世間は広いようで案外狭いものである
第20話です。
何やら訳ありげなロマンスグレーが登場します。
入ってきたのは女中ではなく、肩まで伸びた髪の半分をバレッタで留めた若い女性だ。
すぐそばには宮子もいる。
「参加される方は、全員お集まりでしょうか?」
「少々お待ちくださいますか? ——薫子さーん、すみれさーん」
佳代の呼びかけを聞き、ベランダから薫子たちも集まってくる。
ぞろぞろと集まった参加者を前に、女性が口を開く。彼女が宮子と同じような、ぱっちりとした愛らしい目元をしていることに、西宮は気がついた。
「あ、改めてご挨拶致します。本日のウイジャボードの降霊会を主催しております、三条麗子です。本日は、お越しくださり感謝申し上げます」
緊張しているのかつっかえながらも挨拶を終え、深々と礼をする麗子。
「準備が整いましたので、降霊会会場となる二階の応接室までご案内いたします」
「こちらへどうぞ」と促す麗子を先頭に参加者一行は列になり、西宮と佳代は最後列で他の参加者の背中を眺めながら歩く形となる。
広間のつきあたり、脇から入れる通路を抜けた先に階段があった。
「ついに来たわね。楽しみだわ~」
階段をのぼりながら、西宮の隣で片眉を上げてほくそ笑む佳代。
「ああ、そう……。あっ!」
自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。西宮は大切なことを忘れていた。
「何よ?」
「……書斎、見せてもらわないと!」
——いつ頼み込むべきか考えておくべきだった。
「はあ、まだそんなこと考えてたの……」
「いいじゃないか! 今日僕はそのために来ているようなものなんだからな!」
「兄さまがどこまでも本の虫だってことはわかったわ……。好きになさって頂戴」
佳代は心底呆れた顔をした。
階段を上がった先には、まっすぐ伸びた廊下が続く。一階以上に部屋がありそうであった。
「応接室まではもうすぐですわ」
背後の皆にそう告げ、廊下を右に曲がろうとした彼女は何かとぶつかって、きゃっと悲鳴を上げた。
続いて、どさどさと重いものが落ちる音が続く。
「これはこれは……。大変失礼致しました。おや、貴方がたは」
向かい合う麗子たちを驚いたように見つめていたのは、銀髪の老紳士であった。
「まあ、細川様」
驚いたように老紳士に声をかけたのは、麗子であった。
「お父様のご依頼でしょうか?」
「そうです。『また何冊か買取りをしてほしい』と言われてきたのですが、何も聞いていませんか?」
「……それが、何も。宮子は何か聞いていない?」
麗子が隣の宮子に神妙な面持ちで目くばせするが、宮子も申し訳なさそうな顔で「ええ」と首を縦に振っただけであった。
戸惑う姉妹の様子を見た老紳士は、はっはっはと愉快そうに笑っただけであった。
「隆さんもうっかりな人ですからな。お二人に伝えるのを忘れていたんでしょう」
困ったなあ、と柔らかく笑いながら本を拾う老紳士。冊数は占めて五冊ほどであった。
「この方はお父様……父の友人の細川一彰様です。古書店を営んでいる方で、時折本を買い取りに来ていただいていますの。……申し訳ございません、細川様。いらっしゃるとわかっていましたら、おもてなしの一つでもしましたのに」
深く頭を下げる麗子に、細川は「いえいえ、結構」と手を振る。
「私のことは放っておいてくださって構いませんよ。詮索するようですが、そちらの皆様はご友人でしょう」
「ええ、そうです」
「ご友人が多いというのは、いいことですな。これからどこかへ?」
「あちらの応接室で降霊会をするんですの」
麗子が、金メッキのドアを示す。
「……ほう、降霊会ですか」
細川が興味深げに頷いた。
「話でしか聞いたことはありませんが、守護霊を呼び出す占いでしたか」
「さすがは博識な細川様ですわね。これから何かご予定はございますか?」
「ありませんが。……まさか、私もご一緒にと誘われるわけではありませんよね」
「そのまさかですわ。いかがでしょう?」
「ははは、やはりそう来ましたか」
麗子の呼びかけに、細川が困ったように笑う。
「しかし、お若い皆様に私が混ざる形となっていいんですかねえ」
麗子が同意を求めるように、参加者たちを振り返る。
「私は構いませんわ」
口火を切って麗子に同意したのは、房江であった。
「こういった催しは参加者が多い方が良いでしょうし」
「そうよね、房江さん。良いことをおっしゃるわ」
麗子がぱっと顔を輝かせる。言葉にこそ出さないが、西宮を含め周りの参加者もこくこくと頷き始める。特に異論はない西宮以外は、「状況的に反対意見は言いづらい」という場の空気を読んだものかもしれないが。
「どなたも反対する方はいませんし、細川様がよろしければ、ぜひ」
顎に手を当てて考えるような素振りをする細川。優し気なその目は一瞬、何かを警戒するようにきゅっと細められた。
「ではお言葉に甘えて参加させていただきますよ、興味がないと言えば嘘になりますのでね。この年になっても好奇心は必要ですし」
——いくつなんだ、この人?
ひたすら老人を主張しているが、細川の顔には老人の代名詞でもある皺やほうれい線もほとんど見受けられない。
まじまじと見られていることに気づいたのか、細川がこちらに向かってにっこりと人の好い微笑みを浮かべたので、慌てて西宮は目を背けた。
「嬉しいですわ。細川様」
「若い皆様に混ざる形となって恐縮ですが」
招かれざる客ではあったが、こうして降霊会に新たな顔ぶれが加わった。
二階の応接室に踏み入った一行は、自然と中央の白いテーブルへと引き寄せられた。面妖な道具一式が載せられていたからだ。
「麗子さん、これがウイジャボードですか?」
好奇心を隠せない声で佳代が問うと、麗子は「そうよ」と大きく頷いた。
「留学先のイギリスでできた友人からいただいたものなの。実際に何度か使われていたんですって」
麗子の説明に「へえ」とか「すごいわあ」という感嘆の声があちこちから飛び交う。
西宮も近くまで寄って観察してみた。
円形のテーブルの中央に置かれた黒い木版には「はい」「いいえ」を意味する英語、そしてアルファベットが書かれている。まさにそれが、佳代に聞かされていたウイジャボードであるらしい。
ボードの上には、雫のような形にくり抜かれた板である指示器が置かれている。どうやらそれに参加者が手を載せるようだ。
見入っていると、背後から気配を感じた。振り返ると、西宮の頭上からウイジャボードをのぞき込むようにして、細川が立っていた。
「前でご覧になりますか?」
「いいですか? ありがとうございます」
前に出た細川は、「なるほど」とつぶやきながら真剣なまなざしでウイジャボードを見ていた。
「細川さんはこういったことにお詳しいんですか?」
ボードを見つめる細川の横顔を見ているうちに、そう自然と口に出てしまっていた。
「ん?」と細川が西宮を見下ろす。近くに立つとよくわかることだが、細川は六尺はありそうな高身長な老人であった。
「その、こういったことっていうのは、占いですとか神秘的なものと言う意味で……」
「いわゆるオカルト的なものでしょう? ええ、興味はありますよ」
「専門家と思われると困ってしまいますが」と謙遜を加えながら、ウイジャボードへの群がりから抜け出す細川。
「ところで、貴方のお名前は」
未だウイジャボードで騒いでいる参加者の背中を部屋の後方で見つめながら、二人は話をしていた。
「失礼しました。西宮と申します」
「西宮?」
細川がはっとしたように目を瞠る。
「ひょっとして、西宮巌元中将のご子息の龍之介くんではありませんか?」
「……なぜそれを」




