第一幕・フィーリアの国王
指名手配犯バドラックの拿捕、その知らせはフィーリア王国全体で大きく響いた。
犠牲者の家族達は感涙し、国民達多くが吉報として喜んだ。
何より王女を狙われていた、国王の喜びようは大変なものだった。
斯くしてカレンデュラは王国の重要機関として、更に声望を高める形となる。
しかし当のカレンデュラ内は、複雑な思いを抱く者が殆どだった。
先ず今回の件で、正規員十六名が殉職したという事実が拭えない。
またその延長線から、第一部隊長レイラに対する責任問題も立ち上がった。
これは残る九人の部隊長の間でも議論となる。
「いやいや~、レイラっちは悪くないっしょ~。死んだ連中には悪いかもだけど~………ぶっちゃけレイラっち一人に全部任せとけば~、どうにでもなった訳じゃ~ん?」
第九部隊長であるミストレイは、徹底してレイラを擁護した。
他にも第三、第五、第七部隊長が肯定的だった。
何れもレイラに対する好感度が高く、日頃から過程より結果を重んじるメンバーである。
「んっんー これでこの手の議論は何度目ヨ アレは元より破綻者デ 人の上に立つ器じゃなイ 諸君もその点ハ 重々承知の筈ダ」
一方で第十部隊長であるクローケアはレイラを痛烈に批判し、レイラの隊長職解任を求めた。
またクローケア程ではないものの、第二、第四、第六部隊長も何らかの罰則に関しては賛成した。
そして第八部隊長は明確な意見を出さず、総帥であるドルガーに全てを委ねる態度を示した。
「それじゃあ今回はお咎めなしだなっと。どうあれバドラック拿捕が迅速だったからこそ、儂らがこうして居られるんだからなっと」
「さっすがドルガーっち~、解ってる~」
「んっんー 身も蓋もなイ 正しく時間の無駄ダ」
斯くしてレイラは特に恩賞が与えられない代わりに不問となった。
一方で彼女に率いられながら生存し、貢献した訓練生四人には注目が集まる。
議論でも殆どの隊長が正規員への昇格を提唱し、ドルガーへ自身の部隊への参入を請うた。
しかしドルガーは正規員昇格は認めたのの、どの部隊に所属させるかは保留とした。
それから後日、件の訓練生四人には正規員昇格の旨が伝えられる。
同時にドルガーから、正規員としての最初の指令が下った。
実は国王がバドラック拿捕を記念して、今夜から王宮の広間で祝賀会を開催すると言うのだ。
そして国王はカレンデュラの総帥であるドルガーに、バドラック拿捕における功労者の参加を是非にと望んだ。
即ち指令とは、最高峰の栄誉を預かると共にしっかりと英気を養えと言う訳である。
「ど、どどど、どえりゃあ緊張するだべっ。おおお、俺っち、王宮なんて生まれて初めてだべ!」
「…見っとも無いですわよ、ゴーレス。ワタクシ達は晴れてカレンデュラの正規員なのですから、威厳を保ちなさいな」
「よく言うぜ、何時もより念入りに化粧しちまってよぉ。お偉いさん共が集まる場所で、柄にもなく見て呉れを意識してんじゃねぇのかぁ?」
「っ………流石は、元王宮侵入者。ワタクシ達と違って、随分と図太い神経をお持ちですわねぇ?」
「…何だこらぁ?」
「何ですのぉ?」
「あのー、今回は止めときましょうよそういうの。折角の祝賀会で、狼藉者扱いされるのは勘弁ですしー」
日が沈み夜が訪れる頃、四人は祝賀会に参加する為に王宮の広間へと参内していた。
しかも事前のドレスコードに従い、共に正装している。
因みにフィーリア王国におけるドレスコードは、現代と違って明確な規定が存在する訳ではない。
当然ながら普段着であろうとも、敢えて古着であろうとも構わない。
誰もが光り輝こうとするこのフィーリア王国は、基本的に自主性が重んじられている。
翻ってこの国では、決して無視はされない。
上下関係を問わず、常に個人の才能と精神面を国家が見定めているのだ。
その上で龍は堅苦しさを嫌い、ネクタイやボタン止めを必要としない黒いカジュアルスーツを選んだ。
続いてミュウは素直に行こうと思い、ワンピース型の白いドレスをシンプルに着こなす。
そしてアールシティは青を基調とするコルセットドレスに、自らの魔術で雪の結晶をふんだんに散りばめた。
最後にゴーレスは体格の都合もあり、ぴっちりとした燕尾服に蝶ネクタイという姿だ。
「おや………見かけない者が混じっているようだが、彼の者達は何方かのご子息で?」
「いいえ。彼の重罪人バドラック・マージ拿捕に貢献した、カレンデュラの若き有望達だそうで」
「それは頼もしいこと。妾の子供たちにも、彼等を見習ってもらわねば」
「うむうむ。こうしてまた若者が台頭してくる………我ら年寄りの政策も、無駄ではなかったのう」
時間が経つに連れて、フィーリア王国の重臣達が広間に集い始める。
何れもその財力と権力に相応しい、豪華絢爛な出で立ちだった。
しかし彼等の本質は、どんなに眩くしても到底に隠せない。
超大陸の七割を統治する国家、その運営を担う偉大さは誰もが肌で感じ取れる程だ。
そしていよいよ祝賀会の開始時刻が迫る所で、新たな人物が数名の近衛を伴って現れる。
彼は非常に恰幅の良い、初老の男性だった。
その等身は子供と見紛う程に低く、豊かな白髭が特徴である。
身なりに関しては赤を基調とした派手な衣装に、高価な装飾品をふんだんに纏っている。
「何だあのダサい爺さんは、質の悪い成金んがっ」
ありのままの感想を口にしようとした龍だったが、即座に中断を余儀なくされる。
ミュウとアールシティの女性陣二人から、足の甲を思い切り踏まれたのだ。
その一方で重臣たちは直ぐに威儀を正すと、龍がダサいと称した人物に向かって恭しく頭を下げる。
何故なら彼こそ、このフィーリア王国の現国王。
名はサンタ・フィーリア・レーギス。
初代から引き続き三十五代目として、超大陸の七割を治めている人物である。
「むっほっほー、よく集まってくれたぞい諸君。今宵は無礼講、堅苦しい仕来りなぞ不要ぞいな。ひたすら飲んで食べて、じゃんじゃん騒ぐぞぉい!」
無邪気な宣言と共に祝賀会は開始した。
担当する給仕達は次々と広間へ料理を運び入れ、無数のテーブルを盛大に彩る。
ある場所には香ばしい肉料理。
またある場所には新鮮な魚料理。
そして瑞々しい前菜や、艶やかな甘味。
何れも現代料理とは少し異なるが、見ているだけで誰もが食欲をそそられる様な高級料理ばかりだ。
これが手軽に立食形式で、かつお開きの時間まで食べ放題となっている。
「んがんがんがっ………ぅぅぅんまいんだべぇっ。こんなどぇりゃあとぅるっとぅるっな肉、オレっち初めてだべぇ!」
ゴーレスは開始と同時にすかさず肉料理が並ぶテーブルへと陣取った。
そしてどれもこれもに食指を伸ばし、その度に感動して涙を浮かべる。
また勢いも凄いので、給仕達が慌てて厨房担当に追加のオーダーを出す有り様だ。
しかしそんな豪快な様子は、周りの重臣達には微笑ましく映っていた。
「うわ、凄い。これ、大陸の最北端の山でしか取れないって言う特産品ですよね?」
「はい、左様でございます」
「それにあっちは、最南端で稀に見付かるって言う深海魚………あの果物だって、年に数百しか出回らないって言う…」
「あらあら、お詳しいのねカレンデュラのお嬢さん。もしかして、生来は行商人かしら?」
「あ、いや………これでも一応、カレンデュラでは諜報が主な仕事でしたから」
「それはそれは、熱心なこと。でも今日だけは堅苦しい事は抜きにして、もっと羽目を外してはいかが?」
「あ、あはは………すみません、こういう場所には慣れてなくてつい…」
ミュウは並んだ料理を食べるよりも、先ずその品質について触れずには居られなかった。
どれもこれもが一般には出回らない様な高級品ばかりと理解し、思わず目移りしてしまったのだ。
そしてそんな様子を国家の重臣達が見初め、その輪の中に迎えられる。
自ずとミュウ・ハウゼンの名は、重臣達の間でも広く知れ渡る事態となった。
「…大丈夫ですわ、このくらいでしたら………ええっ、ええっ、大丈夫ですとも………折角の祝賀会なんですもの、ワタクシは何も間違っては居りませんわ…」
アールシティは主に甘味が揃うテーブルに長居をしていた。
しかしその表情は何処か鬼気迫る物がある。
加えて小さな声で譫言を繰り返すので、重臣達からしてみれば不気味でしかなかった。
その一方で最も静かだったのが、他でもない飛来龍だった。
祝賀会開始からこれまで壁を背にしつつ、料理には全く手を出していない。
唯一ドリンクの入ったグラスを給仕から貰い受け、少しずつ傾けているだけである。
「おや、どうしんだいキミ。そんなところに一人で?」
ふと重臣の一人が、龍の様子を見かねて声を掛ける。
しかし当の龍は返事をせず、視線すら合わせようとしなかった。
そんな態度に重臣の一人は呆れ顔を浮かべると、そのまま広場の中央へと移動する。
其処には丁度、他の重臣達に囲まれている国王サンタの姿が在った。
現在は酒が入ってほろ酔い状態であり、子供の様な無邪気さで重臣達と談笑している。
「…ちっ!」
露骨な舌打ちと同時に、遂に193cmの図体が動き出した。
先ず残っていたドリンクを一気に飲み干し、新たなドリンクを給仕から調達する。
その後は真っ直ぐに広場の中央、正確には国王サンタの許へと向かう。
周囲には未だ重臣達が集っていたが、全く気にも留めず押し通った。
「よぉ、初めましてだな国王。折角の機会なんで、一つ乾杯して貰っても良いかぁ?」
「…キミ、国王陛下に対してその態度はどうなんだ?」
「むっほっほっ、良いぞい良いぞい。こんな目出度い日に、身分の話など無粋ぞいな」
「はっ、承知しました」
「ではではカレンデュラの青年よ、其方達の活躍を祝して乾杯ぞーい」
「ありがとよ………それじゃあ俺は、これで退席させてもらうわ」
「むむむ、どうしてぞい。体調でも優れないのかぞい?」
「…そりゃあ優れねぇよ。こちとらアンタの勝手な都合で、死に目に遭ったんだぜ。なのにそんな能天気にされちゃあなぁ?」
「ちょっ」「んがっ」「はぁっ」
ミュウ、ゴーレス、アールシティの三人は同時に絶句した。
遠巻きながら同僚の発言が、はっきりと聞き取れたからだ。
そしてこれは広場に居る全員に共通する。
自ずと重臣達は言葉を失い、厳しい表情を浮かべた。
また忙しなかった給仕達は耳を疑い、その場で凍り付いた。
他でもない国王サンタも、突然の事で驚きを隠せなかった。
しかし直ぐに穏やかな表情となり、鋭い三白眼の瞳と向き直った。
「確かに余としたことが、浮かれ過ぎたぞい。この祝賀会はカレンデュラが多くの犠牲を払っての賜物………先ずは歓ぶよりも、悼むべきぞいな」
「はっ、一先ず安心したぜ。冴えねぇ面だが、中身まで凡愚って訳じゃねぇらしい」
「キミ、いい加減にっ…!」
「良いのだぞい。この青年に悪意はない、ただ自分に正直なだけぞい」
「し、しかし…」
「…おい、いい加減に引っ込んでろよアンタ。俺は今、国王と一対一で話してぇんだからよぉ」
「むほほ、そう言う事らしいぞいな。済まんが右大臣、待機してて欲しいぞい」
「…はっ、承知しました」
右大臣と呼ばれた人物は、国王の言葉通り引き下がる。
また他の重臣達も気を利かせ、この場から距離を置く。
斯くして大人と子供程の差がある二人は、お望み通り一対一の状況となった。
「さて、そういえばまだ名前を聞いてなかったぞいな?」
「…名乗れってか?自分が名乗ってもねぇのに?」
「むほほ、これは失礼したぞい。では改めて、余の名はサンタ・フィーリア・レーギス。このフィーリア王国を治める、第29代目国王ぞい」
「…飛来龍だ。適当にお見知り置き願うぜ、国王さんよぉ」
「よしよし。ではヒライリュウくんよ、こうして知り合えたからには、互いに楽しい話をしようぞい」
「…生憎と俺からアンタには、文句しかねぇんでなぁ」
「むっほー、それは困ったぞい。どうしたら許して貰えるぞいな?」
「…あのなぁ、俺は謝って欲しいんじゃねぇんだよ。あるだろ、命を懸けて任務を果たした人間に向けるべき言葉ぁ」
「…ふむ、確かにぞいな」
国王サンタは笑みを保ちながらも、暫し考える。
彼からすれば、龍の言葉に思い当たる節は幾つかあった。
何せその立場上、これまでに何度も経験している。
富や財を欲する者なら、与えれば良い。
地位や権力を求める者なら、高めれば良い。
療養や愛玩を望む者なら、応えれば良い。
そうやってこれまで多くを従えたのだ。
『あぁしかし、この青年は違うぞいな。なんと鋭く、激しい瞳よ。まるで…』
「…おい、何を考えこんでんだ。まさか解らねぇなんて言わねぇよなぁ?」
「むおっ、ほーーーん………改めて、ありがとうぞいヒライリュウくん。君のお陰で娘は助かった、父として礼を言うぞい」
「おう、良かったな。次はアンタの手で守ってやれよ」
「むほほ、確かにぞい。二度とこんな事にはならんよう、努めると約束するぞい」
「なら良い………邪魔したな」
「おっとっとー、待つぞい待つぞい。予と君はもう、少なくとも知り合いぞいな?」
「…あぁ、お互いに名前も知ってるしな」
「では知り合いの誼で頼みがあるぞいヒライリュウくん。帰る前にも少しだけでよいから………予の祝賀会を楽しんで行ってはもらえんかぞい?」
「…くっ、はははははっ。良いぜ、そう言う事なら俺も遠慮はしねぇからよぉ!」
龍は上機嫌で踵を返すや、まだまだ大盛りの各テーブルを回り出した。
そして目に付いた物は片っ端から摘まみ食いして行く。
その為にゴーレスがテーブルから押し退けられたり、アールシティが甘味を横取りされたりもした。
しかし二人の方も黙っては引き下がらない。
片や龍が目を付けそうな料理を先取りしたり、片や手に取った瞬間に魔術で凍らせたりした。
「おい、何のつもりだテメェ等よぉ!」
「此方の台詞ですわよこの無礼者がぁ!」
「んが~うんまいだぜ、これうんまいだぜ。いんまの内にまるっと頂きだぜ」
「…もう突っ込む気も起きないですよー」
「むっほっほっ、賑やかぞい賑やかぞい。予達も負けてられんぞいなー!」
「ははっ、では折角なので某が一つ芸でも…」
こうして王宮広場での祝賀会は、刻限まで大盛況のまま幕を閉じた。
その後カレンデュラの四人には、各自に一つずつ客間が与えられる。
ただし防犯の為、この客間は朝まで外から施錠される仕様だ。
もっともこの客間は寝室だけでなく、便所や浴室まで備わっている。
現代で考えれば2LDKの物件として申し分ない。
ドリンクに関しても、冷蔵庫に大人から子供向けまで取り揃えてある。
その中でミュウとアールシティは、先ず清潔な浴室を堪能した。
そして予め寝室に用意されていた寝間着に着替え、好みのドリンクを堪能してから就寝する。
ゴーレスに関してはベッドの弾力に感動を覚えると、そのまま柔らかな寝心地に抗えず寝落ちした。
一方の龍は日付が変わった後も眠らなかった。
正確には、眠ることが出来なかった。
実はバドラックとの戦い以降、龍は一睡も出来ていないのである。
しかし現時点で身体に支障はない。
寧ろ頗る調子が良いので、この数日は特に気にせず過ごしていた。
『…そういやぁ姉貴も、どうなるかは解らねぇって言ってたなぁ。最初はストレスかとも思ってたけどよぉ………まさかあの時点で、人間を止めてたりしてねぇよなぁ俺?』
睡眠時間が必要ない分、思考は止まらない。
自ずと夜を通して、様々な想像が膨らんで行く。
しかし現状に対する答えは龍の中で出ず、悶々としながら過ごすしかなかった。
そうしている内に世間の夜は明け、日の光が客室に差し込んだ。
程なくして早番の給仕達が動き出し、客室を開錠して回る。
「ひぃっ!?」
偶々に龍の居る客室を担当した給仕は、思わず腰を抜かした。
鍵を開錠した瞬間、193cmの図体がのっそりと現れたのである。
しかも貫徹して不機嫌な分、鋭い三白眼がより迫力を増していた。
「…おう、悪い。そろそろ戻るからよ、外まで案内してくれるか?」
「は、はいっ。どうぞ、此方へ」
給仕の導きに従い、龍は王宮を後にする。
そしてその足でカレンデュラに帰還し、同時に出勤を済ませる。
労いである祝賀会を終えた以上、此れよりカレンデュラの正規員としての本格的な活動が始まるのだ。
即ちこの日が龍にとっての、少し早い卒業式なのだった。
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




