アダナへの護衛任務 その二
アダナの市場でイッソスから持ってきた雑貨を卸した雑貨商に付き合って市場を歩く。
市場は賑わいがあるが、活気があるかというと微妙な所だ。
「今度買うのは小麦ですね?」
俺の質問に雑貨商が答える。
「ああ。
イッソスで食べられている小麦は、海を渡ったイシス王国の大河イシスで取れた小麦なんだ。
内地の開発がもっと進めば、安くて簡単に小麦が入手できるんだがね。
ここで買った小麦をそのままイッソスに持ってゆくだけでも、それなりの利益になる」
それがあまり進んでないのは、街道の安全が不安定という所なのだろう。
その日の夕方、宿に落ち着いた俺達がまずしたのが、情報収集だった。
「ご主人。
何か気になるところでもあったの?」
宿到着後のベルの一声。
ボルマナもじっとこっちを見ているが、それは俺が手入れをしている銃をじっと見ていたからだ。
どんな道具でもそうだか、手入れをしないと長持ちしない。
それに命を預けているのならばなおさらだろう。
「ちょっと、思う所があってな。
ベル。
商売をしているすぐ隣で、別の輩が似たような商売を始めたらどうする?」
「ご主人。
そりゃ、乗り込んで……なるほど。
見えてきた」
「山賊たちと盗賊ギルドの関係ですね」
ベルの言葉を捕らえてボルマナが結論を言う。
引っかかっていたのが、山賊退治の失敗という所だ。
大陸での経験だが、ほぼ間違いなく匪賊の裏に地元の有力者がついていた。
それと同じ状況がここでも起こっているのではと思った訳だ。
で、この世界には公的機関に黙認されている盗賊ギルドなんてやくざ組織まである。
ギルドと山賊の繋がりを考えないのはおかしい所だろう。
ここで更に問題が出る。
イッソス太守家の面子を潰して、なお活動ができるならば、国政レベルに大物が居るはすだ。
「ボルマナ。
殖民都市カッサンドラって何処にあるんだ?」
「イッソスの沖、カッサンドラ島にあります。
島全体が殖民都市で、イシスとの交易の中継点にあって発展したそうですよ」
俺は銃の手入れを終えて深く深くため息をついた。
国家要人の権力争いに繋がってしまったからだ。
イッソス家とカッサンドラ家の争い、内地開発と海洋交易の争い、そして間違いなくロムルス国家連合とカルタヘナ王国が絡んでくる。
「ボルマナ。
イシス王国はロムルスとカルタヘナどっちについている?」
「南大陸諸国は濃淡あれど基本カルタヘナ王国と友好関係を結んでいますよ。
現在、戦争はカルタヘナ優位に進んでいますからね」
カルタヘナは北大陸植民地よりロムルス本国に攻め込んでおり、ロムルスは防戦に追われているという。
「情報の裏取りをしよう。
ベルはアダナの盗賊ギルドに接触して、山賊が奪った物が無いか確認してくれ。
ボルマナは、俺と一緒に酒場で聞き込みだ。
冒険者に話を聞いて、山賊退治の依頼の詳しい話を聞くんだ」
「わかった。ご主人」
「わかりました」
という訳で、ボルマナを連れてアダナの冒険者の宿に来ているのだが、思った以上に人が多い。
俺とボルマナの顔を見て、宿の親父はひと睨みした後で声を出した。
「見ない顔だな。新入り」
「着たばかりの新参者さ。
挨拶代わりだ。
これで皆に酒を振舞ってやってくれ」
俺がカウンターに金貨一枚を置くと、酒場中から歓声があがる。
これで周りの連中で積極的に敵対する輩はいないくなった。
「景気がいいな。新入り。
こっちは、あまり景気が良くは無いが」
親父がジョッキにエールを注いで俺に差し出す。
俺はそれを一気の飲みして、さも一発当てたように振舞って見せた。
「何、イッソスから護衛の仕事を受けたんだが、途中で山賊に出くわしてな。
撃退した結果、そいつが結構溜め込んでいたという訳」
俺の成功譚に冒険者が食いつくがもちろん嘘で、この金貨は自前だ。
だが、金になる話だけに皆真剣に俺の方を見ている。
「あれを撃退したのか?
こっちは、あの山賊どもに手を焼いているんだ。
その手段を教えてくれるなら、その酒に食事をつけてただにしてやる」
親父も食いついたが、出した条件が以外に渋い。
半信半疑か、こっちを値切ろうとしているのか分からないが、撒き餌なので俺はそれに食いつきボルマナを指さした。
「簡単な話さ。
こいつの石人形で宿場をすっ飛ばし、追いかけてきた連中は疲労困憊。
倒すのは楽だったよ」
「その手があったか!」
俺の後ろから聞き耳を立てていた冒険者が感嘆の声をあげるが、気にせず俺は逆に親父に問いただす。
「むしろこっちが聞きたいのだが、何で山賊がこんなに長く暴れているんだ?
イッソスの方では、荷料の値上がりでこっちに商品を持ち込みたくない商人がいる始末だ」
俺の嘆きを親父がぶった切る。
「知らんな。
こいつらが無能なんだろう?」
「ちょっと待て!親父!
言って良い事と悪い事があるぞ!」
親父の暴言に冒険者が立ち上がって怒るが親父も負けじと不機嫌の極みで言い放つ。
「だったら、さっさと山賊を退治しやがれ!
俺もアダナの太守の家来から毎日いやみを言われているんだぞ!」
双方の信頼関係がなくなっている。
これは、かなりやばい状況になっているらしい。
「まぁ、ここは俺の顔に免じて機嫌をなおしてくれ。
正直、依頼は護衛だから、帰りもあってそれで話がきけたらと思ってきたのだから」
こういう時には、困った顔して正直に話した方がやりやすい。
さすがに、金貨を払って冒険者達に酒をおごった俺のとりなしを無視できなかったのか、双方とも矛をおろす。
「悪かった」
「すまなかった。
ちょっといらついていてな。
その分、料理は腕によりをかりよう」
場が収まった所で俺がそのまま話を切り出す。
「だが、分からないな。
すれ違いで荷馬車が通っているのを見たが、そんなに悪いのか?」
全ての荷馬車を襲っているわけではない。
それなのに、この状況がわからない俺の質問に親父がため息をつく。
「全部襲われていたら国も本腰を入れるさ。
全部襲われず、それであんたが言ったように商人が来るのを渋る程度の襲撃がある。
だから困ってるんだ」
親父の言葉に、冒険者達が乗っかる。
「まったくタイミングが分からないんだ。
連続して襲われる時があるかと思えば、まったく襲われない時がある。
こんな状況になってかれこれ三ヶ月だ」
「で、あんたみたいに山賊を討伐したが、またどこかで襲撃が発生しての繰り返しさ。
このあたりの冒険者はうんざりしているよ」
間違いない。
模倣を狙う小物は泳がせて、本隊は必要以上に動かさないが、確実に動かす時は成功させる手口だ。
この手の匪賊は大体大物で権力者とつるんでいると大陸では相場が決まっていた。
「襲われた馬車の特徴は?」
俺の質問に冒険者がおごられたジョッキを持って答える。
ほろ酔い気分で、語彙の強さが苛立ちを際立たせる。
「わからん。
行き、帰りどっちもやられているし、規模も大規模馬車集団から一台の荷馬車に至るまで様々だ」
「そいつらは小麦を買って帰るのか?」
かなり大樹規な仕掛けだろうと読んでいた俺が、確認の為に小麦のことを尋ねる。
だが、帰ってきた台詞は俺の予想から外れたものだった。
「ここだと、どの商人もみんな小麦を買って帰るさ。
アダナに来るというのは小麦を買うみたいなものだからな。
まあ、ほかにも野菜も買うみたいだが」
小麦狙いと踏んでいたが、全てを潰さない。
それだけの理由があるのだろう。
冒険者達への不信?
アダナへの商業の不活性化?
考える時にベルが入ってきて俺の隣に座る。
「おっちゃん。
あたしにも一杯」
「そこの旦那のおごりだ」
「また、ご主人無駄遣いして!」
ベルが馬鹿騒ぎを演出しながら俺の腿をつつく。
どうもここでするにはあまりよくない類の話らしい。
「明後日まで居るのでまた来ますよ」
「あたし、まだ飲んでなーい!」
俺が立ち上がり、ただをこねるふりをするベルをボルマナがなだめて連れ出すふりをして宿に戻る。
三人が入った後、ベルが壁に耳を当てて周囲の気配を探る。
手でベルが合図をするとボルマナが魔法をかけて部屋を結界で包む。
これでやばい話は外に漏れる事は無い。
「で、何を掴んだ?」
俺の質問にベルはため息をついた。
「残念ながら何も。
盗品売り場に死体から剥いだ物をもっていっても何の言葉もなし。
悔しいから、何か掴んだふりをしたって訳」
肩をすくめたベルに俺もつられて笑う。
「こっちも似たようなものだ。
やつらの動きが不規則すぎて読めない。
何かの法則があると思ったんだかな」
アダナの町の状況はあまり良くない。
それが継続しているという事は、それを継続させるだけの何かがあるはずなのだ。
俺は、それが小麦と思っていたのだが、ここに来る商人は小麦を皆買って帰っている。
「しかしご主人も奢るの好きだね。
そんなことだから、ここのギルドにもあたしが『ぼんぼんに買われた』って伝わっていたわよ。
あたしに相場の倍近く払った事といいもう少し自重して欲しい所ね」
「そんなにふっかけられていたの……まてよ……」
繋がった。
やつらの狙いは、イッソスの小麦価格の維持だ。
商品ではなく、イッソスの取り引き価格の維持が狙いならば、襲った時に小麦を燃やすなんて事もできるし、それが高騰材料にもなるだろう。
イシスからの小麦よりアダナの小麦が安く安定して供給されるのが困る訳で、アダナの小麦が少量ならばこっちで買い取ってしまえば価格は維持できる。
そして、イッソスは必然的にイシスの小麦を言い値で買い続けるしかない。
その価格でアダナの小麦もイシスの価格で処分できて利益まで出る。
俺の説明にベルとボルマナがついていけず呆然とする。
しばらくして、ベルの一言が俺に投げかけられた。
「なんつーか、ご主人の世界って凄いところだね」
その言葉に俺は苦笑するしかなかった。
何しろ帝国は、第一次大戦後から相場に翻弄され続けていたのだから。
『昭和金融恐慌史』はまじお勧め。
戦前からファンドが相場で遊んでいたとか目から鱗の一冊。




