インタールード(3)
借りたコテージの前で、朝日を浴びながら立ち話をしているローズとハウザー。
このコテージは山奥にある、いつ捨ててもいいジャンゴ一派のアジトの一つだった。
「体の方の傷跡も、心の傷も、綺麗さっぱり治るってわけにはいかないわね」
明るすぎるほど明るく振舞い、メイドとしてぱたぱたと走り回るリリーナ。洗濯物をひたすら干している。
彼女を眺めながら、小さな声でローズは呟き、自分の能面のような顔を撫でる。
「どうにもならないのかよ」
同じように小さく唸るハウザー。
「あれじゃ、人間っていうよりも人形だ。こっちの指示通りに動くだけのな。明るいだけで、人間味がまるでない」
「そのうち、少しずつ人間性も回復していくわ。こういう治療は、時間がかかるものよ」
ローズに諭され、ハウザーは舌打ちする。
「けどよ、昨日なんて、ずっと皿を洗ってたぜ。俺が見てられなくて止めるまでずっとだ。綺麗になった皿を、ずっと同じ動作で」
「あら、よく見ているのね」
「危なっかしくて心配だからな」
「それだけ?」
「うるせえよ」
ハウザーが目を逸らした、その時、
「ジャンゴの奴はいるか?」
堂々と、存在を隠す気もなしにレイが現れる。
「これはレイ様」
対応するようにリックがどこからともなく現れ、
「やるつもりかよ?」
瞬時に、ハウザーは戦闘態勢をとる。
「よせ、今日は本当に話しに来ただけだ。いい加減にしないと、俺だけでなく、ペース国全体が敵に回るとな」
「けど、いい加減したらしたで、見くびられて搾り取られ、殺されるのがオチだ。だろう?」
薪をかついたジャンゴが、ふらりとコテージに戻ってくる。
「ジャンゴ」
レイは鉄の瞳で睨む。
「薪はこれでいいだろ。レイ、せっかくだ、どうせお前に嗅ぎつけられたんならこのアジトも今日でお役御免なんだ、記念にお茶でも飲んでいけ」
「……いいだろう」
「何?」
冗談のつもりで言った提案が受け入れられ、ジャンゴの方が驚く。
「あの娘の様子も見てみたいしな」
レイは、洗濯物を干しているリリーナに目を向ける。
お茶会は妙に長引いた。
最初は、レイはお茶を一杯だけ飲んですぐに帰るつもりだったが、砂糖とミルクをたっぷりと入れようとしたのを、リリーナに止められて困っていた。
「そうすると……お茶の香りが損なわれます」
「ああ、だとしても、俺はそれが好みなんだ」
「ですが……お茶の香りが損なわれます」
何度言っても堂々巡りなことにレイは困り果てながらも、リリーナに強いことを言うのもできないらしい。
結局、見るに見かねたリックが間に入った。
リリーナの人間性を回復させるためのリハビリがてら対応させたがどうやらまだ早かったようだ、というのが、ローズの見解だった。
お茶会が終わり、レイが帰っても、ローズとリック、リリーナが去っても、お茶会の会場からジャンゴとハウザーは動かない。
二人はずっと黙ってお茶を飲んでいたが、やがてハウザーが意を決したように口を開く。
「何か」
「ん?」
「何か、言いたいことがあるんでしょ、オヤジさん」
日は沈みかけ、差した夕日がハウザーの横顔を赤く染めている。
「鋭いじゃないか」
ハウザーの方から切り出したことに、すこしほっとした様子を見せてジャンゴが答える。
「誰でも分かりますよ。で?」
「お前、さっきのレイの話、どう思う?」
お茶で唇を湿らせるようにしながら、ジャンゴがハウザーを覗き込むようにする。
「さっきの話とは?」
「そろそろ、ペース国が本腰を入れてくるって話だ。俺達が目の上のたんこぶなのは知ってる。それでも、持ちつ持たれつで腐れ縁を続けてきたが」
「もう、決裂ってことかよ?」
唇を噛むハウザー。
「どうかな。だとしたら、相当にしんどいな」
ため息を吐くジャンゴに、
「オヤジさん……」
ハウザーは衝撃を受ける。
こんな弱気なジャンゴを、見たことはなかった。そして、見たくはなかった。
「大丈夫だとは思うが、こういう予想ほどあてにならないこともないからな」
「本当に、ペースと戦争になるってことかよ?」
「あ? 違う、そっちじゃない。俺の問題だ」
「え?」
「なあ、ワルズ事件をどう思う?」
単刀直入なその質問に、
「クソだな。犯人共は全員、引きずりまわしてやらなきゃ気が済まない。逃げ延びた連中もいつか必ず地獄を見せてやるよ」
ハウザーは即答する。
あの事件を見て以来、ずっとくすぶっている炎がある。それが今のハウザーを突き動かしていると思っていい。
「なるほど。リリーナのことはどう思う? 回復して欲しいと、治療を続けるべきだと、そう思うか?」
「あん? 当たり前じゃねえか」
何を当然のことを、とハウザーは戸惑う。
ジャンゴは目だけでふっと笑って、
「なあ、ハウザー。あの事件の犯人共を追うのも、リリーナの治療も、どちらもルールの外の話だ。分かるか? どちらも、まともな手段じゃできない。けど、そういうまともじゃない手段を使わないと叩けない奴がいるし、救えない女もいる。そうだな?」
「何を今更……だからオヤジさんは私立探偵なんかやってんだろ」
「まあな。けど、ルールの外にいれば敵が増える。敵を倒すには力が要る。力が増えれば敵も増える。堂々巡りだ。分かってて、その道に踏み込んだんだけどな。けど、しんどいもんだ」
だから、とジャンゴは続ける。
「体張って、前線で戦えなくなるまで老いぼれたら、それで終わりだ。まだいけるとは思うけどよ」
「おい、弱気なこと言うなよ、オヤジさん」
「悪いな。けど、そうなったら俺は殺される。まあ、こんな生き方してきたんだ。散るのは仕方ない。ただ、本当に怖いのはな、ハウザー、その前に老いぼれることだ」
「老いぼれるって……今も結構おっさんだろ」
「酷いことを言う奴だ。そういうことじゃなくて、精神の問題だ。気高い獅子も老いて獲物を狩れなくなれば誇りをなくす。英雄も歳をとれば死への恐怖で取り乱す。分かるか? あれだ、老醜ってやつだ。そうなったら、ハウザー、頼むぞ」
「は?」
どういう話か分からず、ハウザーはぽかんとする。
だが、ジャンゴは、カップを片手に持ったまま、しっかりと、強い眼光でハウザーを睨みつけ続ける。
「……分かった」
そして、それを受けてハウザーは胸を叩く。
「何だかよく分からないけど、分かった。オヤジさん、任せてくれ」
あんな真剣な目で頼まれたら、そう答えるしかない。
ハウザーは瞬時に判断した。
それが自分を拾ってくれた恩人に対する礼儀であり、尊敬の念の表れだ。
「ああ、任せる」
自分自身に言い聞かせるように、ジャンゴは何度も頷く。
「任せるぞ、ハウザー」
そして、ジャンゴは老人そのもののような顔をして、目を閉じる。
その顔も、夕日で真っ赤に染まっている。




