問に内海審議官は淡々と答えた。
「これから先、この世界になれた人間はもっと多く必要になります。
喜ばしくない事ですが、将兵は補充がきくので遠慮なくなれた人間を増やしていってください」
マンティコア戦と同じく、部隊を率いての参加が決定した瞬間である。
「この船にはどれぐらい乗っていますか?」
俺の質問に内海審議官首を横に振る。
想定外の答えに俺が少し首をひねると、内海審議官その答えをあっさりと口にした。
「彼らは今回の任務では使えませんよ。
戦車乗りですからね」
内海審議官の言葉に俺は更に首をひねる。
たしか、大陸での戦争終結時、欧州の戦況を鑑みて戦車部隊をまとめる形で機甲軍を作り、その下に三個戦車師団を作るという話があったはず。
そんな状況で戦車乗りがこんな島流し地にやってくるなんてと考えた俺がある事に思い当たり、それに気づいた内海審議官が俺の予想通りの正解を口にした。
「そうです。
彼らはノモンハン帰りです。
先の歩兵第一連隊といい、帝国はこれからもこういう使い方をするという事ですよ」
説明会。
辺境なのに伝わる内閣の追い込まれっぷりがもう……




