第八幕・宵闇の旅団
『…』
つい先ほどまで、戦地で舞っていた花弁がピタリと止まる。
同時に第五部隊長ヒュージンの実体が顕わとなった。
標的が完全に消失した為、戦闘態勢を解いたのだ。
「どげんー?上手くいっとー?」
ヒュージンの傍らで、ほわわんと煙が舞い上がる。
そしてその煙の中から、第八部隊長リスキーが姿を現した。
先程まで雲の上で昼寝時間していた彼だが、彼の感知魔術は部隊長の中でも一級品。
例え空の上で微睡の中にあっても、地表の重要な局面を見逃すことはない。
そんなリスキーに対し、ヒュージンも筆談で応える。
尚、ヒュージンの筆談にはペンも紙も必要ない。
自身の頭上に表示画面を出現させ、適度にスクロールする文章を提示するのだ。
『標的逃亡。第三勢力の介入により、追撃無用と判断』
「ふぉふぉ、珍しか~。ヒューちゃんの必殺、空振りに終わるん」
『雑談無用。西方支部へ、至急帰還』
「よかたい。おいちゃんも帰る。帝国との戦争も、もう直きよ~」
リスキーはからからと笑うと、煙となって姿を消した。
一方のヒュージンは、視線を自分の右手に移す。
正確には人差し指の側面で、其処には小さな擦り傷を負っていた。
『…ツギハコロス…カナラズコロス…』
それは花と消える前の、ヒュージンの独り言。
抑揚のない、酷く入り混じった音調。
まるで質の悪い変声機を使っているような、地声かどうかも疑わしい独特さ。
ただしその内に秘める、凶悪な殺意だけは疑いようもなかった。
一方で死地から逃げ果せた明日香とナトラルは、共に東南の方角へと疾走。
その先には名もない森が生い茂っており、宵闇の旅団の6番基地が存在している。
「…お、来たゾ」
「あれ、何か変なのが付いてるナ?」
二人が6番基地へ到着した際、先ずはゼルとテールの兄妹が出迎えた。
また他の団員も事前の連絡により、既に何名かが集結していた。
そしてそんな彼らの視線は、自ずと団長の傍らに居る部外者へと注がれる。
「…オイラ、知っているぜ。ありゃあナトラル・レガートだぜ」
二人が合流してから第一声を放ったのは、ボサボサに伸びた緑の髪と非常に鋭い犬歯を持つ少年。
見た目は正に野生児そのもので、全身の肌は傷だらけ。
またちゃんとした服を着ておらず、黒い毛皮で局部を覆っているだけの格好。
名はセセリ、団員の中で最も野戦に長けている。
「ううう、嘘やん!?ななな、ナトラル・レガートって、おおお、【音無の閃光】やん!?かかか、統制機関の正規員やーん!?」
盛大に震える第二声は、高く垂直にフェードカットされた金髪が特徴の青年。
派手なスキーゴーグルをしており、レンズが着色されている為に目元は隠れている。
また服装は過剰とふっくらしたウィンドブレーカーにトレッキングパンツと、まるで登山家の様相。
名はアルデン・ティーン、団員の中で最も工作を得意としている。
「コココ、元ぞえ元。今は権力の座から失墜した、哀れな傭兵風情ぞえ」
第二声に呼応したのが、とんがり帽子と白髪のツインテールが特徴の矮人族。
見た目は幼気な少女だが、口調は何処か古風が漂う。
また黒いローブにマントを纏い、箒を携える姿は魔女のイメージそのもの。
名はキュイシーヌ、団員の中で最も毒に精通する。
「個性的で御座るな、旅団の方々は」
「ええ。旅団には、この世界の問題児しかいませんから」
「ケヒヒ、酷い言われ様だナ」
「キシシ………で、団長。部外者はどうしたんだゾ?」
「…そうですね。折角ですから、自己紹介してもらいましょうか」
「おお、挨拶は基本で御座るな。では改めて………ナトラル・レガートで御座る。アスカ殿、ひいては旅団の方々を援けるべく、全力を尽くすで御座るよ」
ナトラルは実に朗らかな笑顔を浮かべながら、団員達に向けて一礼する。
しかし挨拶を受けた団員達が、ナトラルへと向ける視線は酷く冷たかった。
盲目である筈のナトラルが、気配だけで思わず一歩を退く程に。
「…貴方達、どうしたのですか?何か不満があるのなら、全て私に申してください」
「だだだ、大丈夫やん!ぼぼぼ、ぼくちんは団長さんの忠実な下僕やーん!ななな、仲良くするやん!」
「ケヒヒ、右に同じく」
「キシシ、左に同じく」
「…えーと、正面に同じく、だぜ?」
「コココ………団長、吾は甚だ遺憾ぞえ。こ奴はかつて、部隊長候補と謳われた女郎。ともすれば、未だ統制機関との繋がりがないとも限らんぞえ」
「承知の上ですよ。寧ろ見方を変えれば、部隊長候補は戦力として申し分ないと言う事ですから」
「…そもそもだぜ?かつて【沼底の魔女】と謳われたアンタが、【音無の閃光】に対する遺憾とか、どの口なんだぜ?」
「そそそ、そういえば忘れてたやん。きゅきゅきゅ、キュイシーヌも、ももも、元は統制機関所属だったやん?」
「ケヒヒ、前に団長に教わったナ。これって確か、同じ穴のムジナって言うんだよナ?」
「キシシ、違うゾ兄ぃ。これはきっと、自分を棚に上げるの方だゾ。だからもっと質が悪い奴だゾ」
「…おのれ、貴様らぁ。随分と減らず口を…」
「…そこまで、積もる話は後にしてください。先ずは各人、活動の報告をお願いします」
団長が促すと、団員達は即座に気持ちを切り替え、各自の報告を行う。
先ずゼルとテールは、引き続き統制機関内部への潜入を模索中。
続いてセセリは自らの足で稼いだ、戦時下における世界情勢を先ずは報告する。
そして以降も東奔西走し、情報収集に努める事を約束した。
またアルデンは旅団内の伝達手段を増やそうと、専用の通信機を試作している最中だ。
これは団長である明日香から着想を得ており、現代のスマートフォンを模している。
最後にキュイシーヌは自作した魔封器を幾つかお披露目した。
何れも漏れなく彼女特製の毒が仕込まれており、掠り傷だけでも致命傷に繋がる。
尚、今回のメンバー達にはデザイン面が凶悪いと不評だったため、一旦はお蔵入りとなった。
「…では最後に私から。つい先ほどの事ですが、私は統制機関西方支部長ヒュージンと交戦しました」
「ううう、嘘やーん!?ももも、もう三人目やーん!?」
「…本当に無茶するんだぜ。だけど、無事って事は仕留めたのかぜ?」
「…いいえ、残念ながら。寧ろ、危うい所を彼女のお陰で命拾いしました」
「ケヒヒ、成程ナ」
「キシシ、納得だゾ。ソイツは団長にとって、命の恩人って訳なんだゾ」
「ええ。もっとも、恩人だからと手拍子で旅団へと迎える訳ではありませんよ。当分は常に私の目に留まる範囲に置き、様子見します」
「コココ、それは何とも見物ぞえ。何せこ奴は、かつて自分を取り巻く全てを台無しにした女郎。如何に団長とて、手に負えるか…」
「…大丈夫で御座ろう。かつて自分の取り巻く全てを裏切り捨てた、魔女殿の手綱を握れているようで御座るから」
「「あ」」
ゼルとテールが思わず、素っ頓狂な声を調和させる。
ナトラルの発言は、キュイシーヌにとって最大の逆鱗だったのだ。
しかしキュイシーヌの発言もまた、ナトラルにとって最悪の地雷だった。
結果、何方ともなく、静かに自らの武器を構える。
そして次の瞬間には、相手に対する凄まじい敵意を放ちながら臨戦態勢を取った。
「あああ、あわわわわーっ!」
「おぉい馬っ鹿!何を二人してマジ切れしてんだぜ!」
セセリの言う通り、対峙する二人は激昂している。
互いが最も得意とする五大属性、即ち風と水の属性が肉体から浮き彫りとなっているのだ。
魔術の波動は未だ放たれずとも、周囲を震撼させる次元。
かつて統制機関へ正式に身を置き、異名で語られた格を互いに体現している。
しかしその状況下で、ゼルとテールは別の方向に対して慄いていた。
「双方、鎮まりなさい。旅団内での喧嘩は、ご法度です」
制止は麗しくも、強い語気であった。
そして眼帯と言う、唯一の封を解かれた【簒奪】の魔眼が、対峙する両名へと向けられる。
魔眼の紺碧の輝きは、例え味方であろうとも等しく、そして容赦なく弱体化を与えるのだった。
「お、ろろ………これは、貴殿の魔眼で御座るか、アスカ殿…」
「ぬ、うっ………よ、止さぬか、団長。これは、喧嘩ではない。た、単なる戯れぞえ…」
「…私は余り冗談が通じないと、貴女ならご存知の筈でしょう?」
「す………済まぬ。どうか、平に頼むぞえ…」
「…宜しい。ただし、次はありません。ナトラルさんも、どうか我々の方針をご理解ください」
「しょ、承知で御座る…」
キュイシーヌの謝罪とナトラルの理解を経たところで、明日香は漸く紺碧の輝きを眼帯で封じた。
時間にしてほんの数分間ではあるものの、魔眼の効果を受けた二人は既に立っているのがやっとの状態。
一方の明日香はヒュージンとの戦闘ダメージが消え、ほんの少しながら昇段もしている。
「さて、もう他に報告のし忘れはありませんね?ならば、これにて解散とします。次の会合までに、各自の健闘を祈りますよ」
明日香は全員を見渡しながら言葉を締めくくる。
同時に団員達は、其々の移動方法であっという間に姿を消した。
斯くして6番基地には明日香とナトラルの二人だけとなる。
「…ナトラルさん。団員達の手前、ああ言いましたが………貴女は基本的に自由です。もし主人の下に帰ると言うなら、ご自由に」
「お気遣い、感謝するで御座る。確かに定期的な連絡の為、外すことはあるで御座ろうが………暫くは、近くで貴殿を見守らせて頂くで御座る」
「心強い限りですが………貴女ほどの実力者を欠いて、帝国側は痛手ではないのですか?」
「心配ご無用で御座るよ。主殿の元には、綺羅星の如く勇士が集っているで御座る。拙如きが居らずとも、大局に影響はないで御座ろう」
「…ふふふ、安心しました。相変わらず、あらゆる者達をあらゆる波乱へと巻き込んで………本当に、はた迷惑な男です」
「…やはり、お二人は親しい間柄なので御座るな」
「…まぁ、六年の付き合いですから」
「…アスカ殿。もし良ければ、もっと貴殿の話を聞かせて貰えぬで御座るか?」
「…私の話、ですか?またどうして?」
「見ての通り、拙は盲目で御座る。故に繰り返し対話をすることで、諸人との間合いを掴むのが常なので御座るよ」
「…成程。貴女は、私を推し測ろうと言うのですね?そしてあわよくば、私の弱味を掴もうとしている………自分の主の為に」
「おーろろ、それは誤解で御座る。拙はただ、貴殿なら主殿の意外な御姿もご存知で御座ろうから…」
「…」
「…あ、あいや実の所?何故に貴殿が、統制機関と敵対しているかなど?経緯など諸々に聞いておきたいことがあるのも事実で御座るが…」
「…まぁ、良いでしょう。彼の側近である貴女には、話しておいても良い。少し、長くなりますが…」
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




