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ルール説明(1)

 それぞれの部屋に案内された後、夕食ということでリリーナが呼びに来た。


 ダイニングで席に着くと、特に待つこともなく全員が揃った。リリーナとリック以外の全員が席に着く。


「どうぞ、シチューです」


 夕食としてリックが配るのは、ごろごろとカットした野菜と肉を山羊のミルクで煮込んだシチューだ。黒胡椒がたっぷりと入っていて、匂いが食欲を刺激する。


「ふむ、うまそうだ」


 余裕たっぷりに、人のいいオヤジのような笑顔を浮かべるジャンゴに違和感を覚える。


 レイの言葉が確かなら、ジャンゴは実は追い詰められている状況のはずだ。俺を犯罪者だと告発した理由である、羅針盤が本当に聖遺物ならレイ・コルト、ひいてはペース国に潰される。そうでなかったら、今までの実績が地に落ちて力を失った上に、俺というかシャーク国から攻撃されることになる。

 というか、俺を告発する時点で、こうなることを読めなかったのか? そこまで考えなしの男が、七探偵の一人にまでなるだろうか?


「どうぞ、皆様、召し上がってください」


 飲み物も注がれて、食事が始まる。

 リリーナとリックは部屋の端で待機している。


「それで、どうするつもりか説明をしてもらおうか」


 ほとんどシチューに口をつけないうちから、レイが鋭い声を出す。


「俺が一方的に提案する気はない。言っただろう、相談するためにこのメンバーを集めたと」


「下らん」


 吐き捨てるボブのシチューの皿は既に空になっている。凄い速さで食べたらしい。


「よし、分かった。シャーク国の判定官も呼んでもらおう」


 あっさりと、レイはそう言って、


「シャーク国とペース国で合同でその羅針盤を判定する。それならば文句はあるまい。ジャンゴも、イスウ国もな」


 ちらりとハヤノシンを見る。


 ハヤノシンは黙ってシチューを口に運んでいる。


「ふうん、二国の判定結果が一致するもんかなあ」


 薄笑いを浮かべて、少し挑発するようにハウザーが言う。


 が、その気持ちも分かる。

 俺もレイが言うように簡単な話だとは思えない。事実、ボブが難しい顔をしてレイを睨んでいるし。

 シャーク国としては、聖遺物だと認めることは俺が青い狼だという話に信憑性を与えることになる。俺だけを斬り捨てれば構わない、という話でもないだろう。自分で言うのもなんだが、それなりに有名だし、シャーク国を中心に進んでいる捜査、司法の改革の神輿みたいな形になっている。


「その羅針盤のルールの詳細を、俺達は知らない」


 だがレイは動じることがない。


「それによっては、羅針盤が聖遺物でありながら、そこのヴァンへの告発が間違っているということもありうる」


 その発言とレイの目は、俺とキリオとボブに向けられていた。


 つまり、それを落としどころにしろ、という向こうからの要求なのだろう。


「詳細なルールについてはこれから説明するわ。それを聞けば、羅針盤が指す相手が殺人者であることに間違いはないと分かるはず」


 だが、ローズが穴を塞ぐ。ジャンゴ一派としては、確かにそういう風に話を持っていくしかないだろう。中々勉強になるな。


「そのルールとやらは、ジャンゴ、お前とその弟子が話すものだろう? そのルールをどうしてそのまま信じることができる?」


「わしが保証人になりますじゃ」


 ハヤノシンがシチューをすくっていた木製のスプーンを置いた。


「キジーツと羅針盤を使った捜査方法には、わしも古くからかかわっていましてなあ」


「それは……」


 一瞬、レイが口ごもる。


「それとも、わしでは保証にはなりませんかな?」


 ついにレイは黙る。

 それはそうだ。イスウの大貴族を前に、信用できませんと言えるわけもない。

 しかし、一体どうしてハヤノシンはここまでジャンゴをかばうのか。どんな繋がりがあるというんだ?


「それから、あの羅針盤が聖遺物だと判明したことをもって、この場でジャンゴ殿を害することはやめてもらいますじゃ。わしは話し合いがあるということでこの場に呼ばれていますので、それをすれば、このハヤノシン・ヤザキの顔を潰したことになる」


 柔和なハヤノシンの目がぬらりと光った気がする。

 横に座っているウォッチの体からも一瞬殺気が発せられ、その場を押さえつけようとする。


「ふふん」


 ネイツが、それに反応するようにあからさまな殺気を発し、剣呑な含み笑いをする。


「よせ、ネイツ」


 短くレイがたしなめる。


「おい、勝手に話を進めるな、いいか、メージン家の僕が話を進めてやる」


 話し合いのイニシアチブを握りたいのは分かるが、ここまであからさまにそれをするボブに驚く。それと唐突な家名自慢にも。

 直球すぎる主導権の奪取に、一瞬、レイもハヤノシンもジャンゴも、全員が動きを止めてしまう。


「まずはルールの説明をしろ。質問があったら答えろ。それが終わった後、もう一度ハヤノシン・ヤザキがそれを保証するかどうかを確認する。それでいいな」


 強引すぎるほど強引ではあるが、ボブの提案は中々建設的ではあった。このまま話が進まないよりは余程いい。

 誰も反対する言葉を持たず、そのままボブの言うとおりに話が進むことになった。


 意外だ。

 結局、本当にボブが場を支配している。少なくとも優位になっているかのようなイメージを場に残した。

 狙いとしてやったのなら、なかなかの剛腕ぶり、なかなかの策士だ。





「羅針盤は、所持した人間が殺された場合、その殺した相手を指し示す。端的に言えばそれだけだ」


 そうして、ジャンゴは気を取り直すようにして説明をする。


「まず、その説明が曖昧すぎる。所持、殺された、殺した、それぞれの言葉の定義を教えてもらおう」


 レイが指摘をすると、ジャンゴは鷹揚に頷いて、目をリックに向ける。


 それを受けてリックは僅かに会釈をして、


「リリーナ、お客様の食器を洗ってくれ」


「はいはーい」


 するりするりと滑らかな動きでリリーナは空になったシチューの皿を回収して回ると、あっという間に全てを重ねて片手で持つと、軽やかなステップでダイニングから出ていく。


「あの娘は本当にただのメイドだ。この詳しい話を聞かせるべきじゃあない」


 ジャンゴが呟いて、


「疑問はもっともだ。順番にいこう。まずは、所持した人間の定義だ。これは、単純に羅針盤を身に着けている人間だと思ってくれればいい。ポケットに入れていてもいいし、鞄があるならその中に入れていてもいい。だが、家の棚に仕舞っていては駄目だ。どうやら、文字通り身に着けている必要があるらしい。身に着けていた状態で殺された場合、初めて羅針盤は効果を示す」


「ふうん、じゃあ、死ぬ直前にそいつが羅針盤を地面に落としたりしたらどうなるんだよ?」


 ボブが質問を投げかけると、


「駄目だな。死んだ瞬間に身に着けていないと、羅針盤は所持したとは認識してくれないらしい」


 あっさりとジャンゴが即答する。


「よく、そんなケースまで調べてあるわね」


 呆れたようにネイツが呟くと、


「羅針盤に関しては、色々と実験したから」


 平静な、しかしだからこそぞっとする声でローズが言う。


 殺した人間を指し示す羅針盤、そのルールを確かめるための実験。どんなものなのか、想像もしたくない。


「じゃあ、次の質問、いい?」


 そこでおずおずとキリオが手を挙げる。


「どうぞ」


 ジャンゴは余裕を持って応える。


「殺した、殺されたっていうのはどこまでの範囲を持つのかしら? 例えば、殺したつもりはなくても事故で命を奪ってしまった場合、あるいは命令されて人を殺した場合、色々あると思うんですけど」


「ああ、そこは面白いところでな。要するに、所持者が死んだ際、その死に対して『自分が殺した』と認識する人間を指し示すというのがどうも羅針盤の効力らしい」


「ん?」


 意味が分からず、俺は一瞬混乱するが、


「ええっと、てことは、例えば事故の場合は……」


「殺した、と思っていなければ指されないわ。逆に、明らかに責任がないような死についても、自分が殺したと思っていれば羅針盤に指される」


 ローズの説明で、ますます混乱する。

 つまり、実際にどうだったか、というよりも、どう思っているのか、を判断して羅針盤は人を指すってことか?


「じゃあ、誰かの指示に従って殺した場合は?」


 興味があるのか、ネイツが身を乗り出す。


「指示した側も実行犯も殺した認識があるから、二人とも羅針盤は指し示すな」


 ジャンゴは髭をひと撫でする。


「どうやって二人を指し示すんだよ? 針は二本ないだろ」


 口を尖らせながらも、やはり興味はあるらしく、ボブの目がちょっと輝いている気がする。


「単純だ。近いほうを指す」


 そしてジャンゴの答えはなるほど、確かにこちらが拍子抜けをするくらいに単純なものだった。


「ちなみに、殺人者が死んでいようがどうしていようが、羅針盤は指し示すわ。死んでばらばらになった場合も、一番近い部位を指す。さすがに粉々になってばらまかれたりしたら、羅針盤も指せないみたいだけど」


 親切のつもりかもしれないローズの補足は、俺だけではなくネイツやレイ、キリオやボブもぞっとさせたようだった。

 内容自体も恐ろしいが、それを確かめるために彼らが何をしたのかを考える方が恐ろしい。


 だが、考えているうちに、別の恐ろしさがこみあげてくる。


 ということは、だ。

 このルール説明が真実ならば、何かの間違いで羅針盤が俺を指しているということはありえないんじゃないのか?

 そもそも、殺したという認識を持っていないとそいつを指さないわけだから、トリックを使われようが何をされようが、結局のところ指された人間は形はどうあれ殺人者の自覚を持っていることになる。疑いようもなく。


 ふと気づけば、全員がいつの間にか俺の方をちらちらと見てきている。


 いや、いやいや、見られても困る。俺は殺人者じゃない。

 というか、殺人者の自覚を持っていないのにどうして俺が指されるんだ?

 羅針盤が聖遺物であろうとなかろうと、このルールの元に働くものだとするならばどちらにしろ俺が告発された根拠としては十分な気がする。いや、聖遺物じゃなければ、ルールやその厳密性に疑いがあると判断されるのか?

 くそ、自分では判断できない。

 どうやら焦っているらしいと自覚しつつ、努めて表面上は冷静を装う。

 探偵は説得力が全てだ。演出しなければ。


 しかし、考えているうちに、やはりこのルールが間違っているとしか思えなくなってくる。

 俺はいつしか、ハヤノシンをまっすぐ見ている。


 その視線に気づいた他の連中も、全員がハヤノシンに視線を移す。


「そうだ、今までのルール、あんたは保証するのか?」


 ボブが口火を切ると、


「もちろんですじゃ」


 気負う様子もなく、ハヤノシンは頷く。


「ヤザキ家の名誉にかけて」

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