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古書店「怪奇庫」の奇怪な日常  作者: 暇崎ルア
第2章 ウイジャボードの狂宴
22/67

当たるも八卦、当たらぬも八卦

第22話更新です。

守護霊様に、人は何を尋ねるのか。

 確かに指示器は一人でに震えていた。

「手を離さないで!」

 きゃあっと叫び、手を動かそうとしたすみれを麗子が叱責する。

「な、何ですの、これ!」

「どうか落ち着いてください。ミスタア・アミュレットがお越しになった合図でしょう。聞いてみますわ」

 麗子は再びすらすらと英語を発した。西宮の耳には、「ミスタアアミュレッ、アーユーヒアー?」と聞こえた。

 十秒もかからなかったのではないだろうか。指示器が滑るように動き出すまでは。

 皆の手が載った指示器はウイジャボード左上に到達すると、ぴたりと「Yes」で止まった。

「はい」を意味する言葉だということぐらい、西宮にもわかる。「ここにいるのか?」という質問にそう答えたということは。

「これでミスタア・アミュレットが降臨された、ということですか」

 西宮の胸中を代弁するように、細川がぽつりと漏らす。独り言にも、周りに言い聞かせるようにも聞こえた。

「そう、なりますわね」

 感激のためか、麗子の声は震えていた。

 

 黄色い声できゃあきゃあと騒ぐ薫子やすみれ。平然としている細川や房江に、緊張した面持ちで目を瞬かせている森。有馬だけは、片眉を上げ不満そうな顔をしていた。

 西宮は、よくわからない気分でウイジャボードと三者三様の反応を見せる参加者たちを交互に見つめていた。

 「こんなに簡単に奇跡と出会えるなんて! すごいと思わない?」

 はしゃぐ佳代に問われるが、「そうだね」としか返せない。

 ミスタア・アミュレットなるものは本当にここにいて、自分たちのことを認識しているのだろうか?

 天井や部屋を見渡すが、参加者以外は誰の姿もない。洗練された調度品があるだけである。

 ——やっぱり、誰かが動かしてるんだろうか。

 その可能性だってあるに違いない。しかし口に出せば、「ミスタア・アミュレットを軽んじた」と咎められるだろうし、万が一神秘的な存在がこの場にいたとしたら?

 複雑な想像をしすぎたためか、西宮の背筋がぶるりと震えた。

「さっそく、質問をしていきましょう」

 麗子がはっきりと通る声で言い、騒いでいた周囲はようやく静かになった。

「予告をした通り、まずは私から」

「ミスタア・アミュレッ」と呼びかけたあと、長い英文を告げる麗子。西宮の耳には、父を意味する「ファーザー」以外はよく聞き取ることができなかった。

「麗子お姉さまは、『父がこれから会社を創設しますが、上手くいくでしょうか?』と仰いました」

 全体に向けて、親切に通訳をしてくれる宮子。

 少しばかり時間がかかったが、指示器はゆっくりと滑る。再度「Yes」を示したとき、麗子が「本当!?」と嬉しそうに叫ぶ。

「宮子、今のご覧になった?」

「ええ、見たわ。上手くいくということよね」

 殺伐とした空間は、少しの間姉妹の歓喜の声で和らいだ。

「……では、次は私ですか。聞きたいことは、そうですねえ」

 二人分の歓喜が落ち着き、細川の番がやってくる。

「今更こんなことを言うのもおかしいのですが、外国語が苦手というのをすっかり忘れていました。通訳をお願いしたいのですが」

「無学な年寄りなもので」と頭をかく細川。「外国語が苦手なのは、細川さんだけじゃないですよ」と言いたくなるのを西宮はぐっとこらえた。

「大丈夫ですわ。おっしゃっていただければ、私が通訳を致します」

「それはありがたい。……では、ミスタア・アミュレットにこう聞いてくださいますか。『私はいつ今の仕事から引退できますか』、と」

 細川が古書店を営んでいる、と紹介されていたことを思い出す西宮。同時に、一人の青年の顔も脳内に浮かんできた。

 ——村田さんのこと、知ってたりするかな?

 構える店の場所は違うかもしれないが、同業者である以上、顔見知りであったりするかもしれない。機会があれば、聞いてみてもいいかもしれない。

 指示器に乗せていた右手が動き始め、熟考していた西宮を現実に引き戻す。西宮は聞いていなかったが、麗子が細川の質問を英訳したのだろう。

 西宮が盤上を見たときは、指示器はアルファベットの「K」から「N」へすうっと動いていくところだった。追っていけば意味がわかるのかもしれなかったが、西宮は文字を追うことだけで精一杯であった。

 指示器はその後いくつかのアルファベットを示したあと、最終的に「N」の上に戻った。

 「U、N、K、N、O、W、N……」

 アルファベットを読み上げる声が左隣から聞こえ、目を向けると空いた右手で鉛筆を持った宮子がテーブル上の帳面にアルファベットを書き記しているのが見えた。こうなることを見越して、最初から用意していたのだろう。

「これは何か意味を成す言葉ですか? 宮子さん」

 首を傾げた細川が、助けを乞うように宮子を見る。

「ええ、『Unknown』という英単語です。『わからない』ということを意味します」

「つまり、私はまだまだ隠居生活には程遠いというわけですか……」

「困ったなあ」と、全く困っていない笑顔を浮かべながら、肩を落とす細川。

 若く見えるが、実際のところいくつなんだろう? とますます西宮の疑問が募った。


「ええっと、何を聞こうかしら~。知りたいことが山ほどあるのよね」

 自分の番が来たと分かった途端、薫子はわかりやすくもったいぶり始めた。

「例えば、どういったことが聞きたいんだい」

 隣の有馬が問う。

「宝塚少女歌劇団の舞台が見に行けるかも知りたいわね。あと、今度お父様に買っていただくスカートの色は何が良いかも迷ってるし、それを聞いてもいいわ」

「なるほど、薫子さんらしいな」

「そう。悩みが多くて嫌になるわ」

 薫子は、大げさにため息をついてみせた。

「薫子さん、あんまり時間をかけているとミスタア・アミュレットが機嫌を損ねてしまうかもしれないわよ」

 麗子が発破をかけると、薫子は「それは嫌だわ」と不満げに下唇を突き出す。

「じゃあ、今度買っていただくスカートの色を聞いてくださる?」

 指示器はやがて、「Y」「E」「L」「L」「O」「W」の六文字を示した。

「黄色のスカートを買ってもらった方がいいみたい」

 書き込んだ帳面を見ながら宮子が告げると、当の薫子は「そう」と淡泊に答えた。

「黄色いお洋服はあまり持っていないけど、たまにはいいかもしれないわね」

 薫子がふふんと高飛車そうに笑う傍ら、麗子は渋そうな顔をしていた。彼女の答えが、ミスタア・アミュレットを馬鹿にするように聞こえたのかもしれない。

「次は誠治さんの番ね。何を聞くかは決めてらっしゃるの?」

「ああ、もちろん」

 有馬はなぜか自信たっぷりに頷いた。

「この場にいる人たちは皆、未来のことを聞いていた。でも、よく考えてみてください。未来はまだ何も起こっていない、何も決まっていないんだから何と言っても多少は問題ない。『今後、どうすべきか』という手段を聞くといっても過言ではないでしょう。だから、ミスタア・アミュレットは出鱈目を言っているだけかもしれない。まあ『一か八か』とも言うし、占いというのは本来そういうも……」

「……有馬さん」

 じっとり重い眼をした麗子の口から、聞いたこともないほど低い声が出た。誰の目から見ても、怒りがこもっていることは明らかだ。

「ま、待ってください麗子さん。話は最後まで聞くものですよ……」

 取り繕うようにこほん、と咳払いする誠治。

「えー、いいですか。僕だって、何でも知っている全知全能の守護霊様が本当にいるならどんなにいいだろうと思います。だから、ミスタア・アミュレットのことを信じて、彼の力を証明できるかもしれない質問を考えました」

「ええ、どんな質問?」

「わからないかな、過去のことを聞くんだよ」

 食いついた薫子を見て、有馬が鼻高々に答える。

「ミスタア・アミュレット。先週の日曜日、僕が何をどこでやっていたか答えてほしい」

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