第六幕・狼煙
「…驚きでありますな。兄と妹は各地で軽犯罪を繰り返す、陳腐な悪質集団に過ぎなかった筈でありますが………件の異世界人が、旅団まで肥え太らたでありますか」
浅葱色をした肌とハーフリムの眼鏡が特徴的である白髪の女性が、机の前で呟く。
彼女はカレンデュラ東方支部長にして、第四部隊長ベロニカ・ゲーティス。
普段から薄紫色を基調としたセーラー服とスカートを着こなす、高貴な血統の魔人族である。
しかも彼女はこの世界における裁判官としての顔もあり、法を司る統制機関においては最重要な立ち位置にいる。
重要人物が只今はマックとアクアテイル、二人の部隊長襲撃事件に関わる、【宵闇の旅団】について書かれた資料と対面していた。
「ほんそれな~。お陰であ~しまで出張んなきゃならなくなったじゃ~ん?マジ、迷惑っしょ~」
ベロニカの発言に、ベレー帽を被った緑髪ロングの女性が応える。
彼女はカレンデュラ本部所属にして、第九部隊長ミストレイ・ル・フェルメール。
背中が大きく開いている桃色のセーターの上から、わざわざ袖が余る白衣を着用する、非常に開放的で有名な常人族。
今回はしっかりとペンシルスカートを履いているものの、時々ボトムスを履き忘れるという悪癖があり、その際はガーターベルトと桃色のインナーを周囲に曝してしまう。
しかしそんな彼女もベロニカに劣らぬ知識の持ち主であり、歴史家としてもこの世界では非常に著名である。
現在、丸眼鏡を掛けながら目を通している書物も、過去の論文を一挙に取り上げた分厚い一冊となっている。
「…随分と軽いでありますな、ミスト氏。マック氏に続き、アクア氏まで襲撃されたのでありますぞ?」
「知ってる~。でもさ~、ぶっちゃけあんま関係なくな~い?別にいつも通りで良いじゃ~ん?」
「…どうしてでありますか?」
「いやほら~。あ~し等、明日にでも海神帝国と戦争るかもな訳でしょ~?」
「…左様でありますが」
「じゃあ~、どっちもどっちじゃ~ん?帝国との戦争と~、旅団との抗争の危険度なんて~」
「む、むむ。確かに、何方も非常事態ではあります」
「でしょ~?だからさ~、何が起こっても良いように~、あ~し等は今の内に女子会と洒落込もうぜ~。普段あんま絡まないんだしさ~」
「…いやいやいや、そんなの駄目であります!寧ろ、部隊長同士で協力して双方に備えるべきであります!」
「ありゃ~、やっぱそうなるか~。レイラっちなら『それもそうか』って言ってくれるとこなんだけどね~」
けらけらと笑うミストレイに対し、ベロニカは徐々に辟易とし始める。
元より彼女は、ドルガーによる此度の采配を疑問視していた。
四方の支部へと本部の部隊長を出向させる事は妥当でも、その組み合わせに関しては余りに不適切だと。
実際に南方支部は性格や思想、得意とする魔術の属性まで正反対な組み合わせだ。
そして東方支部は知識面では通じるモノがあるものの、仕事に対する姿勢は真逆の二人。
誰よりも職務に真面目な部隊長と、誰よりも職務に不真面目な部隊長という組み合わせ。
実際に二人が統制機関において、これまで同様の作業を行う機会は決してなかった。
(アクア氏は出来ないからやらないに対し、ミスト氏は出来るのにやらない方………やはり本職には、理解できない性質でありますよ)
「んお?何か鳴ってるよ~、ベロっち~」
「むむ、であります」
ベロニカは自身の通信機を机から取り上げると、通信に応じる。
相手は北方支部長代理のレイラからで、開口一番にベロニカとミストレイの安否を伺った。
対するベロニカは、当然ながら共に健在であることを伝える。
そしてこの際、ミストレイが身振りで通信をスピーカーへ切り替えるよう希望。
ベロニカは不審に思いながらも、レイラに伺いを立ててから切り替えを行った。
「うぃ~っす、レイラっち~。北方での生活楽しんでるぅ~?」
『ああ、それなりにね。キミも楽しそうで何よりだ、ミストレイ』
「…レイラ氏、世間話が目的ならば他所でお願いしたいでありますが?」
『ああすまない、実は少し困っていてね。先日からヒュージンとリスキーに連絡が取れないんだ』
「んん~?そんなの、あの二人ならいつもの事じゃね~?」
「そうでありますな。レイラ氏も、不通はよくご存知でありましょう?」
西方支部長にして第五部隊長であるヒュージンと、本部所属にして第八部隊長であるリスキー・バン・ヘッジ。
現在、カレンデュラ西方支部で両輪を組む二人の共通点は、普段から殆ど連絡が取れないことである。
何故ならヒュージンは寡黙を通り越し、そもそも他人と一切の会話を行わない。
どうしても情報伝達が必要にる場合でも、常に筆談を用いる。
そしてリスキーは老体を理由に、日々の大半を寝て過ごしている。
代わりに情報伝達を必要としない程、びっしりと組まれた予定表の山を、前もって信頼する部下へと渡している。
こうした部隊の運用姿勢から、総帥であるドルガーでさえ直接の連絡は困難だ。
それでも連絡を試みるならば、先ずは二人の副官達を当たるのが、部隊長間では定石となっている。
『勿論、西方支部には連絡済みだ。寧ろ、だからこそキミ達にも連絡したんだよ』
「んん~?なんで~?」
『先達て、彼等の副官と話したのだが………どうやら二人して数日前から西方支部を空けているらしい』
「…それ、マジ?ヒュっちはともかく、あのおじじが活動してんの~?」
「…滅多にないでありますな。あの御二人が、自ら動くというのは」
『ああ、手前も相当な事情があると…』
レイラの考えは最後まで紡がれなかった。
何故ならこの通信の最中、凄まじい轟音が鳴り響いたのだ。
しかもこれは東方支部だけでなく、レイラの居る北方支部でも同じ現象が発生していた。
『…何の音だ、と聞くのは野暮だろうか?』
「…で、ありますな」
通信機を隔てながらも、レイラとベロニカは視線を同じくする。
その先には、四海に浮かぶ箱舟。
海神帝国アトランティスの象徴でもある、4つの要塞。
先程の轟音の正体は、この四隻が被弾した際の代物だった。
「…大規模な魔術の発動気配は、全くなかったでありますな」
『ああ、となればこれは魔封器に因るものだろう。それも、特大級の』
「あっはは~、おじじってば派手にやるじゃ~ん。もしかしてこれ、開戦の合図~?」
『…いや。どちらかと言うと、これは彼なりの敵情視察ではないだろうか?』
「…威力偵察でありますか。確かに、翁氏ならやり兼ねないでありますな」
部隊長三名は、早々に一連の事態に合点が行った。
魔術の痕跡が残らないと言う事は、即ち魔封器による芸当と確定する。
そして大規模な爆発と爆音から、この魔封器は特大の大砲、或いは爆弾と目される。
そんな目立つ代物を誰にも気付かれず準備し、更に悟られる事無く"着火"が出来る人物は、この世界においてたった一人しかいない。
「まずまずっとよー………ムニャムニャ」
青空という名の海原を、無数に漂う白い雲。
その1つに、彼は寝転がっていた。
第八部隊長にして、統制機関の軍事面を司る、リスキー・バン・ヘッジ。
火属性を得意とする第三段階の魔術師であると同時に、偉大なる発明家。
長年に亘り、この世界に存在する魔封器、その大半を手掛けたと謂われている。
そんな彼は今回、この数日で自ら超ド級な爆撃機を四機、対アトランティスに向けて用意した。
そしてこの爆撃機達は彼の魔術により、予め雲へと扮していた。
これによりアトランティス側の防衛力を測ると同時に、フィーリア側が奇襲したという事実が立ち消える。
何故なら本件は、『突如として雲の上から爆弾が落ちて来た』だけに過ぎないのだから。
(カレンデュラ第八部隊長………正に、煙の様な御仁ですね。まるで掴み所がない…)
地上から空へと続く、紺碧の視線。
左に魔眼を宿す彼女は、一連の出来事を観ていた。
理由は勿論、襲撃の機会を伺う為である。
もしリスキーの居場所が空中でなければ、疾うに三人目の襲撃事件が発生している所だ。
「…さて」
視線が外れる。
彼女の狙う標的が、この瞬間に変わったのだ。
ただし標的にされているのは、彼女自身も同様である。
辺り一面に美しい花弁が舞うその空間は、既に退路がない。
『…』
西方支部長にして第五部隊長ヒュージン。
性別、年齢、種族に至るまで一切が不明。
素顔に関しても黒いベールで覆われており、伺い知れない。
一方でその格好は、一言で言うなら中国における道士。
花柄が散りばめられた道袍を纏い、頭には肩幅にまで広がる冠巾をかぶり、足には雲履。
顔を隠しているベールも合わせることで、一見すると死体妖怪を想起させる。
「わざわざのご足労、痛み入ります。神出鬼没とは聞いていましたが、流石に動きがお早いですね」
『…』
「…失礼、確か誰とも会話はなさらないのでしたね。では、早速…」
手首のリストバンドから、魔封刃が出現する。
【宵闇】と名付けられた双刃は、曇る事のない鋭利な白銀の輝きを放っている。
対するヒュージンも、周囲の花弁を一層に舞い踊らせながら受けて立つ。
(最も邂逅の難しいと思われた相手が、かくも自ら挑んでくる。此方としては不気味なほど都合の良い展開………罠の可能性も十分にある。しかし、迷う暇はない!)
世界の理を覆す、目的の為にも彼女は止まらない。
第二部隊長、第三部隊長に続き、第五部隊長へと挑み掛かった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




