キジーツシステム(2)
キジーツ。
瞬時に、羽飾りで全身を隠した男の姿が脳裏に蘇る。
「企業秘密なんだがな、話がここまで大きくなっては仕方がない」
疲れた顔をして、ジャンゴは少し肩を落とす。
「俺も詳しいことは知らないんだよな。オヤジさんとローズが中心のシステムらしいから」
目つきは悪いままながら、ハウザーが興味深そうに身を乗り出す。
「うむ。それでは、わしの口からシステムについて説明させてもらいますじゃ」
一口お茶で口を湿らせてから、ハヤノシンは改めて説明を始める。
「わしが聞いたところでは、キジーツとは、ローズ殿が作り上げた人形の名前らしい」
「人形?」
思わず声をあげる。あれは、人形などではなかった。絶対に。
「人形というのは語弊があるわね。投薬や拷問、洗脳で作り上げた、刷り込まれた指示に常時朦朧とした状態で従うしかできない人間のこと。私の実験の副産物みたいなものね」
あっさりとしたローズの説明の内容、その禍々しさに慄然とする。
「補足するなら、常時朦朧としているから自分で判断する力がほとんどないし、状況に即座に臨機応変に対応することもできないわ」
「ああ」
常に反応が鈍い、キジーツの様子を思い出す。
あれは、朦朧としている状態ゆえにか。
「それを補うために、反撃用に相手の不意をつくギミックを仕込んでいるけど」
「全身から刃物でるやつでしょ」
「お、さすがヴァン。よく知ってるじゃないの」
「おい、話がずれているぞ。それで、そのキジーツを使った捜査ってのは何なんだ」
ボブが苛ついて叫ぶ。
「キジーツシステムとは、そのキジーツを使った組織を相手にした捜査方法ですじゃ。キジーツをその組織に接近させ、敢えて殺させる。そうして、その後に、殺人犯を捕まえる。殺人犯は組織の一員じゃから、その殺人犯を、その、『尋問』して、芋蔓式に組織を壊滅させる。それがキジーツシステム、わしはそう聞きました」
「え? 話飛んでない?」
無遠慮にネイツが口を挟むが、確かに言うとおり、敢えて殺させるのはまだしも、どうやってその殺人犯を捕らえるのか、そのプロセスが説明されていない。
「なるほど、羅針盤をあらかじめ身につけさせておくわけか」
そこで、納得したようにレイが頷く。その冷静な表面上の反応とは裏腹に、彼の冷たい殺気が濃度を増す。
「羅針盤?」
怪訝なボブに、誰も説明をしない。ハヤノシンも言葉を止め、全員の顔を窺っている。ローズとジャンゴも同様だ。
全員の視線が数瞬間のうちに無数に、複雑に交差する。
「下らん腹の探り合いだ」
吐き捨てるのはレイだ。
「いいだろう、俺が説明する。ただし、あくまでペース国が掴んでいる『噂』についての説明だ。これでいいか?」
「ああ、噂、を君が説明してくれるというなら、それに越したことはない」
ジャンゴが慇懃無礼に頭を下げて、そうして説明はレイの手に移った。
「羅針盤と呼ばれている、聖遺物を秘密裏にジャンゴが保有している。そういう噂は前々から存在した。何を指し示すのかは明らかにはしていなかったが、どうやらその使い道を見る限り、殺人者を指し示すコンパスらしいな」
「あっ!」
思わず叫び立ち上がる。
聖遺物判定官のレイがこの場にいる理由を理解できる。そして、何よりも。
俺を青い狼の一員だと告発した時にジャンゴが持っていた、あれ。あれが、ひょっとして。
いきなり叫んで立ち上がった俺を全員が訝しげに見てくるが、それどころではない。
どうして俺が告発されたのか、そしてこんなにこの場に人が集まっている理由、どうも薄っすらとだが見えてきた気がする。
「さて、本当にそうかどうかは分からんがな」
ジャンゴは平坦すぎるほど平坦な声と表情のない顔をする。
「だろうな。ここで認めた瞬間、俺が貴様を殺している」
物騒なことを言うレイの口調は、冗談を言うものではない。
「その聖遺物はペース国内のダンジョンで手に入れたって話、じゃなかった、噂もあるものね」
この状況でネイツが煽る。
「どちらにしろ、今回の件で分かる。ジャンゴ、お前がヴァンを青い狼の一味だと告発し、その根拠を発表するという言質はとられた。今更撤回はできない。分かっているな」
「まあまあ、ともかく話を先に進めましょうよ。その先の『噂』も知ってるんでしょ、続きの説明お願い」
能面のような顔のまま、暢気な声でローズが促す。
「厚かましい奴だ。だが、俺もこれ以上は詳しくは知らない。ただ、ジャンゴが数年前から組織犯罪に対して表でも裏でも相当の依頼を受けるようになった時期と、ジャンゴが聖遺物を手に入れたという噂が流れた時期はほとんど一致している。実際、青い狼に関しては、ジャンゴが秘密裏に捕まえておいて、各国の探偵組織に流した連中が結構いるらしいな。逆に、国が捕まえた連中を、ジャンゴ達に引き渡して、ローズの『尋問』で情報を吐かせたりもある、と聞くが?」
「ペース国のことじゃないのか?」
ふてぶてしくボブが薄笑いを浮かべて、
「いや、シャークとイスウも携わっていると聞いているが。あくまで、噂だが」
冷然としたレイの言葉に、再び一瞬の沈黙と、視線の交差。
誰もが様子を窺っている。
「要するに、キジーツって殺される用の人を作って、そいつをわざと青い狼みたいな連中の一人に殺させてから聖遺物で特定、そいつを拷問の末に仲間の情報を吐かせるシステムなわけか。でも、ううん」
そんな中、ストレートに話をまとめた挙句、納得がいかないように首をかしげるキリオ。
凄い度胸だ。
「まさか、非人道的だとか、違法だとか騒がないわよね? これは、あくまでも噂の紹介なんだから」
相変わらずの無表情のまま、ローズが声だけに笑いを含ませる。
「いや、それ以前に、何だろう、ちょっと、何かひっかかるような、ひっかからないような」
キリオはしきりに首を捻っている。
「ともかく、そういうわけで、ハヤノシン殿の依頼を受けて、俺はずっと青い狼を追っていた。今回、ヴァンを青い狼の一味と断定したのも、その一環だ」
「わしも、こんなことになるとは思ってもなかったんじゃが」
戸惑う老人の顔に、嘘は見当たらない。
「まどろっこしいな」
ぼそりと、ハヤノシンの横のウォッチが呟く。
「それで? 状況説明は終わりか? なら、さっさとヴァンを疑った根拠を示せ。今、この場でだ」
レイの言葉は刃のようだ。
これで適当なことを言ってごまかそうとすれば、シャーク国と問題となる。そして、もしも噂が本当だと認めるならば、この場でレイに殺される。
「せっかちな奴だ。相変わらずだな」
ジャンゴがことさらに全身の力を抜くようにして呆れたポーズをとるが、あくまでポーズだ。
むしろ、これまでで最大の、ひりつくような緊張感に部屋が包まれている。
「リリーナ」
「えっ? あっ」
するり、とリリーナに近づいたリックが、リリーナの肩を抱いてそのまま部屋を出ていく。自分達がいるべきではないと判断したのだろう。
「いいだろう、答えよう。簡潔にな。俺がヴァンを犯人だと断定した理由、それは」
そして、ジャンゴは無造作に懐から、黄金に光る手のひらサイズの羅針盤を取り出す。
「この羅針盤が彼を指したからだ」
瞬間、テーブルにレイが飛び乗ると同時にまっすぐにジャンゴに飛びかかる。
既に立ち上がってそれを迎撃するべく徒手空拳で構えをとるハウザーと、槍を片手で持つウォッチ。
しかし何よりも早かったのは、ローズのボウガンだった。おそらくは、最初からテーブルの下で構えていたのだろう。既に数本の矢が、レイに向かって放たれていた。
小規模な爆発が、その矢を全て吹き飛ばした。
ネイツが、左手をただ突き出している。炎術師お得意の魔法だ。ごく少量の爆薬を使ったのかもしれない。
それは別に構わないが、迷惑なことに、その爆発で軌道を変えた矢が俺とキリオ、ボブに向かって飛んできている。
「ちっ」
思わず舌打ちしながら、瞬間的に俺とキリオの前方の空気を、風の魔術で『斜め』に固める。ただ壁を作ったのでは、咄嗟に作った空気の壁はたやすく矢に切り裂かれる。
だから、傾けた壁を作って、矢を逸らす。
むかついているので、ボブには壁を作ってやらないどころか、俺が逸らした矢の行く先をボブにしてやった。
「げっ」
顔をしかめ、身をよじってかわしながら、かわしきれない矢を剣で弾くボブ。
さすがは騎士団。なかなかやるな。というより、剣で矢を弾く速度が人間離れしている。おそらく、最初から何かあると踏んで、反射神経を魔術で強化していたな。
「落ち着け、レイ」
ハヤノシンすら刀を抜いているその状況で、一切動かず、羅針盤を差し出したままのジャンゴは低い声でレイを宥める。
「落ち着いているさ。落ち着いたうえで、ペース国の聖遺物を不当に所持している貴様を殺そうとしているんだ」
「だから、待て」
面倒くさそうに、ジャンゴは左手をひらひらと振る。
「この羅針盤で青い狼の一員を特定したことと、俺が不当に聖遺物を所持していることはイコールではないだろうが」
「何?」
ぴくり、とレイの片眉が上がった。
「この羅針盤は、聖遺物じゃない。ただのレアアイテムだよ」
ジャンゴはそう言ってにやりと笑う。




