嵐を呼ぶお姫 第二部 (40) 決着
悪魔と化したエドアールを止めたアナとパンチョス陣営。
この戦いの終点はどこなのか。まだ14歳の少女に与えられた運命が動き出す。
セバスチャンは冷静に大天使の卵の行方を追った。
アナは気丈に立ち上がると勝利を宣言するように拳を上げた。
その拳から勝鬨が波のように広がる。
敵も味方も歓喜した。
彼らは元タエト騎士、タエト海軍属である。
タエトの街が蹂躙されず、守り切ったことを敵味方忘れて誇らしく思った。
「ラマンチャ…ありがとう」
ラマンチャの背中にもたれながら肩で息をし微笑んだ。
「アナこそ、無茶して…」
お互いへたり込む様にその場に坐り込んだ。
朝露に濡れた草が心地よい。
「エドアールさん…助かったかしら?」
そうアナが大天使の卵から解放されたエドアールに目をやると、一人の男がエドアールの所に走り寄っていくのが見えた。
アクアパッツアだ。
「学者先生ぇ」
情けない声を出しながら半裸のエドアールを助け起こした。
「姫様! 何処です姫様! お願いです学者先生を助けて下さい」
アクアパッツアは
「この先生は同郷で同じ船に乗っていました、仕事のできない俺に優しくしてくれたのは学者先生なんです」
アクアパッツアは魚介水兵から人間の姿に戻り涙を流した。
「学者先生は俺なんです、故郷に錦を飾るんだと飛び出した俺と同じなんです。 難しい事は解らねえですが、魔導器の事を研究している先生を見て俺も頑張らなきゃって! だからお願いです、先生を助けて下さい、姫様どうか!」
故郷の好きな女に想いも告げられず、一旗揚げてやると危険な船旅に出た。
海賊に捕まって、呪いを受け、メバル頭にされて今更故郷には帰れない。
愚図でノロマな自分と、研究が上手くいかず危険な任務に失敗して魔導器を奪われた学者と、アクアパッツアは自分を重ねた。
「すぐに手当てを」
アナの願いに応じて水兵長ロブスが海賊共に声をかける。
大楯を即席の担架にしてエドアールの元に走った。
セバスチャンも傍らに駆け寄り腰のポーチから清潔な布を取り出して応急処置を施した。
「胸の傷は殆ど塞がっている。呪いの効果か、命に別条は無いようだ」
魚介になった呪いからなのか、天使の卵に浸食された部分は変色こそしていたがアナに撃たれた傷や石弓の矢傷は悪魔から人間に戻った際に塞がったのだろう。
運のよい男だ。
アナの放った魔導銃が背骨を損傷していたり、心臓を貫いていれば命を落としていたであろう。
ただし動けない様子で意識は朦朧としていた。
「アナ様、学者は無事です。 気を失ってはおりますが」
セバスチャンが念のため胸周りに軟膏を塗り清潔な布で覆った。
少し体を起こさせると黒い丸薬を口に含ませ水を与えて嚥下させた。
「ふう、どうにか止まったか」
アナの傍らで倒れるパンチョス卿が天を仰いだ。
「おっさんもありがとう」
ラマンチャはパンチョスに思う所もあったがアナを守ってくれたことに対し素直に礼を言った。
「なあに、利害が一致しただけさ」
「パンチョス卿…私からもお礼を差し上げますわ」
「ははは、王族からの恩賞ですからね、期待しておりますよ」
「キャリバン!」
タッソはキャリバンの肩を抱くと、胸をコツンとついた。
「おかげで部下を犬死させずに済んだ、礼を言う」
「貴公も」
「タッソでいい。 それにしても強いなお前、あれパロ北部騎士の剣技か?」
「色々と修行した」
キャリバンは素直に笑うとタッソの肩を抱き返した。
男どもが称え合っているところに美しい弓兵が駆け寄ってきた。
「タッソ!」
「ヘンリエッタ!」
ヘンリエッタはタッソの首に腕を絡ませると目を瞑って頬を擦った。
「もう…無茶ばかり」
「おうおう、苦しいぞ」
剛弓の使い手であるヘンリエッタはタッソを全力で抱きしめた。
「バカ」
大男のタッソの骨がミシミシと軋む。
「いや、ホントに苦しいからな」
「馬鹿…」
泣きじゃくるヘンリエッタに肩をすくめながらタッソは愛おしそうにキスをした。
「嫁さんのヘンリエッタだ」
「あの神のごとき弓術は貴女だったのか」
「美人だろ?」
タッソはヘンリエッタを抱き上げるとその場をぐるりと回った。
「また助けられたなヘンリエッタ」
そう言ってもう一度抱きしめキスを交わした。
アナはサーベルを突き立てて身体を支えるとラマンチャに大天使の卵を見つけてほしいとお願いした。
ラマンチャがアナの身体を心配するとアナは「もう少し見栄を張る必要がある」と言った。
現在戦場で最も高位の存在がアナ、王位第二継承権となったドルシアーナ公女である。
この戦闘において両陣営は一時休戦したものの、お互いの主張は未解決なのだ。
ラマンチャが大天使の卵を回収してくるとテンペスト公女として立つアナと今回の指揮官であるパンチョス卿、並びに魔術師スケアクロウとが対面して並び合った。
「パンチョス卿、此度の戦いは誠に感謝であった。敵であったとはいえタエト王国の領土に影を落とした厄災を共に払ったのは大義であった。 勇敢なる騎士と大楯兵、弓兵ともによくぞ災いを退けて下さいましたね。 重ねて礼をさせていただきます」
「ドルシアーナ公女殿下にそのようなお言葉を戴けるとは騎士の誉にございます」
「また海軍大尉ヴォーティーガンとその部下も良く働いてくれました」
「さて此度の戦い、黒の教団側の要求は私の身柄および魔導器、我々はその防衛ですが」
「その点について我々の要望を」
パンチョスがスケアクロウを制して続けた。
「我々教団側はその魔導の研究のため天使の卵を賜りたい」
パンチョスは学者エドアールに目を向けると白い歯を見せた。
「王族側は正教会と敵対したくはないと思いますが、王都を救うのは魔導器の解析が必須とお見受けします」
「協力関係になるとの申し出か?」
「正教会側からは異端、教団と言われておりますが、我々は魔導研究の結社です、ドルシアーナ公女殿下が王位継承をされた暁には、正式な研究の許可を戴きたい」
「私に王位を継げと」
アナはそれだけは出来ないと思っている。
問題は国内に残る貴族たちの掌握だ。
祀り上げる役割をめぐって争いがおこる。
聖騎士王の盟約によって辛うじて保たれている平和なのだ。
むろん実効支配している諸外国の中にも争いは起こる。
タエトは利権の塊である。
海路を通してパロやエルオンドへの陸路をつなぐ通商の要なのだ。
イシュタルは砂漠地帯と山岳があり一旦はタエトを通さねばパロへの輸出は出来ない。
騎士王諸国を延々と横断するしかないのである。
エルオンドの南下政策に対しての軍事同盟としてパロや西部のアドリアと事を構えるのは得策ではない。しかし今手に入れてしまった借り物の利権を手放すには国内の景気が良くなりすぎてしまった。
王を救出して元通りになるならその方が良い。
聖騎士王の盟約通りタエトへの駐在は解かれ、利権が元に戻る。
むろん、利権の一部や有利な状況での条約締結となろう。
タエト国内から竜人を排除した功績として対価を支払う必要がある。
パンチョスの言う通り、パロ王の布陣は竜人戦争を利用した政治的な駆け引きは否めない。
「七年も障壁の中、恐らく公女殿下より高位の王位継承者は生きておりませんでしょう。 国王と有力貴族の救出は現実ではございませぬ殿下」
「では何のために障壁を?」
アナはパンチョスがアナに何をさせたいのか解ってきた。
「けじめですよ公女殿下。 殿下はこれから王都を解放する英雄になっていただきます」
痛ましい魔導障壁事故から王都を救った英雄としてカリスマを得たのち地方貴族を黙らせるのだろう。
「してパンチョス卿は何を望むのか」
「とりあえずは祖国の解放でございます。それと教会が秘匿している魔術、魔導の独占を解消したい」
スケアクロウが付け加える。
「聖騎士王と教会が魔術を邪悪とした歴史を修正し、聖者メビウスの本当の教えを解明するのが我が教団の目指すところでございます」
確かに黒の教団は元聖職者、歴史研究者が多く、教会が独占している魔術、魔導に疑問を持つものが多いと聞く。
「それでは私がそちらの人質になるのは承服しかねるが魔導器ピスケースの孵卵器、そして学者エドアールをそちらに引き渡そう。 それはエドアールの望みでもある」
「よろしいのですか?」とセバスチャン。
「手を拱けば頓死、ウォーサイトのガードゲームでもそうでしょう?」
確かに教団と手を組むのは猛毒の様だが毒も薄めれば薬になる。
「大天使の卵は人の欲望に汚染され大変危険な状態にある、引き渡しは出来ぬ」
「承服いたしました」
「エドアールよ、正しき心で扱うなら天使の加護を、悪しき心で扱うなら人を悪魔にも代える力の研究である、心してかかれ」
「救って頂いたこの命に代えてもご命令に従います」
学者エドアールは自身が悪魔と変わり、制御不能の破壊衝動に飲み込まれた事を胸に刻んだ。
「それでは今回の戦、これにて決着とする」
両陣営は武器を右脇に立ててタエト式の宣誓を行う。
「宣誓は聖なるもの。海の精霊に誓って」
昇る朝日がアナを照らし、それは荘厳に見えた。
朝の潮風が髪を撫でると金色の髪が乱反射したようにアナを包んだ。
十四歳の公女に救われた。そしてこの少女は祖国タエトを救うだろう。
凛と立つ少女がサーベルに誓うと、両陣営は一斉に歓声を上げた。
今回は公女としてのアナの姿でした。
王位を継ぐ流れになってきておりますが、現実には複雑な政治のパワーバランスに翻弄される未来が見えています。さて嵐を呼ぶお姫第二部はいよいよフィナーレに向かいます。




