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かみ・つき  作者: B-POP
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魔王? 誕生

 うなじのあたりに、ジンジンと疼くような痛みを感じて意識が呼び起こされた。

「ん? ねてたのか?」

 寝ぼけたままつぶやいたせいで、半分ほどがむにゃむにゃと意味不明の雑音だったはずだが、俺の隣にいるそいつは意図するところを察してくれたようで、首を縦に振った。

「バカ面でございましたよ。眠るアホの図として後世に残したくなるほどでございました。写メには残しましたが」

 差し出されたのは俺の携帯で、ご丁寧に液晶画面には激写された俺の寝顔がでかでかと映し出されている。我ながら、賢そうには見えないのが残念だ。

 後頭部に感じる柔らかい感触に再び眠りに落ちそうになりながら、何とか踏みとどまる。ここで二度寝なんかした日には何を言われるか考えるだに恐ろしい。

 見覚えのある部屋だが、レイアウトは記憶の中のそれとは異なっている。まぁ、いつ見ても常にアップデートを続けるカオスな空間なので、細かな違いなどないに等しいが。

 どうやら俺は、あの真っ白な世界から無事に科学部の部室に戻ってこられたらしい。

「ちなみに、可能な限りのお知り合いに送信しておきました」

「わぁい、俺のプライベート万歳」

「とまぁ冗談はさておき」

 本当に冗談なんだろうな。後で送信履歴見て死にたくなるとかやめてくれよ。

「修太郎様、何をなさいました?」

「なにって、魔法陣が発動して、光って、そしたら委員長が来て……委員長!」

 慌てて跳ね起きた。

 勢い良く起きたせいで、こちらを見下ろしていたナイアガラの顔が一気に近づき、

 ゴキッ

「いでぇっ!」

 頭突きが炸裂する。絶妙な角度で頭をずらしたナイアガラは、あろうことか自らの額を俺の鼻っ面に向かって振りおろしやがった。鼻が、もげるっ。

「失礼。貞操の危機を感じましたものですから、カウンターいたしました。あしからず。とナイアガラは、童貞に危うく触れられそうになったのをうまく回避した喜びを押し殺してお伝えします」

 ずきずきと痛む鼻の頭を抑えると、異様なほどに熱を持っていた。鼻血が出ているのかとも思ったが、どうやらそれは免れたらしい。にしても痛い。鈍器で殴られたみたいだ。しかも向こうは涼しい顔をしてやがる。なんちゅう石頭だ。

「ほ、ほれより、そう吹水! あいつは?」

「そちらにおられますよ」

 体を起こしながら見ると、パイプ椅子に座る吹水の姿。足元から肩口あたりまでをざっと一瞥して、手も足も消えていないことを確認すると、ほっと溜息が洩れた。

「委員長……だいじょうぶ、なんだ、よな?」

 えらく縮こまってしょぼくれた顔を俯かせている姿に、何かあったのかと心配になる。

「ご、ごめんな、さい。その、ぼ……僕のせいで危ない目にあわせて、しまって」

「いや、それはいいんだけど。つーか危ない目にあわせたのはこっちだし、むしろそれならこっちの方が謝らないと」

 その間にも吹水は委縮して、というよりは怯えたように首を振っている。まるで、現実から逃げるように、目も耳もふさいでしまいたいと言い出さん勢いだ。

 ただそれよりも、吹水が僕っこなのに驚いている俺はダメ人間なんだろうな。

「んでまあ、こっちの無事は確認できたとして、今回の成果がそれか」

 足元にあった何かをひょいとつまみあげる。

 両手サイズの毛玉……のような生き物。特徴的なのは、体のわりに小さな頭と短い前足。それに対して、全体的なバランスで見るとかなり大きな、ヒコヒコと動く耳。

「そうらしいのだが、どうにも迫力に欠ける結果になってしまってね」

 背中をつまんでいるせいだろうが、ウサギって意外と長いんだなと変なことを思う。

「その態度はいただけねぇな。ここはもちっとびっくりしたり感動したりするとこだろ? ましてや何でも願い事を叶えてくれるこのあたし、魔神様が」

「喋るウサギか。まぁ神様よりは魔法成分たっぷりだな。しっかし、この程度で驚かなくなってんだもんな、俺も」

「ふむ、やはり魔法陣の小ささが原因か。なかなか調整が難しいな」

 何を呼び出したいのか、とは聞きたくもない。どうせこいつの場合、でかければでかいほど喜ぶという悪魔的な発想なんだ。

「おい、聞けよな! あたしの」

「か、神様だって不思議要素いっぱいだよぅ。願い事だって、か、叶えるんだからぁ」

「ミスたっけどな」

「うにゅぅ」

 勢い込んで背伸びをしたカナメが、あっという間にしょぼくれて唇を尖がらせている。神様がすぐにへこむなよ。

「だからあたしの話を、おい、願い事を」

「やかましゅうございますね。肉のパイにして食卓に並べられたいのでございますか?」

「マニアックな知識だね。マクレガーさんだね」

「もーっ、何なんだよこれ! もうやだ、さっさと願い事叶えて帰りたいぃ~!」

「じゃ、じゃぁ、僕を魔王にして」

 え?

 決して大きくないその一言に、部室の中の混沌とした時間が静止する。

 言った本人ですら、自分の言葉に慌てて次の行動を起こせない静謐な空間の中では、窓から差し込む光さえ止まって見える。息をするのもはばかられる、そんな停止。

「委員長君?」

 そんな中で最初に動きを見せたのが美緒だったのは、必然に思えた。こんな空気の中で動くなんて、俺にはできない。さすがだ。

「ぼ、僕を、ま、魔王、に」

 弱々しくしりすぼみになる口調は、いかにもいつもの吹水だったが、その言葉が何とも吹水らしくない。なに? 魔王?

「どうした吹水、故障か?」

 そう声をかけたのも、無理からぬことだと思ってもらいたい。さもなくば美緒の毒電波に感染したのだろうというのが、俺の考える第二候補だ。こっちの方がありそうだな。

 しかし、そうではないらしく吹水の首がふるふると横に振られる。と、

「強く、なり、たい……」

 いつも通りの眼鏡越しの瞳は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。なのに、きゅっと握られた拳に、引き結ばれた唇。マジでか?

「チーンっ! オッケーだ、願い事は受理された。あんたは今から魔王だ! ……え?」

 そう言って元気いっぱい飛び上がったウサギは、ひくひくと鼻を動かしていたかと思うと、唐突にぴたりと鼻の動きが止める。そのまま重力に引かれて落下し、べちゃりと床に尻もちをついた。

 そのままぐるりと周囲を見回したウサギは、左右の耳を器用にばらばらに動かしてそこら中の音を拾う。が、残念なことに声らしい声はその中になかったはずだ。あの美緒でさえ呆気にとられて口を閉じていたんだからな。


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