魅了の魔眼を持って魔界に転移させられたけど、男しかいなかった
玉座に腰掛けた俺の眼下で、忠実な奴隷たちがひざまずいていた。
「楽にして構わん」
ぞんざいな命令。相変わらず、俺が発したものとは思えない。その違和感には、いまだに慣れない。
俺の内心とは裏腹に、嬉々として従い、頭を上げる魔界の実力者たち。こんな些細なことでさえも、主人の命令を遂行できた喜びに胸を焦がしている。
主人とは、足を組んで玉座に座る、頭全体を包む仮面を身につけた男――つまり、俺だ。
魅了の魔眼。
ただの高校生だった俺は、神を名乗る存在からそれを与えられ、地球から魔界と呼ばれる土地へと異世界転移させられた。
魅了の魔眼。
なんというかこう、漢字と読みが直訳じゃないところが最高だと思うのだが、それはそれとして、まるでというか、思いっきり。
まんま、エロいことをしろと言っている。そうとしか思えない、チート能力だ。
どちらかと言えば人付き合いが苦手……いやいや。他人なんて煩わしいと思っていただけで、苦手なわけではないんだが。友達とか恋人とか、他人とかかわるなんて自分の時間が減るだけでメリットが感じられないってだけで。
まあ、そんな俺でも、絶対に裏切られないという保障があれば、その……分かるよな? 男の子なら。
ただし、魅了の魔眼の使用回数は、七回だけ。対象が死亡しても使用回数は戻らないのだから、いつ、誰に使うかは慎重に選ばなくてはならない。
こう、俺にも好みってものがあるからね?
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「クルウルウ大公主領侵攻計画は、どうなっている?」
「ニヴルヘイム六大師団長の合議により、順調に立案は進んでおります」
俺の傲慢な問いかけに答えたのは、漆黒の鎧に身を固めた黒騎士だ。我が国エリュシオンが誇る六大師団の筆頭でもある。
魔界に転移させられて初めて出会い、そして、最初に絆隷とした男。
そう、男だ。
戦場にあっては常勝不敗。個人の武勇は当然。麾下の魔剣兵団を軍を指揮させても右に並ぶ者がいない。
黒騎士ラッシュフォードの名を知らぬのは、生まれたての子供か、曖昧になった老人ぐらいのもの。
全身、頭から爪先までフィーンドスチールの全身鎧に覆われ、その素顔は誰も知らない。
だが、何事にも例外はある。顔全体をすっぽり覆った兜の中には、涼やかな美貌ときらびやかな金髪が隠されていることを、主である俺だけは知っている。
ぶっちゃけ、地球のどんな俳優よりも美形だ。
男だけど。
男だけど。
というか、魔界には男しかいなかったんだよね!
「必ずや、陛下に魔界を献上いたします。それまでは、今しばらく猶予をいただきたく」
「陛下は、そのような努力目標をお聞きになりたいのではありませんよ、ラッシュフォード卿」
羽のついた扇子――軍師が持ってそうなあれ――を手にした、細面の男が、やんわりと。しかし、有無を言わせず遮った。
魔界参謀の異名を持つ――俺がつけたんじゃないぞ――アルラシオス。
俺がラッシュフォードの旧主を滅ぼし、魔界の一角を占拠した直後、多数の食客と一緒に臣下の礼をとってきた男。
知性を感じさせる瞳、穏やかで常に余裕を崩さない微笑み、聞く者を蕩けさす美声。
これまた、ラッシュフォードとは違ったベクトルで美形だ。
アニメだったら、確実に裏切るポジションだ。
あまりにも妖しかったが、設立直後のエリュシオンを運営の運営には、アルラシオスの協力は必要不可欠。食客ともども、喉から手が出るほど欲しかった。
だが、妖しい。
だから使ったのさ、魅了の魔眼を。
結果、戦乱渦巻く魔界の将来を真剣に憂えた、裏表のない男であることが判明した。
黒騎士ラッシュフォードを裏切らせた俺に、魔界を治める器を感じたらしいよ!
そういえば、最初にそんなこと言われたわ。妖しすぎて、まったく信じられなかったけどな!
「貴公が、両者の被害を少なくすることにこだわるから、遅延しているのではないかッ」
「なにを仰る。至極当然のことではありませぬか、ラッシュフォード卿」
「被害のない勝利などありえぬ。それが、戦というものだ」
「エリュシオン筆頭ともあろうお方が、志の低い。陛下に申し訳ないとは思わないのですか?」
ぐぎぎぎぎと、兜の向こうから歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。腰巾着めとでも、思っているんだろう。
実は、アルラシオスにだけは、将来の計画を伝えてある。他の師団長に伝えなかったのは、あまり先を見せすぎても混乱させるだけだろうからという配慮だったのだが……。
この二人の対立は、それが裏目に出てしまっている。
違いはそれだけ、どっちも間違っていないし、俺のために尽くそうとしているのは間違いない。
見てて、めっちゃ胃が痛くなるけどな!
「のう、主殿」
両者の対立と俺の胃痛が深刻化しかけた、そのとき。
「どっちも殺して、ワシに兵権をすべて預けぬか?」
にたぁと笑って物騒なことを言ったのは、三番目の師団長。
「ワシに任せれば、大公主領ごとき、三日で飲み込んでくれるぞ。一乗谷のようにの」
「信長、戯れが過ぎるぞ」
「ワシは、本気なんだがのー」
ラッシュフォードとアルラシオスがどん引きしているのにも気づかず。いや、気づいていてもお構いなしに言う信長。
身長はあまり高くない。それどころか、華奢で女顔ですらある。
日本が世界に誇るフリー素材、織田信長。ご本人である。本人が言ってたから、間違いない。
本能寺で焼け死んだ織田信長が、どうして魔界にいるのか。
話せば長くなるのだが、案の定地獄へ落ちた信長は、そこで亡者を集めて閻魔大王に反乱を起こしたそうだ。
頭おかしい。
しかも、もっと頭おかしいことに、成功しかけたらしい。
だが、地獄の天下を取る寸前、罠にかかって軍団ごと異世界――この魔界へ送られたそうだ。
意外と気さくなヤツで、子孫がフィギュアスケートの選手になったって教えてやったら、爆笑してた。
まあでも、それはそれって戦を仕掛けられたときは、戦国時代の恐ろしさを垣間見たね。あいつら、全員バーサーカーだよ。
しかし、なんで女体化してないんだよ、お前。てっきり、女体化してると思い込んで、魅了の魔眼使っちゃったじゃねえかよ……。
もし日本に帰れたら、その腹いせに、各所に信長使用料を請求してロイヤリティ生活を送りたいと思っている。
「三者の忠誠、余は嬉しく思う」
ばるべく威厳たっぷりに、仕え甲斐のある魔界の王をイメージして振る舞う俺。
この場に集った三名の師団長が、はっと頭を垂れた。
「馴れ合いなどより、遥かに喜ばしい。今はおらぬ他の二名とも議論を深め、完璧な計画が立案されることを期待する」
俺の魅了を受けている三人が、さらに深く平伏した。
今言った通り、この場にいるべき他二人の師団長は、別命を受けて席を外している。
さて、勘のいい人間はもう分かっていると思うが、六大師団長は、すべて魅了の魔眼の支配下にある。
使っちまったのさ、六回な! 七回しか使えないのに!
え? あと、一人はって?
俺は、玉座の間の巨大な窓から、外に目をやった。
そこには、巨大な。それこそ、この城よりもでかい、直立するトカゲの姿があった。
どう見ても、怪獣。
どこからどう見ても、怪獣。
だが、一人で一個軍を形成する、最大にして最後の師団長アル=ギルスだ。
仕方ないじゃん! あんな大怪獣相手にして、勝てるわけねーだろ!
内政チートで発展させた国土を、一瞬にして破壊されたんだぞ!
使ったよ。使ったさ。魅了の魔眼をな!
効いて良かった! ほんと!
動かれると、周辺のマナが払底してやばいことになるんで、休眠してもらってるけどさ!
仕方がない。単に、魔界を征服して終わりではないのだ。
俺の目は、遙かその先を向いていた。
太陽の恵みを受け、繁栄を謳歌する地上に。
そして、空の先にある神々の世界に。
絶対服従の魔眼を持って魔界に転移したけど、男しかいなかった。
待ってろ、地上!
それから、天界!
地上には、女騎士、お姫様、女魔導師、エルフだっているはず。
天上には、天使に、女神が待ち構えている。
使用回数を残したまま、攻め込みに行くからな!




