第三幕・ノースポール山脈
「…で、どうしてワタクシ達まで駆り出したんですの?」
「そんなの知るかよ、文句ならクソジジイに言えっての」
「えっ………ワタシ、リュウさんがどうしてもお願いしてるって聞いて来たんですけど?」
「んがが、俺っちもだべ。チビ助にしちゃあ、ずんぶとしおらしいたぁ思うたべな」
「…チッ、あのタヌキジジイめ…」
その日は散歩をするには持って来いな穏やかな晴天だった。
そんな折に一台の乗り物が、フィーリア王国の北方へと向けて走っている。
この乗り物は名称をウォード列車。
この世界の手頃な四足動物を調教し、馬車の様に人を牽引させる代物だ。
魔術による移動力に乏しい者にとっては、これが大陸における主な移動手段となる。
そして今回のウォード列車は統制機関カレンデュラから出発しており、カレンデュラの正規員四人を乗せていた。
内訳は飛来龍、ミュウ・ハウゼン、ゴーレス、アールシティとなっている。
しかしこの同期の集まりに関しては、龍と三人の間で認識の齟齬が発生していた。
そして事の発端は、先日に行われた龍とカレンデュラ総帥ドルガーの面会から始まる。
「なぁジジイよ、前に俺を飽きさせねぇ言ったよな。なのに俺にこんな退屈な仕事を続けさせるなんざ、約束が違ぇんじゃねぇかよ?」
「…やれやれ、漸くかっと」
「ああん?」
「いやなっと。儂だって本当は、もっとお前さんを暴れさせてやろうと思ってたんだぞっと」
「…だったら何で」
「眼だっと」
「…ああん?」
「だから、眼だっと。バドラックとの戦い以降………お前さんの眼からは、鋭い刃の様なギラつきが形を潜めてたっと」
「…チッ」
「何があったかは知らんがなっと。命のやり取りから怖気付いた奴に、大役を任せるほど儂も間抜けじゃないんだぞっと」
「…はっ、寝言は寝てから言えよクソジジイ。俺があんなこと位で、日和るとでも思ってんのか!」
「ぬっはっはっ、よしよしその意気だっと。では早速、儂から新しい任務を与えるからよーく聞くんだぞっと」
斯くしてドルガーはバドラックに次ぐ討伐任務を龍に与えた。
対象はフィーリア王国における最北端、ノースポール山脈に根城を構える山賊団である。
この山賊団は最近になって頭角を現すや、山間を通行する者達を次々と襲っている。
また時には北方に点在する町や村にまで襲来し、金品や女性を容赦なく巻き上げるのだ。
当然ながらこれを統制機関であるカレンデュラが見逃す筈もなく、既に討伐作戦は開始している。
なので龍はこれに合流し、戦果を挙げて来いという訳だ。
「本来なら一番槍を任せたかったんだがなーっと。いやー残念残念っと、他の奴らに手柄を取られたりしてないといいなぁっと」
「何時までもごちゃごちゃとうるせぇよっ。とにかく行きゃあ良いんだろうが行きゃあ!」
「おぉっと、ただし油断はするなよっと。大陸の北方は昔っから治安が悪く、質の悪い奴らが多いからなっと」
「んだよ、お笑い草だな。カレンデュラともあろう組織が、領地の治安維持も出来ねぇってのかぁ?」
「ぬはは、すっかりいつもの調子だなっと。ただ、マックの前ではもう少し大人しくしとくんだぞっと」
「…マック?ハンバーガーか?」
「マック・ド・フェルナンデス。カレンデュラ北方支部長にして、カレンデュラ第二部隊長だぞっと」
「…また、部隊長が出てくんのかよ…」
「そりゃそうだっと。言っとくが今のお前さんじゃ、まるで喧嘩にもならないから注意だぞっと」
「…ああ、俺もその点はよーく弁えてるぜ」
苦笑する龍の脳裏には第三段階の風属性魔術を自在に操る、カレンデュラの第一部隊長の姿が過っていた。
その後は軽くやり取りの末、素直に北方への出動準備を開始した。
一方でドルガーは公平を謳い、龍の他にも任務に同調する者を募集した。
しかし実際は最初からミュウ、ゴーレス、アールシティの三名に的を絞って着手していた。
故にいざ出動となった際、龍以外にとっては必然の集まりなのである。
「…まぁ、久しぶりに四人が揃ったんですから。これはこれで良いんじゃないですか?」
「…何がですの。ワタクシ達が揃った所で、何が良いと言うんですのハウゼン?」
「え、いや、ほら………バドラック討伐任務を通じて一緒に活躍した仲じゃないですか、ワタシ達は」
「おいおい、何言ってんだミュウちゃんよぉ。俺とお前はともかく、こいつ等は待機してただけのお零れ組だろうが」
「…何ですって?」
「おっと悪い、間違えた。R指定ちゃんは待機じゃなくて気絶してただけ、だったな」
「んががっ、違いねぇべ。何時もあんだけ偉そうにしてっけど、一発でお寝んねだったべな」
「…キーーーッ!」
怒り心頭となったアールシティは、金切り声を上げながら得意の水属性魔術を発生させる。
この際に発生した水は直ぐに凝固し、幾つもの氷柱と化す。
そしてその独特な突起は宙に浮きながら、龍とゴーレスの二人を対象とする。
しかし当の二人が身構えた瞬間、氷柱は片っ端から砕けていったのである。
「勘弁してくださいよアールシティさん。幾ら手加減してるって言っても、もし列車を巻き込んじゃったらどうするんですかー?」
あくまでミュウは笑顔で言ってのけるが、その両手には確かに拳銃が握られている。
何時も袖口に秘匿しているギミックを発動するや、すかさず氷柱に向けて撃ち込んだのだ。
しかも正規員への昇格を果たした事で、新たにダブルアクションの回転式拳銃へと得物が変更。
自ずと装填可能な弾丸は二発から六発に増え、より高度な連射を可能としている。
ただし殺傷力よりも対魔術に特化した衝撃弾を採用している点は変わらない。
それでも一般人や並の魔術師が向けられたならば、その時点で気絶を覚悟する必要がある。
「ひゅー、相変わらずの腕前だなミュウちゃんよ。西部劇のヒロイン役とかも余裕でやれそうだ」
「…んーと、ソレってとりあえず褒めてくれてるんですよね?」
「おうよ、ぶっちゃけそのギミックとかも滅茶苦茶イケてると思うぜぇ?」
「…えへへー。そう言われると、苦労して調整した甲斐がありますねー」
ミュウは照れ笑いしつつも、手早く弾丸を再装填してギミックを収めた。
当然ながらその際に彼女の腕に仕込んである、複雑な機構も露わになる。
ソレは現代で言う袖の下に隠した銃に比べると、明らかに重厚な装備だった。
『ったく、何処まで負けず嫌いなんだか………これで劣等生ポジはやっぱ無理があったろうよぉ』
言葉にこそしないが、龍はすっかり感心していた。
単に銃の腕前に対してではない。
ギミックを考えた発想力。
ギミックを常備する為の筋力。
そしてギミックを悟らせない演技力。
どれ一つの努力を欠いても、成立しない芸当と視たからである。
しかし龍を除く二人に関しては、冷めた反応だった。
「…ふん。相変わらず玩具の扱いだけは一丁前ですわね、ハウゼン」
「昔っから手先だけは器用だけんどもなぁ………そげなちゃっちなもん、ながなが使ってんじゃねぇべよ」
「は?マジで言ってんのかお前等………普通に使うだろ、銃があるんならよ」
「あははー………そりゃあ魔術も武術も扱えない、残念な人が行き着くのがコレですから。児戯って言われても、仕方ないんです」
「はーん………つくづく見る目ねぇな、この世界は」
「…引っかかる物言いですわね。この世界、とはどういう意味ですの?」
「あー、別に何でもねぇよ。それより北方支部までは、あとどの位掛かるんだぁ?」
「えーと、この速度ならあと数時間程度ですかねー」
「そうかぁ、じゃあ俺はそれまで寝てるからよ。起こすんじゃねぇぞぉ」
龍はおもむろに193cmの図体を横にした。
すかさずアールシティが狭くなると抗議したが、龍は一向に聞き入れない。
そもそも当人としては、話題さえ変われば十分だった。
あれから幾日を経ようとも、未だ睡眠には至っていないのだから。
斯くして数時間後、予定通り一行はカレンデュラ北方支部へと辿り着く。
本部に比べると敷地に関しては半分程度だが、建物は丘の上に位置する立派な城塞となっている。
「遠路はるばるよく来た諸君。本来ならゆるりと歓迎したい所だが………今は急を要する故、直ぐに現地へと向かって貰いたい」
マック・ド・フェルナンデス。
北方支部を預かる、カレンデュラの第二部隊長。
普段から全身を白銀の鎧兜に身を包み、豊かな顎鬚を蓄えた壮年の男である。
元より騎士として由緒ある家系であり、武芸百般と名高い。
もし魔術面を抜きにしたなら、部隊長の中で彼が最強だろうと世間では謂われている。
「…おいおっさん、そう言うアンタは何してんだよ。アンタが此処の代表だってんなら、山賊退治もアンタが陣頭で指揮するべきじゃねぇのか?」
この瞬間、ドルガーの忠告は無下となった。
龍は指示に対する返事をするどころか、疑惑を真っ向からぶつけた。
自ずと他の三人はその唐突さに硬直し、内心で龍の事を糾弾した。
同時にマックからの、強いお咎めも覚悟した。
三人もまたマックが部隊長の中でも、特に厳格という評判を耳にしていたからである。
しかし実際は、マックの固い表情に一つの波風も立たなかった。
「…生憎と身共には動けない理由がある。否、他に動かなければならない案件がある。はっきり言うならば、たかが山賊共に割く時間はないのだ」
「くはは、何だよ最初っからそう言えよ。それなら俺も文句はねぇぜ」
「ふむ………何よりだ。さて、他の者も異存はないか?」
「は、はい勿論ですっ!」
「う、腕が鳴るだべよ!」
「む、無論ですわ」
斯くして四人は山賊団が根城とする、ノースポール山脈へと向かう。
そして対山賊団用に設けられた、討伐部隊の駐屯所へと辿り着いた。
其処には早くから数百人が集い、戦略を練りながら生活している。
しかし現在はその内の半数が、何かしら負傷していた。
そして残る健康な者達も、負傷者の対応に追われている。
「おいおい、酷い有り様だな。たかが山賊共相手じゃなかったのかよ」
「…見たところ、あの集団にカレンデュラの正規員は居なくってよ」
「んだべなぁ………もしかすっと正規員って、俺っち達だけでねぇべかぁ?」
ゴーレスの思った通り、幾ら駐屯所を見回れども四人と同じ赤い刺繍持ちは居なかった。
それどころか白い刺繍持ちの訓練生すら殆ど居ない。
カレンデュラ北方支部が送り出した討伐部隊と言うのにも関わらずである。
「…恐らく大半は、お金で集まった傭兵の方達でしょうね。後は民間人も混ざってそうです」
「何だ何だ。栄えあるカレンデュラが、随分とまぁショボい部隊を出すじゃねぇかよ」
「…確かに北方は治安が悪くて、常に人材不足とは聞いてましたけどこれは…」
「…何か、裏がありそうですわね」
「ぬっ、ぬぬぬっ。何者だ貴様ら、見かけん顔だな!」
「ああん?何だ何だ?」
四人が駐屯所を徘徊していると、突如として大声を上げながら男が近づいてきた。
その男は他と比べて一際に重装備で、鷲鼻が特徴的な人物だった。
そしてその背後には西洋風の甲冑を纏った数人が帯同している。
そんな見るからに厳格な彼等だったが、ふと龍の姿を捉えるや明らかに狼狽するのだった。
「な、ななな、何故貴様が此処にいるのだ!?」
「おーっ、誰かと思えば。あん時の鷲鼻のおっさんじゃねぇか、元気してたか?」
「イグールだ!貴様のお陰で、我らは王宮の護衛任務からこんな辺境にまで左遷されたのだぞ!」
「くっははははっ、そりゃ傑作だな。まぁあん時の俺に余裕で負けてんだから、それも仕方ねぇよ」
「ぐぐぐ、今そんな事はどうでもよいっ。何故こんな所に居ると聞いているのだ犯罪者めが!」
「おいおい、折角の援軍に対してその態度はねぇんじゃねぇのぉ?」
「え、援軍…?」
鷲鼻の男こと、イグールは改めて四人をまじまじと見る。
そして直ぐに四人の、狼を象った赤い刺繍に辿り着いた。
同時にイグール及び帯同していた者達は、一転してその場に平伏する。
「よよよ、よもやカレンデュラ正規員のお歴々方とは露知らずっ。どうかご無礼をお許し下され!」
「何だよ、その手の平返しは。あん時の根性は何処へ行ったよ、おい?」
「ふぅ………意地が悪いですわよ、ヒライリュウ。ワタクシ達は最早、カレンデュラの正規員ですのよ」
「あん?だからどうしたぁ?」
「これだから野蛮人は………ワタクシ達と彼等には、明確な身分差が存在していますの。彼等が遜るのは、至極当然の理屈ですわ」
「…ご高説どうも。有難くて反吐が出るぜ」
「…何ですの、その態度は?」
「はーい、お二人共そこまで。それよりもイグールさんでしたっけ、詳しい事情とかを伺っても宜しいですか?」
「も、もちろんですとも!」
イグールの先導の下、四人は奥の幕舎へと案内される。
其処はこの駐屯所における作戦会議場でもあった。
既に何名かが今後について議論していたが、現れた四人がカレンデュラ正規員と知るや忽ち退いた。
以降はミュウが中心となって質問し、その度にイグール達が答えて行く形となる。
先ず件のノースポール山脈を根城とする山賊団に関してだが、人数はおよそ五百人程と見做されている。
これは討伐部隊の当初の目論見を、大きく超える数字だった。
しかも現在進行形で山賊団一味は増加しているとの報告で、苦境を余儀なくされているというのがイグール達の言い分である。
「いやー、驚きましたねー………五百人なんて規模の山賊団、ちょっと聞いた事がないかも」
「同感だべ。俺っちも要人警護してったから、賊ってぇのとは何度か出くわしたべよ。そんでも多くて二桁だーしよ、決まって口だけの雑魚ばっかだべな」
「…本当にただの山賊ですの?この規模はフィーリア王国に対する反乱分子なのではなくて?」
「あ、ああ………ソレなのですが………実は、その」
「大方、強力なリーダーが居るんだろ。でなきゃ取り分とかで揉めて自然消滅するだろ、そういう連中はよ」
「さ、流石はヒライリュウ殿。よくお解りですな!」
「止めろ気色悪い。ご機嫌取りなんてしてねぇで、おっさんはとっとと話を進めりゃ良いんだよ」
「ししし、失礼しました!」
鋭い三白眼に睨まれたイグールは慌てて視線を逸らし、改めて四人への説明を続ける。
そして山賊団の内情を語る上で、ロンゾという人物の名を明らかにした。
現在は彼が団長として君臨しており、山賊達を一挙に纏め上げている。
当然ながら武勇に優れているとの由だが、彼はそれ以上に狡猾だった。
先ず彼は十数人の仲間を引き連れて、ノースポール山脈を根城とした。
この時の彼等は自分達を開拓者と謳い、近隣にも協力を呼び掛けたのだ。
『このノースポールに、オレ達で豊かな集落を作る!』
当初はこれが、ロンゾ達のキャッチコピーだった。
近隣にとっては唐突な話ではあったが、基本的に良い方向で浸透した。
中には馬鹿な奴らと呆れながらも、金銭や人員を援助する者も居た。
しかし彼等は拠点が固まるや、今度は自衛の為と言って武器を調達するようになった。
果てには対軍用の城塞まで築き上げたのである。
其処から彼等は豹変した。
近隣からの協力を求めるのではなく、近隣から略奪を行うようになったのだ。
『このノースポールに、オレ達だけの国を創る!』
これが現在の、ロンゾ達のキャッチコピーである。
斯くして彼等は開拓者から、山賊団として一気に悪名を広げた。
すると元から治安が悪い北方の地という点が相まって、次々と世間の"はみ出し者"たちが集結して行ったのだ。
これにはカレンデュラも黙っておらず、北方支部から討伐部隊を差し向けるに至る。
しかし其処には山脈と言う天然の要害と、対軍用の城塞と五百人の戦闘員が待ち受けていた。
これまでも三度に渡って出撃したが、見ての通りで成果は芳しくない。
「…これ、思ったよりも深刻ですね。本当にフィーリア王国に対する反乱分子じゃないですか、その山賊団」
「厭な奴らだべ。空っとぼけて他人様から募集しといて、こげな手の平返したぁ………報われねぇ話だべなぁ」
「そもそも、此処までの大事が放置されている点も納得いきませんわね。第二部隊長様は一体、何をお考えですの?」
「さ、さぁ………我々は今暫し耐えよ、直に応援が来ると承っておりましたが…」
「応援、ですか………ソレってワタシ達の事、ですよねー…」
「…ますます、解せませんわね」
「くははっ、良いじゃねぇか別に。実際に俺達が来たんだからよ、もう何の問題もねぇだろ」
「んががっ、そうだべな。俺っち達が来たからには、でっかい船さ乗ったも同然だべよぉ!」
「おおっ、流石はカレンデュラのお歴々方。頼もしい限りですな!」
イグールとその取り巻き達は、男性陣の発言に大いに喜んだ。
一方の女性陣は、そんな様子を複雑な面持ちで見ていた。
その後は一時解散という話になり、其々に幕舎を後にする。
同時に辺りから歓声が上がった。
カレンデュラから正規員が援軍として送られてきたと聞いて、討伐部隊の者達の士気が跳ね上がったのである。
其処から四人は彼等との挨拶の時間に追われ、一日が過ぎて行った。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ感想や、次回以降も拝読して頂ければ幸い。




