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見学(2)

 ほとんど完全なローズの趣味の部屋のようだった物置を出て、次の部屋に向かう、が。


「ここは薬品保管室ね。さて、三階に上がるわよ」


 と、次の部屋に関しては扉の前をローズは素通りしていく。


「えー、ちょ、ちょっと」


 薬品保管室、と言われて目を輝かせていたキリオが不満を漏らす。


「見せてよ、中。入らないから」


「駄目よ。これから先の部屋は、紹介だけ。中に入るのはもちろん、見ることも禁止」


「慎重だねえ」


 感心するような呆れるような声をあげるネイツに、


「それほど見られてはまずいものでもあるのか」


 冷たく目を光らせるレイ。


「あら、それともここで皆に公開していいの? ペース国の協力で行った私の研究結果、それを彼らに?」


 挑発するような口調のローズに、レイは黙って舌打ちする。


 そうして三階へと上がっていく。


「ここは器具室、ここは予備品室」


 とドアの前をするすると通り過ぎていくだけの紹介。

 中に興味津々のキリオと、やはり結構興味ありげなネイツは、中の様子や構造、納められているアイテムについてローズを質問攻めにしたり、ちょっとでもいいから見せてくれと食い下がっている。

 対するローズは能面のままで柳に風とその要求を適当に受け流している。


 比較的興味のない俺と、さっきから黙っているレイは先頭の三人から少し離れることになる。


「あの」


「何だ?」


 なんとなく、二人取り残されたようになって、俺はレイに話しかける。


「この事件って、どうなるんですかね?」


 それは、俺が本当に気になっていたことだ。


「自分が犯罪者扱いされているわけだからな、それは気にもなるか」


 意外にも、レイは無視したり軽くあしらったりすることなく、呟いて少しだけ考えて、


「物事がどう転ぶかは誰にも分からない。だが、俺のすべきこと、ペース国の狙いくらいは分かっている」


「それは?」


「ジャンゴの排除だ。聖遺物を隠し持っていた罪によって、排除される。それが我が国の総意で、俺の役目だ」


 あまりにも重大なことを口にするレイに驚き、俺は思わず辺りを見回す。先を行く三人は気づいていないらしい。


「い、いいんですか、そんなこと言って」


「薄々誰もが気づいていることだ。ジャンゴは力を持ちすぎた。名声、能力、そして情報。その力は更に力を呼ぶ。ジャンゴは底なしだ。途中で止まるということをしなかった。いや、それをすれば消されると思っていたのかもしれない。消されないためには力をもってより大きな力を手にするしかないと」


 レイは、両手で何かがどんどん膨れていく様を表す。


「臨界点が来た。膨れ続けるものはいつかははじける。かつてはジャンゴを利用する派と排除する派に分かれていたペース国も、もはや誰もが奴を危険視している。他国も同じような状況だろう。俺としては、決着を着けるのに適した状況になって言うことがない」


「でも、そうすると、ジャンゴが聖遺物で指名した俺は本当に青い狼ってことになりませんか?」


 一番気になっていた部分を訊く。


「我が国の暗部であるジャンゴを始末するだけでも精一杯なのに、シャーク国とまで問題を起こしたくはない。ただし」


 レイの目が細まる。


「本当に青い狼ならば、個人的にも逃がすわけにはいかないが」


「い、いや、違いますよ。でも、ジャンゴが聖遺物を持っているって話にするなら、俺が青い狼だっていうことでしょ?」


「そうとも限らない。奴が持っているのが聖遺物だろうと、そのルールに穴があるかもしれない。そこまで気にする必要はない。俺の、ペース国の目的はあくまでもジャンゴだ」


「その、あの羅針盤が聖遺物じゃない、って話になっちゃったら、どうするんですか?」


 俺のその指摘にレイは冷笑を浮かべる。


「確かに、その場合は俺には奴を排除する大義名分がなくなる。だが、そんなはずはない。奴が聖遺物を所持して、それをもって捜査してきていたのは確定だと調べがついているし、そもそもそうでなければかつて俺の調査を嫌がって命のやり取りをするはずもない。そして、万が一聖遺物でなく、ただの紛い物だったとしたら」


「だったとしたら?」


「聖遺物を所持し、それを使って確実に犯人を捕まえる。その噂も、間違いなくジャンゴの力の一部だ。それが消える。そうなれば、俺が排除する必要もない。奴が全世界にどれほどの敵を持つのか、我が国の情報部でも把握できないほどだ」


「こ、殺されるってこと?」


 それくらいで、と俺は驚く。


「奴の力のために奴を守りたい、あるいは守らざるを得ない側と、奴の力のために奴を排除したい側、ジャンゴは綱渡りのようにその間をバランスをとって生きていた。そのバランスが崩れる。持っている情報や財産を全て吐き出し、取引を四方八方とすれば、命だけは助かるかもしれないが、それだけだ。二度と表舞台には立てず、隠居のような形で、監視を付けられたまま細々と生きていくしかなくなるだろうな。あの男にとっては、死ぬのと同じはずだ。いや、それよりも悪いか」


 話しているうちに、俺達は三階の突き当たりまでたどり着いていた。


「ここは、物置。ここなら入ってもいいわ」


 ローズがドアの鍵を開けるが、


「物置に入って何が楽しいんですか、全く」


 とキリオは怒っている。


 一方のネイツは入れれば何でもいいのか、ドアが開くと


「どれどれ」


 と物置へと入っていく。


 それにつられるようにしてキリオとローズも部屋に入る。


 俺とレイも話を中断して、三人に続く。


 しばらく開けたことがなかったらしく、部屋の中は埃っぽい。


「ごほっ」


 ネイツが咳き込んで嫌そうな顔をする。


「そろそろ掃除が必要かしら。リリーナに頼まなくちゃ」


 ローズが呟く。


 部屋の内部には棚が並んでいる。その棚にも薄く埃が積もっている。


「この棚に色々入ってるわけ?」


 喋りながらもネイツは口と鼻を手で押さえる。


「そうだけど、本当にどうでもいいものしか入っていないわよ。この物置が一番奥にある理由は、本当に使わないものを納めておく物置だからよ。滅多に来ることがないから、一番奥にあるわけ」


 棚には見向きもせず、ローズは奥に向かう。


「これこれ」


 そこには、壁に備え付けられた梯子があった。見れば、その梯子の先、天井には扉がついている。


「ここから屋上に出られるの」


 ローズは梯子を上がり、天井の扉を開錠して開け放つ。途端に、その扉の向こうから夕陽が部屋の中に差してくる。


「ああ、もう日が沈むわね」


 言いながら、ローズは屋上へと出ていく。


 俺達も続くが、梯子を上る時にキリオは俺とレイを殺すような目で睨んでから、


「あたしやネイツさんが上がっている時に、絶対に上を見ないでよ」


「分かった」


 ということで、俺とレイは馬鹿みたいにキリオの「もういいわよ」という声がかかるまで二人して埃の積もった床を見ているはめになった。

 レイが逆らわず黙って下を向いているのが意外だったが、ここで逆らって時間を無駄にしたくなかったのだろう。


 キリオからのお許しが出て、二人してようやく屋上に出る。


「へえ」


 思わず声を漏らす。


 暗黒森の中とはいえ、三階建ての建物の屋上には木々の隙間を縫って真っ赤な夕日が僅かながら差している。それが、まるで闇の木々が赤く燃えているようだった。


 屋上は、本当に建物の上に出ただけといった感じで、落下防止の柵すらついていない。怖いので端にはなるべく寄らないようにする。


「あれ?」


 が、寄らないようにしていたのに、気になるものがあって無意識に端に寄ってしまう。


 屋上から見えたもの、それは一階建の、今いる建物をそのまま縮めたような隣に立つ建物だ。

 そう言えば、この隣に離れのようなものがあったなと思いだす。


「あれ何?」


 ネイツがその建物を指さす。


「ああ、あれは処置棟」


 あまり語りたくないのか、ローズは言葉少なだ。


「あれ、あそこは窓がありますね」


 キリオの言葉に目を凝らすと、確かに処置棟とやらには、ちょうどこちらから見える側の壁に、三十センチ四方程度の小さな窓が見える。


「こっちの建物には窓なんてないのに」


 不思議そうなキリオに、


「だって、窓がないと匂いがこもるじゃない」


 とローズが説明する。


 最初意味が分からなかったが、ローズが行っていると言われている数々の実験、処置棟という単語、そして匂い、といくつかの事柄が瞬時に脳裏で結びついて、俺は想像するのをやめる。夕食を食べる食欲がなくなりそうだ。


「さあ、見学ツアーはお終いにしましょうか」


 多少顔色が悪くなった俺を横目で見ながら、ローズはぽんと手を叩く。


「あなたたちにもそれぞれの部屋を紹介しなきゃならないし、それにもうすぐリックが夕食の準備をするわ」


 そうして、ローズは長く美しい髪を指で弄ぶ。


「彼の料理の腕は一級品よ。研究の方は私に遠く及ばないけれど」


「楽しみだ」


 無表情で、全く楽しそうではなくレイが答える。


 そうして、俺達は屋上を去ることになる。


 梯子を降りる俺の中で、燃えるような木々が印象に強く残っていた。

 あの美しく壮絶で、不吉極まりない景色が。

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