ルール説明(3)
「となると、聖遺物かどうかに関わりなく、単なるアイテムであったとしても、ルールの通りならヴァンは黒なわけね」
と、俺が心に思いながらも明言を避けてきた内容を、あっけらかんとキリオが口にする。
なんつーこと言うんだ、こいつ。
「さて、どうかな。聖遺物でなければ、ルールの絶対性は薄れる。例外があるかもしれない」
だが、さすがにレイとしてはそれに同調しない。そりゃそうだ。聖遺物判定にシャーク国が協力してくれる方が都合がいいわけだからな。
「それは聞き捨てなりませんなあ。ルールは間違いない、ヤザキ家が保証すると言っておるでしょう」
「ふん、そりゃあ、そのルールを利用して色々してきたイスウとしちゃ、そんな発言認められねえだろうな」
ボブが鼻で笑う。
「まあ、待てよ」
またやり合いそうなので、慌ててボブを止める。本当に、これでは話が進まない。
「話を整理しましょう。まず、その羅針盤が俺を指しているのは間違いがない、らしい」
「ああ」
その言葉に反応して、ジャンゴが懐から黄金の羅針盤を取り出した。針は確かに俺を指している。
次の瞬間。
一足でテーブルに駆け上ったレイが抜き打ちに剣でジャンゴを、いや正確にはジャンゴの持つ羅針盤に向かって斬りつけた。
だがその刃は羅針盤に触れることなく、ウォッチの槍によって寸前で止められている。
「またか」
ウォッチは呆れた声を出す。
ハウザーは身構えているが、ローズは今回は表情を変えずに動いてすらいない。
「貴様」
一方でこれまで余裕を持っていたジャンゴの表情が変わる。
両目が吊り上り、ぎらぎらと獣のような光を帯びる。
「この一撃で羅針盤に傷一つつかなければ、それで聖遺物判定しようと思ったんだが」
ぬけぬけとそう言って、レイは剣を納める。
「てめぇふざけんなよ」
ないがしろにされたと感じたのか、何故か一番にボブが怒声をあげる。
「レイ殿。今回だけですじゃ。今回だけ、許します。が、次にそんな乱暴な手を使うなら、わしとしても考えがあります。そしてそれは、シャーク国としても同意してくれるでしょうな」
ハヤノシンは穏やかな口調のままだが、それなのにぞっと足元から冷水につけられたような寒気を感じる。
「流石に今のはレイさんが悪いかな。あたしとしても、同じことしたらレイさんの方攻撃するかも」
護衛のネイツまでがそんな信じられないことを言う。
流石にそれはないだろ。
「分かった」
レイはまた席に戻る。
まだ憤懣が冷めないのか、ジャンゴはまだしばらく恐ろしい目つきでレイを睨んでいたが、
「ええと、その、続けていいですか?」
とりあえず、俺はそう言わざるを得ない。レイのせいでめちゃくちゃになったけれど、俺の話は途中だったのだ。
「羅針盤が俺を指しているのは間違いがないんで、俺としてはその羅針盤のルールが間違っていると主張せざるを得ません。あるいは、ルールは正しいが、どこかに間違いがあったか。ともかく、俺はキジーツを殺した覚えなんてないわけですしね」
そこで全員の顔を見回す。
特に異議はないようで、誰もが続きを待っている。
「で、それと羅針盤が聖遺物か否かは、直接的には関係がない。まあ、聖遺物じゃなかったら、羅針盤の信頼性が減るってことはあるでしょうけど、根本的な解決にはならないですね。だから、聖遺物かどうかは明日の午後以降に確かめるとして、それとは独立して俺としては俺の無実を証明したいんですよ」
「どうやってだよ」
目つきが悪いながらも、ハウザーは興味深そうに目を向けてくる。
「まあ、そこが問題なんだけど」
ここまで言ってなんだが、方法が分からない。
ただ、要するに俺が青い狼じゃない可能性を指摘すればいいわけだろ。
ということは。
「ええと、まず、キジーツ以外が羅針盤の所有者になったって可能性は?」
と、言ってからすぐに、
「いや、そうか、意味ないな。キジーツだろうとなかろうと、そもそも俺には人を殺した覚えがない。強いて言うならモンスターは殺したけど、羅針盤ってモンスターの所有物になるんですか?」
「なりませんぞ」
それに答えるのはジャンゴではなくハヤノシンだ。
「人間以外も所有者となるかどうかは、実験済みですからな」
うむ、と俺は思わず唸る。どうしたものか。
「そもそも、キジーツに羅針盤を持たしたとか、シャーク国のスラムに潜入させたってのがあんたらのついた嘘じゃない証拠あるのかよ」
言葉に詰まった俺の代わりにボブが口を出すが、
「こんなことを言いたくないけれど、そんな嘘をついても私達に何の得もないわ。この状況を見ても分かるけれど、ただでさえペース国との関係で厄介なところに、どうして嘘までついてシャーク国と揉めなきゃいけないのかしら」
至極真っ当なローズの返答に黙ってしまう。
そうだ。そこが今回の一番の悩みどころだ。
俺を告発した時も、やはりジャンゴ側は困惑しているようだった。
ジャンゴが何かを誤魔化して羅針盤で俺を指し示しているのなら、まだ話は分からないでもない。だが、そもそもそうするメリットが見つからない。
ましてや、イスウの貴族であるハヤノシンも一緒になってルールのねつ造をしているとは思えない。俺を犯罪者にして、果たして何の得があるというのか。
「ん」
ジャンゴ側のメリットを考えていて、ふと気づく。
あの羅針盤を、ジャンゴは聖遺物ではなくレアアイテムだと主張していた。確かに、そうであれば一時的にせよレイ、というよりペース国はジャンゴを処分する名目を失う。
けれど、レイの言うことが正しければ、羅針盤が聖遺物ではないとなると、ジャンゴの信用の少なくとも一部分は崩れるということだ。そして、その先にはジャンゴの没落しかないと。
いや、まあ、聖遺物だったとしても、それはそれでペース国に処分されるんだろうが。
ジャンゴ側の望む、今回の件の落としどころはどこだ?
俺が考え込んでいるうちに、話は止まり、そして解散となった。
どうせ明日の午後になればシャークの判定官がやってきて、話は半強制的に進む。そう思っているからだろう。
ダイニングには、いつの間にか俺とキリオ、そしてレイとネイツしかいない。
「うーん」
座ったままキリオは足をぱたぱたしている。子どもか。
「どうした?」
「いや、どうも、やっぱりキジーツシステムっていうのに違和感があるっていうか、ううん」
そう言えば、最初の方も同じようなこと言っていたな。
が、俺に言わせれば、奴らの言っていることは違和感しかない。想像もしたくない。
「ヴァン、お前はどう思う?」
と、こちらを見もせずに、姿勢よく座っていたレイが問いかけてくる。
「ん?」
何が?
「ジャンゴの狙いだ。いや、どちらにしろ奴は破滅する。膨れ上がった風船だ。針の一刺しで破裂するし、そうでなくてもこれ以上膨れれば破裂だ」
「それはつまり、羅針盤が聖遺物かただのアイテムかってことですか?」
それこそ、さっきまで俺が考えていたことだ。
レイはようやく俺に目を向ける。
「そうだ。どちらにしろ破滅だ。とはいえ、あいつが聖遺物だと認めた時点で、俺は奴を処分するつもりだった。向こうも分かっているだろうから、聖遺物でないと主張するのは分からんでもない。だが、それは単なる時間稼ぎだ。現に明日の午後になれば話は終わるし、万が一、そこで聖遺物でないと判定されても」
「それはそれで終わっちゃうわけですよね」
ううむ、と唸る。
「つまり、ジャンゴは詰んでるってこと?」
「ああ、結局、最大の庇護者であったペース国が奴を使い捨てるつもりになった時点で奴は詰みだ。ヤザキ家も庇護者として捕まえているというのは予想外ではあったが、だからといってペース国全体と喧嘩をする義理もない。いや、むしろ、今回の話を聞く限り、闇で処分してくれるならそちらの方が都合がいいくらいかもしれないな」
「妙な話ね。ジャンゴってのは力があるからこそ、利用価値もあれば危険性もある。だから、仲よくしておきたい一方で、ある範囲を越えれば消えて欲しくなる。ペース国にとっても、イスウ国にとっても、誰にとっても」
深いわねえ、とネイツが自分の言葉に酔っているが、あんまり深いように思えない。
「別に特別なことじゃない。世の常だ」
とレイも冷淡に相槌を打ち、
「が、しかし、だ。俺はジャンゴとは長い付き合いだ。指をとばされたこともある」
指に残る古い傷痕を見せる。
「どちらにしても破滅だからといって、諦めたり、あるいは無関係のお前、シャーク国を巻き込んでやろうとするような、そんな男じゃないことくらい知っている。生命力の塊のような男だ。人生の全てが悪足掻きのような男だ。ジャングルの蛇、砂漠のサソリ、土中の毒虫だ。だからこそ、今、何を狙っているのかが分からない」
そうして、レイは傷痕を撫でる。
「明日の午後までに、何かが起こるわけでもないだろうにな」
「分かりませんよ、何か凄いことが起こるかも」
キリオが混ぜ返すように言うと、珍しくレイは顔を少し崩す。
そうして、ネイツと共に無言で去っていく。
その背中を見ながら、さっきのはレイの苦笑だったのだとようやくに気づく。
二人が去って、ダイニングにはとうとう俺とキリオだけになる。
「うふふ」
突然キリオが含み笑う。
「ど、どうした?」
おかしくなったか?
「ううん、その、ほら」
とキリオの顔がみるみる赤くなり、
「その、二人きりでゆっくりできるの、久しぶりだなって思って」
もじもじと下を向く。
むむ、かわいい。
「申し訳ありませんが、二人きりではありません」
「ぎにゃっ」
突然声がして、キリオが飛び跳ねる。
「驚かして申し訳ありません」
いつの間にか、リックが部屋に入って来ていた。片手には布巾を持っている。
テーブルなんかを拭きに来たのだろう。そういやレイが乗ってたわけだし。
「いや、あはははは」
笑ってごまかそうとするキリオだが、耳まで真っ赤だ。
「じゃ、じゃあ、あたしも部屋に戻ろっかなー」
と妙にでかい独り言を呟きながら、キリオは去っていく。
「仲がよろしいですね」
とリックに微笑まれ、俺は凄い居心地が悪くなる。
「いやあ」
頭を掻きながら、俺もさっさと部屋を出ていこうと立ち上がって、
「ところで、リックさんはどこの出身?」
と、とりあえず世間話で場を埋めようとする。
「ペース国です」
テーブルを拭きながらにこやかにリックは答える。
「へえ、じゃあ、やっぱりそういう縁でローズさんの弟子になったんだ」
俺はドアを開けて、
「ちなみに、ペースのどこの辺りですか?」
「ワルズです」
「ふうん」
と答えてからダイニングを出て、俺は動きを止める。
え?
ばたん、と自然にドアが閉まる。
俺の体は止まったままだ。
今の、聞き違いか?
いや、でも。
振り返り、ドアをまた開けようとして、止まる。
ダメだ。
開けられない。
あの、ワルズ事件の詳細が頭に溢れる。あの、ワルズの出身だとしたら、どうすりゃいいんだ。
それは大変でしたね、お気の毒に。
なんて言えるわけもない。
しばらく迷ったまま、ドアの前に立つ。
部屋の中は静かだ。
結局、俺はそのまま自分の部屋に戻る。
どうしようもない。考えがまとまらない。
ある意味で、自分が青い狼の一員だと言われた時よりも動揺している。
もう、寝よう。
明日の午後になれば、話が勝手に動いてくれるはずだ。




