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かみ・つき  作者: B-POP
8/28

活動? 開始

「つまり君も、願い事を叶えるために召喚に応じてあらわれた、と」

「ったりまえだろ。うちに言わせりゃ、呼び出しといて何言ってんだって感じだよ」

 どうやら、召喚業界(何だその業界?)では、呼び出す=願い事を叶える、ってのが常識らしい。この部にいると、とことん世界ってのがわからなくなるな。

「ということは、委員長君は魔王になったのかい?」

 その場にいた全員が一斉に吹水に注目する。あろうことか、当事者その一と目されるうさぎまでもが吹水に熱い視線を送っている。ただのうさぎにしか見えないが。

「なった、の?」

「実感はどうだね? 内から湧き上がる憎悪の念や、あふれ出る魔力を感じたりは?」

 美緒の質問に、日常的には聞かれない言葉が混じっているが、わかってしまうのはRPGのおかげだ。

「特に、そういうのは……」

「闇の住人のささやきや、亡者の呼ぶ声が聞こえるとかは?」

「ちょっと耳鳴りがする、かな?」

「頭の中に闇の魔法の呪文が浮かぶとか、属性が闇になったとかこの世ならざるかくりよの住人が見えるようになったとか」

「あ」

「どうした!」

 思わず駆け寄る俺だったが、美緒とナイアガラは喜々とした視線を送っていやがる。こいつら、完璧に楽しんでやがるな。

「乱視、治った。眼鏡をしてると、気持ち悪い。でも近眼はそのまま」

 眼鏡をはずして目を細めてこちらを見ている。睨んでいるようにしか見えないが、本人に全くそのつもりはないらしい。ってか、眼鏡ないと別人だな。

「つまり?」

 総括を求める美緒だが、その後に続く言葉は簡単に想像できたし、予想通りの言葉が吹水の口からこぼれたのは言うまでもない。

「あんまり、変わってない」

「どういうことだね、ウサギ君」

 命の危機を感じたのだろう。逃げ出そうとしたところをいとも簡単につまみ上げると、全員が注目するど真ん中にウサギを突き出した。

「うちに聞くなよな。願いが受理されたってことは、もうそうなってるはずだよ。あとは本人の問題だろ」

 なんだその無責任は? まるで勇者を任命した王様の発言じゃないか。ヒノキの棒とはした金を渡して「お前は勇者だ魔王倒して来い」って。でもそう考えると納得できてしまうな。

「たしかに、願いを叶えた後どのようになるか、どうなさるかはご本人次第でございますからね。この場合、委員長様がどのようなものを想定なさって「魔王」とおっしゃったかにもよりますね」

「ということはつまり、魔界の権力者としての魔王を想定したのか、悪意の塊としての魔王なのかで今の彼女がどうなっているのかがわかるわけだね」

「ご明察でございます」

 少なくとも吹水が想定したのは今しがた美緒が言ったようなものじゃない、ってことか。どう見ても悪意なんかかけらも持ってなさそうだし、魔界の権力を握ったにしてはおどおどしすぎだろ。

「もちろんそれは、あのうさぎ君が本当に委員長君の願いをかなえたなら、という仮定なしには成り立たないがね」

 つるしあげたままのうさぎに挑発的な笑みを向ける美緒。そして、まんまとそれに乗ってバタバタと暴れ出すうさぎ。どっちが悪魔だかわかったもんじゃないな。

「叶えたにきまってんだろ? うちを誰だと思ってんだ。魔神だぞ魔神! どんな願いも思いのままの、ビッグな存在なんだからな! 魔界のエースをなめんなよ」

「じゃぁ君は、今から、僕のパートナー、なの?」

 ひょいとうさぎをつまみあげ、吹水が合わない乱視用の眼鏡越しに見つめる。

 意外なほどの行動力に、ちょっとびっくりだ。

「いや、まぁそういうことにはなる……のか? わかんねぇけど」

「な、名前、は?」

「……もも」

「ミヒャエル・エンデの作品のようだね。モモか、なかなかキュートではないか」

 そういや、そんなのもあったな。小学校の国語で教科書に載ってたな。しかし「キュート」とは、美緒に似合わないことはなはだしい。

「違う。食いもんの方だ」

「桃?」

 アクセントを逆にした発音に、うさぎがこっくりとうなずく。

「昔、とーげんきょーとかいうとこにしばらく住んでたら、なんか、そこの喰いもんに似てるとかって名前付けられて。くそ、あんなまん丸くないっつーのに」

 しぶしぶといった様子で語っているが、うさぎの表情の変化なんて読めるわけもないので、聞き流すしかない。まぁ、色々あるんだろう、ってことにするしかない。

「それにしても、魔界のエースで桃源郷にも顔が利くとは、凄いものを呼び出したようだね、我々は」

 そりゃそうだろう。なんせクラスメイトを魔王にしちまうんだからな。経歴のでたらめ具合なんかも含めて、色々と胡散臭いが。

「でもそうなると、今度は気になるのは委員長の方だよな。どんな魔王なんだろうな。何か実感ないのか?」

 当の本人はひたすら眼鏡をかけたり外したりしているだけだ。気になるのそこかい。

「うん。ない、かな?」

 うわ、めっちゃしょんぼりしてる。これで魔王とか、もっと魔王らしいのがすぐ隣にいるだけに、信じられん。

「ではこう質問を変えよう。うさぎ君、彼女が魔王であることを証明したまえ」

「それは良い案でございますね。(カチャ)ぜひナイアガラも見とうございます、と物見遊山ながら申してみます」

 ナイス方向転換だ、美緒。俺は心の中で称賛を贈りつつも、証明されたら何かヤダという二律背反に微妙な表情を浮かべるだけだ。完璧に傍観者として楽しみ始めたナイアガラが憎い。そのティーセットはどこから持ってきたんだこら。

「んだと! ほんっと疑り深いなお前ら。いいか、よっく見てろよ!」

 強気の口調のわりには、視線や首の動きが明らかに挙動不審だ。見ているだけで気の毒になるノープランっぷりだが、残念なことに俺以外の二人は見逃してくれないぞ。

 ん? ふたり? そう思ってカナメを探してみると、道理で入ってこないはずだ。教室の隅っこに横たえられてすやすやと眠っている。実に愛嬌のある寝顔だが、備品と思しき段ボール箱(『天岩戸』の張り紙あり)の中に寝かせるなよな。

 そうこうしているうちにも、うさぎがとうとう強硬手段に出る覚悟を決めたらしい。

「見ってろぉ! あの眼鏡は魔王なんだから、うちぐらいの魔力で体当たりしてもびくともしないはずだ、びくともするなよ、しないよな? しないで!」

 最後がお願いになった悲しい叫びとともに、うさぎは全力ジャンプ。

「おぉ!」

 弾丸のように、とまではいかないまでもなかなかの勢いで飛び出したうさぎの体が、淡い光に包まれ、赤い尾を引いて一直線に吹水に向かっている。悪魔云々を抜きにしても、当たったら痛そうなエフェクトだ。

「赤い彗星でございますね」

「ということは、通常のうさぎの三倍だね」

 緊張感のかけらもない会話は却下して、俺はうさぎの軌跡を目で追う。

「きゃっ」パシィーン「ぎゅぅ」

 までもなかった。

 赤い光が吹水に触れる瞬間、電極がショートしたような光が一瞬はじけたかと思うと、うさぎが全身の毛を逆立てながら墜落した。なんか、でかい埃みたいになったうさぎが不憫だが、その役割は十分に果たしたぞ。

「これ……なに?」

「うむ。これなら確かに魔王を名乗ってもよさそうだが……色が、な」

 吹水が混乱するのも無理はない。なにせ、自分の体を薄い光の膜がすっぽりと覆ってしまっているのだ。しかも、体を動かせば陽炎のように揺らぐ光が、時折はじけて空気を震わせている。アニメやゲームなんかでよく見る、魔力のエフェクトそのままだ。

 ただし、

「えらくかわいい魔王様でいらっしゃいますね」

「だな」

 これには俺も同意せざるを得ない。

 ピンクとか、さすがに、な。

 かくして、ここに魔王が誕生した。ということらしいんだが、この魔王の誕生が、まさか超科学部とその関係者各位を巻き込んでの壮絶なまでにアホな日常の火ぶたを切って落としたなんて、さすがの美緒ですら想像だにしなかったはずだ。

 しなかった、よな?


「にしても、何で魔王なんかなったんだ?」

 どうやら魔王様になってしまったらしい吹水に、それとなく聞いてみる。委員長なんてあだ名の吹水が、魔王になりたいなんて言ったんだから、気にならないわけがない。美緒だったら問答無用で納得なんだけどな。

「どういう意味だね? 魔王の何が悪いというのだ?」

「悪いってわけじゃねぇけど。いや、悪いのか? どっちにせよ、魔王になりたいなんてあんまし考えないだろ」

「そうかね? 私など幼少のみぎりにはなりたいものの筆頭だったがね」

「お前はそうだろうな。あと自分にみぎりって使うな」

「よく気づいたね。さすがはシュータロー」

 どうやら所々で俺は試されているらしい。なんだこの常在戦場見たいな訓練。

「えと、その、僕はすごく気が弱くて……でもせっかく高校生になったから、強くなりたいって、思って」

 そう言われると、クラス委員を決めるときにもなし崩しで押し付けたような感が無きにしもあらずだったな。ノーと言えないタイプなのは間違いない。

「それで、願い事を叶えるって聞こえて、とっさに、強いもの強いものって考えて」

「で、出てきたのが魔王、か」

「変、だよね?」

 まあ、変か変じゃないかと聞かれれば変だと思う。普通、女子高生になりたいものを聞いたときに『魔王』は出てこないだろう。とはいえ、弱い自分を変えたいという思いの強さの表れだと思えば、さほどおかしな話というわけでもないだろう。ただ一点、実際に魔王になれてしまったことを除いては、だけどな。

「変だな」

「おめーは黙ってろ」

「何を言う。魔王がこんなに弱気でどうするのだね。魔王だというのならもっと強気の姿勢で常に自信に満ち溢れているものだと思うがね」

 たとえばお前みたいにな。

「そ、そうだよね。うん。僕も、そうだと、思うん、だけど……まだ、自信なくて」

「大丈夫だ、魔王たるもの唯我独尊でなければならん。よし、こうなったのも何かの縁だ、超科学部を上げて委員長君を立派な魔王にする協力をしようではないか」

 おいおい、なんか言い出したぞ。

「ほ、ほんとに? いいの? 僕なんかのために?」

「ただし、この超科学部への入部が条件だよ。私としても、魔王には魔王らしくしていてもらいたいからね」

「うん、入部、する」

 しかも人員不足まで一気に解決とか、どんだけ敏腕部長だよ。悪徳だけどな。

「ってか、委員長までノリノリになるなよ。考えろよ、こいつはあの天王寺美緒だぞ。何かあってからじゃ手遅れぉんぎぁっ!」

 頭蓋骨が軋みを上げる。何でナイアガラが俺を鷲掴みにしてんだよ。

「お黙りくださいませ。あなた様がお邪魔をなさるので、進む話も進みません」

「なん、で」

「興味本位でございます」

「いいな」

 ぽつりとどさくさで呟いた吹水の一言を、俺は聞き逃さなかった。いいなって、何? もしかして吹水が求めてる強さってこういうの? だったらまずい。今すぐにでも止めないと、俺の体は苦痛が快楽に変換されてしまう素敵ボディに改造されてしまう。俺にその気はない。

「く……は……」

「しばらくは声も出せませんので、あしからずでございます」

 額関節をやられたのか、まともに声を出すことができない。まずい、このままだと誰も止める者がいないままに、この部が魔王育成部になってしまう。そうなれば俺が日常を取り戻すのが、どんどん繰り下げで後回しになるのは目に見えている。それはまずい。

「では、異論はないね」

「ございませんね」

「か……は……」

「うん。いいよぅ」

 おいカナメ! 神様が魔王作ってどうすんだ。世界の平和は? 秩序は?

「では、満場一致で超科学部の活動方針を、委員長君を立派な魔王として改造することとするよ」

 ちょ、待て。ここにいるぞ、反対派がここに……わかってますよ。無駄なんですよね。


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