アダナへの護衛任務 その三
アダナ滞在二日目。
俺の上におぶさっているベルとボルマナをのけて起き上がると、日が真ん中ぐらいに差し掛かっていた。
昨日は野営だったのでしなかったという事もあって、二人のおねだりがきつかったのだが、鈴の音がちりんと澄んだ音を立ててベルも起き上がる。
「おはよう。ご主人。
今日はどうする?」
おおよそのからくりが分かったので、帰りは身の安全こそが大事となってくる。
ならば、やる事は一つだ。
「護衛の為に冒険者を雇おう。
ここから先はイッソスに入らないと話にならない。
冒険者を雇って、護衛兼囮にする」
俺たちの会話にボルマナも気づいたらしいのでむくりと起き上がる。
寝起きでも即座に頭が切り替わるあたり、彼女もまた凄い。
「おはよう。ボルマナ。
頼みたい事がある」
「はい。
何でしょうか?」
俺は背嚢から遠見の鏡を取り出してボルマナに渡す。
まさか、こんなに早く役に立つとは思わなかった。
「今日の夜に交信がとれるようにしたい。
できるか?」
ボルマナは鏡を受け取ってにこりと微笑んだ。
「問題ありません。
準備に少し時間がかかりますが、よろしいですか?」
「大丈夫だ。
その間に、俺とベルで冒険者を雇ってくる」
「かしこまりました」
で、俺とベルの二人でまずは市場に向かう。
「ご主人。
冒険者を雇わないの?」
ベルの質問に、俺は市場を眺めながら答える。
「その為に、ちょっと、探し物を……いたいた」
俺が探していたのは雑貨商だった。
雑貨商の方も、俺に気づいて手を振って近づいてくる。
「どうした?」
「頼みたい事がありまして、俺も小麦を買おうかと」
その言葉に雑貨商がぴんと来た顔になる。
「そういえば、マスターが言っていたな。
あんた、いい所のぼんぼんだって?
じゃあ、元は商人の出か?」
当たらずとも遠からずという微妙な雑貨商の言葉に俺は苦笑する。
「そんな所ですね。
金儲けの手段があるのならば乗ってしまおうと」
そう言って、雑貨商の手に金貨十枚ほどを渡す。
まさか、いきなりこんな大金を渡されるとは雑貨商も思っていなかったらしく目が点になる。
「馬車を一台仕立ててその中に小麦を買えるだけ買い込みたい。
もちろん、護衛はこちらで用意します。
ちなみに、あまった分はそちらの取り分でかまいません」
しばらく、手の上の金貨を眺めていた雑貨商がおかしそうに笑い出す。
「わははははっ!
雇用者と依頼主が逆転したじゃないか!
あんた、何処の大店の出だ?」
笑いながらも金儲けの匂いに気づいたらしく、目が笑っていない。
俺は、あくまでぼんぼんを装いながら情報を誘導してゆく。
「それは言えないんですよ。
見聞を広めて来いと放り出されている間は勘当扱いなんで。
俺も、こんなに早く金儲けの種が転がっていると思わなかったですよ」
雑貨商は金貨を持った手を握って、金貨を懐に入れた。
「わかった。
出発は明日でいいな?
用意しておこう」
雑貨商の差し出した手を俺は握る。
契約成立である。
雑貨商は俺を手を握ったまま、楽しそうにそれを告げる。
「あと、これはサービスだ。
アダナの商家の一つが資金繰りに苦しんで色々出している。
買っておいて損はないぞ。
俺には手が出せないがな」
つまり、帰りの一件で使えるものという事なのだろう。
ありがたく、そのサービスを使う事にした。
「アダナ太守家からの紹介だそうで。
どうも、こんな場所に来ていただいて……」
「いえいえ。
こちらこそ突然押しかけて申し訳ございません。
そちらの窮乏を聞いて、何か手助けができたらと思い馳せ参じた次第で」
コネというのは伝言ゲームである。
先の会話に繋がるまでに、市場からアダナ太守の館に行き、
「コンラッド氏から十騎長の待遇を受けている神堂辰馬と申します。
突然の訪問で申し訳ありませんが、しかるべき方に取り次いでもらいたい」
と、門番を走らせる。
で、出てきた執事に、コンラッド氏と懇意にしている事を伝えた上で、商家への紹介を取り次いでもらう。
こちらが詐欺ではないのは、向こうが用意した魔法使いのテレパスで分かるので、アダナ太守家執事の名前で紹介状を書いてもらったという訳。
これで、ただの流れの冒険者からアダナ太守家紹介の商人見習いへの経歴詐称完了である。
「お恥ずかしい話ですが、連続してイッソスへ送った隊商が盗賊に襲われまして」
「太守家より聞き及んでおります。
私の方でも今度馬車を仕立てて小麦を運ぼうと考えていた所、こちらの家を紹介していただいた訳で」
穏やかな会話をしながら商談は既に始まっている。
先に商家の執事が切り出したあたり、本当に苦しいらしい。
「それで、当家に何を求めているのでしょうか?」
執事のストレートな物言いに顔を崩さずに、こちらの要求を伝えた。
「そちらの名前を貸して頂きたい。
流れの商人見習いが冒険者を雇っても舐められるだけです。
ですが、そちらの名前がついたならば、この町の冒険者も無碍にはしないだろうと」
「落ち目の家の名前をありがたがる冒険者もいないと思いますがね」
犬耳メイドがやってきて、俺の前のテーブルにお茶を入れたティーカップを置く。
後ろに控えていたベルが自然に俺につめて犬耳メイドが害をなさないかと警戒するのが見えた。
「お客様に、お茶を楽しんでもらうもてなしでございます。
毒など入れておりませぬ」
ベルの警戒を一部始終を感じていたのだろう。
犬耳メイドがベルを挑発し、ベルも背後に殺気を漂わせる。
「あら、ごめんなさい。
わんこメイドさん」
「これだから野良猫は……男の上にまたがる事しか知らないのかしら?」
「よさないか!リール!
客人の前だぞ!!」
執事の叱責に、リールが優雅に謝罪してみせる。
その仕草に悪びれた様子がまっくないのがある種清清しい。
「申し訳ございませんでした。お客様」
「失礼いたしました。
このリールは勇者専用メイドとして調教されておりまして、気位が高いのが売りであり玉に瑕でありまして……」
この商家は成り上がりの家らしく、それゆえに箔をつける為に彼女を購入したのだという。
対竜決戦兵器であり、対国家決戦兵器である勇者にどこまでもつき従い、生活・戦闘・艶事の全てを一流でしつけられた彼女達は、勇者ほどではないが育成に莫大な時間と手間がかかる為にステータスシンボルとして貴族層間で高値で取引されているらしい。
犬耳族特有の主人に対する忠誠の反動として、主人外の序列つけと対応の差別化は特色であり欠点にもなるが、主人の前ならば最後の盾として身を前に出す献身ぶりが評価されてこの勇者専用メイドになる犬耳族は多い。
多分、雑貨商が言っていたサービスとはこれの事らしい。
「うらやましい限りですな。
私も先ごろ山賊に襲われまして、優れた護衛はいくら居ても足りないぐらいで」
俺が話を振ると、執事が即座に感づく。
これは本気でやばいのか、犬耳メイドと相性が悪いのかのどちらかだろう。
「よろしければ、このリールを引き取りませんか?
当家では資金繰りが苦しく、リールの力を振るうような場所が無くなってしまいました。
お客様が巨大な鋼鉄の船よりやってきたのはこちらでも存じております。
リールはお客様の力にきっとなるでしょう」
さて、肝心の値段だ。
向こうは高く売りたいのだろうが、どれぐらいの価格になるのだろう?
「で、お値段の方は?」
「金貨千枚」
また高く出たものだ。
金貨千枚というと、イッソス内壁内で家が買える価格である。
獣耳族の保護も帝国の国策に入っているから、出せない金額ではない。
問題は手持が無い事だ。
そこで、俺はこういう提案を執事にしてみせる。
「実に興味深いご提案ですね。
ですが、今、私の手元にそれだけの金貨を持ってきていないのです。
で、イッソスまで彼女を金貨十枚でお借りしたいのですがいかがです?
実際に見て、使えると判断したらイッソスにて残りをお支払いしましょう」
執事の顔が微妙に曇る。
とはいえ、売れるならば金貨千枚なので悩んでいる所なのだろう。
この手の買い物は、単品を買うのはご法度。
複数をまとめて買う事で値引きができるようになる。
「ところで、そちらはイッソスに拠点などはありますかな?
よければそれも買い取りたい所でして」
昭和金融恐慌時に多くの資本家が破産したが、その不良債権処理は何よりも現金で買い叩く事から始まっている。
美術品から妾の別宅から別荘等。
成り上がりだからこそ、確実にそれを持っているはずだ。
「たしかに、別荘は持っていますが……」
話をうさんくさくさせる事で、相手の警戒心を出す。
それがかえって相手のふっかけを抑止できるのだ。
「では、こういう提案はいかがでしょうか?
これだけの取引にもなると現金でできるものではない。
苦しくなるぐらい、イッソス商人への支払いがかなりの数あるはずです。
別荘とリールの代金分、その支払いをこちらで行いましょう」
こちらの提案に明らかに動揺する執事。
現金が入ってくる以上に助かるのが、手持ちの借金の返済だ。
うさんくさい話は、警戒しつつも相手が欲しいと思わせる方向に広げることで、相手が手を出しやすくするのがこつである。
その上で、俺はテーブルの上に金貨十枚を置いてみせた。
「これは、リールをお借りする金額です。
今の話がほらでもこの金貨十枚は本物ですよ。
確かめてもらって構いません」
執事が金貨を手にとって確かめて本物と確認できた所で、俺は執事に話を持ってゆく。
「私たちが詐欺師でも、この金貨十枚はそちらの懐に入る。
私たちが本物ならば、この家の窮状は一気に改善できるはすです。
悪い取引ではないと思いますがいかがですか?」
結局、執事がこの話に乗ったのは、藁にもすがりたかったという事なのだろう。
なお、別荘分の金額を足すと、金貨五千枚にもなる。
「ご主人。ちょっといいかな?」
帰り道、ベルが口を開く。
にやりと笑うその姿は鼠を見つけた猫のごとし。
「さっきの家で見た支払い証文だけど、あの商会が借りていた店って高利回りで盗賊ギルドが裏に居るわよ。
あたしたちが取引に使っている店だもの」
高利回りの企業舎弟から金を借りていたという事は、本当に首が回らなかったのだろう。
そして、ここから情報が漏れているのならば、襲撃も容易に行える訳だ。
大きな謀略の黒い糸を掴んだ事で、俺も楽しそうに笑ってみせる。
「で、どうやってひっくり返すの?
ご主人」
「決まっているだろう?
金には金。
暴力には暴力さ」
ハーレムパーティーを作っているのに、やっている事はバブリーズ。




