1 旅路へ
全21話の更新です。
世界が始まったのは、ほんの数十億年前。
その中でたったの数十万年に及ぶ年月しか経っていないこの世界を、その数十億年にも及ぶこの星の生態系や生物たちを残虐に殺してきた生物――人間。
更に欲深いことに、この星の資源を食い荒らすだけにとどまらず、我らエルフや、他の種族たちを奴隷に堕とし、死ぬまでこき使い、ただ殺すためだけに殺し、その命を刈り取ってきた――全種族から目の敵にされても仕方のないことばかりを、彼らは繰り返してきたわけだ。
とはいえ、我らエルフもまた、その繰り返すという過程においては、人間たちとさほど大きく違いがないというのが恥ずかしい限りだった。
「――何故ここへ来た」
一般的なエルフの寿命は五百年。ハイエルフなら千年。エンシェントエルフなら一万年は生きる。かく言う私もまたエンシェントエルフであるがゆえに、すでに一万歳と迎えようとしていた。直に精霊へと昇華しようしているこの身体。約二百年前にいたエンシェントエルフのマイル様が精霊へと昇華され、精霊王の一角として世界の理の任を承っている。
「魔王を討伐するために、是非とも力添えを願いたい」
この世界に生きる全ての種が、すべてを支え、すべてが自然に調和する世界であるこの《場所》で、だが人間はこの世界を食い荒らす害虫だ、しかしそれもまた自然なことで因果律に基づく必然性。始まりがあれば終わりがある。人間の手によって終わるのか、はたまた別の要因で終焉を迎えるのか、それは精霊王、如いては神のみが知ることだ。
「我々が手を貸してもお前たちの運命は変わらない」
魔王が生まれたのは、この世界のバランスをとるための措置だ。人間を、他種族の亜人を殺して数を減らすための救世だ。ゆえに、彼らが魔王に殺されるのは道理であり、そして彼らが魔王に対抗するのもまた道理だ。
「世界を護るためだ。頼む」
と、毅然として言い放つその威勢や良し。だが私には何のメリットもない。何をどうしようが、すべてバランスを保つためだ。必要なものを創造し、不要なものは排除する。それが如何に世の中に貢献するものであれ、それが《世界》を破壊するものであれば、等しく淘汰されねばならないのだ。
「国々が今、魔王の手によって破壊の限りを尽くされているのは、知っている。だが《世界》の道理だ。《世界》にとって不都合だからこそ起こった必然だ」
「僕の国には大切な家族がいる」
「その家族が生きるか死ぬかも《世界》の道理だ」
「一方的に世界を壊すのがバランスだというならあまりに理不尽だ」
「魔王の手下を葬る力を持っているのに、理不尽だと? 言っただろう。この世界を壊したのはお前たち自身だと」
「それを正すことができるのもまた人間だ」
またも毅然として、人間は言い放った。
その抗う使命を託されたのが勇者という役割だ。
魔王の手によって破壊された世界を救済するのが、勇者だ。
だが――。
「興味が無い」
「なっ……」
愕然とする人間。
その顔を見れて私は大変満足だ。胸が躍る。
「そもそも私はこの世界にはもう未練が無いのだ」
しんと静まり返る謁見の間。
解りきった言葉を長たる私の口から発せさせた、その勇者に呆れていた。
「私はこの世界を九千九百年見てきたが、この世界は何も変わらない。以前の村長だったマイル様の代、さらにはその前の代から延々と続いてきたこの《世界》の、幾たびも振るわれてきた暴力と破壊、そして再生と創造――人間がこの世界を支配する前の支配者は、何を隠そうエルフだったからね。よく解っている」
「……」
その言葉を聞いて、人間が目を丸くした。
「人間が生まれる遥か以前、それこそ魔法と文明を使ってこの世界を支配していたのが我々だった。好き勝手に暴れて他種族を奴隷のように扱い、我こそが世界の覇者だとふんぞり返っていた。だが《世界》は見過ごさなかった。道理に漏れず、私たちのご先祖様は多くが疫病や災害、果ては魔王によって滅ぼされかけたが、歴代最強のエミリア様によって、エルフの辛うじて存続を許された」
――だからこそ今この地で私たちは、エミリア様が創り上げたこの《場所》で、エルフとして生き、エルフとして死に、精霊へと昇華する道を歩み続けている。
《世界》を壊した罪として、《世界》を見守る者としての責務を果たす――。
「……悲しい結末だな」
そう口にした人間に、エルフたちの視線が一斉に集まった。
ある者は怒りを、ある物は憎しみを、ある物は呆れを、ある物は哀れみを。
放ったその一言で、この場にいるすべてのエルフを感情的にするには十分だった。
「悲しい?」
私もそれに反応する。
感情というより好奇心だろうか。
「うん、あなた達は《世界》に縛られて生きるだけの奴隷だよ。行いに対する罰としては当然だな」
怒号が飛んだ。飛び交った。
殺意を乗せ、侮辱だ何だと人間に向かって声を上げるエルフたち。
中には涙して言葉を発するものもいたが――それにしても。
「ああ、言っていることは間違いではない」
そう言うや否や、会場内が静まり返った。
理解しているからこそ、認めているからこその感情。それを可哀想と言われる筋合いはないからな。
「だったら何故、世界を救う手助けをしてくれないんだ」
「我らは《世界》と向き合っているのであって、世界と向き合っているわけではない」
「……エルフらしい言葉だな」
別段、外との繋がりを完全に断っているわけではない。交易や貿易だってしている者もいるし、外へ出るエルフもいる。冒険者や研究者として名をはせているエルフも多くいるくらいだ。
だがそんな彼らも結局は最期にこの地へ戻る。その身体を《世界》へと還すために、自分がいた痕跡を、身体を世界に残すことなく去っている。
祝福で満たされていながら、エルフという種族は確かに《世界》に呪われ続けている。
人間がこの《世界》を壊し続けるのと同じように、私たちもまた《自我》を壊し続けている。
「面白いことを言うな、人間。お前たちを助けたところで何も意味はない。《世界》に準ずる私たちにとって、この世界の行く末などそこまで価値を見ていないのだ」
「だが言ったように、それは《世界》に縛られた奴隷だ。やりたいことをするエルフが外に出るのがその証拠ではないのか?」
と、真剣な眼差しで私を見てくる。
存外嫌な気分はしない。この者に抱くこの既視感を何故か無視できないのが不思議だ。
「人類が生き残る価値はあるか?」
「ある」
即答だった。
雄々しく、覚悟のある目。そして何の疑いもなく、すべてを信じようとするその目を。
嘘偽りを述べている波動はなく、、落ち着いた穏やかな顔つきをしている。当たりを漂う精霊に観察してもらっても、やはり彼から放たれる輝かしいほどに澄んだ黄金色の波動からは、一片の濁りもなく、ただ本心のままにそう告げているのだと理解させられる。
「お前は面白いな、人間」
「エルソル」
「うん?」
「僕の名前はエルソルだ」
落ち着き払った姿勢で、エルソルは言った。
「――そうか」
不意にキこえた《精霊王》たちの声。
エンシェントエルフが寿命を迎えつつあると、精霊王の声をきくことが出来る。
私の寿命は一万年。やはり先代に漏れず、エンシェントエルフの寿命はそうらしい。
きこえてきた声には、憂いと心配を抱いた声が聞こえる。
やめておけ、《世界》を裏切ることは許されない、と。
「解った――貴方の願いを聞き届けよう」
「ありがとう、本当にありがとう」
勇者が頭を垂れて感謝を示した。所作も言葉遣い同様ぎこちないものではあったが、その内に宿る気持ちは本心だった。輝く星の如く、まるで太陽のような者に、私は胸を躍らせてしまった。
《精霊王》たちの慌てる声が聞こえたが、私はその声を敢えて無視する。
この胸の高鳴りが何なのかを知りたいのだ。
エルフたちに少々動揺が走ったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「ではすぐに出発しよう」
「え」
驚き、顔を上げるエルソルに、私はしてやったとクスリと笑った。
「すぐに?」
「そうだ。私は常に備えている。外に出ることも、村を守ることも何もかもに対して備えは万全なのだ――セイラ」
「はっ」
玉座に座る横で、傍付きとして世話をしてくれていた彼女に、口を開く。
「村のことはお主に任せる――この国の新しい女王はお主だ」
「謹んで背任致します」
「お主ならこの地をしっかりと守ってくれると信じている。期待しているぞ」
「お任せください」
かしずく彼女の頭に、私の冠を移した。
儀はない。
形を模しただけのそれでは何の意味もない。所詮はその心意気――心にこそある。
周囲のエルフたちもかしずき、セイラを讃えた。
私の意向はエルフの意向、エルフの姿が種族の在り方。
玉座から立ち上がり、目の前の階段を下りる。
少し緊張した面持ちで私を見るエルソルに、私は頬を緩ませた。
「貴方は随分と逞しい男だな」
心身共に強靭な力を秘めている。
魔王の手下を葬る源を持つ勇者としては、これまでのどの勇者よりも――。
「ありがとう」
ニコリと笑顔になるその表情もまた――十八には見えない深い悟りを抱いていた。
「私にできることは多くない。お前のこれからはさぞ大変だろうな」




