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天下五剣に愛された男

「こんにちは、これ学生証です!」






「フフ、はいはい。いつもありがとうね。館内は走らないでね?」






 幼さを残した青年は小学生、中学生、そしてこの春高校生になった今でも欠かさずココ東京国立博物館へと足を運んでいた。受付で、もう何百回と繰り返した学生証の提示を済ませ、入館を済ます。走らないよう受付のお姉さんに注意されたので、逸る気持ちを抑えながらも、足早に向かう先は――。






「ふふふ、ふひゃ~! やっぱり美しいなぁ~」






 刀剣の展示場。中でも一際のお気に入りが、天下五剣の一振りに数えられる――。






「童子切安綱……。くぉぉおお、こんな刀を打てるようになりてぇぇぇ……」






 このガラスケースに張り付き、血走った目で刀を見つめる青年の名前は大原安綱。奇しくも童子切を打った稀代の刀匠その人と同じ姓名である。種明かしをしてしまえば母親が刀○乱舞が好きで、大原という姓を持つ父親との間にできた子の名前が安綱になるのは逆らえない流れだったと言える。






 そんな名前と血脈による影響なのか安綱は幼少の頃より刀剣に熱中した。更に言えば、普通の少年であればチャンバラごっこに傾倒しそうなものだが、安綱は一風変わっていた。最初は新聞紙、その次は粘土、ダンボール、プラスチック、木材、目につく素材でとにかく刀を作った。






 その熱心さは翳りを知らず、日に日に増すばかり。鍛冶屋の門を叩くのに時間はかからなかった。安綱7歳の時である。






 当時、7歳の安綱が鍛冶屋の親方に弟子入りを申し入れた時は目を丸くされた後、怒鳴りつけて追い返された。当然である。しかしそれから毎日安綱は通いつめた。そして、かなり早い段階で迷惑に思った鍛冶屋の親方は親を呼び出すこととした――。






「刀剣……あぁ、素晴らしい。安綱っ!! あなたもここでしっかり勉強して一人前の刀匠になりなさいっ!!」






「うんっ!!」






「いや、奥さん? これ出刃包丁……。それより、その、本当迷惑なんで……」






 親方はこれが世に言うモンスターペアレントか、と呆れ返った。翌日もやはり安綱は来たので、次は僅かな可能性をかけて父親を呼び出すよう言付けた。






「あの、うちの家内と息子がこちらにご迷惑をおかけしてしまったようで、本当に申し訳ありません。これはつまらない物ですが……」






 安綱の父親と思しきスーツ姿の男は、お手本のようなお辞儀をし、菓子折りを渡す。鍛冶屋の親方は父親はまともそうだと一安心する。






「それで、正式にこちらへ弟子入りするためにはどうしたらよいのでしょうか?」






 が、どうやら安心するにはまだ早かったようだ。至極真面目に尋ねてくる。7歳の少年を鍛冶屋の弟子入りにするための条件を。親方は一つため息をつき、常識というものを説く。そもそも7歳児がお遊び感覚でくるところじゃない、と。






「お遊び……でしょうか? その道の一流になるための指導というのは2~3歳から始めるということもよく聞きます。それに安綱、なんでこちらの鍛冶屋さんを選んだか言えるか?」






「うんっ。ここで打ったのが一番キラキラしてたから!」






 そして、安綱は今まで自分の足で歩き回った鍛冶場を列挙し始める。その数が五を越え、十を越え、二十を越えたところで親方は折れた。






「わぁーった。もういい。悪かった、お前の熱意は本物だ。それは認める。けどな、遊びじゃねぇんだ。それこそ火傷で済まねぇケガだってすることがある。……で、父親のあんたはそこらへんどうなんだ?」






 精一杯怖い顔とドスの利いた声で親方が安綱を脅す。そして、そのまま父親へと下からメンチを切るように言い放つ。決まった、親方は内心でドヤッた。






「ふふ、息子の熱意を認めて下さりありがとうございます。それとケガ等についてですが実は既に誓約書を用意してあります。こちらで起こった事故やケガなどに関して一切の責任を求めないということが明記してあります。この子の名前は大原安綱、かの刀匠を越えるべく生まれてきた男です。鍛冶場で死ぬのなら本望。どうぞ宜しくお願いします」






 その時の親方の顔はさぞ滑稽だったに違いない。こうして、わずか7歳の鍛冶師見習いが誕生したのであった。それから9年――。






「三日月宗近さんも相変わらずお綺麗ですねぇ~。くふ、くふふふ。他の刀剣もいいんだが、やはり天下五剣には不思議な魅力を感じるんだよなぁ~。あぁぁあ、打ちたくなってきたぁぁああ!! もっかい童子切見てから鍛冶場いこっと!」






 刀を見てニタニタして、三度の飯より鍛冶が好きな高校生へと成長してしまっていた。






 そして、安綱は宣言通りもう一度童子切の前まで来るといつもの挨拶をする。






「うしっ、じゃあ童子切さん、また明日!」






『待て』






「……ん? なんだ? 今、どこかから声が?」






 安綱はとても澄んだ声が聞こえた気がし、辺りをキョロキョロ見渡す。しかし今現在この展示室にいるのは安綱だけで他に人影は見当たらない。はて、と不思議そうに首を傾げるか、まぁ気のせいだろうと頭を切り替え、一歩を踏み出す。






『おい、待てと言っているのが聞こえぬのか。おい、そこの童っぱおぬしじゃ』






「!?」






 確かに安綱の耳に、否、不思議な感覚だが、聞こえていないのに聞こえたような、しかし、それは確かに気の所為ではないような――そんな不思議な感覚が残る。






「えと、どなたでしょうか?」






 安綱は意を決し、か細い声で誰もいない空間へ声を返してみる。当然答えなど返ってこない、そう思ったが――。






『童子切じゃ。わっちは童子切安綱、おぬしの目の前にある刀じゃ』






「…………は?」






 さしもの刀剣マニアである安綱も驚きにその一言しか出てこなかった。ドウジギリヤスツナ、何百回、何千回、何万回と反芻してきた言葉だ。そしてその言葉が指すものは目の前の存在以外にありえない。






『何を呆けておるのじゃ? いつもわっちのことを穴が空くほど眺めておったじゃろうに。不躾な視線に何度文句を言ってやろうかと思ったものじゃ。それでおぬしの名は何という?』






「え、あ、えぇ、あぁーと、その、お恥ずかしながら……大原安綱と言います」






 混乱している安綱は、ひとまず尋ねられた通り名前を明かす。しかし、その名前がその刀を打った刀匠と同じで更に言えば同じ鍛冶師の端くれ、当然その腕前には天地の差があることは分かっている安綱は羞恥心に染まる。






『……ップ。カカカカカッ! そうか安綱、おぬしは安綱と言うのか! これは奇縁なものじゃ。いや、偶然ではなかろうな。わっちが目覚めた理由を言おう。その前にわっちの名の由来は知っておるか?』






「……鬼の頭領である酒呑童子の首を刎ねたことです」






『そうじゃ。なら目覚めた理由も察しがつこう? 酒呑童子が今世に生まれた。あやつは純然たる悪じゃ。あやつを討たねばひどい未来が待っておる。そうじゃの、りーまんしょっく級じゃ』






(リ……リーマンショック知ってるんだ……。あ、でも俺が詳しく知らないや。大人の人たちは新小岩、新小岩ってブツブツ呟いてたけどなんだったんだろう……)






「って、酒呑童子が!? ……いや、酒呑童子って実在したの?」






 酒呑童子という言葉に驚く安綱であったが、想像できない物に対して驚きは持続しなかった。






『んむ、実在する。というわけで安綱、わっちはぐだぐだ言うのが好きではない。単刀直入に言うぞ? わっちを打ち直せ』






「!?」






 童子切の言葉に安綱の心臓は射抜かれたような衝撃を感じる。心臓が早鐘のように高鳴る。






(お、俺が童子切を打ち直す……? おいおいおいおい、嘘だろ?)






 かつてないほどの不安と、同時に高揚感が安綱の体を駆け巡る。そんな安綱の動揺などお見通しとばかりに童子切は言葉を続ける――。






『カカカ、おぬしならできるさ。あの安綱と同じ目をしておる。さぁ、わっちを手に取れ』






 ストンッ。






 童子切の言葉は先程まで高鳴っていた安綱の心臓の鼓動を一瞬で治めた。安綱は自分自身を信じることはできそうにないが、不思議と童子切の言葉は信じ切ることができた。






 安綱は、視線を揺らすことなくガラスケースへと手を伸ばす。当然ガラスに仕切られているのだから阻まれるはずである。が、安綱の手はガラスなどまるで初めから存在しなかったように素通りし、その柄を掴む。






 瞬間――閃光が全てを包む。そして、安綱の目が色を取り戻すと、そこには――。






「カカ、久しぶりの体じゃな。感謝するぞ、そしてこれからよろしく頼む。今代の安綱よ」






 流れるような黒髪をした和服姿の美しい少女が手を差し出していた。

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