ネコマタと人里
我の名はミケ。もう誰がつけてくれたかなど忘れた。尻尾が二つに割れたがいつだったかすら覚えていない。
我がいる里山に人気がなくなって早数十年。この地は忘れ去られ、この朽ち果てた社が我の住処じゃ。
最近では獲物すら近寄らなくなってしまい、餌も探しにくくなってしまった。
このお山を降りるしかあるまい。
二つに分かれた尻尾を一つにまとめれば、何とかなろう。
しばらくお山にいたせいで、大変なことになるとは思わなかった。
我はすぐさま耳を塞いだ。
煩い! 今では終ぞ見なくなった狼よりも大きく、そして早いモノが、騒音をたてて目の前を過ぎていくではないか!
これでは狩など出来そうにもない。静かな所を見つけて住処にしてからじゃ。
ふらふらとしたまま歩けば、何かが降ってきた。我の尻尾は……一つのままじゃ。ということは術者がおって、我を敵認定したのか!?
「捕まえた!?」
「うん。ここを縄張りにしている猫じゃなかったけど」
「三毛だ!」
離せ!! 不覚を取ったわ。
「あ、この猫雄だ。三毛の雄を捨てる人っているんだねぇ」
恥ずかしいではないか! 股間を見るでない!
「この猫は連れて行こう」
「汚れ落として、飯だな」
飯だと!? 昔味わった猫まんまと魚が味わえるのか!?
いかん、いかん。飯につられてしまっては、我の沽券にかかわる。
風のしのげる場所に行けるようだ。
雨風がしのげるだけかと思っていたが、過ごしやすい場所のようで何より。老骨には寒さは堪える。
人間どもの話を総括すると、ここは「猫の保護センター」なるものらしい。捨て猫、野良猫、迷い猫を預かっているという……ふむふむ。居心地はよさそうじゃな。
『ここにいる人たちはね、ものをぶつけてこないの』
そう言ったのは小さな猫で。
『あなたを連れて来た人が一番優しくて怖い』
そう称したのは、その小さな猫の母親だった。母親は子猫を出産する前に保護されたらしい。離乳が済むまで一緒にしていてくれるのも、あの人間のおかげとな。
『乳を与えるというのは大変だからな』
何猫が乳を与えられず苦労したか。人が少なくなってからは貰い乳も大変で、我が皆に食事を運んだものだ。
弱き者に自然は容赦しない。我が狩りに行っている間に、他の動物に狩られた猫もおった。
『小さき猫たちよ、立派に育て』
『わぁ、僕たちネコマタ様に祝福貰えた!!』
嬉しそうに鳴く小さき猫たち。昔を思い出してしまう。
我のことは名前で呼ぶがよい。
「あら、懐いたのね。この調子ならこの子は早めに里親探せそうね」
「年齢いってるけど、大人しいからな。去勢どうする?」
不穏な言葉が聞こえた気がしたのだが。
「大丈夫。三毛の雄は繁殖能力が低いから」
繁殖!? 我は年寄すぎて子は無理じゃ!
「じゃあ、大丈夫だな。この猫、俺達の言葉が分かっているのか? さっきから抗議の声をあげてるみたいだ」
「気のせいだと思うけど? ご飯だよ。特に君は子供のためにもしっかりと食べてね」
母猫を撫でて、人間たちは出て行った。
では、久方ぶりに人間が用意した飯を食うとするか、……なんだ、これは。硬いものだらけではないか! 猫まんまと魚はどうした!?
『猫まんまと魚ってなぁに? ママ、これ美味しいって言ってた。ミケ様が食べないなら、僕が貰う……』
『駄目よ! この間私のを食べてお腹壊したばかりじゃない!』
母猫が小さき猫の頭を叩いた。
ふむ。小さき猫には早いものか。腹も減ったし、仕方あるまい。今日は食すか。
かりかりかりかり。
何というか、一応魚の味はする面妖な飯じゃ。我が食べたいのは、魚の塩焼き、これではない。
そんな食事も数日すれば慣れる。このままでは自堕落になりそうなぐらい、快適じゃ。いつもなら狩りをするために山を駆け回っている時間帯。さて、出かけるとするか。
『ミケ様。ここを出ちゃダメなの!! 勝手に出てったお姉ちゃん、そこで死んじゃったの!』
どういうことじゃ?
『私も外の危険性を伝えます。外に出れば、車というものが走っており、それに轢かれてしまえば、ミケ様でも生き永らえることはできないかと。子供が言ったのはそれです。それに、我らを嫌う人間も多くおり、害されることもあります。追い払う位ならいいのです。中には面白半分で、我らを害する者もいます。ミケ様には取るに足らない相手かもしれませんが』
『外は危険なのだな』
『それに保健所なるところがあるとか。そこにいる人間に捕まると殺されると言われております』
『礼を言う。世知辛い世になったものじゃ。弱き猫を害して楽しむ人間がおるとはな』
『ただ、保健所とやらでも、好きでやっているわけではないのです。ここにいる猫の中には、その保健所から来た猫もおりますから』
『勉学になった。ならばここから正当な手続きで出るためには、人間と仲良くなるのがいいわけじゃな』
それさえ理解できれば、あとはよい。好まれやすいように擬態するのは慣れたものじゃ。
『ミケ様、すごい』
そう称するのは、他の猫たち。早々に里親とやらに会わせられると判断され、そう言った部屋に移ることもあるようになった。移動の度に抱っこされるのも悪くないが、我は歩きたい。
そんな日々を過ごしていると、カモ(里親)希望がきた。男は猫が苦手なようじゃな。女を陥落するに限る。
「本当にいいのね?」
「一年間、記念日全部忘れたんだ。最初に約束しただろう」
足が震えておるぞ。可愛らしく鳴くとするか。
「何であんなの(・・・・)がここにいるんだ」
我を見た瞬間、男は呟いた。ということは見える(・・・)口か。ふむ。女の方に良くないモノがおる。祓ってやるか。
「にゃーん」
ふむ。我の鳴き声の中でも、可愛らしい鳴き声だぞ。ついでにマーキングでもしておくか。
「可愛い」
「ちょっ、それだけは駄目っ」
「どうしてよ。私が好きなのを引き取っていいんでしょ?」
どうやら、あの男の言葉に不快感を持ってしまったよじゃな。そして我の鳴き声に陥落寸前のようじゃ。
もっとすりすりするに限る。
「この子にするっ」
勝ったな。
どんよりとする男を放っておいて、我は女に抱っこされた。さっさと住処に案内いたせ!
「この子ミケの雄?」
「そう。だから去勢手術をしていないの」
「長生きしてもらうよう努力するっ」
我はお主らより生きておるのだがな。張り切るのもほどほどにしておいて欲しいの。
あの母子猫が言っていた「危険な」ものである車に乗って、我は移動となった。
「猫さん、新しいお家です! ゲージとか買ってこないと! それから獣医さんのところに一度連れてって」
興奮しすぎじゃぞ?
我の正体を明かすか。
「俊之さーーん! 猫さんの尻尾が割れた!!」
「だから反対したの。やっぱりネコマタだったか」
「気づいておったか」
「ってか、猫さんしゃべった!! これで意思疎通が楽になる!!」
女よ、はしゃぎすぎじゃ。
「え? 気にするの、そこ?」
「うんっ。昔から夢だったの! 猫さんとか犬さんとおしゃべりするの!」
「……そういう問題かな」
女にとってはそういう問題のじゃな。
「一つ言っておくが、男よ。女はおまいとどれくらい一緒におる?」
「僕と? 結婚して三年、その前からだと五年」
「それくらい一緒におれば豪胆にもなろう。我ごときで動揺するようであらば、おまいの傍にはおれぬよ。気づいておらぬようじゃからあえて言わせてもらうが、おまいは見えるだけじゃ。つまり女は不可解な出来事に巻き込まれておるのじゃ。それをなんとも思わずに今までおったという時点で、豪胆なのじゃ。これからは我が悪しきモノから守ってやる故、安心いたせ」
二つの尻尾を振りながら言えば、男は黙った。
「そ、そうか。僕は充香さんを危険にさらしていたわけか」
「落ち込むでない。我の能力は悪しきモノを遮断する。これも巡り合わせじゃ」
我とて、この能力がもっと早く目覚めておればよかったと思う時はあるのじゃぞ?
「早速男同士の話なの?」
そう膨れるな、女よ。
「なぁに。おまいらよりも我の方が長生きする故、おまいらを看取ってから戻ると言っておったのじゃ」
「え?」
「我はおまいらよりも長生きするに決まっておろう」
「そっか、それは嬉しいけど、無理しないでね」
なんとも嬉しい言葉じゃ。
「充香さんや」
女というと怒るので、最近は名前呼びじゃ。
「なに、ミケさん」
「我は塩焼きと猫まんまが……」
「駄目! 塩分が多すぎ。ミケさんはお爺ちゃんもいいところなんだから、食事制限は必須なの! 私はミケさんに長生きして欲しいの!!」
だから、我は普通の猫とは違うと何度……。
「却下! そこまで言うなら俊之さんから分けてもらっている晩酌も禁止」
知っておったのかぁ!! それも禁止にされれば我は耐えられぬ!!
「……というわけじゃ。もちっと分けてくれぬか」
昼のやり取りを男に言えば、むむっと考えるそぶりを見せた。
「僕もね、充香さんを守ってくれているから、聞いてあげたいのは山々だよ」
聞けぬというのか!?
「帰ってきてすぐ、充香さんに釘をさされた理由が分かった。……うん。これ以上あげると僕の晩酌も減らされる。そこまで言えば分かる?」
「我慢するしかないのかのうぅ」
「ほら、ミケはいいけど、他の猫も貰ってくる予定みたいでさ。……予行練習に付き合っていると諦めてよ」
他の猫の為とあらば、このミケ、我慢して見せようぞ!!




