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《世界》をエルフと共に  作者: カケル
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21/21

21 《勇者》と《エルフ》

「シエル様ッ!」


シエル様の声が聞こえた。どこからともなく、暗い意識の、どことも知れないどこともわからない所にまで聞こえたシエル様の声。好きだと、愛していると言われて、胸が締め付けられる思いで、その声に向かって突き進んで、ようやく目を覚ましたと思ったら誰もいない。シエル様が居ない。魔力を辿っても、何処にも居ない。


「シエル様、ダメだ」


僕の手の中できらりと光る小さなペンダント。彼女の首にぶら下がっていたもので、いつも身に付けていた大切なもの。覗きをしてしまったときも寝るときもいつだって肌身離さずに身に付けていたものだ。それが僕の手の中にあった。

開けてみると、そこには知らない誰かと映っているシエル様。二人並んで、どこか恥ずかしそうに気まずそうにカメラ目線で出写っていた。


「なんて……ぶっさいくな顔してんだよ、オレは……」


そう僕は口にしていた。知らない顔で、見たことも聞いたこともない誰かだったけれど、何となくそれが自分だと何故かそう感じた――僕は、ボクは、俺は、オレは、私は――――――――――――。


「シエル様、愛しています」


止めどなく溢れ出てくる涙を押さることなく、僕はただただ涙を流した。


――


「これで依頼達成かな」


ハクジツを鞘に戻して、僕は討伐対象の魔物の一部を切り取って、他は魔力収納の中へと入れ込んだ。街の近辺で悪さをするワイバーンの群れの討伐。死傷者すら出しているこの魔物たちを一匹残らず狩り尽くした。これで彼らの生活はもう安全だ。

ハクジツは僕の労いの魔力を貰って喜んでいる。

その片手間に、僕は首にぶら下げたペンダントをぎゅっと握りしめた。

あれからもう半世紀。

人間や亜人、魔族が大幅に減ったこの世界では、戦争という脅威は今のところほとんどない。これまでの前世を思い出し、この世界を何度も生きてきた僕にとって、周囲のすべてが未熟で可愛く見えてしまう。それこそこの世界が作られて、魔王が誕生したと同時に生まれた魂だからね。どれくらいの時間と空間を過ごしてきたのは解らないくらいの時間を、魔王と魔族たちと戦ってきた。もはや伝説だよ。誰も知らないことだけど。

今は魔物の脅威が減り、ワイバーンを相手にするのも稀なこと。これからまた人間や亜人たちが増え、そしてまた魔王が誕生すると思うと気が滅入る。僕の代わりに新しい勇者が生まれるのだ。その時は僕が面倒を見よう。

シエル様がエルフの魔石を渡してくれたことによって、エルフへと転身した僕は、勇者として、人間としての運命から外れている。《世界》から切り離されてしまった僕に、これといった役割が無い。だからエルフの一冒険者として、勇者まがいのことを今もやっているのだ。


「解ってるよ――寄り道せずに帰るから」


僕の周りをいつもブンブンと飛ぶ奇妙な精霊が一つ。

僕の周りに女性や女の子が近寄ってくるとしょっちゅうこの精霊が彼女たちを脅かしては追い返すのだ。僕は別にシエル様一筋だし、いつか出会えるだろうシエル様の為にも、この世界をもっと平和で安心できる世界にしておきたいのだ。


「シエル様……」


ハクジツが頭にはてなマークをかざして僕を感じていたが、興味を無くしては僕の与える魔力に酔いしれていた。

ため息をついて帰路に着こうとしたところで、悲鳴が聞こえた。

森の奥、誰も来ないはずのこの場所で、複数名の悲鳴が聞こえたのだ。

戦いの余韻を放り出してすぐさま戦闘態勢に入りそちらへと駆けていく。魔力感知に反応したのは十数名と、数人の護衛。その十数人の反応からするに奴隷だ。

結局人間は、平和になったあとも変わることなく、人間や亜人を捕まえては奴隷商に売っている。奴隷を辞めさせるよう国々の王に言って聞かせ、奴隷制度は廃止に至ったわけだが、それでも奴隷の需要は消えない。取り締まるにも限界はあるのだ。

こうして裏から奴隷を運び込んでいる輩も後を絶たない。

奴隷商の一団を発見すると、護衛たちが一人二人やられており、商人は馬車の中で震えて隠れていた。奴隷を囮にしようと中から奴隷を一人掴みだしていたが、その少女を見て、僕は胸が跳ねた。


「ふッ」


その少女の奴隷に襲い掛かろうとしていた魔物の首を跳ね飛ばし、商人を蹴り飛ばしてその少女を見た。エルフではない。亜人ではない。人間だ。けれどその容姿、その魔力の流れ――。


「君、名前は?」


ビクッと怯える少女であったが、僕の背後を見て悲鳴を上げた。しかし僕は後ろも見ずにその魔物を一瞬で葬り、周囲を見る。


「まずは片付けだね」


残りの護衛がやられ、闘えるものが居なくなったからか、その標的を今度は僕に変えていた。転んでいる商人を除いて、僕の敵はこの魔物だけだ。敵は確実に殺す。

魔力を発し、全開で威嚇して、それでも向かって来る群れのリーダーを一刀のもと切り伏せた。


「命を捨てたい奴は来い」


そう言って睨みつけると、残った、魔物は尻尾を巻いて逃げていった。死体となった護衛たちを魔力収納の中に入れて、馬車の中で隠れる商人を詰問したのちに気絶させた。聞くところによると、ここに来るまでに一人二人奴隷が魔物の犠牲になったらしい……――。

馬車に繋がれた奴隷の檻。中にいる奴隷たちを落ち着かせて、逃げてしまった馬の代わりに僕は馬車を引っ張って街へと帰っている。

勇者だった僕がまるで奴隷のようなことをしているわけだが、勇者に初めてなったときは奴隷と言うまさかの身分だったのだ。あの時の地獄のような日々に比べたらこんなの全然苦じゃない。むしろ彼女たちを助けられた事が本当に良かったと思っている。街の兵に引き渡して、孤児院とか、親元へと還してやる手続きをしてやらないといけないわけだし、少しばかり忙しくなる。それに――。


「…………」


馬車の従者が据わるところに座って、僕をずっと見つめる先ほどの少女。僕の傍を離れようとしない。

耳は聞こえておらず、話すことはできても「アー」とか「ウー」しか話せない。奴隷たちに食料を渡すとみんな美味しそうに食べていたが、この子だけは美味しいとも寸ともしなかった。おそらく味もしないのだろう。となると、鼻が利かない可能性だってある。こんなにも汚らしい馬車に、そして檻に閉じ込められて居ようとも鼻を動かすこともせず、視線も焦点が合っていない。肌の感覚だってあるかも怪しい。


「し……え…………ル」


「え?」


振り向くと、僕の目をじっと見たまま、「しえる」と言葉を繰り返していた。たどたどしくも必死に自分の名前を伝えようとしているのが健気で、けれどどうしてか、いや確実に言えることが一つだけある。


「シエル様?」


そう問いかけると首を傾げてはいるが、笑みを浮かべていた。

あの笑顔はシエル様にそっくりだ。あまりに似すぎている。容姿もその魔力も。

パッと正面に向き直って、目元に溢れてきそうになる涙を必死になって抑えた。今は駄目だ。こんな姿、この子に見せられないし見せたくない。

前を向いていて気付かなかったが、背中にトンと乗ってくる体重に驚く。涙を解らないように拭いて、振り返ると、しえるが、背中に引っ付いて見上げていた。そしてよじ登って肩車する形になると、彼女は僕の頭を撫でてくるのである。


「い……た……のと……け……」


「ッ!?」


僕の頭を撫でてはそんな言葉を何度も繰り返していた。心配するように、僕の頭を撫でては落ち着かせようとするその姿を見て。


「うん、うん……もう、もう大丈夫……だからっ」


抑えていた涙が溢れ出てきた。

そして僕の頭を包み込むように抱き着いてくる彼女の手に、僕は手を伸ばして掴んだ。


「ありがとう、しえる、ありがとう、ありがとう……」


僕が泣き止むまで、しえるは僕の頭をずっと撫でてくれていた。街までまだもう少しかかる。それまでに泣き止むといいなと思いながら、僕は大人気ながらも涙をボロボロとこぼし続けていた。


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