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フレイム・アンド・グリーン:もしも消防士が栽培学を学んだら  作者: もしものべりすと


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第10章:窒素飢餓

冷たいコンクリートの床で、焔は目を覚ました。

手首は拘束され、目の前には制御盤の青白い光を見つめる灰島のシルエットが浮かんでいる。

「気分はどうだね、消防士くん。私の農園の『土壌』になった気分は」

灰島はゆっくりと振り返った。その目は、研究者の狂気と経営者の冷酷さで満ちている。


「……これが、お前のシステムか」焔は喉の渇きを堪え、かすれた声で言った。「火災で土を焼き、地下で植物を育てる。だが、何のためにこんな……」

「何のため? 君はまだ分かっていない」

灰島は嘲笑し、一つのタンクを叩いた。そこには「廃棄物処理系統」と書かれている。

「これはね、赤井くん、究極の『都市浄化システム』だよ。地上の火災はゴミを消し、その熱で土壌を殺菌・改変する。地下では、この『X-07』が、地上の汚染水、重金属、ありとあらゆる『毒』を吸い上げ、美しい『資源』に変える」

「資源だと……?」

「そう。こいつは成長過程で、特定の金属元素を体内に高濃度で蓄積する性質を持つ。金、プラチナ、レアメタル……。火災は単なる地上げじゃない。この植物のための『施肥』であり、土壌という鉱山を掘り起こす『採掘』でもあるのだよ」

灰島は両手を広げた。「私は炎で、死んだ都市から黄金を収穫している」


その完璧なシステムへの陶酔が、灰島の言葉の端々から滲み出る。

焔は、そのシステムが祖父の農園を、権藤さんの家を焼いたのだと唇を噛んだ。

「……完璧な、システムだと?」

焔の声が、静かな怒りで低く響く。

「ああ、完璧だ。この『X-G07』は、私の作り出したこの環境でしか育たない。私が培養液の配合を止めれば、数時間で全て枯死する。まさに神の所業だ」


「神……?」

焔は、ふっと息を漏らして笑った。

「灰島。あんたは神なんかじゃない。ただの、ド素人の栽培家だ」

「……何だと?」灰島の眉がピクリと動く。

「あんたは植物の『生』を理解していない。ただ化学薬品の配合比率しか見ていない。だから、致命的な欠陥に気づかない」

「欠陥だと? この私が?」

「ああ。あんたのシステムは、あまりに『綺麗』すぎるんだ」


焔は拘束されたまま、灰島を真っ直ぐに見据えた。

「あんたの『培養液』は、窒素もリン酸もカリも、微量要素も、全てが最適化されすぎている。だがな、植物の成長には、もう一つ不可欠なものがある。……『炭素』だ」

炭素カーボンだと? 空気中の二酸化炭素で十分だろうが」

「足りないね。これだけの成長速度を維持するなら、根からも有機物を吸収する必要がある。だが、あんたは火災で土の中の微生物も『腐植』も全て焼き尽くした。だから、この植物は根から炭素を吸収できず、あんたが与える『窒素(N)』に100%依存している。……極端なまでの低**C/N比(炭素率)**だ」

焔は、部屋の隅にある資材置き場を顎で示した。そこには、灰島のシステムが「ゴミ」として排出した、乾燥させた植物の残渣(=高炭素の有機物)が山積みになっている。


「……それが、どうした」灰島の声に、焦りが混じる。

「どうなるか、教えてやるよ」

焔は隠し持っていた最後の切り札を使った。消防士の装備品、緊急用の発火装置だ。

拘束を強引に引きちぎり、灰島の制止より早く、焔は乾燥した植物残渣の山に発火装置を投げ込んだ。


「馬鹿な真似を! ここを燃やす気か!」

「違う!」

焔は叫ぶと同時に、制御盤に体当たりした。狙うは「培養液循環システム」のメインバルブだ。

「あんたの『ゴミ』を、あんたの『培養液』にぶち込んでやるんだよ!」

バルブが破壊され、轟音と共に大量の培養液が溢れ出す。炎は培養液の奔流に一瞬で消されるが、黒焦げになった植物残渣(=大量の炭素)が、濁流となって循環システムへと吸い込まれていく。


「やめろ! C/N比が……! 循環フィルターが!」

灰島の絶叫が響く。

だが、もう遅い。

制御盤のディスプレイが、警報音と共に赤く点滅し始める。

「培養液組成 エラー」「C/N比 急上昇」「窒素 検出不能」

「……**窒素飢餓ちっそきが**だ」

焔は肩で息をしながら呟いた。

「土の中の微生物が、あんたの『ゴミ(炭素)』を分解するために、培養液の中の『窒素』を一斉に奪い始めた。あんたの植物は、根から窒素を吸えなくなった」


灰島が、ガラス窓の向こうの農園を見て、息を呑む。

青白い光に照らされていた何万ものツタが、まるで生命力を吸い取られたかのように、急速に黄色く変色し、萎れていく。

「……う、そだ……こんな……」

完璧だったはずのシステムが、栽培学の最も基本的な原則の前に、脆くも崩れ去っていく。

「これが**生理障害せいりしょうがい**だ。灰島」

焔は、震える灰島の前に立ち塞がった。

「あんたは神じゃない。ただの……火遊びがすぎた子供だ」

その瞬間、地下施設の分厚い扉が、外からの閃光と共に爆破された。

「焔くん!」「突入!」

雫と、彼女が呼んだ警察の突入部隊が雪崩れ込んできた。

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