儀式の場へ(1)
日本のものを連想させる巨大な屋敷だ。屋根の瓦、漆喰の白壁、板張りの玄関。ほとんど懐かしい気分にすらなる。
だがパンゲアの中にあるこの屋敷が日本と関係があるはずもない。これはイスウの古い屋敷だそうだ。造りもイスウ古来のものだという。
「ようやくだな、ひひ」
俺の横で屋敷を見ていたヘンヤが、少し感慨深げに、笑う。
「ええ、ようやく着きましたね」
相槌を打つと、ヘンヤが妙な顔をする。
「あん? 違うぜ、ようやくってのはそのことじゃねえよ。俺が、ようやくここまで来たってことだ。何もなくて、木の枝だけを握り締めて、セキウン先生に弟子入りしたガキの頃のことを思い出してな。その時も、ここに通ってた」
「え? ここ、セキウン流の道場じゃないんだろ?」
「ああ、ここは、シジマ流の道場だった。全然流行ってない、ぼろい、民家を拡張に拡張して造った道場だよ、見たら分かるようにな、ひひっ」
遠い目をして、ヘンヤが足を止める。
「懐かしいな」
どうして、俺がヘンヤとここにいるのか。それには数日前に遡る必要がある。
「イスウに?」
上司であるゲラルトの提案に、俺は素っ頓狂な声で返してしまった。
「そうだ、俺が頼んでなあ」
帰らずの地下迷宮で一緒になったヘンヤが、何故かそこにいた。
「一体、どうして俺がイスウに行かなきゃいけないんですか?」
早朝、出勤した途端にゲラルトに部屋に呼ばれて、いきなりイスウに行ってくれと言われたので、全く意味が分かっていなかった。
「いやあ、実は、この度、俺が正式にセキウン流の正式な後継者になることが決定してよお」
嬉しさを隠し切れない様子でヘンヤが語りだす。
「そりゃあ、おめでとうございます」
一応祝ってやるか。
「心がこもってねえなあ。これがどういうことか分かってるのか?」
ヘンヤに噛み付かれた。
「分かってますよ。セキウン流は、イスウ王家指南役のセキウンの流派。つまり、いわゆるお家流ってことでしょう?」
「そうだぜ。イスウ国の騎士団長であり探偵団長、『大将軍』マサカドもセキウン流を修めている。このセキウン流を継ぐってのはどういうことか」
「要するに、一介の剣士から、イスウ国の重要人物になるということだ」
ゲラルトが引き取った。
「なるほど、だから、恩を売ってコネクションを構築しておけ、と」
「そういうことだね。ヴァン君には世話をかけるけど、頼むよ」
「おい、本人を目の前にしてそんな会話するんじゃねえよ」
呆れたヘンヤがそう突っ込むが、こっちとしては何となくヘンヤに気を使う気にならない。ダンジョンでの印象が強すぎるからだろう。生死を共にした、癖のある剣士。俺にとってヘンヤはそれだ。
「それに、今回の儀式にはナムト国の者も参加するらしいからね。僕としても無視できない」
「ナムト国が?」
ナムト国。パンゲアで最小の国土を持ち、孤立主義を掲げて他の三国との交流をかなり制限している謎の多い国だ。確かに、そのナムトとコネクションができるのならば、かなりのメリットではある。
「おお、そうだぜ、うちの師匠の昔からの剣友がナムトの剣士でな。高齢だからその人は来ないんだけど、その人の息子が顔を出すらしい」
「すいません、そもそも、儀式って何?」
ナムト国が衝撃だったので流してしまったが、ゲラルトの発言にはそもそも意味が分からない部分があった。
儀式?
「ああ、秘剣伝授の儀式だよ。それが今度あるんだ。それを持って、正式に俺がセキウン流の後継者になるわけだな」
「へえ。で?」
「で、とはなんだ、ああ?」
チンピラのようにヘンヤが凄んできた。
「いや、だって、こっちが参加するメリットはあるけど、そもそもどうしてヘンヤさんは俺をその儀式に呼びたいんですか? そっちの意図がよく分からないんですけど」
「ん、ああ」
途端に、ヘンヤが気まずそうに頬をかいた。
「実は、僕もそこのところは詳しく聞きたかったんだ。ヴァン君が来るまで待っていたけれど」
ゲラルトがそう言うと、
「分かった、分かったよ、ったく」
観念したのか、ヘンヤは両手を挙げた。
「セキウン流は、新しい流派でな、別にそこまでの伝統はない。秘剣伝授も後継者指名も、今回が初めてなんだよ。だから、その儀式の会場や誰を呼ぶかって話も、全然まとまらなくてよ。一ヶ月議論した挙句、ようやく三日前くらいに決まったんだけど、またメンバーが酷くてな、ひひ」
「酷いって、どう?」
「まず、当然だが後継者争いをした、俺以外のセキウン流の高弟も参加する。それから、ええっと、セキウン流とホウオウ流については一応は知ってるよな?」
「まあ、大まかには」
ダンジョンで聞いた気がした。
「そのホウオウ流の関係者まで来るんだ」
「どうして?」
少々驚く。どうして、セキウン流の儀式にそいつが来るんだ?
「一昔前まで、イスウ国ではホウオウ流でなければ剣術にあらずって感じだったからな。ホウオウ流の遣い手がイスウ国の剣術関連ではそれなりに高い地位についてたりするんだよ」
なるほど。
「つまり、それが怖いわけですね?」
「怖いっていうか、何か起きてもおかしくないだろ。念には念をってことだ。ヴァンとは知り合いだしな」
「イスウ国の人に警備でもしてもらえばいいのに」
「当然、それもするぜ。秘剣伝授だから大勢引き連れるわけにはいけねえけどよ、一応は騎士団長のマサカドも呼ぶしな」
「なら、それで安心じゃないですか」
「どうかな。あいつ、物事を解決する時は力尽くがほとんどだからな。あいつが来て安心って気持ちにはならねえなあ、ひひ」
「随分親しげですね。騎士団長で探偵団長だっていうのに」
「あ? お前、俺の言うこと聞いてなかったのか?」
明らかに馬鹿にした目をされた。
「え?」
「マサカドもセキウン流を修めてるって言っただろ。一応、おとうと弟子だぜ、あいつは」
そう言えばそうか。けど。
「マサカドって言ったら、七探偵の中でも戦闘力に優れている探偵ってイメージがあるんですけど、そのマサカドを差し置いて後継者になるってことは、よっぽど強いんですね、ヘンヤさん」
俺が改めて言うと、
「馬鹿にしてるのか!」
ちょっとヘンヤが怒った。
「まあ、実際には俺とマサカドがやり合ったら、剣術の試合なら勝つ自信はあるぜ。ひひ。ただ、何でもありだとどうだろうな。あいつには『焔』があるからよ」
「何もかも燃やす刀ですっけ」
聖遺物ではないが、とてつもない力を持つマジックアイテムらしい。
「そうそう。まあ、あいつはあいつで探偵としての仕事もあるし、剣だけに打ち込むわけにもいかなかったんだろ。別にそれはそれだ。で」
ヘンヤはにやりと笑いかけてきた。
「来てくれるんだよな、ヴァン」
「俺が行くのに、意味あるんですかねえ」
なおも俺が首を捻っていると、
「自信を持っていい。ヴァン・ホームズの名は中々のものだよ。ヴァン君がいるだけで、詰まらないことをしようって気はなくなるさ」
ゲラルトが背中を押してきた。
「ああ、来てくれるだけでいいからよ、頼む」
ヘンヤも頭を下げてきた。
どうも、妙だな。
おれは気になってきた。
どうも、ヘンヤが必死すぎる気がした。
「ヘンヤさん、俺がその儀式に行くと、個人的に何かいいことがあったりするんですか?」
「はあ? お前、俺がそんな狭い了見で動いてると」
「パフォーマンスだよ」
反論しようとしたヘンヤを無視して、ゲラルトが解説を始めた。
「指南役セキウンは元々平民。そして、後継者のヘンヤ君も平民。これからイスウの上の方と付き合うのに、舐められたら大変だろう。だから、世界的にも注目されてるヴァン君と個人的に知り合いだとアピールしてはったりをかましたいんだよ」
「うっ」
図星なのか、ヘンヤが呻いた。
「えっ、俺、そんなアピールのために使われるんですか?」
「ぐぐぐ」
「だとしても君にとっても損はないよ。ヘンヤ君に貸しを作るのも、ナムトにパイプを持っておくのも非常に君のためになることだ」
「うぬう」
「確かに、そうですね」
と、唸っているヘンヤを横において、俺とゲラルトの話は進んだ。
そして結局、
「じゃあ、お世話になりますよ」
俺はイスウに向かうことになった。
「結局行くなら、素直にさっさと来いよな」
幾分げっそりとした顔でヘンヤが呻くが、
「いい格好しようとして腹を割らないからですよ」
と反撃したら苦虫を噛み潰したような顔をして黙った。
どうせ二泊三日だということで準備もほどほどにして、その日のうちにヘンヤと俺は馬車に乗った。ほぼ一日かけてシャークからイスウに向かい、安宿で一泊してから、早朝にまた馬車。そうして、馬車では進めないような辺鄙な場所についてから、ヘンヤの先導で細い獣道のような道なき道を歩き続けて、時刻が昼になろうかという頃。
ようやく、俺とヘンヤはその儀式があるという屋敷に着いたのだった。




