嵐を呼ぶお姫 第二部 (41)嵐を呼ぶお姫
第二部のラストです。
ドルシアーナ公女はこれからどんな運命が待っているのでしょう。
ラマンチャや仲間と共に嵐を乗り越える事が出来るのかそれではエピローグをお楽しみください。
これほどの災厄が起ころうとしていたことはつゆぞ知らず。
街人は朝の支度を始める。
パンを焼くにおいがパン屋から立ち込める。
トマトと魚介が煮える匂い。
アナはあの戦争以降で初めてタエトを救った貴族となるが歴史に記されることはないだろう。
「あの姫様、やったみたいだ」
街の外壁にて見張りをしていた「のっぽ」が言った。
借り受けた魔道単眼鏡をのぞき込んで大きく息を吸い込んだ。
酒場で暴れたお姫さんがこの街を救ったのだ。
信心深くはないが協会に飾ってある「失望の戦い」の絵画にある悪魔とそっくりな怪物をアナが退治したのだ。
「あんなのが街に来たらヤバかったンじゃね?」
エール腹はだらしなくはみ出た腹の肉を掻きながら振り返る。
「赤ら顔、どうするこれから」
エール腹はそういって腰袋から固いパンを出して割ると二人に分け与えた。
巻き込まれたとはいえヴォーティ船長の一味になったわけではない。
呪われた魚介の姿になるのもごめんだ。
「どうするって…正直、あんな魚介の怪物どもと一緒になんて命がいくつあっても足らねえ」
「でも貴族と知り合いになれるチャンスなんてめったにねえ」
エール腹はにやりと笑った。
「女王の騎士団…最強の手じゃないですか」
のっぽがパンを受け取ると腰の水筒からワインを一口飲むと赤ら顔に渡した。
「ウォーサイト(カードゲーム)じゃねえんだ、危険なかけにゃあ乗れんて」
「あれ? 最高にツイてたンじゃあないのか?」
「ツイてねえよ、運のツキじゃねえか」
あのスリ師から巻き上げた金の宝飾も持ち主に帰ってしまった。
「でもよう、代金はもらったンだろ?」
エール腹が歯を見せて笑った。
「じゃあいつもので決めます?」
のっぽがカードを取り出すと素早くシャッフルした。
「赤ら顔が持ってきた案件だお前が決めろよ」
「ずりいぞ、そうやって逃げうちやがって」
「まあまあ、3人で決めましょう」
海の精霊の御心のままに。
3人は同時にウォーサイトの札を引いた。
「そう来たか」
「そんな気がしてたンだ」
「運命ですかね」
赤ら顔は肩をすくめた。
一夜たったデイビーデレは何事もなかったかのように朝日を受け入れ、この地方特有の白い石づくりの建物が美しく映えた。
二つに割れた山の隙間から王都が望める。
踊る羊亭の屋根に上ったラマンチャはぼんやりと王都を眺めた。
「アナが女王様か…」
大人たちはアナが女王になる事は喜ばしい事だと思っている。
自分の主が王位に就くとは誉なのだろう。
自身も立身出世するまたとない機会だ。
「ラマンチャ…そのに居るの?」
アナは猫のような身のこなしで屋根に上ると後ろから声をかけた。
「アナ…」
「朝ご飯行きましょう?」
「うん」
「なんか元気が無いわね、傷とか痛む?」
あれだけの戦いだったのだ、身体のあちこちが痛むが、原因はそうじゃない。
「むしろアナが元気な方が不思議なんだけど」
「船医さんには怒られちゃったけど、元気よ」
脇の傷以外は疲労と魔力の過供給とは言え、死ぬ寸前だったのだ、アナの生命力には感心するを通り越して呆れるばかりだ。
「傷とか平気なの?」
「妖精の銀糸で縫い直したから傷は残らないって」
「そうか…よかった」
自分を助ける為に負った傷だ。ラマンチャは安堵の息を漏らした。
「それより血が足りないのかお腹空くのよね」
アナは朝日を眺めながら笑った。
ラマンチャは振り向くアナの髪が朝暘にきらめいて美しいと思った。
胸が詰まる。
「食いしん坊だなぁ」
吐き出した言葉が上滑りするようにラマンチャの鼓動が速くなる。
耳の後ろの脈音がはっきりと聞こえてくる。
「朝食は何がいいかな? アドリア山羊のチーズは白パンよりライ麦パンに合うのよね、腸詰の入った蕪のスープの匂いがする! 市場で食べそびれた羊肉食べたいわ、ああ魚介も捨てがたいわね」
少し上を向いて食べたいものを想像するアナの顔を見るととても未来の女王には見えない。年相応で、お嬢様なんだけどどこにでもいる少女のようだ。
――考えてみれば、とんでもなく強いけど十四歳の女の子なんだよな。
「ああでも魚介だと、ヴォーティーさん、共食いになるかしら」
鈴のように笑う。
「海の生き物は海の生き物を捕食するから大丈夫なんじゃない?」
「そっか、そうよね」
砕けた口調。良く笑う口元、
「そろそろ行こうか」
ラマンチャは喉まで出かかった何かを呑み込むとアナに微笑んだ。
しゃがみ込んだ姿勢のラマンチャにアナが手を伸ばす。
ラマンチャは少し躊躇ってからその手を取るとアナと一緒に屋根を降りた。
降りる直前、王都の方を振り向くと、もう一度言葉を呑み込んだ。
踊る羊亭で朝食を摂ると、アナとラマンチャはロウィーナ号にて治療を受けるエドアールを訪ねた。
簡単な治療後、エドアールはあてがわれた私船室での研究に没頭していた。
「エドアールさん、ごきげんよう」
アナが優雅に挨拶をすると、エドアールは満面の笑みを浮かべた。
多少壊れてしまったが船倉での魔神召喚でピスケースの孵卵器の機能を見る事が出来て研究が進むと満足そうだった。
しかも自分の元に戻る。研究機関としては最先端を行く黒の教団への派遣。アナの采配には感謝しかない。どうせ一度死んだ身である、怖い事はない。
「良くお越しくださいましたドルシアーナ公女殿下」
「アナで良いですわエドアールさん」
「それで今日は?」
「お別れの前に逢いに来ましたわ、エドアールさん。 明日にはこの街を立ちますので」
「私も、明日には教団へ」
名残惜しそうに手を擦る。
「王都の障壁を解く方法、わかりそうですか?」
「他の魔導器と連動することが予想されます。実際に私はその実験の為この魔導器を運んでおりました。それ以外の事は…まあ教団の持つ情報に期待ですね」
「間者のような事をさせてしまって」
「なあに、アナ様の望みも、私の望みも、もちろん教団の望みも一致しておりますから」
「それと…」
エドアールは周囲を気にしながら小声で言った。
「実は悪魔になった時、私の頭の中に天使の記憶が流れて来たのです…断片的ではありますが」
少し言葉を選ぶようにエドアールは顎を扱いた。
「聖者メビウスの記憶です」
「正確には大天使の卵が見た景色なのですが…」
天使の記憶。
聖者メビウスは正教会の教祖的存在で、神託を受け、この世界に神の奇跡をもたらした人物だ。大天使は失望の戦いで悪魔が天使を封印したもの。
何が見えたのか。
この卵は何を見たのか。
それは聖者もこの背徳的な魔道具にかかわっていたということか?
「少なくとも聖者メビウスはこの卵を大切に扱っていました。優しく語り掛け、この卵たちを解放するすべを探っていました」
大量の魔道計算式がエドアールの脳裏にめぐる。
「そんなはずは、いやまて」
エドアールが二人に向き直る。説明というより説明しながら整理をしているようだった。
「史実では神の強大な加護を得たメビウス達正教会教徒を邪悪な魔道に傾倒していたラファロック王が弾圧粛清しメビウスを処刑したとあります」
頭を掻きむしりながら思い出すように人差し指を立てて脳内で順序だてる。
「晩年のメビウスが何の研究をしていたのか」
メビウス本人の記憶ではないためひどく断片的だ。
「ああ、ノートが研究ノートがここからじゃ見えないじゃないか」
「あれが外典とされたメビウスの聖典?」
「ああ、見えない見えない」
「一緒にいる女性は裏切り者のヘルミーナか?」
エドアールは自分の世界に入りブツブツとつぶやきながら部屋を行ったり来たりする。
「そんな馬鹿な、ヘルミーナは、そんな」
「アナ様、私は焚書から逃れた書を読み解き、メビウスが神聖魔法を駆使し、何をなさんとしていたのか私は研究していたのです」
パロ王国の王立魔道院では表立って正教会と対立こそしていなかったが、禁忌と言われた魔術に実は聖者メビウスとかかわっていたのではないかとされていた。
「しかし肝心なところはこの卵が孵卵器の中に入れられていて見えません」
「見えませんが…」
エドアールは何かを絞り出すように言葉を選んで言った。
「聖者メビウスはヘルミーナの裏切りではなく別の弟子に殺されています」
アナはラマンチャの手を強く握りしめると何かを飲み込んだ。
ラマンチャは手を握り返して無言で頷く。
それが事実なら聖騎士と正教会が導く世界がひっくり返る。
単なるタエトの復興ではない。
まるで嵐が吹き荒れるようだ。
ラマンチャはアナの冷たくなった手をいつまでも握っていた。
第三部に続く
次回はこのお話の前日譚を予定しております。
竜人戦争でタエト王国に何が起こったのか。
滅亡前夜の物語。
乞うご期待にございます。




