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ルール説明(2)

「そこまで来ると、今度はどうしてハヤノシン殿がそこまでジャンゴに肩入れしているのかが気になるわねえ」


 ネイツが目だけで笑って見せる。


「ふむ、それも当然のことですじゃ。まず、ルールについてわしが保証できる理由は、その実験のいくつかにわしが立ち会ったからですのお」


 その発言に、場がざわつく。


 想像するだに身の毛もよだつようなその実験に、このイスウの大貴族が立ち会っていたというのか。

 そして、それはハヤノシンとジャンゴの関係がかなり以前からのものだということも意味している。


「御前、それは」


 これはウォッチも知らなかった情報なのか、護衛にも関わらず一番動揺している。


「構わん。イスウの恥ではあるが、わしは間違ったことをしてきたつもりはない」


 柔和な表情で声をかけてくるウォッチを遮り、


「わしとジャンゴ殿の付き合いは、ちょうど青い狼が我がイスウでも活動をし出した時期に始まりました」


 ハヤノシンの回想が始まる。





 当時、イスウで青い狼が活動を始めたことで、国内に大きな衝撃が広がりました。

 対岸の火事だと思っていた感があったんでしょうなあ。実際に自分達の国に被害が出て、誰もが動揺しました。

 そして、イスウでの青い狼によると思われる事件には、他国のものとは違う特徴がありましたのじゃ。青い狼は、急速に勢力を拡大しておりました。しかし、そのどれもが純粋に営利目的のものでした。しかし、イスウでの事件には端々に政治的な意味合いが匂っておりました。


 青い狼の特徴として、次々に構成員を増やしていくというものがありました。じゃから、その時にわしを含めたイスウの為政者が考えたのは、イスウの反乱分子グループが青い狼に取り込まれたのではないか、というものでした。


 青い狼ほどの組織が、イスウの現政権の転覆という目的を持ってしまえば、それは極めてイスウにとって危険なものになります。

 そこで、イスウは国を挙げて青い狼への捜査を行うと共に、それを隠れ蓑にして「影」を使い、裏で手段を選ばず青い狼について調査しました。拷問や非合法組織との取引、青い狼に関係すると思われる組織への潜入。

 ここにいるウォッチも影の一員でしたからの、当時から動いてもらっておったわけです。


 最も警戒するべきは、逆に影が非合法組織、そして青い狼に取り込まれてしまうことです。じゃから、影を動かしつつ、その影を監視する必要がありましたのじゃ。

 その役目についたのが、ありがたくも王から信頼していただいていたヤザキ家でした。


 そして、ある時わしの耳にある影の裏切り行為が届きました。その影は、ジャンゴ殿とコンタクトをとっておったのです。それは驚くようなことではありません。当時から、ジャンゴ殿の腕は知られておりましたし、ペース国との協力で非倫理的、非合法的ながら捜査に有用な研究を進めているという話は、少し事情に通じておる者の間では、公然の秘密でしたからのお。

 問題は、その影は取引をしながら、持っているイスウの情報の数々と引き換えにジャンゴ殿のグループの一員になろうとしておるということでした。

 それを知ったわしは、その影を処分し、そしてジャンゴ殿との取引を自分自身で継続することになりましたのじゃ。

 当時、ジャンゴ殿は例のキジーツシステムを確立しようと試行錯誤しておるところでしてな、特に羅針盤のルールを詳細まで把握しようと様々な実験をしておりました。

 ええ、もちろん、そうですじゃ。わしとしても、その構想を聞いて、それが運用できれば青い狼を、そしてその一員となったイスウの反乱分子を捕まえることができると期待しました。じゃから、全面的に協力しました。


 そう、当時、レイ・コルト殿率いるペースのジャンゴ敵対派の邪魔をしたのは、わしですじゃ。わしというより、イスウの総意ではありましたがの。


 ともかく、そうして、先程ジャンゴ殿が語った羅針盤のルールが確定していきました。そして、実際にキジーツ殿を使った捜査が行われ、ある程度の効果をあげました。

 そう、いつの間にかわしが依頼人となってジャンゴ殿に青い狼についての捜査をしてもらう、という形ができあがっておりました。


 その形、わしとジャンゴ殿との関わりは、あの事件、ワルズ事件が発生し、それをジャンゴ殿が解決したことで強固になりました。

 ええ、あの事件は、そう、悲惨な事件でしたが、しかしそれ以上に、いえ、これ以上は。





「御前」


 言い淀むハヤノシンに対して、ウォッチが呟く。その表情はローズのものと同様の能面じみたものになっていた。


「うむ、そうじゃな、ここが正念場か。わしらにはまだまだジャンゴ殿が必要じゃ」


 自分に言い聞かせるようにハヤノシンは言い、


「言うまでもないことですが、ここで話したことは他言無用でお願いします。もしも、これから話す内容が外に噂という形でも漏れた場合、わしは、そしてイスウは、このメンバーが漏らしたものだと判断します。意味が分かりますな?」


 ぬらりと、その穏やかな目に粘着質な光が宿る。


「疑わしきは罰する。影が俺達全員に報復するということだな。都合がいい。俺としても、ここの内容が漏れるようなことがあれば、全員殺すつもりだったところだ」


 全く動じることなく、レイが言い返す。


 冗談じゃない、と文句を言いたいが言える雰囲気じゃない。やだな、この続きなんて聞きたくない。


「では、お話しますじゃ。先程、影が青い狼と関係のある組織への潜入もしていたとは説明しましたな。ことは単純ですじゃ。つまり、ワルズ事件を起こした青い狼の一派、その中には」


「潜入していた影がいたってことか。なるほどな、そりゃ、ジャンゴとの関係が深くなるはずだ。イスウの暗部をジャンゴに掴まれたんだな。じゃあ、ジャンゴにその影だけは見逃してもらうように頼んだのか?」


 冷笑と共に尋ねたボブに、ハヤノシンは頷き、


「影に名誉などは不要ですが、それでもその影の名誉のために申しますが、影は決してあの殺戮の中で自ら村人を手にかけてはおりません。ただ、あの事件自体が突発的に発生したこと、その時点では組織が青い狼の一員だという確証が掴めていなかったこと、そして単独で潜入していたために、影としてもあの殺戮を止めようもなかったのですじゃ」


「誇りがあれば、多勢に無勢であろうとも、殺されるだけであろうとも、殺戮に参加などせんだろうがな。正体を表し、嬲り殺しにされようとも、殺戮に参加するよりはマシだ。が、騎士ではなく、影であれば仕方ないか。イスウの影は、名誉や命よりも任務を優先すると有名だ」


 語っている内容には反して、レイの態度にはその影に対する侮蔑は見られなかった。


「私も失礼いたします」


 そこで、リックが部屋から出て行く。

 特に変わった様子はないが、どうしてこのタイミングで出て行くんだろう?


「ちっ」


 何故か、ハウザーが苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「ともかく、そういう経緯を経て、ハヤノシンさんとジャンゴさんは深く結びついたわけですね」


 リックが突如として出て行ったことで生じた妙な沈黙を埋めるように、キリオが話を先に進めようとする。


「そうですな。ずっと青い狼を追ってもらっておりますじゃ。じゃが、こちらが下っ端共を捕まえても焼け石に水、青い狼は膨れ上がり、力を増し続けました。それでも諦めるわけにはいきません。この前の、帰らずの迷宮は当たりかと思ったんですがのお」


「え? 帰らずの迷宮?」


 聞き覚えがある、というよりまだ記憶に新しい単語に俺が反応すると、


「おお、そうか、ヴァン殿はあの件に関わっておりましたのお。誰も帰ったものがいないダンジョン、ひょっとしたらそれは青い狼のアジトの一つじゃないかと思いましてな、あれほどの組織ならダンジョンを丸ごと寝ぐらにすることも可能じゃろうから。そこで、トレジャー家の募集をこれ幸いと、ジャンゴ殿に頼んでキジーツを潜入させてもらいましたのじゃ。全く別のルートから、ウォッチも参加していたのは意外でしたがの」


 なるほど、中で青い狼の一員にキジーツが殺されれば、例のシステムで尻尾をつかめるかと思ったわけか。

 だが、蓋を開けてみれば実際には小悪党どもの悪巧みに過ぎなかった、と。


「少し話が脇道に逸れましたが、そういうわけで、羅針盤のルールはわしが保証しますじゃ」


「ちょっと待てよ。じゃあ、ルールを信じるとしても、いくつか考え様はあるだろ。例えば、魔術で羅針盤の針を操作したとも考えられる」


 なおもボブが食い下がるが、


「羅針盤に魔術は通じませんぞ。それも確認済みですじゃ」


 ばっさりとハヤノシンに斬って捨てられる。


 参ったな。

 俺は平然とした顔で顎に手をやって思考に沈む恰好をしながら、内心で大いに慌てる。

 これは参った。

 今のところ、ハヤノシンの話に異を唱える材料がない。そして、ルールがそうなのだとしたら、やはり聖遺物として認定されるかどうかは関係なく、俺は殺人者としか思えない。

 が、妙だ。

 俺がキジーツを殺した? 全然覚えがない。殺したという認識を持っていないのだから、ルールに従えば俺が殺人者として指名されるわけがない。


 あれ?


「ちょっといいですか」


 俺は手を挙げる。


 全員の視線が俺を向く。


「ええと、キジーツが殺されて、その殺した犯人が俺だということで、青い狼の一員が俺ってことになったんですよね?」


「ああ」


 俺の確認に、ジャンゴが同意する。


「まず、キジーツを殺したって覚えがないんですけど、今のキジーツってどんな奴ですか?」


 少なくとも、俺の知っているキジーツではないはずだ。あのキジーツは、土中迷宮で確実に殺されていた。


「それに、そのキジーツをいつ、どういう状況で、どこに潜り込ませて、そして殺されたんですか? そういう、基本的な情報をそう言えば一切聞いてないですよ」


 キジーツシステム、聖遺物らしき羅針盤といったあまりにも特異な事物に注目して、そういうごくごく基本的な情報が抜け落ちている。

 ルールが正しい以上、その情報が埋まったとしても俺が殺人者であることに変わりはないような気がするが。


「それもそうだな」


 ジャンゴが今気づいたとばかりに目を丸くし、ローズと顔を見合わせる。


「待て」


 だが、それについてコメントしようとするジャンゴを止めるのはレイだ。


「その前に、羅針盤をここに出せ。聖遺物かどうか、やはりこの場で判定する。先にそれを済ませたい」


 レイにとって、俺が青い狼の一員なのかどうかは二の次なのだろう。ただ、聖遺物だと判定して、ジャンゴを排除する名目を手に入れたい。


「ちょっと待てよ。シャーク国との合同で判定するって話だっただろうが。うちの判定官はまだいねえぞ。さっき、リックに頼んで要請の手紙を御者に届けてもらうように手配したばっかだ。早くても到着するのは明日の午後以降だろうよ」


 当然、ボブが許すはずもない。


 苛立たしさを露わにするボブと鉄のように冷たいレイがにらみ合う。


「よしなよ、ボブの言うことが筋が通ってるって」


 が、のんびりとした声でネイツがボブの肩を持ち、


「だな。レイさん、さっきあんたが提案したことだろ、合同での判定ってのはよ」


 ハウザーもそれに同調する。


「そうだな」


 反論することなく、レイはただ目を閉じる。


「ああ、話は終わったか。じゃあ、答えるぞ」


 面倒そうにジャンゴは手を振る。


「今の代、つっても死んでるんだが、ともかく今死んでいるキジーツ、話に出ているキジーツは、ヴァンもよく知っている奴だ。ああ、ウォッチもだな」


「え?」


「ん?」


 同時に声をあげて、俺とウォッチは顔を見合わせる。


 だが、次の瞬間に理解する。

 この二人が知っている人物、つまりあの迷宮にいた人物だ。そして、あの迷宮にいて、事件で死ぬことなく、しかしその後行方が分からなくなった人物と言えば。


「モーラ、か」


 あの、背が低く幼く見える、しかしその実あの事件を仕組んだドワーフの特徴を持つ女性の姿が浮かぶ。


「そうだ。羅針盤であのモーラという女を追跡して、新しいキジーツの材料にした」


 恐ろしい内容だが、ここで引っかかっていたら話が進まない。


「いい素材だったわ。一つ前のキジーツとはものが違う」


 うんうん、とローズが小さく何度も頷く。


「ふん」


 別にモーラに友情を感じていたわけでもないだろうが、ウォッチが唾でも吐きたいような顔をする。気持ちは、何となく分かる。


「ともかく、その新しいキジーツを、シャーク国郊外のスラムに潜入させていた。これは、ハヤノシンからの依頼だ」


「うむ」


 ジャンゴの言葉に、ハヤノシンは同意し、


「スラムの小悪党どもが少し怪しい動きをしておりましてな、少し前なら、そんな連中と青い狼が関わっているはずもなかったのじゃが、最近は青い狼が膨張に膨張し、チンピラのような連中まで仲間に加えておりますからのお」


「そして、その結果、キジーツが死に、羅針盤を使うと俺を指し示した、と」


 ようやく、今回の話の全容が見えてきた気がする。

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