トカゲ嫌いの転生ドラゴン 〜貰った能力は、仲間が居ないと意味がないものでした〜
静かに泣きながら、琥珀色の空を見上げる。
もう嫌だ、こんなの。
「なあ……おい、大丈夫か?」
「……。」
後ろから、心配そうな声が掛けられた。
強引に尻尾で涙を拭い、苛立ちを隠すことなく振り向く。
「はぁ……なんか用?」
「用ってお前……大丈夫なのか? その脚の怪我も、早く洗わないと」
そこには、藍色鱗のドラゴンが私を見つめていた。
こいつは、同い年の雄竜カルアス。
昔から私に付き纏ってくる、最もタチの悪い奴だ。
今だって、私が年上の雄に襲われていたところに、勝手に首を突っ込んで、勝手にやられた。
「お、おい!」
そんなカルアスのことは無視し、さっきやられた左脚を引き摺って、水場へと向かう。
夕焼けに溶け込む色である私の鱗が、垂れる鮮血で縁取られていた。
「なあ、おいって」
「……ついてこないで」
相変わらず追いかけてくるカルアスに釘を刺し、歩くスピードを上げる。
それでもこいつは、諦めずに私についてきた。
「……あのさ、私は疲れてるんだけど。見て分からない? 頼むからこれ以上苛立たせないでくれないかな?」
「だから心配してるんだ。俺も一緒に行くって」
ついてくるカルアスに、振り返ることなく声をあげる。
最大限のイヤミを込めて言ったつもりだったが、こいつはそんなもの意に介さない様子。もはや会話が噛み合ってない。
それが、さらに私をイライラさせた。
「ほんと、呆れるんだけど。ねえ。どうしてそう余計なお世話ばっかりするかな」
「余計なお世話はないだろ……俺はただ、お前が傷付くのが嫌だったから、守りたかっただけで──」
「ちょっと待て」
言葉を全て聞き終わらないうちに、私は足を止めて振り返った。
「守るだって? 何から?」
「え、だから、あのオスドラゴンだよ! ふ、普通メスが勝てるわけないだろ⁉︎」
カルアスは、当然のように答える。
そのためにわざわざこうやって、付き纏って?
迷惑だというアピールにも気付かずに、ヒーロー気取り?
いつもは抑えられる激情も、積み重なり続けたストレスを起爆するには、十分だった。
「だから、俺が──」
「あー! もう良いっ! それ以上聞きたくない!」
唸り声をあげ、全力で威嚇しながら、大声で叫ぶ。
「何が守るだよ! 意味わかんない! 余計なお世話なんだよ分かるか⁉︎ 余計な、お世話、なんだよっ!」
突然の大声に驚くカルアスに、心のままに言葉をぶつける。
「自分の身は自分で守れるし、助けなんていらない! 毎日毎日付き纏ってくるお前には、もううんざりだ! 頼むから私に関わらないでくれ!」
はっきりと拒絶の意思を叫んで、振り切るように歩き出す。
これでさすがにあいつも気が付いただろうか。
そう思っていると、再び後ろから足音が聞こえてきた。
「待てって! ほっとけない! 仲間で助け合うのが普通だろ⁉︎」
「普通なんて知らないっ! おまえらの常識なんか知ったこっちゃない!」
「じゃあなんで⁉︎ どうしていつも寂しそうな目をしてるんだよ!」
その言葉に、振り払おうとして早めていた歩みを、再び止めた。
「お前の兄妹の、アルミアとミルティスは、お前は本当は良い奴なんだって、よく言ってる。最初は俺も信じられなかった。でも、お前に会ってしばらく経ったら、それが本当なんだなって分かったんだ!」
私が、良い奴?
一体こいつは、何を……。
「みんなを嫌っているようで、ケンカの時は相手をするし、怪我もさせない。狩の時なんか、お前は仲間を気遣って、みんなの風下でしか狩りをしないだろう! 俺らを心から拒絶してないのは、分かってるんだよ!」
「……う、うるさい」
予想外の言葉に、彼に背を向けたまま言い淀む。
こいつ、ケンカがしたいだけの、ただのバカドラゴンと思っていたのに。
なんで……なんで。
「どうしてそこまで俺らを拒絶する。お前が無理をしてるのは、俺はもう分かってんだよ!」
「黙れ……私の何が分かるってんだ。なにも……なにも知らないくせに!」
やめてくれ。
そんなにされたら、余計に苦しくなる。頼りたくなる。
「だから聞いてるんだっ! お前のこと、それ以外何も分からない! 頼むから理由を教えてくれ! じゃないと、俺はお前を助けられない!」
「助けなんて、必要ないって、何度言ったら分かるんだよっ! どうせ話したって理解してもらえない! そもそも、そうやって助けようとしてくるのが、一番の私の負担になってるんだよ! いい加減に気付けよっ!」
私が『もともと人間だったこと』も、『不安定で気味悪い能力』も。
どうせ打ち明けたところで、さっきのオスドラゴンがしたように、見捨てられるだけだ。
だからこそ、これまで誰にも打ち明けてこなかった。
──人間とドラゴンは、違うのだから。
「やっぱりお前、何か隠してるんだな」
「そうだよ! それがどうした? 言いたくないって言ってんだから、聞くなよ! 良いか? これ以上私に関わったら、もう本当にどうなっても知らないから!」
「俺は別にどうなったって良い! お前がそんなに傷ついてるのに、ほっとけるかよ! だって、俺はお前の事が──」
グッと、右手の鉤爪を尖らせる。
まだ言うか。
こんなに、関わるなと言っているのに。
「おい! ちょっと──」
「うるさいっ!」
一気に振り返り、闇雲に前足を振り下ろす。
突然の攻撃に、身の危険を感じさせれば良いと思っていた。
次、関わってきたら、本当に怪我をするぞ、と。
でも、カルアスは私を止めようとしていたのか、思っていたより随分近くに居て。
「グゥ……」
「えっ」
ズブリという、確かな手ごたえ。
私の鉤爪が、根元まで深々と彼の腹に突き刺さる。
カルアスは、力なくその場に倒れた。
「カ、カルアス⁉︎ カルアス! しっかりして!」
「ガゥ……イー、フィア?」
咄嗟に彼の倒れこむ場所に身体を滑り込ませて、下半身で彼の身体を受け止める。
足の傷の痛みなど、全然気にならなかった。
「うそ、どうしよう⁉︎ こんなつもりじゃなかったのに……! は、早く手当をしないと!」
「お、お前──」
べっとりと血のついた右手で、腹部の傷口を押さえる。
しかし、止めどなく溢れてくる血が、私の身体を伝ってどんどん地面に跡を残していく。
助けられない……。
そう思った瞬間、涙が溢れてきた。
「お前……初めて、俺のこと、名前で、呼んだな」
「もう! だから関わらないでって言ったのにっ! こんな……こんなことになるなんてっ」
何故か、少しだけ微笑む彼。
なんで……どうして。こんなことが、あるはずがない。
彼は何も、何も悪くないと言うのに。
「う……うぅ……」
「お、おいおい……泣く、なよ。一度くらい、お前が笑うとこ、見たかったな。アルミアたちが、羨ましい、ぜ……」
カルアスは……毎日絡んできて、正直ウザいと思っていた。
でも、実際に失うとなれば、苦しいし悲しい。
側にいてほしい。仲間として接してほしい。
それは、他のドラゴンの仲間も同じことが言える。
「い、嫌だぁ……いやだよ、こんな……!」
カルアスの首筋に顔を埋めて泣き叫ぶ。
私は、失ってからようやく、その大切さに気がつくのだ。
生きている間は、あんなに冷たくしたくせに。
なんて愚かなのだろう、私という生き物は。
「……死な、ないで」
それでも私は、彼の身体を抱きしめながら、そう呟いた。
「逝かないで……」
もう随分と前から、カルアスからの応答はない。
その息遣いも、もはや分からないほど弱く。
『俺は別にどうなったって良い!お前がそんなに傷ついてるのに、ほっとけるかよ!だって、俺はお前の事が──』
『──ずっと好きなんだからよ!』
そんな中で、さっきの彼の言葉が、ぐるぐると巡る。
どうして、聞いてあげられなかったのだろう。
どうして、私は素直になれなかったのだろう。
どうして……。
──助けたい。
──助けなきゃ。
「……死なせない。死なせてなるものかっ」
固まる決意と共に顔を上げ、ぐったりとした彼の身体を抱き寄せた。
意識はないものの、まだ息は残っている。
絶対に、助けてみせる。私なら、それは可能なんだ。
謎の自信と共に、あの不思議な力が湧いてくるような気がした。
「私のことが、好きなんでしょ? さっき確かに、そう言ったよね?」
私の身体から、白い光の粒が出ているのが見えて、さっきよりも強く彼の身体を抱く。
なぜそうしたかも、これが何なのかも分からないが、私にはこれが正解に思えたのだ。
「じゃあ、責任とってよ。そんなこと言われたら、私だって気になっちゃうじゃん。言い逃げなんて、許さない」
仲間を、守りたい。
仲間を、助けたい。
ドラゴンに生まれて初めて、本気で彼らを仲間だと認めた。
「絶対に死なせないから! カルアスッ!」
その瞬間、輝いていた光の粒が一斉に膨らんで。
私の視界は白一色に染められたけれど、腕には確かに、彼の感触と鼓動が伝わっていた。




