第十二幕・覚醒
「ふーっほほほほ、まったく口ほどにもないのであーる。このような見苦しい愚昧、手早く処分するに限るであるな」
バドラックが軽快な合図を送ると、対するマリーも直ちに応える。
しかしハルバードを振り上げた直後、マリーは強い衝撃を感知した。
理由は二つの弾丸。
龍が倒れた直後、袖口のギミックを発動したミュウは迷いなくトリガーを弾いていた。
元より対防御魔術に特化したその性能は、バドラックが施した防御魔術とて例外ではない。
真面に食らったマリーは壁際まで吹っ飛ばされ、そのまま動かなくなる。
この隙にミュウは龍の許へと駆け寄り、持ち合わせていた傷薬を使用した。
これは現代とは別格の代物で、龍の身体にぽっかりと空いた致命傷にさえも作用する。
しかし幾ら傷が塞がろうとも、既に龍は大量の血液を失っていた。
その影響で体温は著しく低下しており、脈拍も弱い。
流石のミュウも輸血の用意まではしておらず、これ以上は手の施しようがなかった。
「っ………ごめんなさい、ごめんなさいっ。ワタシがもっと早く判断していれば、こんなことにはっ!」
「ふほほっ、何を悔いるのであるミュウ殿。貴女は吾輩の魔眼から逃れる事を徹底し、前衛を一任した。実に正しい判断なのである」
「…って…」
「それに比べ其処なる愚昧の蛮勇と来たら………挙句には油断してこの始末、貴女を守る騎士としては失格であるな」
「…黙ってっ。貴方の様な犯罪者なんかに………この人を愚弄する権利はない!」
「おお、何と手厳しい。であるならば吾輩は、あくまで犯罪者らしく………貴女の全てを、優しく奪うのである」
「させるもんですかぁっ!」
ミュウは素早く弾丸を装填すると、振り向き様に拳銃のトリガーを弾く。
わざわざ照準を合わせずとも、彼女の腕前は寸分の狂いもなくバドラックを強襲した。
しかし密かに再起動していたマリーが、すかさず二人の間に割って入る。
更にはハルバードを自在に振るい、二発の衝撃弾を一閃の許に無力化して見せた。
「くっ………まだまだぁっ!」
ミュウは攻撃の手を緩めまいと、サイドポーチから弾丸を取り出して再装填を行う。
対するマリーも間合いを詰めようと、凄まじい跳躍力を見せる。
後はミュウのトリガーとマリーの駆動、何方が速いのかで勝負が決まってくる。
しかしソレは、これが一対一だった場合に限る話である。
「悪く思え、ミュウ殿。吾輩、元より罪作りであるからして」
最後まで解らない筈だった勝負は、呆気なく片付いた。
ミュウのトリガーは何処からともなく出現した鋼線によって壊され、何時まで経っても弾く事は叶わない。
一方で何の気兼ねもなくなったマリーは、そのままハルバードを一閃した。
ただし主の意向もあり、咄嗟に刃ではなく柄の部分で殴打する形ではあった。
それでも小柄なミュウの身体はダメージと共に強く吹っ飛ばされる。
またサイドポーチの中に用意していた道具も、衝撃で多くが散らばってしまった。
「あ………ぐ………うぅぅ…!」
全身が激しく痛む。
呼吸すら上手く出来ない。
素直に意識を手放した方が、遥かに安楽だ。
しかしそんな状態からでも、小柄な少女は懸命に起き上がろうとする。
苦痛に顔を歪ませ、涙を流していても、魂は決して屈していない。
其処へバドラックが優雅な足取りで赴く。
そして片膝を突き、まるでエスコートをするように視線を同じくした。
「見事である、ミュウ殿。絶体絶命でも折れない気丈さ………レイラ殿よりもいち早く、我が妃として迎え入れよう」
「…誰が………貴方、なんかに…」
「皆、始めはそう言うのである。かつてはこのマリーも、そして他の妃たちも口を揃えて………しかし最後には、やはり皆同じ。吾輩を受け入れずには、いられないのである」
「…所詮、魔眼の効力でしょう………偶々、生まれ持っただけの代物………其処には、貴方自身が培った魅力なんて、何処にもないじゃない…!」
「…手厳しい、実に手厳しいのである。嗚呼………益々、欲しくなってきたのであるよ、ミュウ殿ぉ」
二つの碧眼が、一層に妖しく輝く。
この時点でバドラックが持つ魔眼の発動条件は十分に満たされた。
次第にミュウは言葉を失い、感情の色が消える。
バドラックの抱擁に対しても、拒絶する素振りはない。
最早その先に待ち受ける、欲望に塗れた情事さえも簡単に受け入れるだろう。
止められる者は居ない。
カレンデュラが誇る第一部隊長も、未だ完全に拘束されたままだ。
また外で待機しているアールシティとゴーレスの二人が、地下の現状に気付ける筈もない。
ましてや致命傷を負ったばかりの、一つの魔術も使えない青年に可能性など有る筈もなかった。
『…おい』
音がした。
大きくて冷たい、胎動の音がした。
情事を前に昂る雄でさえ、思わず自らの時を止めた。
そんな彼が少し振り返れば、其処には193cmの屈強な図体が映る。
ソレは元より鋭い三白眼を血眼にさせ、正しく鬼のような形相と化していた。
「ふほほ、死に損なったであるか………マリー、今度こそ彼奴を処刑するのである」
主からの追撃命令を受けたマリーは、初戦と同じくハルバードを振り上げて猛然と襲い掛かる。
しかし二度目となる対決において、その動きは既出に過ぎない。
ましてや鋭い三白眼からしてみれば、疾うに理解が及んでいた。
だからこそ避ける事無く、真っ向からハルバードの一閃を掴み取って見せる。
更にはそのままマリーの身体を蹴り飛ばし、力尽くでハルバードを奪う。
そしてハルバードを自分の物にした後は、渾身の力で振り下ろした。
相手が物理攻撃を通しにくい、防御魔術が施されている事などお構いなしにである。
その結果、ハルバードの鋭利な部分は大幅に刃こぼれを起こした。
ただしマリーの方も衝撃までは防ぎきれず、大きく態勢を崩した。
其処へ龍がすかさず飛び掛かり、馬乗りの状態に持ち込む。
格闘技で言うならば、即ちマウントポジションを取った形だ。
「…何をしているのであるかマリーっ。吾輩は君を創り変える際、可憐さだけを取り柄にしたつもりはいのであるぞ!」
バドラックは苛立ちを隠す事無く、再びマリーに対して合図を送る。
しかし対するマリーは龍の下敷きにされたまま動かなかった。
正確には動こうにも動けなかった。
単純に技術や重量が原因ではない。
魔術を施されている石の体が、理屈以外の確かな拘束力を感じている。
もっとも彼女は言語機能を持ち合わせていない。
故に目に映らない時点で、原因がバドラックに伝わる筈もなかった。
「…悪いがぶっ壊すぜ、マリーさんよぉ。どんなに綺麗なまま居られるんだとしても、あんなクソ野郎の言いなりになってるアンタは………やっぱり違うだろ」
仄かな憐憫の情を募らせながらも、龍は拳を強く握り締める。
そして自身の手をトンカチに見立て、釘を打つかの様に真っすぐ打ち下ろした。
もっともマリーには未だ防御魔術が施されているので、普通なら龍の拳の方が無事では済まない。
しかし実際には拳が打ち込まれた直後、徐々にマリーの全身から亀裂が走った。
そのまま呆気なく、そして跡形もなくマリーは崩壊する。
後には屈強な背中で怪力乱神を物語る男だけが残った。
「…一端の魔術師であったか。属性までは伺い知れぬが、愚昧の分際でマリーを打ち砕く程の攻撃魔術を扱えるとは………何故、これまで秘していたのである?」
「…別に隠してたんじゃねぇよ。ただ、また何時もみてぇな夢を見てよぉ………このままお寝んねしてる訳には、行かなくなっただけだ」
「…夢?」
バドラックは困惑を隠せなかった。
目の前の存在が言っている事が、素直に理解できなかった。
しかし当の龍は至って真面である。
確かに彼は夢を見たのだ。
マリーから致命傷を受け、どす黒い景色が広がった後のことだ。
其処は辺り一面に靄が掛かった白い世界。
足元に地面の感触はなく、宛ら雲の上の様な不安定な場所。
そんな空間において、龍は何の疑問もなく歩いていた。
何時もの夢だと思いながら、ひたすらに歩き続けていた。
しかしその途中で、とある人物と出くわした。
その人物はウェーブヘアーの茶髪が特徴的な、ワンピース姿の女性だった。
「…何だよ、何で姉貴がこんな所に居るんだよ」
「ふふーん、何でやろうなぁ。そう言うアンタこそ、何でこんなとこで油売ってんの?」
「…多分なぁ、俺は死んだらしい。思いっ切り腹ぁぶっ刺されちまったからよぉ」
「あいたたた、そうなんかぁ。実はお姉ちゃんもな、色々あって死んだみたいなんよ」
「くっははは、マジかよ。やっぱりお互い、長生きは出来なかった訳だ」
「そうみたいやねー。どうする、このままお姉ちゃんと一緒に天国にでも行く~?」
「止せよ、俺ぁ天国になんぞ興味ねぇ。行くなら姉貴だけで行って来いっての」
「なんや、そんなに地獄の方が良ぇの?」
「他に行く所があんのかよ。まぁ俺は閻魔だろうが、気に入らなかったら直ぐにぶっ飛ばすがなぁ」
「…安心したわ、アンタは何も変わってない。お姉ちゃんが大好きな、とっても手の掛かる弟やね」
「手の掛かる点は、お互い様だっただろ。それじゃあな姉貴、向こうに行くなら親父とお袋に宜しくな」
龍は踵を返し、夏季が現れた方向とは逆に向かう。
其方の方こそが、自分にとって正解だと信じていた。
しかしその直後、龍の足は全く動かなくなる。
宛ら下半身だけが氷漬けにでもされたかのようだ。
その後も自力ではどうにもならず、何時の間にかけらけらと笑う夏季が傍まで来ていた。
「なんやなんや~、あんなに格好付けといて。やっぱり一人で地獄行くんは怖いんか~?」
「う、うるっせぇなっ。何か知らねぇが、急に足が動かねぇんだよ!」
「…それな、何もおかしないんよ龍。それはアンタが、未練を感じ取るだけなんやから」
「…未練?」
「そっちの方はな、ほんまに死ぬ人間が行くんよ。ほんでお姉ちゃんが居った方は、まだ死なんと思ってる人間が行くんよな」
「…だったら、俺は…」
「そ、アンタがここまで来れたんは生きたいと思っとるから。まだやり残したことがあるって、強く思っとるからなんや」
「…そんな筈はねぇ。俺は、あの日から…」
「やりたいようにやって死ぬ、やろ。でも、まだやりたいこと残っとるやんな」
「…姉貴」
「ええんよ、お姉ちゃんのことは気にせんで。最後にこうして会えたんやから、それだけでも本当に僥倖やったわ」
夏季は優しく笑い、軽く龍の背を叩く。
そしてそのまま、龍が決して向かえない方向へと歩き出した。
その真意を、実の弟である龍は直ぐに察する。
故にすかさず叫んだ。
ふざけるなと、心の底から吐き出した。
しかし夏季は応えず、その足取りは止まらない。
やがてウェーブヘアーを靡かせる後ろ姿が、深い靄の中へと消えて行く。
「…随分と、薄情じゃねぇかよ姉貴ぃっ。姉貴もそうやって親父やお袋のように、あっさりと俺を置いてくのかよぉ…!」
「うっ………狡いなぁ、女の子の方が先に覚悟決めたんよ。男の子なら黙って見送ってや…」
「うるせぇっ、どの道このままだったら直ぐに追うぞっ。このまま目を覚ました所で、クソ野郎に殺されるだけだからなぁ!」
「…ふふーん、それなら心配いらへんよ。お姉ちゃんはお父ちゃんお母ちゃんと違って、ちゃ~んとアンタに残しとくから」
「…どういう意味だよ?」
「それは目覚めてからのお楽しみやな~。正直、お姉ちゃんもどうなるかまでは解らんから~」
「何だよそりゃ、誤魔化そうたってそうは…」
「…ねぇ龍、今までにアタシがアンタに一度でも嘘を吐いた事があったっけ?」
「……………」
龍は言葉に窮した。
どんなに記憶を遡ろうと、夏季の言葉に否定する材料はない。
キャバ嬢としてならば、多くの男性に優しく嘘を吐いただろう。
しかし姉としてならば、何時だって夏季は直球だった。
かつて両親が死んだ時も、本当に悲しんだ。
また両親を奪った存在を、全力で憎んだ。
そして残された弟を、心の底から愛した。
その在り方は誰にも変えられない、絶対の領域である。
「…はぁ、解ったよ。姉貴がそうまで言うのなら、やれるだけのことはやってやるさ」
「ん………ソレが聞けて安心したわ。それじゃあ早いとこ目ぇ覚まして、ピンチになってる女の子を救ったりぃ」
「…ソコん所だがよぉ姉貴、別にピンチを助けるのは一人に限らなくてもいいんだろぉ?」
「ん、んんん………そらぁ、ソコはアンタの自由だけど?」
「なら決まりだ、俺は助けたい奴だけ助ける。例えそれが、もう死んじまってる女の子だったとしてもな」
「…ぷっ、ぷっははははっ。なにそれ、もしかしてアンタってばアタシの事まで視てない?」
「当たり前だろ。姉貴が死んで俺に遺すってんなら………俺は生きて、姉貴に還してみせるからよぉ」
「う…」
今度は夏季が言葉に窮する番だった。
実の姉だからこそ、龍の言葉を冗談とは片付けられない。
四年前にも許せないからと言って、たった一人で百人から成る暴走族グループを崩壊に追い込んでいる。
その時から飛来龍はやると決めたなら、やらなかった試しはなかった。
例え何かの拍子に両親が生き返り、説得に当たったとしても思い留まりはしないだろう。
何せその鋭い三白眼の瞳は、四年前の事件と寸分違わない切れ味を今も放っているのだから。
「…OK。他でもないアンタがそう言うなら、何時までも信じててあげる」
「ああ、ありがとうよ姉貴。必ず応えるぜ」
「でもお姉ちゃんってば、天国に行っちゃうかもだから~………そん時は天国以上に、アタシを素敵に幸せにしなさいよね?」
「くっはははっ。最初からそんな贅沢を考えてるんなら、姉貴は真っ先に地獄なんじゃねぇの?」
「うるさーい、余計な心配してるんじゃないってのー」
実の姉弟の間には、何時しか自然と笑顔が零れる。
何物にも代え難いひと時を、二人は共に過ごすことが出来た。
更には必ず再会すると、固く約束を結んだ。
例え夢心地の中であろうとも、二人にはそれで十分だった。
やがて互いに踵を返し、其々の相応しい方向へと向かう。
今度こそ振り返らず、真っすぐに貫く。
そうして龍の方は、景色がどす黒く変わると同時に目を覚ました。
しかも全身は頗る好調で、瀕死だったのが嘘のように躍動している。
その延長線でマリーを打ち壊し、今やバドラック・マージと対峙した形だ。
後はもう姉が遺したとされる、可能性に懸けるのみである。
「覚悟しろよ、クソ野郎。次に壊れんのは、テメェだバドラック!」
「愚昧が………死してその無礼、償うのである!」
此処まで読んでいただき感謝<(_ _)>
拙いですが、もし少しでも楽しんでいただけなら幸いです。
良ければ次回以降も拝読して頂ければ幸い。




