3月29日
王宮の白亜の回廊には、朝から胸の悪くなるような嬌声と下品な笑い声が響き渡っていた。
明後日に迫った夜会に向け、ユーリの取り巻きである悪徳貴族たちが、我が物顔で王宮を闊歩している。
「おい、ドンくさい奴だ!俺の靴に泥が跳ねただろうが!」
「も、申し訳ございません……!」
怒声と共に、鈍い打撃音が響く。太った伯爵が、床を磨いていた若い侍女の腹を容赦なく蹴り上げたのだ。
うずくまる侍女を、他の貴族たちもゲラゲラと笑いながら見下ろしている。
王宮で働く使用人たち。彼らにとって、平民の命など路傍の石以下の価値しかない。声を上げることも、反撃することも許されない透明な存在。
だが、彼らは致命的な勘違いをしている。
その透明な存在たちこそが、彼らを確実な死へと導く死神の群れであることに、誰一人として気づいていないのだ。
私は少し離れた柱の陰から、冷ややかな瞳でその光景を見つめていた。
蹴り飛ばされた侍女のアンナは、数年前、ユーリの機嫌を損ねて処刑されそうになった娘だ。
あの時、私は「私の専属の憂さ晴らし役にしますわ。簡単に殺してはつまらないもの」と無邪気に笑って彼女を引き取り、自室で密かに手当てをした。
アンナだけではない。庭師の老人、厨房の料理長、門番の青年。
現在、王宮の要所を任されている使用人の大半は、この十年間、私がユーリたちの目から庇い、密かに命を救ってきた者たちだ。
私自身は、彼らに見返りなど求めていなかった。ただ、ユーリに命を奪われる理不尽が、十年前の父の死と重なって見えただけの、自己満足に過ぎない。
だが、彼らは違った。
彼らは私に静かな、そして狂信的な忠誠を誓い、私の復讐計画における最も優秀な手駒となった。
バロウを通じて彼らに下された指示はただ一つ。
『四月一日の日付が変わる時、広間に続くすべての隠し通路と裏口を外側から完全に封鎖せよ』
すでに彼らの仕事は、音もなく、そして完璧に進行している。
脱出用の地下通路の扉には外側から鉛が流し込まれ、二度と開かないように細工された。王宮の設計図に記された抜け道はすべて、分厚い石板で塞がれている。マスターキーはすり替えられ、窓の格子は外れないように特殊な釘が打ち込まれた。
アンナが今、床を磨くふりをしながら行っているのも、広間の巨大な扉の蝶番に念入りに油を差す作業だ。
四月一日の夜明け、逃げ惑う彼らの背後で扉が閉ざされる時、一切の摩擦音が鳴らないようにするための、極上の仕上げ。
「サラ、こんなところで何をしているんだい?」
背後から声がして振り返ると、ユーリが甘い笑みを浮かべて立っていた。
今日もまた、母の部屋から朝帰りしたのだろう。彼の服からは、むせ返るような香水の匂いが漂っている。
「ユーリ様。明後日の夜会に向けて、使用人たちがしっかり働いているか監視しておりましたの。手際が悪くて、本当にイライラさせられますわ」
私が扇で口元を隠し、不機嫌そうに目を細めると、ユーリは満足げに私の肩を抱き寄せた。
「君は優しいからね、つい甘やかしてしまうんだろう。だが安心していい。明後日の夜会は、僕と君、そしてこの国を支える優秀な貴族たちのための最高の宴になる」
「ええ、本当に……。心から楽しみにしておりますわ」
私は彼を見つめ返し、この世で最も空っぽで、完璧な微笑みを浮かべた。
ユーリは私の頭を撫で、機嫌良く執務室へと向かっていく。
彼を見送る私の背後で、アンナが静かに立ち上がり、油で黒く汚れた手をエプロンで拭いながら、私に向かって深く、深く一礼したのが見えた。
王宮全体が静かに、そして確実に、巨大な棺桶へと姿を変えていく。
決行まで、あと三日。
誰一人として逃がさない。この完璧な檻の中で、すべてを終わらせるのだ。










