第1章:燃えない緑
熱が、空気を歪ませていた。
アスファルトを溶かすほどの業火がなめ尽くしたはずの壁に、それは、まるで嘲笑うかのように青々と張り付いていた。
放水が叩きつけられてもなお、水を弾き返す異様な緑。
この地獄のような現場で、それだけが不気味なほど「生」を主張していた。
「赤井!ぼさっとするな!西側の壁、まだ火種が残ってるぞ!」
怒声に近い隊長の指示に、赤井 焔は強張った首を無理やり巡らせた。
「ウスッ!」
短く応え、高圧ホースのノズルを抱え直す。視界を覆う黒煙に一瞬、祖父の農園を焼いたあの日の匂いが重なり、奥歯を強く噛みしめた。
(集中しろ)
彼は消防士だ。火を憎み、火を制するためにこの道を選んだ。思考を鎮火活動に強制的に引き戻す。だが、視界の端に焼き付いたあの「緑」が、焔の脳を別の角度から激しく揺さぶった。
(ありえない)
植物は、燃える。乾燥していれば爆発的に、生木であっても高温に晒されれば炭化する。それが摂理だ。
だが、あれは違う。
コンクリートの壁が崩れ落ちるほどの熱量の中、あのツタ植物は葉の一枚すら縮れさせていない。
(……水分保持率が異常だ。クチクラ層が異様に発達しているのか?いや、それだけじゃ説明がつかない。まるで……耐火材だ)
消防士としての知識と、非番の日に市民農園で培った栽培学の知識が、焔の頭の中で衝突し、警報を鳴らす。
緊張すると無意識に鼻をすする癖が出た。だが、吸い込んだのは焦げ臭いプラスチックと湿った灰の匂いだけだ。
鎮火の目処が立った頃、焔は周囲の目を盗み、問題の壁に近づいた。まだ熱気を帯びた壁面。そこにある「緑」に、耐火グローブ越しに触れる。
「……冷たい」
ゴムのように強靭な感触。そして、ありえないほどの冷たさ。
焔は、そのツタの破片を強く握りしめ、ポケットの奥深くにねじ込んだ。
これは、ただの火災現場ではない。
そして、あれは、ただの植物ではない。




