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見学(1)

 話が長引きそうだ、ということでブレイクタイムということになった。


 ジャンゴ、ハウザー、ハヤノシンは自室に戻った。

 ハヤノシンの護衛であるウォッチも同様だ。


「疲れた」


 と一言残して、ボブも珍しく精気なく割り当てられた部屋に向かった。


「我々はこの研究所内を動いていると思いますので、何かありましたらお声をかけてください」


「そうそう、何でも言ってねー」


 と、リックとリリーナは去って行った。


 ダイニングに残ったのは、俺、キリオ、レイ、ネイツ、そしてローズだ。


「さあて」


 ローズは両手を上に挙げて思い切り背筋を伸ばす。それをやりたい気持ちは非常に共感できるが、顔が能面なので不気味極まりない。


「このまま、ここで話が再開されるのを待つのもあれね」


「俺はそれで構わないがな」


 即座にレイが返す。


「全く、遊びのない男ねえ、相変わらず」


 肩をすくめてから、ネイツは俺に向かってウインクしてくる。


 どう返すべきか分からず俺は黙ってうろたえる。横のキリオがちょっと不機嫌になっているのが分かる。なぜだ。


「ああ、そうだ、この研究所、案内しましょうか?」


 ローズが、ふと思いついた、といった声で提案する。顔はそのままだが。


「ほう」


 わずかにレイの姿勢が前のめりになる。明らかに興味を示している。


 だが、それよりもあからさまなのが一名。


「見たい見たい」


 子どもみたいに飛び跳ねているキリオ。まあ、医術者として興味があるのは分かるが、どうもこの無邪気さが怖い。マッドサイエンティストっぽくて。


 ともかく、そういうわけであっさりと見学ツアーが決定した。

 ジャンゴの許可を得ないで大丈夫かと心配だったが、軽く見て回るだけなら大丈夫だろうとのことだった。


 ダイニングを出て正面にある階段を、ローズを先頭に上がっていく。


「一階は客室とダイニングだけだから、特に紹介するようなものもないわ。二階に行くわよ」


「しかし、秘密のアジトに客室が沢山あるっていうのもおかしな話だな」


 ほとんど独り言のように呟いたのが耳に入ったのか、足を止めずにローズが振り返って、


「この研究所の主な役割が分かる?」


「ん?」


「隠れ家、研究、保管、それから密談」


 そうか、そう言えばジャンゴ一派は各国の後ろ暗い秘密を沢山抱えているんだったな。当然、人に聞かれちゃ困る話も沢山するわけか。


 二階に上がると、突然右手に壁があるのに驚く。それは俺だけでなくて、レイもネイツもキリオもだ。そりゃそうだ。構造上おかしい。


「ああ、そっか」


 戸惑う俺達を見て、ローズがぽんと手を打つ。


「初見だと戸惑うわよね。ここからは、ずっと一本道なの。ぐるっと一周回れるようになっていて、この壁の向こう側の三階への階段に辿り着くわけ。妙な構造だけど、これは要するに防犯のためよ。ずっと一本道で、進めば進むほど機密性が高い部屋なの」


「ほう、いいのか、そんなことまで教えて?」


 挑発的にレイが唇を歪ませるが、ローズは表情を変えない。


「当然、中に入ってもらうわけにはいかない部屋もあるわ」


「それに、俺達が従う保証でも?」


「へえ、ここで、やり合うっていうの?」


 ローズとレイの間の緊張が高まるが、


「ちなみにその場合、あたしはレイさんを焼くからね」


 とんでもないことを言うネイツに、その緊張感も抜ける。


「俺の護衛だと思っていたがな」


「だからよ。話がどう転ぶのか分からない敵地で、無警戒にいざこざを起こそうとしたら、ひとまず焼いてでも止めるのが護衛の役割でしょ?」


 氷のようなレイ相手に一歩も退かずにくすくすと笑うネイツに、エニの面影が重なる。気の強い姉妹だ。


「そんなことはどうでもいいから、早く奥に行きましょうよ」


 明らかに興奮しているキリオがそのやりとりを全てぶち壊した。もう研究にしか興味がないようだ。


「そうね、じゃあ、行きましょうか」


 そうして階段から左に進んですぐにローズは立ち止まる。そこには、大きな覗き窓のついた鉄製のドアがある。


「まずここね。見張り部屋」


 そしてローズがそのドアを開ける。


 そこには、部屋とも言えないくらいの狭い物置のような空間が広がっていた。椅子が二脚にテーブル、そしてティーカップや本が乱雑に置いてある。


「これは、要するに見張りが座る場所よ。一階から勝手に二階に上がる奴がいないように見張るわけ。中でお茶でも飲みながら、覗き窓から監視するのよ」


「どうでもいいです」


 研究関係じゃないと分かった途端、キリオの目が死んでいる。


「今、誰も座ってないじゃない」


 ネイツが当然の疑問を口にする。


「これは、夜にリックかリリーナが見張る場所だから。昼間に、誰も寝てないのに忍び込むような馬鹿を見逃すほど、私もジャンゴも、それからハウザーも甘くはないわ」


 気のせいか?

 ハウザーの名前を口にする時だけ、能面じみたローズの顔が微かに揺らいだ気がした。湖面に木の葉が落ちたように。


「さて、次に行きましょうか」


 そこから角を曲がってすぐに、今度は見るからに重厚な鉄の扉がある。


「ちょっと待って」


 ローズは白衣から鍵束を取り出すと、扉の錠を開ける。


「どうぞ」


 内部は、これまでの壁床天井の清潔な白さとは対照的な、薄く煤けている空間だった。

 部屋の中心には巨大な鉄の塊が鎮座しており、そこから巨大な太いパイプが壁に伸びている。

 何だ、これは?


「うわーっ」


 歓声をあげて部屋に駆け込むのは、意外にもネイツだった。


「へえー、すごい」


 鉄の塊についている扉を開けたり、パイプを撫でたりしている。


「これ、よほど腕のいい鍛冶屋と炎術師の協力でできてるわね、この焼却炉」


「焼却炉?」


 意外な声を出したのは俺だけで、キリオとレイは特に驚いた様子もない。


「研究施設にはあるわね、大抵」


 医術者であるキリオはそれでも、少しは珍しそうな目で焼却炉を眺めている。


「それでも、室内にあるっていうのは初めて見たけど」


「このパイプからガスが出て行くわけね。いやあ、でもこれすごい、焼却剤、焼却機構共によくできてるわ」


 にこにこと笑いながら炉の中をネイツが覗き込む。かなり楽しいらしい。


「これじゃあ、大抵のものは完全に焼却できるわね。金属だってできるんじゃない?」


「さすがに大剣みたいなものまで完全焼却できるかと言われると断言できないけどね」


 ローズは白衣のポケットに手を突っ込んでぱたぱたとさせる。


「死体も簡単に焼けるな」


 特に興味がないのか、室内に入ることすらなくレイが呟く。


「灰とかはどうするんです?」


 純粋に疑問だったので俺が訊くと、


「大抵は、ある程度溜まったところで土の魔術の応用で固めて、外の森に撒くわね」


 そこは原始的な方法なんだなと妙に感心してしまう。


「ここは処分室。そのまま捨てるとまずいようなものを処分するための部屋よ」


 今更ながらローズが部屋の紹介をする。

 なるほど、確かに一階から近い部屋は大して重要なものではないらしい。


「はやく研究に関係した部屋見ましょうよ」


 キリオが待ちきれないように体を揺らす。


 ということでその次の部屋に向かう。

 次の部屋は木製の扉に閉じられていた。ローズが鍵を開けて、


「どうぞ。ここは、まあ、物置、保管室ね。そこまで重要ではないものが保管されているわ」


 入って見ると、そこには何に使うのか分からない器具、古びた木箱や陶器のカップ、縄や紐、そして何よりも数多くのボウガンや矢が転がっていた。


「これ、このボウガンって」


 転がっている金属製の矢を手にして、俺はローズを見る。ダイニングでボウガンを構えていた彼女の姿を思い出している。


「私のコレクションね」


 平然とローズが言う。もっとも、表情を変えることがそもそもないが。


「こんなに? 沢山、種類があるみたいですけど」


 キリオが壁にかけられているボウガンや矢の数々を驚きをこめて眺める。


「それはそうよ。いくらでも種類はあるわ。用途によって使い分けるのよ」


 表情はそのままだが、ローズの口調が熱を帯びる。


 あれ、ひょっとして地雷か?


「高所からはるか彼方を撃ち抜くことができる、ほとんどバリスタのようなこの巨大なボウガン。懐に入れておくこともできる小型かつ暴発防止機構が備えられているボウガン。近距離専用だけど、重い矢でも凄まじい速度で撃ち出すことができる特別製のボウガン」


 うっとりとした声でローズはボウガンの表面を撫でる。


「矢にもいくつも種類があるわ。シンプルなものから、命中した瞬間に中に詰めていた火薬が爆発する矢、鋼鉄の鎧さえ貫通して『かえし』が飛び出して抜けなくする機械式の矢。あとはおすすめがこれ、撃った瞬間に中のタンクに詰めておいたものが撒き散らされるの」


「なるほど、それか。呪い病の患者の血液を詰めて、あの砦に打ち込んだのは」


 ローズの声の熱を冷ますような声で、レイが言う。


「ワルズ事件を起こした残党どもが篭った砦を、一年間誰も近づけない場所にしたのは有名な話だ。その山賊くずれは、全員数週間の間に苦しみに苦しみ抜いて血をまきちらしながら死んでいったという噂だ」


「残酷だと非難するの?」


「まさか。賞賛してもいいくらいだ。ゴミを処理するには、効率的な手段だ」


 レイは躊躇なく答える。


「主だった連中は逮捕して拷問、いや尋問して大した情報がないことは判明しているわけだからな。利用価値もない生ゴミを処理するのに、手間をかける必要はない」


 ぞっとする話だ。

 呪い病。いわゆる伝染病だ。患者ごと焼却する以外に、今のところこの世界では対処法がない。恐れられている病だ。

 それを、武器として利用するか。恐ろしく非倫理的だ。


「ここ、あまり面白いものがないですね」


 その空気をものともせずキリオが不満を口にして、


「そうねえ。火薬とかないの?」


 とネイツが同意する。


「全く」


 能面のままローズがため息をつくという器用なまねをする。

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