第一章 二人の嫁、襲来 - 16 - 逃亡
第一章 二人の嫁、襲来 - 16 - 逃亡
圭太は周り中から睨まれた上、係員からも警告を受ける。
「いい加減にしないと、警察を呼びますよ?」
誰がどうみたって、圭太が一方的に迷惑を掛けているようにしか見えないのだから、そう言われのも当然であった。
「舞さん、圭太さんが困ってるでしょ。さっさとお放しなさい」
類が喧嘩腰に舞に言うと、
「あんたこそ、さっさと放しなさいよ。これ以上圭太さんに迷惑かけるつもり?」
舞の方も負けじと言い返す。
どちらも後に引くつもりはなさそうだ。
しばらく休戦すると言っていたはなからこれであった。
だが、再び二人の間で戦闘が始まる前に、係員の応援が駆けつけてきて計五人がかりで引き剥がすことに成功した。
痛む左手をさすりながら、圭太は係員に両脇を抱えられて事務室へと連れていかれそうになる。
さすがにこのまま事務所へ連行されて、警察に突き出されでもしたら非常にまずいと思った圭太はすきをみて逃亡を図る。
幸いなことに、一旦係員の手を逃れると後は人混みにまぎれて逃げ切ることができた。
もちろん、トップアイドルの二人から逃げ切れたとは思わないが、それでも一息つくことができた。
もう時間も夕方近くになっていて、今日の無断欠勤はこれで確定的になった。
ブラック企業の暗黒エッセンスを煮詰めて作ったような会社が、圭太にどんなペナルティを科してくるのか恐ろしいものがあるが、もうなんだかどうでも良くなってきていた。
今日は半日ほどの間に、普通の人間が一生かけても体験できないような出来事を次々と経験してきていたのだ。
なんだか、とても疲れてしまった。
圭太はどこか交通量の多い道路に出て、タクシーを拾うことにする。
今サイフを持ってはいないが、自宅まで行けば金がある。
唯一ブラック企業の良いところといえば、金を使うような暇がないということくらいなので、タクシー代くらいなら余裕で払うことがてきるはずだ。
それに、すべての元凶であるトップアイドルの二人は、握手会で忙しいはずなのでタクシーで帰ればゆっくりする時間くらいあるだろう。
そういう計算もあった。
それで圭太はメッセ交差点の近くでタクシーを拾う。
自宅の住所を告げると、タクシーの運転手は分かったとだけ答えて、途中一言も話さなかった。
気が利く運転手だなぁ、と思いながらゆっくりとしていると、夕方過ぎになった頃自宅に到着する。
降りる時、自室に戻ってサイフを取ってくると告げる。




