儀式の場へ(2)
馬車に揺られている間に、シャーク国から持ってきていたイスウ国とセキウン流についての資料を読みつつ、ヘンヤからも話を聞いていた。
最初は、あまりにも暇だからというのと、これから関わる事柄だからという義務感から読んでいたが、すぐに引き込まれた。
というのも、なかなか面白く興味深かったからだ。
元々、イスウは剣術が盛んな国だった。王族も剣術を修めることが当然とされ、それゆえ王家の剣術指南役は大きな権力を持ち、その流派はお家流として持て囃された。
イスウ建国以来、王家剣術指南役を代々引き継いできたのは名家ホウオウ家。そしてホウオウ流こそがお家流だった。
一方、王族や貴族以外はお家流であるホウオウ流を学ぶことができないが、剣術自体は盛んであるため、イスウの町は小さな町道場がいくつもあって、それぞれが己の流派の最強を謳っていた。
今からおよそ五十年、そんな状況のイスウに一人の天才が現れた。
名はシジマ。
ドワーフとしての特徴を持つ、背は低いながらも筋骨隆々とした物静かな男だったという。
シジマは、とある町道場で剣術を学ぶも、満足をせずに他の流派を学ぶために二十で師と決別し、以後はあらゆる町道場を渡り歩くことになった。
だが、どの道場も数か月でもう学ぶことなしと去っていくシジマの評判は悪く、ついにある日その時学んでいた師から試合を申し込まれる。
これに圧倒的な実力で勝利したシジマは、自らの流派を立ち上げる決意を固め、齢二十五にして、シジマ流を創始する。
以後、シジマはイスウ最強を謳い、いかなる挑戦も受け、そして町道場への道場破りを繰り返すことになる。
連戦連勝のシジマ流に惹かれるものは多く、他の道場で学んでいた剣士はもちろん、挑んで返り討ちにされたごろつき、剣を始めようとしていた町民など、門下生は増えていき、シジマは自宅を増築して道場とした。
それから十五年、シジマ流は平民を中心に門下生を増やし続け、道場破りを全て返り討ちにし、シジマの名声は上がり続けた。
シジマは、イスウ国内のあらゆる流派に立ち合いを挑み挑まれ、勝利した。だが唯一、ホウオウ流はお家流であることを理由にシジマ流との立ち合いを拒否し、門前払いし続けていた。
しかしシジマが四十にも達しようとした時、既にシジマ流の名声はとどまることを知らず、貴族ならばホウオウ流、平民であればシジマ流と言われるまでになっていた。イスウ貴族は剣術を修めるのが必須であるためにホウオウ流の方が門下生の数はまだまだ上ではあるが、しかしホウオウ家にとってもシジマは無視できない存在へと変わっていた。
そしてその時は来る。
ホウオウ流の強さを知らしめるため、ついにホウオウ家からシジマ流に対して試合が申し込まれたのだ。
三対三の代表戦。
ホウオウ流からは、高弟三人。そしてシジマ流からは、シジマ本人と二人の高弟が出場した。
二人の代表のうち、一人はトキタダ。そしてもう一人が、後にセキウン流を創始することになるセキウンだった。
トキタダは、元々はイスウ国の路地をうろついているようなチンピラだった。最強の看板を掲げていたシジマに喧嘩を挑み、そして返り討ちにされてほとんど無理やりに弟子にされた、最初期の弟子の一人だ。
丸太で素振りをする馬鹿力の大男であり、シジマ流の門下生の中でも最も過酷な修行を好み、また日に何度も立ち合いを行う、剣術の鬼だった。
力は一流、技は超一流と謳われたトキタダは、苛烈な性格ながらも一方で面倒見がよく、多くの門下生に兄貴分として慕われていたという。
トキタダにはこんな逸話がある。
彼が修行のためにダンジョンに潜った際、ミノタウロスに襲われたのだという。
中級の冒険者がパーティーを組んでようやく倒せる怪力の牛のモンスターであるミノタウロスに一対一で遭遇したトキタダは、真正面から真剣で打ち合った。
だが、ミノタウロスの振るう巨大な斧の前に、ついに刀が折れてしまう。
だがトキタダは素手でミノタウロスに組み付くと、投げ飛ばし、その斧を奪うと、人間が扱えるはずもないその巨大な斧を振るい、ミノタウロスを真っ二つにしてしまったという。
半分伝説となっている逸話を別にしても、トキタダが戦いで、特に道場の外の喧嘩や殺し合いで活躍した話なら腐るほど残っている。
実戦ならば負けなしと言われたシジマ流の高弟がトキタダだった。
一方のセキウンは、他流派からシジマ流に流れてきた、比較的新しい弟子だった。
父が兵法者でありながらも元々は剣術に大した興味はなかったとセキウンは語る。
彼は、生まれつき目が見えなかった。そのため、自身の肉体に使用する強化魔術以外の魔術を使うことができなかった。魔術は、現実を詳細に観察した上で、そこにイメージを重ねて現実を変容させる術だ。ゆえに、現実を目で確認できなければ魔術を使う上で非常なハンデになる。
実際には、残る四つの感覚で現実を詳細に感じる訓練をすれば、拙いものではあるが魔術を使用できた先例はあるらしい。魔術を使えないことはかなりのハンデになるため、目の見えない者は誰しも最初はそれを目指すという。
だが、セキウンはその訓練を途中で止めた。それを続けたところで、たかがしれている。それくらいならばまだ剣術の方が役に立つだろうと剣術の道に入ったのだという。
その長身と常に目を閉じた立ち姿から、セキウンは近寄りがたい印象を周囲に与えた。実際、人付き合いはよくなく、ただ一人で型稽古をしていることが多かったらしい。
目が見えている者よりも見えている、と評されるように、セキウンは対戦相手の位置、姿勢、果ては思考までも読んだとされる。
セキウンと試合をした相手は、全ての動きを読まれた挙句に簡単に一本を取られ、まるで狐に化かされたようだと首を捻った。
その一種異様な雰囲気、鮮やかな試合運び、そして師範であるシジマにすら引けを取らないとされた技量から、セキウンはトキタダとは別のベクトルで門下生から慕われていた。いや、崇拝されていたと言っていい。まさしく神のように一部の門下生からは崇められていた。
セキウンにも逸話がある。
ある男が川で釣りをしていたところ、横にいつの間にかセキウンが立っていたのだという。驚いた男が何用かと尋ねると、セキウンは「餌もなしで魚が釣れるのか興味がある」と答えた。
驚いた男が竿を上げてみると、川の流れで取れたのか、確かに針に餌がついていなかった。
さすがはセキウンだと男が感心していたところ、今度はセキウンが「竿を貸してほしい」と言い出した。快く竿を渡し、餌をつけてやろうとしたところで「餌は不要」と断って、針に何もつけないままでセキウンは釣りを始めた。
噂通りの変わり者だと呆れている男の目の前で、セキウンは瞬く間に一匹の大魚を釣り上げたという話だった。
その二人とシジマによる三人と、ホウオウ流の高弟三人による試合。
結果として、シジマ流の三人による圧勝となった。
ホウオウ流の名声に傷がつき、シジマ流に貴族の子弟が流れ込んだ。だが、同時にシジマは病に倒れ、二年後に死ぬことになる。
そして、トキタダはシジマの死と共に流浪の旅に出て消息が不明となる。
残ったのは、多くの門下生とセキウン。
だがセキウンは自らが後継者になること迷いがあったらしい。道場には顔を出さず、イスウ国内を放浪する日々が続いた。その間、他の門下生の間で内輪もめや派閥争いが起こったという。
そして、放浪の旅の中、月の無い真夜中にセキウンは剣の神髄を悟ったとされる。「月無し」という秘剣を開眼したセキウンは道場に戻り、セキウン流の立ち上げを宣言する。
セキウンはそれに反対する門下生全てと立ち合い、その全てを叩き伏せた。その数は百とも千とも言われている。
そして、とうとうシジマ流を学んでいた全ての門下生は、そのままセキウン流の門下生となった。
それから十年。平民の間だけでなく、貴族にすら門下生を広げるセキウン流だったが、その門下生の「怪童」マサカドが、剣の腕を買われて平民でありながら騎士に抜擢されたのをきっかけに、ついにその日が来た。
御前試合。王族の前で、ホウオウ流とセキウン流、どちらがお家流としてふさわしいかどうかを決めることになったのだ。
それは、土台となるシジマ流がホウオウ流に代表戦で勝利し、それから十年余りをかけてセキウン流が勢力を広げたことで、王族にとってもセキウン流が無視できなくなったことを意味していた。
そうして、御前試合。ホウオウ家の当主であり傑物と言われたゴンザ・ホウオウとセキウンによる試合は、激闘の末にセキウン流が勝利した。
セキウンは王家指南役となり、セキウン流がお家流となった。
追い打ちをかけるように、ゴンザ・ホウオウは試合結果に納得できないとしてセキウンに真剣勝負を挑み、またしても敗北、死亡した。
これによりホウオウ家は取り潰しとなり、ホウオウ流は一気にその勢いをなくし、自然に消滅していったという。
それから二十年近く経ち、今やセキウン流はイスウを代表する流派である。お家流であるだけでなく、元々が平民のための流派であるから、イスウの国民の多くがセキウン流を学んでいるという状況だ。
よって、そのセキウン流の流派当主は、凄まじい権と財を手にすることになるのだ。
その当主の座をセキウンが年齢から引退し、後継者に譲ろうというのだから、その象徴としての秘剣伝授の場が、陰謀の一つや二つ飛び交う場になっても何もおかしくないというわけだ。
それにしても興味深いのは、セキウンの評判だ。指南役となってからのセキウンには、更に多くの伝説、逸話、そして異名がつくことになる。
イスウの剣の象徴、兵法の完成者。剣を持つ竜。異名は数えきれない。
また、影殺し、という異名も持つ。
これは、ホウオウ家が目障りなセキウンを潰そうと影を派遣したところ、天井裏、壁の向こう、そして床の下に潜んでセキウンのすきをうかがっていた三人の影を、一瞬の間に倒してしまったという逸話から来たものだ。
目が見えないからこそ、影のように隠れる者を捉えて斬るのを得意とするということで、影殺しの異名がついた。
その他にも、部屋の外で冗談で門下生が壁越しに剣を振り上げてみたのを、部屋の中からセキウンが「握りが良くない」と指摘したという逸話もある。
どこからどこまでが事実なのかは不明だが、セキウンが尋常ではない感覚の鋭さを持っているのは間違いがない。
一説によると、それは強化魔術の恩恵によるものだとされている。
目が見えないからこそ、自分の肉体については深く把握している。それゆえに強化魔術については魔術の達人級であると、それが強さの秘密であるという説がある。
秘剣の「月無し」についても諸説ある。
実は徒手空拳の格闘術なのではないか。あるいは、セキウン流にはない居合。果ては、気合で相手を金縛りにする技だという説まである。
数多くの伝説に彩られている剣士、それがセキウンである。
六十を超えた今ですら、イスウ最強の剣士はセキウンだという声は強く、その強さとイスウ国の剣術への貢献度、そして数多の伝説から、セキウンは国から「剣聖」の称号を授けられている。




