アダナへの護衛任務 その四
遠見の鏡を使った交信で大森林地帯に駐屯している海軍陸戦隊に繋ぐと、まだ報国丸が停泊している事が分かった。
その為、向こうに頼んで内海審議官を呼び出し、一気に事情を説明する。
「そこまでして手に入れるものなのですか?」
説明した内海審議官の第一声は予想できていたので、俺は淀みなく説明を続ける。
「別荘やメイドはこの際どうでもいいのですが、『千夜一夜』ディアドラは絶対に入手しなければならないとのお言葉は覚えております。
今回の仕掛けは、その手掛かりになると私は思っております」
盗賊ギルドが持つディアドラをどうやって買うか?
ギルドと話をしたくない帝国にとって、その上位かつ正統組織であるイッソス太守家、もしくはカッパドキア共和国政府との交渉によって斡旋してもらうしかない。
「現地政府と接触して、こちらの世界の戦争に巻き込まれる可能性は?」
鏡向こうの内海審議官の淡々とした声に、俺は少し冗談めいた口調で返答してみせる。
「我々が竜神様を握っている以上、向こうからいやでも接触してくるでしょう。
遅いか早いかの違いでしかありません。
黒長耳族および獣耳族の定期購入を続ける以上、イッソスの港は我々にとって重要拠点であり続け、政治的苦境に立っているイッソス太守家に肩入れして恩を売れば、忘れるのに時間がかかるのではなかろうかと」
俺の説明に内海審議官はにやりと笑ってみせる。
どうやら、説明で合格点をもらえたらしい。
「いいでしょう。
資金については私の権限で処理できるので、好きにやってみてください。
もう片方については海軍陸戦隊の協力が必要になりますが、返答はいかに?」
内海審議官の顔が横を向いて、海軍陸戦隊の司令の声が鏡の向こうから聞こえる。
「こちらとしても実戦経験は必要なので願ったりです。
神堂大尉の要望の物を次の船便で送る事をお約束しましょう」
これで、イッソスに戻ってからのしかけについては、ほぼ用が済んだ。
後は、イッソスに戻るだけである。
で、次の日。
集合場所に行った俺たちの所に馬車が二台。
多分後ろの馬車が俺たちのものだろう。
「どうかな?
自分の馬車を持った感想は?」
馬車というのは、行商人にとって家であり、倉庫であり、店である。
つまり、人生をかける物だからこそ、馬車を持つ事が一人前とも言われる風潮があったりする。
「なんというか、感慨が沸きませんね。
一応自分の金で稼いだものなのですが、コネが大きすぎまして」
こういう台詞が出てくるから、周囲は俺の事をぼんぼん扱いするのだろう。
そんな俺達に数人の冒険者達が近づく。
「すいません。
護衛の依頼を受けたものです」
昨日、宿に戻る前に冒険者の店に行き、護衛の依頼を出しておいたのだった。
やってきたのは、前衛四人・後衛二人の六人組だった。
「じゃあ、前払いの銀貨五枚を渡しておこう。
俺たちはこっちの馬車に居るから、馬車の操作と護衛よろしくたのむ」
そう言って、雑貨商の馬車に戻って準備をすると雑貨商から小声がかかる。
「もしかして、私の依頼を元に依頼を出したかい?」
「はい。
参考にさせていただきましたが何か?」
やはりという顔をして雑貨商が苦笑する。
「あの依頼、往復での依頼じゃないか。
君たちの場合は片道だ」
「あ」
失敗したという顔をするが、正直高額に釣られていい冒険者があつまったと判断すればいいのでそれほど困りはしないが、雑貨商の顔を立ててここは失敗した顔を維持する事にした。
「やってしまいました……」
「授業料と思って割り切ることだね」
そんな話をしながら準備を進めていると、ガッチャガッチャと金属音がこっちに近づいてくる。
「神堂様はこちらにおいでですか?」
「こっちだ。
とりあえず、この護衛の間よろしく。
リール」
メイド服の上から金属製プレートメイルをがちゃがちゃ鳴らす犬耳メイド。
なお、彼女の獲物は全身を隠せる大型の金属盾らしく、その中にショートソードをしまっているらしい。
「驚いたな。本当に雇ったんだ」
「言ったのは貴方じゃないですか?」
「彼女を雇う金があるなら、私なら馬車をもう一台増やすよ。
しかし、ミスリル防具とは凄いな。
俺もこの商売してて始めてみたぞ」
「ミスリル?」
聞きなれない金属名に雑貨商も横目でメイドの防具を眺める。
「ああ。
魔法付与能力が高く、マナ汚染を押さえる性質を持つ金属だ。
細かく紋様みたいなのもが彫ってあるだろ。
あれ全部魔方陣で常時魔法がかかっているようなものさ」
なるほどと頷いた俺に雑貨商はそのまま続きを話す。
「世の中には更に上のオリハルコンなんてものがあるんだよなぁ。
勇者専用金属でその防具は竜の攻撃を弾き、その武器は竜の鱗を貫くと。
ちなみに、あのミスリル防具だけでもこのあたりで家が買えるぞ」
「なるほど。
金貨千枚というのはお手ごろ価格だったのかな?」
俺の呟きに、雑貨商の手が止まる。
「まさか、金貨千枚であれを買ったのかい?」
「さすがにそんな大金は無いですよ。
金貨十枚でつきあってもらう事にしました」
まさか、イッソス到着後に金貨五千枚払って彼女と別荘まで買うなんて分からないだろうなとは思ったが、余計な事をいうつもりもないので黙っておく事にした。
アダナを出発してしばらく。
予想通り山賊が現れた。
「ご主人。
丘の向こう側で待ち伏せしてる。
数は二十人」
先行偵察してくれたベルの報告にリールが立ち上がる。
「それではその山賊どもを潰してまいりますので少しお待ちを」
「待て。リール。
後ろの冒険者とも連携して」
「必要ありません。
行きます」
こちらの言うことを聞かずに恐ろしい速さで丘に突っ込んでゆくリール。
山賊たちの阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえたのはそのすぐ後だった。
「ベル。
いらないと思うが、フォロー頼む」
「はいはい。
ご主人。
わんこにはちゃんと首輪つけとかないと駄目だよ」
呆れた口調でベルが馬車から降りて丘へ駆けてゆく。
さて、どう叱るかと考えようとしたら、ボルマナからフォローの言葉が入る。
「こちらの世界では、一人前は『全ての事を一人でできる事』をさします。
あの方、自分がこれだけできるとアピールしたかったのでしょうね」
「馬鹿な。
一人で軍を相手にするようなものだぞ!」
語気を強めて否定した俺にボルマナは淡々と俺たちと世界が違う事を指摘してみせる。
「できますよ。
その最たるものが我らが主たる竜で、その竜を討つ勇者ともなれば、一人で一国を滅ぼせるという力を持ちます。
気づいています?
彼女、怒っていたんですよ?」
「はい?」
突拍子も無いボルマナの言葉に、俺だけでなく隣に居た雑貨商すら首をかしげた。
俺たちのどこにリールを怒らせる要素があったのかと二人して首を傾げていたら、ボルマナが見かねて解答を教えてくれた。
「『それだけの力を持つ勇者専用メイドを大金払って雇ったのに、他の雑魚冒険者と組ませるのは何事か!』と」
うん。
本当に世界が違うからなのだろうが、今日ほどそれを感じた事は無かった。
同時に、なんであの商家が傾いたのか簡単に分かってしまった。
リールがついている商隊は無事に着いたのだろう。
だが、リールが外れていた商隊が徹底的に襲われたに違いない。
あの規模の家ともなると、定期的に物を売り買いしないと、簡単に資金繰りが悪化するのだ。
「ご主人。
終わったよ。
わんこのおかげで全員死亡と。
死体から物剥ぐから向こうの冒険者にも声かけてくれない?」
結局、あの後山賊が二回、ゴブリンが一回襲ってきたが、誰一人生きて帰る事はなかった。
で、その死体生産の八割がリールで、対抗心を出したベルが残りを作り、
「俺たち、いらなかったんじゃないかな……」
という雇った冒険者達のつぶやきと共にイッソスに到着したのであった。
なお、イッソス到着までドヤ顔尻尾ふりふりで「ほめてほめてー」と全身アピールしているわんこメイドは、罰として褒めなかったので、盛大にしょぼくれていたという。




