第二幕・フィーリアの珠玉
「…あーあー、こちら飛来龍。西地区、全くもって異常なぁし」
『了解、引き続き各区を頼むぞ新人』
とある日の夜中、フィーリア王国の城下にて一つの報告がされる。
それは統制機関カレンデュラに所属する、飛来龍に因るものだ。
現在は正規員の立場を得て、既に二週間が経過しようとしている。
当然ながら正規員である以上、機関から正式な職務が与えられていた。
そしてこの職務と言うのが、深夜帯から日の出まで城下を巡回するというものだった。
巡回の目的としては夜間における事件の対処、及び不審者の取り締まりである。
現代で例えるなら交番に勤め、町の夜警を担当しているのと同じだ。
しかし栄えある統制機関カレンデュラ所属としては、この扱いは窓際族と呼んで差し支えなかった。
先ず夜中の担当なので、日中には特に仕事がない。
原則としてカレンデュラ内で待機する必要はあるが、これは仮に自室で昼寝していても満たせる。
次に出勤はしても出動の機会が殆ど存在しない。
何故なら夜間の警備には単なる人手よりも、現代で言うドローンの様な遠隔操作の機体が主軸となっている。
これはこの世界では"シード機体"と呼ばれており、探索だけでなく通信や攻撃も可能だ。
その気になれば一般人は勿論のこと、半端な魔術師を蜂の巣に出来る。
ただしその性質上、確かな責任感と高い技術が国家から問われる。
故にこのシード機体を扱えること、即ち夜警における上級職という訳だ。
一方で下級職は、殆どが城下に点在する監視カメラを当てにして動く事になる。
その上で何か不審な事が起きれば、職場から即座に対応する手筈だ。
そしてこの対応の次元には、上級職の腕前を魔術で上回っていることが大前提となっている。
そんな環境なので腕っ節だけの人間は、居ても居なくてもいいおまけとしか扱われない。
「いやだってお前さん、今の所は他にウチでやれることがないだろっと。寧ろこれで給料が貰えるんだから、幸運に思えっと」
これは初日から仕事の内容に異を唱えた龍を、バッサリと切り捨てたカレンデュラ総帥ドルガーの言葉である。
実際に龍は言葉こそ通じているが、この世界における教養は皆無である。
また現時点で魔術の素養がなく、反面に体力は満ち溢れている。
その上で未だ執行猶予中と言う境遇も踏まえれば、妥当な路線ではあった。
因みに同期であるミュウは諜報と実務能力を買われ、内勤として日中に多くの書類と睨めっこをしている。
一方でゴーレスは腕力と体格を見込まれ、主に土木関連や要人警護に就いている。
そしてアールシティは魔術師としての高い評価から、日々を魔術における研究や道具の開発に携わっている。
自ずと四人が会する場面は、訓練生の頃より激減した。
今や龍と共にあるのは機関から支給されている、等身大の警棒くらいのものである。
『…あークソ、怠いぜ。どうせ金を稼ぐなら、もっとデカくいきてぇもんだ』
心の中で愚痴を吐きながら、龍は西地区にある公園の座席へと腰を落ち着ける。
其処は職務に当たる日々の中で、龍にとっての格好のサボタージュ場所と化していた。
一方でその鋭い三白眼は、今もはっきりと見据えている。
紅髪の女隊長、レイラ・ロードス。
カレンデュラ総帥、ドルガー・ヴォーゼ。
全ての元凶、街中の預言者。
気に入らないこの三人を、きっちりと凹ませる思いは変わっていない。
そしてその為には、この世界で最高峰の魔術師を目指す必要があった。
『…言ってもこの様じゃあなぁ。せめて何か取っ掛かりでも………ん?』
ソレはふとした拍子だった。
視線の先にある光景に、僅かな違和感が生じた。
そして龍は直ぐにその違和感に基いて動き出す。
静かに座席を立ち、真っすぐに公園を出て、暫く追う。
その対象とは黒いローブで全身を覆った、小柄な後姿だった。
当然ながら夜中という事も相まって、性別や年恰好など見た目での判断は不可能である。
しかし誰もが一目で怪しい人物という結論には至れる。
ただし龍の違和感は、見た目とは別の所にあった。
『…間違いねぇな。アイツ、あのドローンみてぇな機体をすり抜けてやがる』
この深夜帯ならばフィーリア王国の法律上、城下の路上を歩く者には必ず夜警担当から職質が入る。
ましてや夜陰に紛れる様な、怪しい格好をしているなら猶更に厳しい。
それが既に幾つものシード機体と交差して、何らお咎めがない。
また城下の監視カメラにも引っ掛からず、平然と素通りしている。
『…並の魔術師じゃ、ねぇんだろうな。或いはあのローブが、よっぽど特殊なのか』
巡る思考の中で、龍は幾つかの選択肢を思い浮かべていた。
一つ目は通信機で上司に報告すること。
二つ目は単独で職質を行うこと。
三つ目は何も視なかったことにすること。
即ち無難、強行、放棄の三択から選ぶのである。
その選択の末に辿る結末が、全く違う未来になると確信しながら。
「…よぉ、アンタ魔術師だろ。良かったら教えてくれねぇか、その大層な隠密方法をよぉ?」
丁度、城下の西地区から中央地区に移った所だった。
この間際に龍は強行を選ぶ。
ソレが鬱屈としている現状を打破する、唯一の取っ掛かりだと決断した。
自ずと黒いローブを纏った人物は、背後からの突然の声掛けに反応してピタリと立ち止まる。
そして程なく振り返り、自ずと193cmの図体を目の当たりにする。
更には白から赤へと変わったばかりの、カレンデュラの刺繍にも行き当たる。
しかし特に動じる素振りはなく、隠した素顔の奥でくふふと笑って見せた。
「よもや、妾の隠形が見破られるとはのぉ。流石はこの国が誇るカレンデュラの正規員と言った所か?」
「いいや?悪いが俺には最初から普通に見えてたんでな」
「何と、シード機体でも見抜けておらんと言うのに………もしや其方、魔眼所持者か?」
「魔眼だぁ?いきなり訳の解らねぇことを言ってんじゃねぇぞ」
「…ふむ、自覚がないのか。或いは妾の見立て違いか…」
「ぶつぶつ言ってねぇで、大人しくしろ。夜警の身としちゃあ、いかにも怪しいアンタを職質しねぇ訳にもいかねぇんでな」
「…丁重にお断りする、と言うたら如何する?」
「そうだな………とりあえずアンタをぶん殴って、そのローブを引っぺがして面を拝んでやるよ」
「くっふっふっ。随分と大きく出たが、それだけの実力は伴っておるのか?」
「余裕だろ。仮に俺がアンタから返り討ちに遭っても………これだけ取り巻いてる機体が、俺を見逃すか?」
現時点で龍の周囲には、数体のシード機体が通り過ぎている。
当然ながら操縦者は龍の図体も視認しており、現在の喋り声も周波数と言う形で感知している。
即ち黒いローブの人物と違って、全てが筒抜けだ。
未だ平常運転なのは、あくまで龍の独り言だろうと判断されているからである。
「…ふむ、どうやらデカいだけが取り柄ではないらしい。その機略は素直に褒めて置くぞ」
「で、どうすんだ。言っとくが俺はあんまり気は長くねぇぞ。最悪、この場で叫んでも良いんだぜ」
「…良かろう、ただし妾にも相応の事情がある。其処の路地裏で隠れながらであれば、潔く正体を明かしてやろうぞ」
「…路地裏、ねぇ…」
「くふふっ。どうした、気は短いのであろう。それともカレンデュラ正規員ともあろう者が、この期に及んで怖気づいたか?」
「…くははっ、良いぜっ。其処まで言うなら付き合ってやるよ」
二人はシード機体から死角となる、路地裏へと移動する。
この際に龍は平然を装いつつも、警棒を盾にしながら最大限の警戒で臨んだ。
しかし黒いローブの人物は、そんな様子を嘲笑うかのように潔くローブを脱ぎ捨てた。
同時に十代半ばと思われる、色白の美しい少女が姿を現す。
その艶やかな紫色の髪は宛ら流水の様で、今にも大地へ届かんとしている。
またその緋色の瞳は宝石の様で、全てを魅了するかのような煌めきが宿っている。
その上で肌色成分を隠す気がない、煽情的なキャミソールドレスを平然と着こなしている。
同じく幼気さが残るミュウ・ハウゼンと比べても、その存在感は正しく対極に位置していた。
「くふふっ、どうじゃ。妾のあまりの美貌に恐れ入ったか?」
「お、おお………ぶっちゃけ露出狂か何かかと思ったが、アンタがそれで良いんなら良いんじゃねぇか?」
「む、何じゃ其方………この国の住人でありながら、よもや妾の面を知らんのか?」
「知る訳ねぇだろ、どうあがいてもアンタと俺は初対面だろうがよ」
「…成程のぉ。さては其方が、噂のヒライリュウか?」
「…何で俺の名前を知ってんだ?」
「くふふっ、知らぬ筈があるまい。突如として王宮侵入を犯したかと思えば、バドラック・マージ拿捕に貢献。挙句には国王に向かって説教と………話題には事欠いておらん」
「…ちょっと待て、まさかアンタ祝賀会の参加者か。俺が国王に説教したなんて、あの場に居なかった奴が知ってる訳ねぇしよ」
「惜しいな、妾は祝賀会に参加はしていない。後から父上より、面白い男が居ると聞いたのじゃ」
「…待てよ。まさか、アンタ…」
「くっふっふっふっ、では改めて名乗ろう。妾の名はルナ・フィーリア・レーギス。このフィーリア王国の未来を担う、天上の珠玉である」
「…はぁぁぁぁぁっ!?」
龍は思わず素っ頓狂な声を上げる。
当然ながらこの声は大きな周波数となって、近くのシード機体まで届いた。
自ずと数機のシードが、何事かと二人の居る路地裏まで駆け付けて来る。
しかし何れも直ぐに解散した。
何故なら龍が何でもないというアピールをしていて、他に何も観測できなかったからだ。
実は天上の珠玉ことルナ・フィーリア・レーギスは、慌ててローブを拾い直して龍の背中へと隠れたからである。
「…この戯けっ、いきなりあんな大声を出す奴があるかっ!」
「いや、今のはアンタが驚かしたんだろうがっ。言ーか、アンタも声がでけぇよ!」
「構わぬ、もう周囲に防音空間を作った。もしこの場で爆弾が爆発しようとも、音だけはシード機体とて拾えん」
「…マジかよ。やっぱりアンタ、凄げぇ魔術師なんだなぁ」
「くっふっふー。良い、苦しゅうないぞ下々民。この国の至宝たる妾を、もっと崇め奉るがよい」
「ああはいはい凄げぇ凄げぇ………んで、一応職質の続きなんだがよ。その国の至宝が、何でこんな時間にこんな所を徘徊ついてたんだ?」
「決まっておろう、王宮は退屈じゃからなー。気分転換に少し散歩でもしようと、抜け出して来たのよ」
「何だそりゃ、とんだお転婆王女だなオイ。少し前に犯罪者に狙われてたっていう自覚あんのかよ?」
「ああ、アレか。アレは妾が焚きつけたのよ。世の女に夢中になる前に、先ずはこの籠の鳥を見事に連れ出してみよとな」
「なん、だとぉ………まさか、アンタ等知り合いだったのか!?」
「戯け、ちょっと探知したらすぐに引っ掛かっただけじゃ。グリュン砦の地下空間、良く出来ておったのう」
「…待て、待て待て待て。じゃあなにか?その気になりゃあアンタ一人で、バドラックの野郎をとっ捕まえられたってのか?」
「そりゃあの、妾とアレでは段階が違うわ。アレもそこそこに練り上げてはいたが、所詮は第二段階じゃしな」
王女ルナは事も無げに言い放った。
その表情からは、本当に退屈の色しか見て取れない。
一方の龍は突然の表明に身体が震えた。
怒りと驚きで意識が混濁し、感情が迷子になった。
それでも最終的には、目前の傍若無人っぷりに対する不満が勝った。
「ふざけんなぁっ、じゃあなんであんな大事になるまで放置してやがったぁ!?」
「だって、つまらんじゃろ。どうせなら道化師として、世間を賑わせてくれた方が面白い。序でにカレンデュラの威厳を保つ材料にも成り得た」
「澄ました面しやがって………アンタのその小賢しさのせいで、無駄に犠牲が出てんだぞ!」
「無駄などではない、少なくとも妾はカレンデュラの活躍を喜んでいるぞ。また彼らの遺族にも、王国から不自由の無い様に謝礼は下りている」
「…俺は、腹ぁぶっ刺された。普通なら、其処で死んでた」
「じゃが生きておるではないか。ならばその喜びを噛み締めて前へ進めば良い。そもバドラック拿捕の功労者が、こんな日陰で何を間誤付く?」
『こ、こいつ…』
龍の拳に、思わず力が入る。
煮えくり返った腸が、全てをぶちまけろと責っ付く(せっつく)。
しかし此処で感情のままに手を出せば、それは自身の誓約を破る事に繋がる。
『敵意はねぇし、不条理でもねぇんだ。アイツと同じで、酔狂な感じはあるが………正直者を四人目に選ぶのは違うだろうが』
「…これ、何を呆けておる。職質の続きはどうした?」
「…いや、もう良いだろ。そもそも王女様に対して職質とか、意味が解らねぇしな」
「何じゃあ、つまらんなぁ。国王に対して堂々と説教するような男じゃから、もっと執拗に責めてくるものと期待しておったのにぃ」
「どんな期待だよそりゃあ。言っとくが、別に俺は説教するのが好きな訳じゃねぇよ」
「本気にするでない、解っておる。差し詰め其方は、無礼が服を着て歩いている様なものじゃろうて」
「…そうだな、だから王女だろうが直ぐに手が出るかもしれねぇぞ?」
「くふふっ、ソレは楽しみじゃ。男に傷物にされたと報告したら、果たして父上はどんな顔をして出迎えてくれるかのぉ?」
「…チッ、意地の悪い王女様だぜ。こんなのが何れ権力を持つってんだから、此処はろくな国にならねぇな」
「くふっ、言うではないか!その調子でもっと聞かせよ、其方の物言いは不思議と心地よい!」
「…何でそうなる。こっちはアンタと話すことなんてもう無ぇんだが?」
「馬鹿を申せ、幾らでもあろうぞ。其方が真に異世界人であるならば、この世界で語れることは無尽蔵であろうが」
「…そりゃあ、そうだが…」
龍は思わず言葉に窮する。
目前の存在が、いよいよ思い出させるのだ。
六年前、私立ライラック学園で生じた、一つの出会いを。
『謙遜する事勿れ。貴公が純然たる日本男児なれば、英国出身の当方に語れるは無尽蔵と心得る』
当時の彼は既に英国の一端を担える程の才覚があった。
特に言語学に関しては、父の影響で多国に精通していた。
一方で日本語に対する解釈だけは、やたらと突飛していた。
『予てより日本語は、孤立した言語に候。此れは未だ言語学における争点として絶えず、各国の栄えある先達たちも苦心する有り様。故に当方は日ノ本最大の乱世に映えし、武士道に答えを求む次第にて』
笑った。
本当に、盛大に、笑った。
十二歳にして高名な大学を卒業した天才児を、後に問題児となる同年代が笑い飛ばした。
しかしそれこそが、二人の始まりだった。
可笑しく語り合う事が、六年にも及ぶ縁の原点だった。
そして今回も、自ずと同じ所へと帰結した。
「…これ、何を笑っておる。よもや下々民の分際で、天上の珠玉たる妾との貴重な時間を無駄にするつもりか?」
「…いいや?アンタが俺と話してぇんなら、俺は別に構わねぇぜ」
「うむ、苦しゅうない。遠慮なく何でも語るが良いぞ。それがどれだけ稚拙であれ、妾の退屈は凌げるのでな」
「そりゃあ結構。だがまぁ、今回は生憎だろ。俺は仕事中で、アンタはお忍び中なんだからな」
「…ふむ、一理、ある。ならば次節は、も少し日の当たる場所で、か…」
「ま、それが何時になるかは解らねぇがな。何せアンタは夜中にほいほいと城を抜け出す、とんだ箱入り娘みてぇだからよぉ?」
「…くふふっ、確かにのう。挙句に女王となった暁には、薄暗い夜に間誤付く下々民など切り捨てたくなろうぞ」
「…いや、今のは洒落になってねぇんだが?」
「戯け、今宵を洒落で済ますつもりなど毛頭ないわ。どうあれ其方は、王女である妾の道すがらを邪魔したのだぞ」
「…急に蒸し返しやがって。なら、俺にどうしろってんだよ王女様?」
「決まっておろう。今宵の続きを、しかと果たして見せよ。彼の犯罪者は、途上で力尽きたが………其方は、犯罪者とは違うのであろう?」
その問い掛けは、紛れもなく天上からの代物。
遥か下々に向けた、確かな試練。
もし応えなければ、二度と機会は与えられない。
その資格なしとして、不遇が約束されるのだ。
「はっ、舐めるなよ王女様。籠の鳥が空へと羽搏く前には、ちゃんと俺から話す機会を設けてやる。約束してやるぜ」
龍は視線を逸らさず、心を揺らさず、天上をも見下ろすかのように応えた。
その様子にルナは満足げに微笑むと、踵を返して路地裏から立ち去った。
一方の龍は一人で暫し考え込んでいたが、やがて同じ様に路地裏から出て行った。
その後は夜警の職務を無難に全うし、後日を迎える。
ことフィーリア王国においては、特に何の変哲もない平日の一つに過ぎない。
そんな折に、カレンデュラの中央部であるデュランタにて面会希望が通る。
しかもそれは七階層、即ち総帥ドルガー・ヴォーゼの領域での出来事だった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




