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《世界》をエルフと共に  作者: カケル
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2/21

2 街

今この瞬間、エンシェントエルフの女王が人間に、いや勇者に味方すると決めた時点で《世界》の流れが変わった。エルソルが魔王を斃すだけなら、時間を掛ければ為すことのできる力はあったにも、だ。

この者の未来はより過酷なものへと昇華されたわけだ。


「……どうした?」


「……いや、何でもない」


「思うことがあるなら言ってくれ」


と、真摯に向き合おうとするその深い瞳を向けられて、私はクスリと笑った。


「いずれは話そう。必ずだ」


彼の目を見て、はっきりと口にした。

すると柔らかく表情を崩してほっとしている。


「少し落ち着いたみたいで良かった」


「……ッ」


私の心の機微を察したのか。

エルソルがどこまで私を理解しているのかは解らないが、これだけは理解できる。


「気遣いばかりで疲れないか?」


「よく言われるけど、気遣っているつもりは微塵もない。心配したから訊いた。それだけだよ」


「世話好きな奴だ」


「力になりたいだけさ」


その言葉を聞いて、より鮮明になる感情と思考。

この者といると安心する。心が満たされていく。

パッと景色が変わった。

謁見の間ではなく、エルフの大地に隣接したアルドの森の中だ。そしてエルフの大地の境界線ともいえる。

その外側にいる私とエルソル。

私と彼だけが、並んでこの森の中にいた。


「いつの間に――」


「転移魔法だ。知っているだろう?」


「し、知っているけど、失われた技術だって言われている」


「そんなことはない。この世界には普通にあるものだぞ?」


「どの国にもないよ。あったら魔王が現れる前の戦争事情が一変しているはずだから」

と、語った。


「気にすることではない。行くぞ」

「あ、うん。解った」


そう言って、エルソルと共に歩を進めた。どこへ行けばいいのか解っている歩み方で森の外へと歩いていく。


「何故そちらへ行く?」


ある方向を指さして――。


「お前が街に向かわないと、その街が壊滅することになるぞ」


「ッ! 教えてくれてありがとうッ」


パッと振り返るエルソル。その目に宿る強い意志を感じて。


「あちらから感じる悲鳴と喧騒――魔物も群れに襲われているのが解るぞ――」


と最後まで言い終える前に、エルソルのふわりと通り過ぎた風が全身を撫でた。


「せっかちな男だ」


魔力を操り、宙へ浮かび上がり、森の上からエルソルを観察する。

木々の間をすり抜けながら素早い動きで走破していき、ほんの一、二分ほどで森の外にまで到着してしまい、そこからほど近い街へとさらに加速していった。


「私も急ぐか」


宙を駆け、エルソルの速度以上に宙を奔り、エルソルの頭上へと到達する。

エルソルの扱う魔力の運用は随分とお粗末で魔力を膨大に吐き捨てている。もっと繊細に、もっと加減して魔力を操作すれば、私と同じ速さを出せるだろうに。

いまだにその境地に達しておらず、がむしゃらに魔力を放出して非効率的な運用方法を実施しているのが目も当てられない。

街に着くころには魔力が四分の一も減っており、そんな状態で戦いになるのかとやきもきしたが、収納空間から小さな錠剤を取り出して口に含めると、たちまち魔力が回復して全快させている。


「そんなやり方で今まで戦ってきたのか?」


膨大な魔力に物を言わせて、足りなければ薬でもなんでも使用して力を得る。まさにドーピングではあるが、そんなことをし続けていればいずれ身体を壊すことになる。


「勇者にしては少々無謀な戦い方だな」


住人に襲い掛かる魔物を力任せに剣を振るい、剣の腹で魔物を吹き飛ばすエルソル。目の前の住人に血を見せることなく穏便に助けることができるだろう。子供もいるのだ。

住人を逃がし、次、その次と人々を助けていくエルソル。

血なまぐさい光景を見せずに魔物を絶命させ、優しく微笑みかけて手を差し伸べる姿が凛々しい。

返り血を浴びずに他者を助けるのは難しいものだ。それを全て無傷かつ無血でやってのけているのだ。魔力の扱いが下手な割に、そう言ったところは器用だな。


「エルソル私の下にいるぞ」


そう魔力を通して呼び掛けると、エルソルが瞬く間にやってきては、魔物を剣で切り伏せた。絶体絶命の急場を除いて刃を振るう。

つまり余裕があるということだ。


「お前は魔力を操るのが下手だな」


剣を、拳を、蹴りを利用して、魔物を一掃している傍らで、私は周囲を観察しつつ、急を要する場面だけを抜き取り、それをエルソルへと報告していた。


「二つ三つと魔力を快復させる錠剤を服用している時点で最高峰とは言えない」


「そもそも人間は魔力を使うのが下手だからね。だいたいは魔道具を使って魔力の使用を補助しているよ」


「お前のそれは魔道具ではないはずだが?」


「うん、ただの剣だよ。聖剣でも魔道具でもないただの剣だ。僕の魔力量に応じる武器が、どこにもなかったからね」


「ただの鉄剣を振るだけの勇者なんて初めて見た」


「聖剣様にすら避けられたよ」


と、魔力で会話をしていた。私がエルソルの魔力にパスを繋いでやったのだ。

魔力が減ると、それを通じて魔力を供給してやる。


「もう息切れか? 本当に魔力を使うのが下手だな」


「解ってるよ。人間だからね」


と、乾いた笑みを浮かべた。

最期の魔物を切り伏せて、エルソルは剣を鞘に納めた。

そして彼の前に降り立って、その胸に触れる。


「そんなに魔力を行使していては、身体を壊してしまうぞ」


「構わないよ。それで誰かの命を救えるなら」

自己犠牲の塊。

自分の命を顧みずに、他者を助けるその心意気、確かに勇者だ。


「私がお前の師になってやる。器用さと運で乗り切ってきた現状であっても、《世界》がバランスをとるために現実の修正を入れだしているのだ。今後の戦いではそのやり方は通じなくなる」


「解った」


「容赦はしないから覚悟することだね」


「ははっ、それは楽しみだよ」


――壊れた街から、瓦礫に埋もれた亜人たちの救助や、怪我人の治療を施していく。死んでしまったものを見て、エルソルは歯を食いしばっていた。


「この者らの運命が今日だっただけだ。お前が気にすることではない」


親を、子を、友を失くして悲痛に泣き叫ぶ彼らの声を聞いて、エルソルはさらに噛みしめた。

何にも知らない赤の他人のために、如いては亜人のために悔しさと悲しみを露にできる人間はそういない。勇者としての義務だけでなく、それこそ本当に他人を自分事のように受け取るこの優しい勇者を放っておけなくなるのが不思議だ。

彼はさらに救助に勤しんだ。暗くなり、ランプの灯りだけが頼りになった中でも、彼は必死になって救助活動に勤しんだ。私の探索魔法でスムーズにやっているとはいえ、存外この街は大きい。数千人規模のこの大きな街だ。まだまだ時間はかかりそうではある。


――


救助活動も落ち着き、国からの支援が届くころには、私たちは街を出て魔王場へとその脚を進めていた。エルフの大地とは真逆に位置するその場所への道のりはかなり遠い。長い旅になりそうだ。


「この世界は既に《世界》の干渉を受けている」


焚火を前にして、隣に座るエルソルに私は告げた。

辺りは既に真っ暗で、星と月の輝きが非常に綺麗だった。

「おそらく魔王の手下も復活しているだろう」


《世界》の修正力。

このたった二人の為だけに、《世界》が世界の在り方を変えてしまう。

平和だったこの周囲ですらあれなのだ。

魔王に支配された土地や、破壊された場所はもっとひどいはずだ。


「《世界》が敵、ってことか」


「そうとも言えるしそうとも言えない。結局は《世界》はただの理で、ただの概念なのだ。端的に言えば自然そのものなのだよ。誰の敵でも味方でもない」


「僕にとっては敵だね」


「そう偏った考え方をするな。魔王を斃すことだけに集中していれば良い。ポジティブシンキングと言うやつだ」


「……その言葉、今はもう使われてないよ」


「なんだとっ?」


「カッコつけた言葉はダサい風潮が今はあるね。堅実に、かつ分かりやすい言葉の言い回しが多いんだ。その場合、前向き思考ってよく言うかな」


「むう……精霊を通して外のことを勉強してきたのだが、古い情報だったか」


「古いも何も、もう五年も前の話だよ?」


「ん? ほんの少ししか経っていないではないか。たかだか五年だぞ?」


「人間なんて百年の寿命なんだから、そんな流暢に物事を考えているわけないじゃないか」


「その割には長い時間を掛けて悩む傾向にあるようだが?」


「そうだね。短いからこそその生を大切にして、いちいち一喜一憂するんだと思うよ」


「長寿のエルフには理解しがたい感覚だな」


「種族の壁というのは随分厚いようだ」


「むう……」


生の短さのわりに物事を深く考えるのはおおよそ人間くらいだが、人間とエルフでは体感する時間自体がそもそも違う。そんな中でも、世界の支配者になりうる強さを得てきたのだからおかしな話だ。

「不老不死を望む人間もいるようだが、悠久を生きることは区切りが無いということだ。それに耐えられる精神を人間は持ち合わせているのかな?」

「さあ、どうだろう。それでも、人間は順応しちゃうんじゃないかな?」

「飛行艇も、大型船も、魔法も――だろう?」

「そうだね。最初はみんな、おかしいとか無理無理とか言うんだけど、いざ目にして使い始めると、いつの間にか受け入れてるんだよね」


私は焚火に新たな木材を入れた。

隣で座禅を組みながら魔力に集中し、魔力のパスで会話をしていた。それと並行して、私の手を掴み、その手から流す魔力に対して同じ魔力を流して相殺する訓練をさせてもいる。

二重三重と並行して訓練するのは初めは辛いが、やっていると慣れてくる。


「優秀な弟子を持てて私は嬉しいぞ」


「それは嬉しいよ。エルフの大地だともっといるでしょ?」


「優秀ではあるが、実力者ではない。魔王の手下を斃せるほどではないからな。お前には期待している」


魔力から伝わってくる彼の感情、そして記憶。

意図してそうしている訳でなく、勝手にそうなっているのだ。魔力の相互は時に挨拶や理解のために使われるときもある。勿論、そう簡単にできるわけではなく、魔力が多ければその分の情報を魔力に乗せやすい。亜人たちの親密性が高いのはひとえに魔力が多いからだ。


「それでは次に、魔力の解放と閉塞を交互にやってみようか。全力で放ち、全力で抑えるんだ」


「解った」


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