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かみ・つき  作者: B-POP
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神様? 召喚

「いでよ」の部分が子供向け魔法少女の様で縁起っぽいアクセントなのに、抑揚がいつもの美緒なのは違和感を禁じえない。が、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。

 目の前の魔法陣がひときわまばゆく光を放ち、一本一本の線を識別できないほどの光の塊になったところで、一気に教室中にはじけ飛んだ。

「うわっ、まっぶっし!」

 とっさに目を覆ったがタッチの差で間に合わず、目を閉じた瞼の裏には、フラッシュの焼き付けのような赤い染みがじわじわと動き回っている。

「やった、成功だよ。見たまえシュータロー、新入部員だ」

 喜んでいるのはよくわかるのだが、それでもなお声の抑揚に乏しいというので、声しか聞こえない俺には一瞬どっちなのか判断がつかない。めんどくさいやつだ。

「成功? なんも見えねぇんだが、マジで魔法なんてあんのかよ。そっちのが驚きだわ」

 瞼を開いてもまだぼやけて自分の掌も見えない有様だが、とりあえずあの一瞬に教室を満たした強烈な光はなくなったようだ。明暗のギャップで、今は先ほどよりもずっと教室内が深い闇に閉ざされている。真っ暗闇だ。

「んあ~、なんも見えねぇ! おい美緒、ほんとに成功したのかよ?」

 確かに魔法とやらは発動したようだが、はたしてそれが召喚魔法だったのかどうか、そして成功したのかどうかとなると、どうしても半信半疑になってしまう。確かめようにもこの視界では何を見ることもできない。仕方なしに、先ほどまで美緒の立っていた方を声だけを頼りに特定して、足を進める。

 両手を前に突き出して探り探りのゆっくりな足取りの中、徐々に光が戻り始めると、数歩向こうで仁王立ちをする美緒らしき人物のシルエットが薄らと浮かび上がる。

「おい、成功したって」

 見えたことが油断につながった、とは何ともお粗末な話だ。

 うっかりそれまでよりも雑に一歩を踏み出し、そのつま先が見事に何かに引っかかる。「ぅおわっ!」

 慌てて体制を立て直そうとするが、完全に次の一歩を踏み出すつもりだった体はいとも簡単に重力に惹かれて崩れ落ち、

「わきゃぁ」

 床との激突を覚悟していた俺の顔面を襲ったのは、何やらぽにょっとした感触だった。

「ぽにょっ? んだこれ、何も見えん」

 倒れたのは間違いなく倒れているのだが、床ではなくどうやら何かを下敷きにしているらしい。柔らかくてふかふかしていて、クッションや布団のような気もしたが、それにしては程よい暖かさや質感もある。

 布というよりは生き物の上にいるような感じだ。そう思っていると。

「うぅ~、お、おもいよ~ぅ」

 呻き声が何やらもごもごと訴えかけてくる。

「ん、喋った?」

 頭上からの声に目を向けると、うっすらとした輪郭とその中に納まる二つの光が見えた。それが顔の輪郭と瞳だと気づくのには、さほどの時間はかからなかった。

 俺の下に、人間がいた。さっきまではいなかった、よな?

「だれ?」

「うぅ~、いいから退いてよぉ。お、重い。つぶれちゃうよぅ」

 蚊の鳴くような声に、あらためて自分が誰かを下敷きにしていることを実感して、慌てて飛びのいた。このころになるとようやく元通りの視界が戻ってきて、正面で誇らしげに仁王立ちしている美緒の表情ぐらいなら読み取れた。

 が、今問題なのはそちらではない。

「なんでいきなり下敷きなのよぅ。う~、腰打ったよぅ」

 もそもそと足元で動いているのは、小さな女の子だった。

 つややかな黒髪は夜の闇よりも深い黒なのに、月明かりを受けてきらきらと輝いている。顔立ちこそしかめっ面なのでわからないが、小さな口やほっそりとしたあごのラインは人形のようだ。

 素直に、かわいらしいと思った。

「ひどい目にあったよぅ、もぅ。いたたたたた……ん?」

 目があった。

 透き通った水晶のような目は、じっと見ていると吸い込まれそうだ。本当にお人形さんのガラスの目玉のように艶やかだが、妙に愛嬌があるくりっとした瞳が特徴的だ。

「えーっと、これは、えっと、えっと……」

 こちらの存在を認めると、それまでぐずぐずとへたり込んでいたのから一変してキリッと立ち上がり、たすき掛けにしてぶら下げられたポシェットから取り出したメモ帳を読みふけっている。

 まったく意味不明な行動にこちらがきょとんとしていると、お目当てのページを見つけたらしい女の子はふんふんと頷き、釣り上げられた口角をそのままに大きく口を開け、

「はぷっ」

「うごぉ!」

 噛むな! 首筋をかむな。痛い、むちゃくちゃ痛い、かなり全力で噛まれている。

「いだだだだだ! 痛い、いだい、何すんだ、この、いでぇぇぇぇぇ!」

 力ずくで引っぺがそうとするが、相当な力で噛みついているようで、引っ張ってもむしろ歯が体に食い込むだけだ。痛い、とにかく痛い。

 このまま首の肉を持っていかれて俺の命は終わるんだ。やっぱりこんなロクでもない部活のロクでもない実験につきあったのが運のつきだったのだ。美緒が召喚したのは新入部員なんかではなく、吸血鬼や悪魔の類で、俺はその生贄としてまんまと連れてこられただけだったのだ。悔しいが、そう考えるとすべてのつじつまが合う。くそう、自分の軽率さが今になって悔やまれる。遅いけど。

 軽率さの代償が命という、何とも割の悪い取引を半ば強引に自分に認めさせ、最後にせめて美緒に呪いでもかけてやろうとありったけの怨念をかき集めたところで、

「ぷはぁ」

 首筋から少女の口が離れる。うあぁ~、なんか鎖骨のあたりがジンジン熱い。

「うん。で、この次は、えと……」

 再びノートに視線を落として読みふける。何だこれ? っていうか、首痛い。

「あ……あぁ! しまった、間違えちゃったよぅ。うわぁどうしよ、どうしよ~」

 一人で大慌てして、キョロキョロしたりメモのページをめくってみたりと忙しそうだった少女は、俺と目が合うとやたらとおびえたように体を縮こまらせた。そう言えば、なんか間違えたとか言ってたけど、それと関係あるのか? まあ、間違いじゃなくても首筋を噛むのは解せんが。

「どうしよう、願い事なんて聞いたことなかったから、やばいぃ~」

 全体的に幼い顔立ちも手伝っているのだろうが、慌てる様が何やらコミカルだ。ただし、顔のつくりは驚くほど端正で、何度も言うがよくできた人形のようだ。

「さっきから何言ってんだ? てか、こんなとこで何やってんだ?」

 ほんの少しの沈黙だったが、慌てる姿もどこかほほえましい。

 そんな混乱を見かねたのか、それとも単にグダグダ感に耐えかねたのか(おそらく後者だろうけど)美緒が少女に近づいて名乗りを上げる。

「ここは満貫寺高校。我々は超科学部の部員だ。ちなみに私が部長の天王寺美緒だ」

 お前、部長だったのか、ってそりゃ一人しか部員がいなきゃ必然的に部長だわな。

「そっちが我が部のホープにして奴隷、千古修太郎だ」

 おい。

「あ、あ、うん。よろしくぅ」

 あれ? 意外にもあっさりと会話してるぞ? ってか、これは召喚魔法成功ってこと? 頭の中で一人会議を開催していると、美緒が何やら少女をたぶらかし始めた。

「ようこそ超科学部へ。君が何者かはさっぱり分からないが、君はもう立派な部員だ。我々とともにめくるめく青春の日々を謳歌しようではないか」

 高らかに、自信満々に宣言しているが言わんこっちゃない。いきなりのテンションについてこられない少女はきょとんとしてしまっているぞ。そもそも、呼び出していきなりお前は部員だなんて、百人中百人がそんな説明わかるはず

「わかったぁ」

「わかんのかよ!」

 しかもなぜか、意を決したように小さく拳を握って、頷いたりしている。

「君はいちいち突っ込みの細かい男だな」

「そりゃ突っ込むわ。ってか、まずその子誰だ? なんで俺いきなり噛まれてんだ?」

 回答を求める視線を少女に投げかけてみると、視線を避けるように見事なスウェー動作を見せる。いや、避けられても困るんだが。

「ふむ、確かに何者かぐらいは聞いておいても不便なないか」

「ってか、名前ぐらい聞けよ。なぁカナメ」

 ん? 俺、今なんつった?

「えと、その、もう知ってるんだから……いいじゃん」

 自信なさそうに俯いて唇を尖がらせている。何かに似ていると思ったら、うちの店に来る親子連れの、子供がすねている姿にそっくりだ。

「いや、いくら神様だからっていきなりそんな不条理が通るわけが」

 ん? ん? なに? 神様? なんだそりゃ。

「シュータロー、いきなり何を? というか、彼女はカナメ君というのか?」

 待て待て待て、俺に聞くな。俺だって初対面だって言うのにカナメが神様だなんてこと知ってるわけが、って何だ、なんでこんなことが俺の頭の中にわいてくるんだ。

「ちょ、え? 何? 何だこれ、なんで俺がお前のこと知ってんだ?」

 言うまでもないが、目の前でしょぼくれている少女とは初対面だ。それは間違いない。なのに、考えるまでもなく名前や、この子が神様であることがすらすらと出てくる。デジャヴとも違う、奇妙な感覚に錯乱状態に陥りながらも、何とか冷静に、冷静にと自分に言い聞かせる。もちろん、冷静になんてなれるわけがない。

「わ、わたしは、神様だよぅ。呼び出しておいてひどいよぅ……いきなり踏んづけられるし。おかげで、間違えてこいつを下僕にしちゃったよぅ」

 自信なさげに右に左に泳ぐ視線に、こちらまで不安になってしまう。それでも、カナメと名乗った自称神様はおもむろに上目づかいに俺を見つめ、勿体ぶって呟いた。

「へぇ……それで、間違えて、なんておっしゃったわけだ。で、俺、下僕?」

「そうだよぅ。願い事を、叶えてあげようとしたのにぃ」

「へぇ、願い事を……かなえようとしてくれた、んだ」

「惜しいことをしたね、シュータロー」

 召喚魔法に、神様に、下僕? もう、何が何やら勝手にしてくれって感じだ。俺の理解の許容量は大幅にオーバー。器は爆散してして跡形もない始末だ。願い事って、んなこと今更言われても、って感じだ。でもこいつが嘘を言ってないことは、頭の中でしっかりと裏付けられている。裏付けのないものに、だけどな。

 とりあえず俺は、がくりと肩を落としてうなだれておいた。いや、そうしないと体と心のバランスを保つことができなさそうだったから。やるかたない。


「というわけにございます」

 必殺のアイアンクローにひとしきり悶絶して床を転がったのち、与えられた弁明の時間をフルに活用して事の顛末を説明し終えた俺は、目の前の悪鬼、もとい、おかんの反応をうかがう。コーヒーカップを傾ける無表情に、一秒毎に命を削られる思いだ。

「ですので、その、俗に言う不純異性交遊や、ましてやいかがわしい幼児性愛趣味などを持ち合わせているわけでは」

「カナメちゃん、っつったっけ?」

「は、はい?」

 おい、もっと平身低頭、相手の出方を伺え。ワンミスで俺の命がなくなる局面だぞ。

「あんた、神様なんだって?」

「うん。そういうことに、なってるよぅ。でもぉ、何ていうかそんな感じぃ」

 どこまでも自信のなさそうな口ぶりは本当に神様なのかどうか疑わしいが、俺の頭の中ではそれが事実として定着している。リンゴがリンゴであるように、カナメは神様なのだ、俺の中ではな。

「ふぅん……神様、ねぇ。そっか、神様なんだ」

「な、なによぅ?」

「そのへんの真偽はさておいて、こいつが魔法陣から出てきたのは間違いないわけで」

「あんたにゃ聞いてないよ」

「御意」

 視線の圧力だけで心をへし折ると、再びおかんの鋭い視線がカナメを捉える。

「なんだかよくわかんないけど、魔法で呼び出されて、手違いでこんな役にも立たないのを下僕に従えちゃって、家までついてきちゃったわけだ」

「うん。そういうことに、なるかな。本当は、呼び出されたら願い事をかなえてあげなきゃいけなかったんだけど、その……間違えて、違うページを見ちゃって」

 そういえば出てきて早々にメモ帳見たり、間違えたとか何だとか言ってたな。本当に大丈夫か、この神様?

「で、あんた行くあてとかあるの?」

「ううん、これから探さなきゃ。ここは多分人の世界、人界なんだろうなっていうのはわかるんだけど、こっちに来るのは初めてだから、焦って様式も間違えちゃってぇ……」

 困ったように俺を見る。タヌキのポシェットをいじる姿は、小学生程度にしか見えない。お、おい! 俺を見ながら目をうるうるさせるな泣くな!

「シュウのお願い事をかなえないと、帰れないし……」

 そんなルールなんだ。あ、いや、そういわれればその情報も頭の中にあるな。どうなってんだ俺の頭?

「おい、シュウ」

「はいっ!」

 全ての思考をサスペンド。軍隊顔負けの素早さで返事をする。もちろ背筋はピンと伸ばし、体の真ん中を貫く鉄の芯を想像する。直立不動の基本姿勢だ。家の中なのに。

「この子呼び出したの、お前なんだろ?」

「まぁ、正確には美緒……天王寺のやつだけど」

「おいてやる」

 は?

「だから、この家においてやるって言ってんの。文句あるの?」

「滅相もございません!」

 あったところで自動的に却下された上に二度と逆らう気が起きない体にされるだけだ。

 もうそんな体に仕上がってるけどな。

「ま、実際あたしも話を全部鵜呑みにして信じたわけじゃないけどさ。かといって嘘だからって追い出すわけにもいかんだろう、こんな時間に。女の子一人」

 時計を見ると、日付変更まであといくらもない。たしかに、神様であるないに関わらず、女の子が一人でうろつく時間ではない。

「ってわけだから、泊ってきな。え~っと、あんた名前は?」

「カナメ」

「カナメちゃん。あたしはこのバカの母親で、華美。よろしくね」

 差し出されたおかんの手を、おぼつかない手つきで握り返したカナメだが、それでもその瞬間ちょっとだけほっとしたように見えた。


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