第四幕・ロンゾ山賊団
「…なぁおい、俺達は何時までこうしてりゃあいいんだぁ?いい加減に退屈なんだがよぉ?」
これは丁度、カレンデュラ正規員の四人が幕舎で揃った際である。
文字通り痺れを切らした態度で、龍が残る三人へと言い放った。
実は四人が到着してから既に三日が経過している。
その間、ロンゾ山賊団討伐部隊の指揮権は四人が預かっていた。
しかし今日に至るまでただ一度の出撃もない。
理由は先達て四人が挨拶回りに追われた日の翌朝、ミュウが話を切り出したのである。
「思ったよりも負傷者が多いですし、敵の陣容もはっきりと掴めていません。それに討伐部隊の方々との連携とかも考えないとですし、数日は様子を見ましょう」
これは龍やゴーレスにしてみれば、随分と消極的な意見だった。
しかし其処へアールシティが素直に同調したのである。
当然ながら二人の仲を知る龍とゴーレスは、当初は何事かと訝しんだ。
それでも二人が真剣であるとは感じたので、一先ずは納得した形だ。
自ずと討伐部隊全体にも四人の方針が伝わり、今日までずっと英気を養う様に務めている。
「んーと………もうあと数日だけ待ってください。そうすれば大丈夫ですから」
「冗談だろ、これ以上待って何になるんだ。負傷者の連中は大分回復してるし、出ようと思えばとっくに出れるだろが」
「んだべなぁ、俺っちもこんままだとナマっちまうだべよ。何なら運動がてら、俺っちだけでも様子見さしてくるべよぉ」
「…何処まで短絡的ですの貴方達は。こうなっては急いで討伐する必要もないと言うのに…」
「んが?どういう事だべ?」
「…んもー。アールシティさんったら、口が軽いんだからー」
「う、煩いですわよハウゼン!」
「…二人で、何かしら企んでるとは思ってたが………マジで企んでたんなら、いい加減に聞かせてくれねぇか?」
「そうですね………じゃあ結論から言うと、ワタシ達はもうロンゾ山賊団に対して攻めたりしません」
「んがっがっ、おったまげたべっ。あのハウゼンが職務怠慢発言だべか!?」
「いやそうじゃなくてー………ワタシ達はあくまで囮役という事ですよー」
その後ミュウは男性陣二人に向けて一つ一つ語り出す。
先ず攻めないと言った理由は、単純に戦力差である。
明らかに現在の討伐部隊では、大規模化した山賊団の防衛力を突破するのに質も量も不足している。
この点は此処へ到着した時点で、ミュウとアールシティの意見は合致していた。
そしてこれはカレンデュラ第二部隊長こと、マック・ド・フェルナンデスも承知の筈と読んだ。
其処で二人は彼の発言を振り返る。
『身共には動けない理由がある。否、他に動かなければならない案件がある』
この発言の真意について、二人は独自に解釈する。
そして現在の表向きである討伐部隊は、本命ではないと判断した。
実際に戦況不利を補うと謳った援軍が、蓋を開ければたったの四人だけである。
幸いカレンデュラの正規員と言うだけで、部隊の士気を殊の外に上げることは出来た。
しかし本当に勝利を徹底するなら、本部より手練れの正規員を数十人は寄越して然るべき所である。
そうしないのは現在の討伐部隊を囮とし、本命が既に水面下で動いているだろうという訳である。
「…何だよ。だとしたらどこぞの紅髪の女隊長と違って、頭が回るじゃねぇかあのおっさん」
「あははー………その辺りは個人的に意見を差し控えさせてもらいますねー」
「んでも、こったら面倒っちぃだべなぁ………最初っから俺っちに任せてくれりゃあ、五百人くれぇ速攻でボコボコのボコにしてやるんだべにぃ」
「…はぁ。本当に貴方は、お目出度いお頭をしてますのね?」
「んががぁーーーっ、いんま俺っちの頭の事をなんつったべぇっ!?」
ゴーレスは突如として顔を真っ赤にし、特徴であるスキンヘッドから湯気を噴き出す。
鬼人族特有である角も相まって、文字通りの赤鬼という様相だ。
そしてそのままの勢いでアールシティに食って掛かろうとする。
しかしアールシティも即座に水属性魔術を発揮した。
途端に怒りに燃えていた筈のゴーレスが、大きな氷漬けと化すのだった。
「…そもそも、討伐するだけで良いならワタクシの方が容易くてよ。問題は五百人という人数を、全て捕らえるのが困難という点ですわ」
「ですねー、特に敵の頭目を逃がしたりなんかしたら最悪です。これだけ狡猾な人物なら、また何処かに潜んで悪事を働くに決まってますから」
「…確かに、ゴキブリと一緒だからなそういう連中は。けどよ、本当にあと数日こうしてたら解決するのかよ?」
「それはマックさんの判断を信じろとしか言えないんですけどー………でもワタシならこうして囮部隊を置いたなら、必ず裏で奇襲部隊を整えておきます」
「…その奇襲が見破られるって可能性は?」
「だから、時を置くんですのよ。例え奇襲があると読めたとしても、何時までも備えて置くなんて出来ませんわ。何せ此処にも居るんですのよ、カレンデュラの正規員が」
「実際は四人だけですけどねー。でも相手もこちらの動向は伺っていると思いますから、カレンデュラの正規員が居ると知ったら無視はできない筈です」
「はーん………そりゃあまぁ、大それた戦略だな」
「理解したのなら、貴方も大人しく時節を待ちなさいな。何でしたら、お得意の昼寝でもしてて結構ですわよ」
「…そうだな。じゃあお言葉に甘えて、早速そうさせてもらうぜ」
「えっ………此処で、ですか?」
ミュウは困惑した。
此処は作戦会議用の幕舎なので、寝床や寝具は用意されていない。
また野営地である故にカーペットなどの敷き物もなく、寝転がるとしたら地べたとなる。
しかし龍は気にすることもなく、女性陣に背を向ける形で寝転がった。
そして以降は声を掛けられても一切の反応を示さなくなったのである。
「まったく………行きますわよハウゼン。このままこんなはしたない男共と同じ空気を吸うよりも、外回りをしていた方が有意義でしてよ」
「…そう、ですね…」
ミュウとアールシティは、男性陣二人を置いて幕舎から退出した。
この際に呆れ返るアールシティに比べ、ミュウは後ろ髪を引かれている素振りだった。
しかしもう一度アールシティに促されると、止む無く外回りへと向かった。
そしてイグール等と挨拶を交えながら、二手に別れて駐屯所全体を網羅して行く。
これには部隊の士気向上に加え、逃亡者が出ない様に監視する意味合いがあった。
特に女性陣二人は自分達が囮部隊であると弁えていたので、初日からこの外回りを重視していた。
一方で男性陣二人は自分達が暴れられると思っていたので、今日まで肩透かしを食らっていた。
本日もそんな細やかなすれ違いが起きた形である。
「んんんだべぇぁぁぁっ!」
女性陣二人が居なくなってから程なくして、ゴーレスが自力で氷漬け状態から抜け出した。
彼は魔術的素養に乏しいので、これは殆ど気合いによる芸当だ。
代わりに消耗は大きく、暫くは呼吸を整える時間となる。
一方の龍は女性陣が居なくなるのを確認するや、直ぐに起き上がっていた。
そして幕舎に置かれている、ロンゾ山賊団に関する資料の一覧を凝視していた。
更にゴーレスが復活すると同時に、その表情は段々と不敵なモノへと変わった。
「…おい、ちょっと良いかゴーレス?」
「んがっ………改まって何だべ、ヒライリュウ?」
「先刻の話。お前なら山賊の五百人位は、余裕でボコボコに出来るんだったよなぁ?」
「んががっ、あったぼうだべ!俺っちは最強の種族、鬼人族だべよ!」
「くははっ、そう言えばそうだったな。だったらソレを信じてやるからよぉ、ちょっと耳を貸せよ」
龍は幕舎の隅にゴーレスを誘導すると、声色を落として耳打ちする。
対するゴーレスはその内容に一瞬だけ驚いたものの、直ぐに龍に向かってコクコクと相槌を打つ。
この一連のやり取りは、当然ながら誰の目にも留まっていない。
ましてや二人の表情が、邪悪とも取れる程に破顔していた事など知る由もなかった。
「…えええええーーーっ!?」
「あのっ、ろくでなし共…っ!」
事態が発覚したのは次の日の早朝である。
幕舎に遺されていた書き置きを、ミュウとアールシティが発見したのだ。
その内容は単純明快で、二人で極秘任務に当たるという物だった。
当然ながらこの極秘任務と言うのは、何の打ち合わせもない二人の方便である。
途中で見張り番と出くわしたが、これも極秘任務と説明して押し通った。
そうやって深夜の内にまんまと駐屯所を抜け出したのである。
ただしこの極秘任務、決して嘘や出まかせと言う訳ではない。
まだ日の出前ながら、二人はしっかりと目的の場所まで辿り着いていた。
「よぉよぉ、何だ兄ちゃん達こんな時間に。此処が何処だか解ってんのかぁ?」
いかにも荒くれ者という風体の男達が、ずかずかと進む二人を見咎めた。
其処はロンゾ山賊団の根城に繋がる道筋であり、同時に関門でもある。
自ずと相応の見張りと迎撃手段が、昼夜を問わず置かれていた。
しかし対する二人は全く物怖じしていない。
程なく歩みを止めると、予てよりの計画を発動した。
「いやぁ、勿論噂は良く聞いてるっすよ旦那方ぁ。此処があの泣く子も黙る、ロンゾ山賊団の皆様の根城だって」
「お近づきの印と言っちゃあ何だべが、是非にコレさ受け取って欲しいだべよぉ」
二人は先ず、見張り達に向かって荷物の中から金品を差し出して見せた。
その上で極端な低姿勢と、猫なで声を添える。
勿論これは二人にとって本心ではない。
事前に打ち合わせていた、二人なりの精一杯な小物ムーブなのである。
身なりに関しても適当に変えており、カレンデュラ正規員の証である赤い刺繍は決して目に映らないようにしていた。
「おおっ、コイツは………どれも中々高価なもんじゃねぇかよ!」
「へっへっへっ………何だよ兄ちゃん達、わざわざ俺達に貢ぎに来たってのかぁ?」
「いやぁ、コイツは謂わば餞って奴っすよ。俺達はただ、旦那方の仲間にして欲しいんっす」
「んだべんだべ。俺っち達は遠くから此処の噂さ聞いて、ずっと憧れてたんだべよ」
「何だ何だ、そういうことなら早く言えよ。兄ちゃん達みたいながたいの良い奴なら、ウチとしても大歓迎だ!」
「よっしゃ。じゃあ俺に付いてきな、案内してやるぜ。そんで朝になったら団長にも話を付けてやるからよ」
「ありがとございまーす!」
「お世話になるだべー!」
見張り番の言葉に龍とゴーレスは景気よく答える。
しかし内心では計画通りだとほくそ笑んでいた。
斯くして二人はロンゾ山賊団の新人として迎えられ、堂々と彼等の領域へと入り込んだ。
その後は先輩風を吹かせた男の案内を受けながら、何事もなく中枢まで辿り着く。
其処から程なくして日の出が訪れ、ロンゾ山賊団の営みが明らかとなった。
先ず住居に関しては山脈で取れた鉱石を主軸に堅く建造してある。
また中心地には水源として、上流から灌漑によって引いた大きな水場が存在する。
他にも山菜が取れる農場、動物の飼育場などもきちんと設けられている。
そしてこれ等は全て山脈と言う天然の要害と、人工の城塞で囲われているのである。
『…成程な、確かにこれで五百人の規模ともなると面倒くせぇ。奇襲が必要って判断は、間違ってねぇな』
「おっと、いけねぇいけねぇ。そう言えば兄ちゃん達、まだ名前を聞いてなかったな?」
「あ、俺?俺はヒライっすよ先輩」
「ゴゴゴ、ゴレスだべ!」
「ヒライにゴレスか。ほんじゃあ少し待ってろよ、団長に話付けてくるからよ」
先輩風を吹かせた男は、他と比べて一際に大きな住居へと向かった。
残った二人はその間に周囲を観察する。
正確にはこの場に居る人数と、装備の把握に努める。
その結果、現在は百人程度が各々に活動している。
また装備に関しては、一般に流通している品物の範疇を超えてはいない。
中には一見すると、普通の女性や子供もちらほらと混じっている。
「なーんだか、やりにくいだべなぁ。あんなめんこい面も、でらっと賊なんだべなー」
「何だよおい、今更怖気付いてんじゃねぇだろな?」
「んな訳ねぇべよ。そったらこと言うおまんこそ、こっからきっちりやれんだべな?」
「ああ。ロンゾって野郎が、俺の読み通りの男ならなぁ」
龍は不敵に笑って見せた。
その直後、先輩風の男が戻ってくる。
彼は団長からの許可が下りたと伝え、挨拶に行くように命じた。
ここまでは全て、二人の思惑通りとなる。
斯くして二人は揃って一際に大きな建物、ロンゾの屋敷へと足を踏み入れた。
「んだべべべっ!?」
ロンゾの屋敷へと入った途端、ゴーレスが慌てて眼を覆った。
何故なら屋敷には肌面積の多い衣服を纏う女性が、何人も居たからだ。
そしてそんな彼女達に囲まれるようにして、一人の男が座席に座っていた。
彼はエラの部分が張っていて、いわゆる四角顔。
髪型はソフトに整えた、金髪のモヒカン。
目には黒いサングラスを掛けており、口には葉巻を咥えている。
恰好に関しては、上下を黒い革製のジャケットとズボンで統一している。
その上で上半身はインナーを着ていないので、肌肉質な肌と派手な刺繍が垣間見える。
「よう来たな、自分等。ワイが団長のロンゾや、今後とも宜しゅうなぁ」
「…ご丁寧にどうも、お目出度いサル山の大将さん。俺は統制機関カレンデュラから来た飛来龍だ、とりあえず宜しくな」
場の空気が、一瞬にして凍り付いた。
そしてロンゾとロンゾを取り巻く女性達は、一斉に怪訝な表情で龍を見る。
一方で龍はニヤニヤと笑っており、ゴーレスも隣でヘラヘラと笑っている。
「…何や自分等。ザルの奴が可愛い新人が来たって言うから、朝早うから会ってやろう思たのに………随分と舐めた態度取るやん?」
「くっはははっ、そうかあの野郎ザルって言うのか!そりゃ傑作だっ、俺達の正体に何の疑念も抱かず此処まで招き入れてんだからよぉ!」
「…おい、いい加減にせぇよ。まったく笑えんのや、自分の冗談は」
「だとよ、ゴーレス。じゃあウケる様に着替えるか」
「んがが、そうだべな!」
二人は荷物の中から、其々に服装を取り出す。
そして忽ち本来の、カレンデュラ正規員としての恰好へと戻った。
当然ながら赤い刺繍も、この場に居る全員に明らかとなる。
途端にロンゾは頭を抱えてしまい、他の女性達は戦々恐々となって身構えた。
「…たはは、参ったわ。ちっとばかし舐めてたわ、カレンデュラを。こんな阿呆な方法を思い付く連中まで、正規員として囲っとるんなんてな」
「はっ。そんなアホに引っ掛かってる時点で、俺達の事は笑えねぇんじゃねぇか?」
「せやな、戦力増強の為に門を緩くし過ぎたわ。今後の反省にさせてもらうで」
「…随分と余裕じゃねぇか。敵がこうして懐まで迫ってるってのによぉ?」
「まんま返すわ、その台詞。自分等、此処から生きて帰れると思うなや」
ロンゾの声色が、極端に低くなった。
同時に周囲の女性達が、一斉に武器を構える。
形式は其々に違っているが、ソレは全て本物の銃だった。
そして彼女達は何の躊躇いもなく、侵入者二人に向かってトリガーを弾いた。
しかも残り弾数が切れるまで、指先に込める力を緩めるつもりがない。
忽ちロンゾの屋敷内は銃声が幾つも木霊し、弾丸の雨が横殴りとなって降り頻るのだった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




