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私に乙女ゲームは向いていないので、早めに主要人物から外れさせていただきます!  作者: 大神ルナ


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10 一時の別れの挨拶

「なぜ、そんな条件を相談もなく決めてきたんだ!」


 ビショップの家から帰ったセラータが、これからのことを両親に話せば、すぐに報告を受けた長兄であるブライアンから怒りの通信が入った。

 目の前で怒られた訳ではないのに、ビリビリと怒りが伝わってきて、セラータは縮こまる。

 食堂には、両親とソル、ニーナが同席しており、テーブルには三つの鉱石が置かれているが、光っているのはブライアンの物だけで、まだ仕事中のカシアとセトは終わり次第参加するようだ。

 

「ブライアン……そんなに大きな声で叱らなくても」


「母上。甘すぎますよ。セラータは、魔女の恐ろしさを知らないんです。ちょっとした了承をとんでもない契約のようにする連中ですよ?」


「大丈夫よ。ソルも顔見知りのようだし、こうして猶予期間もくださるような方よ?」


「そうですよ、ブライアンお兄様、ビショップ様は、ちょっと毒好きが過ぎる魔女で、そういったことには興味がなさそうでしたけど」


「どこに安心感を見出せばいいのかが分からない」

 

 大きなため息が聞こえてきた。

 呆れ顔で、眉間を揉んでいる光景が思い浮かぶ。

 

「それで……本当に、セラータは弟子入りするのか?」


「最初は少し教わろう程度にしか思っていなかったのですが、ビショップ様から学院に入る前に集中して弟子としての修行をするべきだと言われました。私自身も、そうだと感じたのでお願いしました」


「だとしても、急すぎではないか? 第一……住み込みの必要がどこにある。本来は、お前はまだ守られるべき年頃なんだぞ?」

 

「ビショップ様は、それが習わしだと。姉妹弟子は、寝食を共にして学ぶのだと言い、魔女に人間たちが決めた年齢の制度など魔女には従う義理はない。魔女への道はいつでも開かれている、と家族には伝えるように言われました」


「魔女め。身勝手だな。カシアとセトには、お前と別れの挨拶をする機会もないのか」


「一年と少しですよ? これまでとあまり変わらないではないですか」


「これまでとは違う。いつだって、父上と母上から、お前の様子は聞いていた。成長を知ることが出来たが、今回に関しては、わたしたちは一年の間……まったく情報もなく過ごすんだぞ」


 ブライアンの言うことは正しい。

 いつだって、兄たちが何をして、どんな功績を上げたかを聞くことで、会わなくとも寂しくはなかった。

 ビショップの下で修行している間、お互いの近況を知らせ合うことはできない。

 しんみりとした空気が流れた。

 魔女と出会い、弟子になれるということに浮かれていて、家族のことを考えていなかった。

 自分の浅はかさに落ち込んで俯いていると、セラータの頭にぽんと手が置かれた。


「同じ場所にいることは出来ないが、オレとセラータの間には、名付けによる契約が結ばれている。その契約から、なにかあれば分かる。その程度でいいのなら、オレがお前の家族に報告するくらいはしてやるが?」


 誰に話すでもない。セラータにだけ問いかける主従関係とは思えない口調だが、聞こえているはずのブライアンから注意が飛んでくることはなかった。


「私が望めば、そうしてくれる?」


「ああ、お前の願いならな」


「ブライアンお兄様、それでいいですか?」


「ああ、構わない。正直、助かる。その報告だけで安心できるからな」


 セラータが両親の方に視線を向ければ、二人は頷いた。

 

「配慮に欠けていてごめんなさい。ソル、ありがとう」


「オレはお前のためにだけ存在することを忘れるな? それと確信はないが、さすがのあの魔女も月に一度か、半年に一度くらいは、手紙を出すことを許すと思うがな」


「ほんと?」


「ああ。手紙のやり取りを頻繁にすることは難しいだろうが、セラータから手紙を出すことを禁じるとは思えない」


「そうかな……だと嬉しいな。その時は、ソルが届けてくれる?」


「もちろん。誰かに任せることなく、必ずオレの手で直接届けてやる」


 頼もしい言葉に、抱いていた罪悪感が幾分和らぐ。


「それに、オレは一つ、あの魔女と話し合うつもりだ」


「話し合い? そんなことが、魔女相手に可能なのか?」


 ブライアンの声に、興味深そうな色が滲んだ。

 

「ああ。魔女は、必ず使い魔を持つ。幸いにも、オレは人間ではないから、使い魔になることすらできる」


「名付けの契約となにが違うんだ?」


「使い魔の契約をすれば、魔女の森に出入りする権利を得られ、他の魔女が拒むことは出来ない」


 親元を離れて住み込むセラータにとっては、とてもありがたい申し出だが、使い魔という言葉が気になる。

 かつての読み物で知っている使い魔とは、動物のことだ。

 しかし、目の前のソルは誇り高き竜人である。


「つ、使い魔とは、どういう契約なの?」


 不安が胸の奥で渦巻く。

 名付けの契約は、裏切らないという約束程度の認識だったが、魔女が認めるものが、そんな生易しいものだとは思えない。

 

「知る必要があるか?」


「もちろんです。ソル一人が背負うべきものだったら、大変なことじゃない」


「別に気にすることではないと思うが……使い魔の契約は、魂を縛るものだ」


「魂……それって、ソルの色々な自由を奪ったりしない?」


「お前の言う自由が何を意味するか知らないが……簡単に言えば、使い魔の契約によって、お前の意思決定に否と唱えることはできなくなる。お前が死んだ場合にオレはどこにいようが、健康だろうが死ぬ。言ってしまえば、お前の寿命がオレの寿命になる」


「そんな! そんなのだめです」


「なぜ? お前は、隷属する者が欲しいから奴隷を買ったんじゃないのか? 自分の役に立つ奴が欲しかったんじゃ?」


「ち、違う。私は、この先の人生で、一番の味方になってくれる護衛が欲しかっただけ。自由意志を奪おうとは思ってない」


「あまり違いはないだろ。一番の味方なんて、隷属以外ではありえないだろ」


「っ!」


 金色の瞳に射抜かれたまま、言われた言葉がぐさりと胸に突き刺さった。

 共に過ごし、少しずつ何年もかけて関係を構築していけばいい。

 セラータはそう思っていた。

 ソルとも、そうして関係を育んでいこうと思っていたのに、全てが否定された。

 

「違うもんっ」


 泣くなんて子供じみたことをしたくないと思っているのに、涙が込み上げてきた。

 

「お、おい。泣くなよ」


 ぎょっとした顔をしたソルは、慌ててセラータの前で膝をついた。

 覗き込む顔は、困ったように眉がハの字になっている。

 おろおろとするソルを見ながら、自分は死にたくないからという考えばかりで、まったく他者のことを考えていなかったことに驚く。

 自分勝手だ。

 そんな自分が、絶対的な信頼を勝ち取れるはずがない。


「ソルは……ソルは、ついてこなくていいよ。そんな契約を結ぶわけにはいかないもの。定期的に、手紙を届けてくれれば、それでいいよ」


 部屋にこもって反省したい。

 そんな思いで席を立つと、ソルに投げつけるように言って走り出した。


「あ?」


 言い逃げされたソルは、突然のことに一拍遅れたが、鉱石から聞こえてくるブライアンのセラータに対する制止の声に、はっとして走り出した。

 

「お前まで、屋敷内を走るんじゃない!」


 ブライアンの怒鳴り声が聞こえてきたが、セラータを追いかける。

 セラータはセラータで、とにかく自己嫌悪に陥っていて、誰とも顔を合わせたくなかった。


「待て! セラータ! オレと契約しないで、他の誰かと契約するとでも言うのか?」


 明らかに人間、それも子供と若くとも竜人とでは身体能力の差がありすぎる。

 時間差で走り出したはずのソルの足音が近づいて来るが、セラータは走り続けた。

 少しでも逃げたくて、廊下を回っていくのではなく、中庭を通過して道を短縮しようと 進路を変えて外に出た。

 淑女として走るなんてあるまじき子供っぽさだが、今回ばかりはそんなことは言っていられない。

 芝生に一歩足を踏み入れると、地面がふんわりとした優しく光りはじめ、まだ季節には早い花々が咲き乱れた。

 

「えっ! わっ」


 足元の花以外にも光が形を作り始めたが、急には止まれず、どんと何かにぶつかった。


「大丈夫かい?」


 頭上から声がして、体を支えられた。

 最初は、ソルが先回りをしたのかとセラータは思ったが、声が違う。

 だが、声には聞き覚えがあった。


「えっ……どうして」


 顔を上げたセラータは、息を飲んだ。

 彼女がぶつかった衝撃で倒れないように、背中を支えてくれていたのは──。


「フェリーズ……なぜ、貴様がここにいる」


 追いついてきたソルは、噛みつくように言うと忌々しそうにフェリーズを睨んだ。

 

「その台詞をそのまま返そう。誇り高いと自負している天空の一族が、なぜ地上……それもセラータのもとにいるのかな?」


「黙れ。お前に説明する必要はないだろ」


「ならば、わたしも答える義理はないということだ。そんなことよりも、セラータ」


「は、はい。フェリーズ様」


「君の中に、そこの野蛮な竜との契約が見えるな。どうしてかな?」


「えっと、彼は……」


 どう説明するのが適切なのかが分からない。


「あんな男。君には相応しくないな。まだ不安定な契約か」


 セラータの背中に回っていた腕に力が入った。

 

「フェリーズ様?」


 妖精の領域ではない場所で見るフェリーズは、やはり人間とはどこか違う美しさをまとっている。

 香りは、草花を思わせる自然な香りで、数分前に感じていた感情が落ち着いていく。


「その契約を消したいと思うかい?」


「えっ?」 

  

「ふざけるなよ。妖精風情が、オレとセラータの問題に口を出すな。それとも、さっきの様子からしたら」


 花弁が散るのも構わず、怒りで目をギラつかせたソルが、ずんずんと二人のもとに近づいてくる。


「オレとの契約をなかったことにして、別のやつと……そいつと使い魔の契約をするつもりじゃないだろうな!」


 セラータをフェリーズから引き離そうと手を伸ばすが、フェリーズが軽く手を振ると足元から茨が伸びてきて行く手を塞いだ。

 

「まったく、竜人はすぐにカッとなる」 


「邪魔をするな」


 セラータを抱きかかえたまま、ふわりと飛び退いたフェリーズの動きに合わせて近くの木から蔓が伸び、ソルの両手に巻き付いた。

 

「だが、面白い。妖精の祝福を与え、庇護するわたしと……使い魔の契約をするかい? もっと、深く繋がるのも面白いね」


「な、何を言っているのですか!」


 本来、妖精との契約は、オリバーのように妖精側からの申し出でなりたつものだ。

 決して、人間が契約で縛っていい存在ではない。


「ただ祝福を与えるだけよりも、そばで君の命令に従うのも悪くない」


「あ、あなたは……高位の妖精でしょ」 


「いい加減にしろよ!」


 目の片隅で、赤がちらついた。

 はっとして振り返れば、ソルが生み出した炎が手を縛っていた蔦と行く手を阻んでいた茨を燃やし尽くしていた。

 特殊な炎だからか、建物に燃え移る様子はないが、フェリーズが咲かせた花々は全て灰に変えていく。

 ソルが竜人であることは知っていても、どの竜人なのかまでは把握していなかった。


「ソルは、火竜なの?」


「セラータは知らなかったのかい? どの種族も、身に持つ色が自身を表すものとなる」


 そう言うフェリーズは、栗色の髪とダイヤモンドの瞳だ。

 ぱっと見た時に、彼が何を象徴する妖精なのか、推し測ることはできない。


「さて、竜人をからかうのもこの辺にしておこうか。あまり時間がない」


「なにかあるのですか?」


「用があるのなら、さっさと済ませて消えろ」


 使い魔になろうかというフェリーズの言葉が冗談と分かったからか、セラータの横に並び立ったソルは、落ち着いていた。

 ここ数日で分かったことだが、竜人は怒りに火がつきやすいが、冷静になるのも早いということだ。

 長く引きずることは、今のところないと言える。

 フェリーズは一歩離れると、懐から一本のナイフを取り出した。

 

「今日は、約束していたナイフを渡しにきたんだよ。前回のことがあって、遠慮しているのか、なかなか会えなかったからね」


 差し出されたナイフは、それはそれは美しい作りをしていた。


「これって」


「妖精の領域でも、問題なく持っていられる物だよ」


「こんなに美しい物を貰っていいのですか?」


「もちろん。君に受け取ってほしい。しばらくの間、会えなくなるからね」


 鞘に入ったナイフを受け取り、蔓が巻き付いている美しい細工に見とれていたせいで、セラータは聞き逃しそうになった。


「会えなくなるのですか?」


「ん? ああ、妖精の王族は一定の年齢に達すると、人間との交流という名目の下で、魔法学院に入学することが決まっているのだけど……わたしにも通知が来たのだよ。数年、自由な行動はできなくなる」


「私も……しばらく、領地を離れることになったのです。魔女ビショップ様に弟子入りすることになって」


「あの……毒の魔女か」


 セラータが言い終わるか終わらないかのうちに、フェリーズは顔をしかめた。


「ご存知なのですか?」


「魔女でありながら、毒薬を好み、妖精たちに嫌われた者だね」


「そう……ですね」


「教えを請う相手としてビショップというのは……不安しかないけれど、この国の魔女は彼女だけだからね。君が妖精にとって、良き魔女になることを願っているよ。君が自由に妖精の国で動けるように」


 まるで手品のように、一度握った手を開くと、手のひらには黄色のラズベリーが一つ現れた。

 セラータが不思議な光景に目を奪われていると、一歩近づいたフェリーズの手が顎を掬い取り、唇にラズベリーがあてがわれる。

 妖精の領域に入る度にそうしてきたから、セラータは自然と唇を開いて受け入れた。

 いつもどおり、熟れた果肉は口の中で弾け、舌の上で幸福感が広がっていくようだ。

 赤いラズベリーよりも、一層甘い黄色いラズベリーは、もっと欲しいという欲求を強くする。

 中毒性のようなものを感じて、はっとフェリーズを見上げれば、微笑みを深めて、セラータの両頬に手を添えると額に口付けた。

 ただの子供じみた口づけなのに、どこか妖艶さを身にまとった彼の雰囲気に、セラータの頬に熱が集まる。

 

「あっ! テメェ!」


 ソルは息巻いたが、フェリーズはどこ吹く風だ。


「次に会うまで、健やかに過ごせるように。このナイフは、その助けになるだろう」


 別れの言葉はなく、言うことだけ言ったフェリーズは背を向けると光の中へと帰って行った。

  

「まさかとは思うが、あいつから与えられた物を今回以外にも口にしたか?」


「え? 妖精の領域で薬草採取に行く度に、用意されているからラズベリーを一粒食べているけど……いたっ!」


 セラータがそう言った瞬間、驚愕という表現がぴったりな表情をしたソルに腕を急に掴まれた。

 

「お前……理解して食べているのか?」


「ちょっと、どうしたの? フェリーズ様は、妖精の領域で過ごすには、妖精の領域の空気を吸って育った物を定期的に摂取して体を慣らさないといけないって」


「それを信じたのか?」


「どうして、そんなこと言うの?」


「これだから人外者との接し方を知らない人間は、そうして妖精の見た目に騙される。あいつらは狡猾に、自分の気に入った人間を妖精の国に連れ去るんだよ」


「フェリーズ様は、魔女が使うには妖精の国で育った薬草の方が扱いやすいだろうって」


「そうやって、親切ヅラをして、人間から妖精に変化しやすいように時間をかけるんだよ。食事を食べさせるのは、その第一歩だ」                               


「でも」


「お前よりも、オレは妖精のことを知っている。全てを信じろとは言わない。だが、自身の安全のためにも、知識として覚えておけ」


「う、うん……」


 気まずい空気が流れたが、ソルの言うことは尤もで、セラータは素直に頷いた。

 確かに、これまでのセラータは、無知であった。

 無知で許されるのは、幼子だけだ。

 ある程度、成長してしまえば、無知は自分が何も学ぼうとしなかったという現れでしかない。

 無知を理由にするのは、恥ずべき行為だと心に留めて、きちんと向き合おうと明日からの生活に意識を向けた。

 




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