第七幕・魔眼
無数に舞う、色とりどりの花弁。
その一片一片を更に彩る様に、幾度にも交差する二つの影。
片や白銀の双刃を振るい、突き刺す様に踏み込む
片や二丁の鉄扇を広げ、舞い踊る様に立ち回る。
その姿は、まるで蜂と蝶の戦い。
型は違えども、決して互いに勝利と言う蜜を譲る事はなく、恐ろしいほどに華々しい。
「くっ…!」
ギィンという激しい音と共に、互いの武器が火花を散らす。
同時に両者の間に少しだけ距離が空いた。
正確には明日香の方から、間合いを作った。
これは互角の戦いを繰り広げる最中、彼女が大きな違和感を感じていたからだ。
(…おかしい。これだけ魔眼の影響下でありながら、相手には全く動きに淀みがない…)
明日香の左目に宿る紺碧の魔眼は、既に発動している。
異世界においても目を見張る体術の彼女だが、第二部隊長と第三部隊長に勝利したのは、あくまでこの魔眼の効果が大きい。
そしてこの効果と言うのが、先ず対象の弱体化だ。
具体的には対象の身体能力や魔術に、大きな出力低下を引き起こす。
しかもこの低下には、下限という概念がない。
時間の経過とともに効果は加速し、何れは相手の全活力を奪い取り、赤子同然にまで追いやる。
(第二部隊長、第三部隊長でさえ貶めた。同格とて、例外ではない筈………しかし)
明日香の感じている違和感は、一つだけではない。
実は彼女の魔眼には、もう一つの効果がある。
それは対象から奪った活力を、宿主へと変換すること。
これにより明日香は、ただ相手を視ているだけで、自然と上昇する。
しかも相手は、視られただけで下降していくという仕様。
これがもしTVゲームならば、正しく規格外である。
しかし今回は、未だにその恩恵を感じられないでいるのだ。
(…条件を満たせていない?或いは、何か対抗策が施されていると考えるのが自然か…)
原則として、魔眼の効果は防御魔術では防げない。
しかし魔眼には発動する為に必ず条件が存在し、その上で成功の判定が必要となる。
例えば連続誘拐犯バドラック・マージが持つ【魅了】の魔眼は、対象が異性に限定されている。
その上で異性との視線が、魔眼と交差することで初めて条件を満たす。
この際に対象となった異性が、同じく宿主を異性と認識すれば成功の判定。
症状に関しては精神面による個人差が出るものの、いかなる防御魔術でも魅了効果自体には抗えない。
しかも時間をかければかける程、効力は強くなって行く。
一方で明日香の持つ魔眼の場合、対象が生物であれば前提は解決。
その上で魔眼の効果範囲に、対象の身体が少しでも入っていれば条件を満たし、その時点で成功判定となる。
ただしこの効果範囲に関しては、大きな制限がある。
魔眼より常に放たれている紺碧の光、即ち光域が届く所まででしか魔眼の効力は及ばないのだ。
光域は正面から凡そ半円を描いたような射程となっており、距離にして約25メートル。
しかも遮蔽物の影響を受ける為、実戦での効果範囲は数字ほど広くない。
それでも判定が常時行われる事から、単なる牽制としても非常に効果的ではある。
また一度奪った活力は、例え宿主が死んでも決して初期化されない。
魔眼に奪われた者は、再び経験値を積み上げる事でしか、人生を取り返す手段がないのだ。
故に魔眼を、【簒奪】の魔眼と呼ぶ。
(…ふふふっ、結構。元より死活の瀬戸際。魔眼に頼らずとも、己で切り開くのみ!)
紺碧に輝く【簒奪】の魔眼と、白銀に煌めく魔封刃・宵闇。
何方も異世界で手にした、彼女の強力な武器である。
しかし彼女が持つ本来の武器は、そのしなやかな肉体。
極真空手を主軸にした、実践を見据えた武術こそ真髄。
その特有の構えはこの異世界において、唯一無二となる。
対するヒュージンも唯一無二を理解し、静かに身構えた。
「赴っ!」
掛け声と同時に、明日香は距離を詰めにかかる。
ただし接近は、凡そ歩行と呼べる代物ではない。
空手特有の構えを保ったまま、予備動作を悟らせない、瞬間的な移動。
前に、横に、斜めにと、その角度は自由自在。
これこそ彼女が練磨の末に辿り着いた、縮地法である。
「威っ!」
空手における基本中の基本、正拳突き。
中段へと向けた正拳は、縮地法に因る特殊な移動により、威力が相乗されている。
真面に食らえば、骨まで砕くだろう。
「っ!?」
しかし明日香の正拳は、命中と同時に空を切った。
正確にはヒュージンの身体が、文字通り花と散ったのだ。
そして次の瞬間には明日香の背後へと回り込み、二丁の鉄扇を振るう。
「射っ!」
多くの格闘技で見受けられる、後ろ蹴り。
正拳を外された明日香は、即座に反応して繰り出した。
そして足蹴も、命中と同時に空を切った。
同時に明日香は悟る。
自身が最も得意とする打撃だけでは、決して通じない相手と。
「武っ!」
後ろ蹴りと同じく、多くの格闘技で見受けられる手刀打ち。
再び背後を取られた明日香だったが、この技を腕に備わる魔封刃と共に放った。
しかし、魔術へ対抗する為の刃ですら、命中と共に空を切るのだった。
(手応えはある………しかし、打撃も魔封器も同じ反応………決して幻ではない。その上で消えては現れを繰り返す………つまり、相手は…!)
明日香の導き出した結論、それは相手が分身魔術の使い手であること。
団員であるテールと同じく、自分とほぼ同じ性能の分身を作り出している訳だ。
その場合、当然ながら分身が受けたダメージは本体には皆無。
また分身は魔術で構成されている為、生物を前提とする明日香の魔眼は発動しなくて当然である。
(…私に残された勝ち筋は、何処かで分身を操作している本体を見つけること。しかし…)
明日香の脳裏に過る、最悪の可能性。
それはヒュージンが分身魔術だけでなく、変身魔術も併用していること。
分身魔術は分身を高性能にすればするほど、遠隔操作は難しいという泣き所がある。
ましてや分身がやられた後、敵の背後へ新たな分身を正確に出現させるとなると、そもそも敵が視える位置でなければならない。
しかし、これに変身魔術が併用されると話は別となる。
実際に兄と妹が揃った時、大国を揺るがす程の攪乱能力を発揮した事は、他でもない団長自身が誰よりも知っている。
(もし………もし、この風に舞う花弁全てが、そうなのだとしたら…?)
頬を滴る、一筋の冷や汗。
ヒュージンとの戦闘開始から、周囲を舞い踊る色とりどりの花弁達。
もし予想が当たっているのなら、明日香はこの全てを打ち払う必要がある。
それは決して終わらない、マラソンに等しい。
「ぐっ…!?」
明日香の体勢が少し崩れる。
ヒュージンによる鉄扇の一振りが、明日香の背中へと打ち据えられたのだ。
対する明日香はすかさずカウンターを繰り出すが、相手は分身なので命中しても無傷。
そして次々と、際限なく現れる。
しかもまるで明日香の内心に応えるように、同時に二体三体と増え始める。
自ずと明日香は四方八方の対応に追われ、次第に防戦一方となる。
「がっ…!?」
脳天に響く衝撃。
盛大に揺らぐ視界。
僅かな隙を突かれ、人体の急所である後頭部へ鉄扇が打ち据えられたのだ。
幾ら心身を鍛えようとも、明日香が人間である以上、弱点の摂理には抗えない。
信じる構えは崩れ、鍛えた体は倒れ、強い意識さえも僅かに途切れる。
そして必殺の瞬間を、ヒュージンが見逃す筈もなかった。
「決着は行かぬで御座るよ、ヒュージン殿」
一瞬だった。
明日香へと群がるヒュージンの分身達が、一斉に花と散った。
そして倒れた明日香の元には、伝統衣装を装う銀髪褐色肌の女性が姿を現した。
同時に彼女の腰に提げられた、刀剣の鯉口が鳴る。
しかし音は、抜刀時に因る物ではない。
既に抜き放った刀剣を、今し方に納めた為だ。
「…出過ぎたで御座るか?」
「…いいえ。最高の助太刀でしたよ、ナトラルさん」
「重畳で御座る。しかし、よもや相手がヒュージン殿とは………難儀で御座るな」
「…ええ」
明日香は応えつつ、ナトラルが光域に入らないようにと、背中を預ける形で体勢を立て直す。
幸いナトラルが介入したお陰で、ヒュージンの分身達による攻撃は一先ず落ち着いた。
しかし未だ周囲には、無数の花弁が舞っている。
この全てが消えない限り、ヒュージンの襲撃が止んだことにはならない。
「…率直に伺います。我々二人掛かりで、勝機は?」
「…至難で御座るな。ヒュージン殿は部隊長の中でも、特に底が知れない方で御座る」
「…そうですか。ならば…」
「おっと、焦らなくても良いで御座る。此処は拙が、確実な突破口を作るで御座るよ」
「…解りました。では、この場は貴女に託します」
「おろろ?いやに潔いで御座るな?貴公はかなり慎重な方だとお見受けしていたで御座るが…」
「…別に、貴女を信じ切った訳ではありません。けれど、貴女を遣わした彼の事は………嫌でも信じられるので」
明日香は言葉と共に魔封刃を収納し、眼帯で魔眼を覆う。
そしてそれ以上は何も言わず、ナトラルが作るであろう引き際を見図る。
その様子を背中越しに感じているナトラルは、何処か満足げに微笑んだ。
しかし次の瞬間には威儀を正し、今一度の抜刀態勢へと移る。
同時に周囲を舞う花弁から、再びヒュージンの分身達が大挙して押し寄せた。
「…いざ、参る…」
普段は常に閉じられているナトラルの両眼が、この瞬間に見開いた。
そうして瞳孔を持たない、白銀に彩られた眼差しが露わとなった。
白銀は彼女が生まれつき盲目であると同時に、ある特殊性を持つ証。
実は彼女も、魔眼の持ち主なのだ。
その対象は無制限であり、判定はこの世界全体にまで及ぶ。
条件に関しても、ただ両眼を開くだけと言う破格っぷり。
ただし効果時間は、眼を開いてから僅か10秒だけ。
それ以上は彼女の意識が保たない。
『…夢幻斬…』
抜刀、そして一閃。
斬撃を10秒弱、魔術も併用し、超高速でひたすらに繰り返す。
その速度は1秒だけでも、10人は容易く斬り伏せるだろう。
何よりこの10秒弱は、あくまで彼女だけの体感に過ぎない。
他の者は、そして世界は、彼女の眼が開いてからの10秒を決して認知できないのだ。
認知不可こそが、ナトラルの魔眼。
ナトラルからすれば、世界の全体が停止して視える。
世界からすれば、ナトラルが突如として全体から消える。
故に魔眼を、【夢幻】の魔眼と呼ぶ。
「…アスカ殿!」
「…了っ!」
制限時間が迫り、再びナトラルの両眼が閉じられる。
同時に明日香も、現状を認識する。
何時の間にかヒュージンの分身が消失しただけでなく、周囲を覆っていた花弁が半減していた。
当然ながら先程までの包囲網は、虫に食われたかの如く穴だらけ。
穴は二人が脱出するには、十分な隙間だった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




