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今年も、これからも、どうぞよろしく

 









 セーターの上からコートを着て、マフラーを巻いて、手袋を準備。玄関でブーツを履いて、ドアの鍵をがちゃりと開けた。


「じゃあ、行ってくるね」

「はーい」


 リビングにいる家族から、テキトーな返事が返された。テレビを見ているのである。

 外に出るのかと駆け寄ってきた猫を撫でて宥めてから、外に出た。


 外は真っ暗だ。時刻を考えると、当たり前である。夜中なのだ。

 空は晴れているから、朝になると綺麗な初日の出が見られそうだ。その時間に起きているかは別として。

 空に雲がないということは、今は雪も降っていない。でも、寒いことには変わりはないんだなぁ。

 今朝は雪が降っていたし。地面にも雪の名残がある。


「お」


 家の庭を出ようと、門に近づいたところで、電灯に照らされた姿に気がついた。


「昴」


 昴が振り向いた。私と同じくらいの防寒具合の服装だ。黒いコートのポケットに、手を突っ込んでいる。


「明けましておめでとー」

「まだ31日なんだけど」

「そうだった。華麗なるフライングをしてしまった」


 はっと口に手を当てる。

 あと一時間は今年が残っているのに、勢いで挨拶してしまった。


「行こう」

「うん」


 暗い中、私と昴は、昼間とは全く様相の異なって見える道を歩きはじめた。



 今日は大晦日、年の最後の日。

 夜は外には出ないもの、な生活を送っている私たちがこうして外出しているのには理由がある。

 神社に行くのだ。何のためって、初詣のため。今出発すれば、ちょうど年が明ける前くらいに着くくらいになる。

 目指す神社は、田舎の廃れかけているのではという神社で、少し山登りをする必要がある。

 とはいえ、整備されて車でも登れる道がちゃんとあって、そこまで登山という感じではない。

 普段はついていないが祭りなどといったとききだけつけられている灯りが、神社への道を照らす。


「おおっと」


 足をまた一歩踏み出したところで、つるっと滑って転びかけた。

 踏ん張ったのと、横から腕を掴まれたおかげで転ぶという今年最後の災難は避けられた。


「ありがと」

「どういたしまして。……靴、ブーツ?」


 それは転びかけるだろうな、という目で見られた。


「温かいブーツなの」


 寒いし、足冷たいかなって思って。

 いや忘れていましたよ、家の庭に雪が残ってたなら、ここだって残ってるはずだって。


「足用のカイロ張れば」

「あれ熱い」

「あぁ……。まあ、どのみち今さらか」


 もうここに来てるし。

 昴は、足元から視線を外して、腕を掴んでいた手をずらして私の手を握った。


「転倒防止」

「昴が転んだら道連れ?」

「俺は転ばない」


 すごい自信である。

 手を繋ぐのは嬉しかったので、嬉々としてプチ山登りを再開した。


 神社には、誰もいなかった。

 しん、とした空気が漂う中、砂利が敷き詰められた敷地に入るとジャリジャリ音が鳴る。


「着いた、疲れたぁ」


 両手を上げて、達成感を表す。

 普段運動しない身には、いい運動だ。


「あ、あと五分」


 予定的には0時は超えていないはず、と時計を見ると、予定通りだった。

 初詣にはまだ早いので、敷地内のベンチに座りに行く。木が生えているので、いい景色は見られない。


「あー、寒」

「カイロいる?」


 質問と同時にぺたりと頬に温かいものが押し付けられた。


「カイロだ! 昴持ってたの?」

「持ってた。忘れてて、今見つけた」


 ポケットに手を突っ込んで、思い出したらしい。

 無防備で冷たい顔に、カイロが染みる。顔も防寒できたらいいのになぁ、と銀行強盗みたいなマスクを思い浮かべる。あれってやっぱり、温かいのだろうか。

 と、カイロの偉大さを感じながら何気なく昴を見る。


「……」


 カイロを手に包んで、手を押し付けて、おもむろに立ち上がって昴の前に立つ。


「……なにごと」


 ぱっと、昴の顔を手で挟むと、昴がぱちぱちと大きく瞬いた。


「温かさをお裾分けしようと思って」


 カイロで温めた手袋で、包んでみました。

 行動の理由を明かせば、昴は「……あったかい」と呟いた。

 それは何より。


「そもそも」

「そもそも?」

「よく考えると、年が明けてからも行くんだから、夜に来る必要はないよな」

「年を跨ぐからいいんじゃん」


 それに神社を二人占めだぞ。

 他の人が来るとしても、朝以降が多いし、初日の出と合わせて来る人がいてもまだ先の時間で、この時間に来る奇特な人はこの辺りにはいないのである。

 高校の近くに住む友達は、初日の出に合わせて突撃するのだと言っていた。

 初日の出の時間は眠いよ。


「それに、高校入った年に何となくこの時間に来て、去年も来たから、今年来ないわけにはいかないでしょ」

「謎の理論」


 とか言いながらも、一緒に来てくれた辺りやっぱり昴なのだ。

 優しいなぁ。頬を包んだままの顔を、口元を綻ばせて見てしまう。

 と、手首にしている時計が覗き、時刻が見えて、この状態からの悪戯心が少し芽生える。


「昴、昴」

「ん」


 短く返事をした昴は、座ったままだから、身を屈める。

 数秒で、身を起こす。


「今年最後のキス」


 隙あり、と、頬から手を離して私は笑った。

 昴は驚いたように、固まっていて、私が笑うと瞬きをした。


「本当、そういうとこ……」


 昴が呟いている途中に、私のポケットでケータイが震えた。設定していたアラームだ。つまり。

 腕時計を見ると、長針と短針がぴったりと重なっている。


「年明けた」


 新しい年になった。

 時計を見下ろしていた顔を上げ、昴を見て、今度こその言葉を言う。


「明けましておめでとう」

「……おめでとう」

「よし昴、初詣だ!」


 年は明けた。初詣の支障はなし。

 早速参拝をするべく、神社の方へ昴と行く。お賽銭箱にお賽銭をいれて、鈴の鳴らして、二拝二拍手一拝。

 敷地内を出る。


「初日の出──はまだ出てない!」

「夜だからな」

「初詣はした!」

「うん」

「初夢はまだ! 帰って寝る!」

「うん」

「帰ろっか」


 と、手を差し出した。行きに手を繋いでいた流れで、つい、である。

 おっと、と思ったけど、昴は意外にも自然に手を取ってくれた。

 だけではなく、引っ張られる。


「!」


 近づいて、長い睫毛までよく見えた顔が、離れていく。


「……今年初めてのキスということで」


 ──「今年最後のキス」私が、さっき、そうしたことを思い出した。

 私が呆けて見つめていると、昴は「帰ろう」と手を引っ張って歩き出した。

 道を照らす灯りに、耳と横顔が、赤くなっている様子が照らされていた。


「今年もいい一年になりそう」


 私は、繋がった手をぎゅっと握り返した。



 ──君がいれば、無条件でいい一年





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