お産の話
めんどくさい女だと思われたのかKから直接ダメージを受けることはなくなったものの、夫はたびたびN県へ足を運んでいた。
Kと原付を2人乗りしたとか、バイクを飲酒運転したとか、雪道で転んでケガ(骨折?)をしたからしばらくN県にいると連絡が来たり、とにかく心配が尽きなかった。
それでも献身的に相手を肯定することが愛だと思っていた私は、夫の犯罪行為に目を瞑り、早く良くなってねとお花畑なメールを送っていた。
高校を卒業し、介護施設へ就職した私は食事の介助中に吐き気が続いたことがキッカケで妊娠していることが発覚し、退職。
19歳で長男を出産した。
結婚もして子供も産んで、もうここからは幸せしかないと、まだ私はほんとうにどうしようもない夢を見ていた。
ふつう、赤ちゃんは産まれてくるとき胸の前で腕を縮め、なるべく小さくなって出てこようとする。
だけど長男は片手を頭のあたりに置いていて、ひっかかって正常にお産が進まなかった。
先生の手でできるだけ赤ちゃんの手を押しのけた上で頭にカップをとりつけ、掃除機の容量で引っ張り出すという「吸引分娩」という方法がとられた。
「切るよ」と一言だけ声をかけられ、ざくんと膣の入口が切られた。これは赤ちゃんの頭で押し広げられた膣口が何ヶ所もビリビリに破れてしまうと治癒に時間がかかったり出血が多くなったりするので、あらかじめ膣口を切って広げておくことでお産もスムーズだし切ったところを縫うだけで処置も済むという「会陰切開」というもの。
陣痛と麻痺のため痛みは感じなかったが、肉をハサミで切る音が体の中で響いたようななんとも気持ちが悪い感覚だった。
その後、一瞬のズボッというとんでもない衝撃と、胸から下の内臓が全部もっていかれたような喪失感と麻痺。
口がぱくぱくして、歯がカチカチなったのを覚えている。
なにがいいたいかというと、初産からとんでもなく大変だったという話だ。幸せな出産なんてありえなかった。
身に起こる全てが全力で私の思い描いていたものを否定してきた。
それでもキズが癒えれば次のお産に臨もうと思えるから本能っていうやつはすごい。