キジーツシステム(1)
リリーナとリックがくるくると働いてくれたおかげで、和やかなお茶の時間が過ぎて行く。
ただ、その和やかな時間の中でも、ローズがおそらくは世間話のつもりで話す内容が血生臭いのはいかんともし難かった。いくらお茶が香しくともそれで帳消しになるようなレベルではない。
「だから、魔術で直接脳のある部分を弄ることで激痛と引き換えに、その被験者を従順な人形にできるかもしれないわけ。激痛で単に人格崩壊するだけかもしれないけどね」
恐ろしい内容をお茶を片手に優雅に語る。
「この研究所ではそんな非人道的な実験ばかりしてるのか」
彫刻のような顔を崩して眉間にしわを寄せるレイだが、
「実験自体はそっちの国に承認貰ってるもの。知らないわけじゃあるまいに」
目だけで笑ったローズに反論されて、目を閉じて黙る。
殺戮のローズ。
ジャンゴの弟子の一人であるマッドサイエンティストが、元々はペース国の医術者だというのは公然の秘密という奴だ。
謎に包まれている他の弟子、「無手のハウザー」と「皆殺しのキジーツ」については、各国がどれだけ調べようともその来歴は不明だが、逆にローズについてはペース国がいくら公式に否定しようとも元ペース国医術者だという根拠がいくつでも出てくる。
最大の国土、国民数を誇る、それがゆえに全体主義に傾きつつあるペース国で、非人道的な研究が進められているという噂はいくらでもあった。ローズは、その非人道的な研究のうち、人間の精神に関わるもの、俺の元の世界で言うところのマインドコントロールや催眠、洗脳に関する実験、研究を進めていた研究者であり医術者であったという。
死刑囚を借り受け、脳髄を魔術で直接コントロールする実験。暗示や認識改変の実験、効率的に自白を引き出すための投薬、拷問、心理操作の実験。
実験の名のもとに数十人を狂死させ、殺戮の二つ名を手に入れ、研究を指示した国の上層部からすら恐れられ排除されようとしたところで、国を逃れ、当時力を持ちつつあったジャンゴの部下となったという。
以後、ジャンゴの後ろ盾を得たうえで、ローズはかつての人脈からペース国と連絡を取り、未だに非人道的な実験を続けその協力を取り付け、見返りとしてその成果の一部をペース国に提供している。
これも噂だ。
非人道的な数々の研究や実験について、一切の存在を否定しているペース国は当然その噂を完全なデマだとしているし、正直なところ今までは俺もさすがにそれはないだろうと思っていた。
が、どうやら、今のやりとり、特にレイの反応を見る限り、少なくともある程度は噂は真実であるらしい。
恐ろしいことだが。
「助手として言わせて頂ければ、ローズ様の研究は人を救う側面もあります」
空になったボブのティーカップにお茶を注ぎながら、リックがローズを擁護する。
「魔術の研究がどれほど進もうとも、未だに人の精神は謎のままです。ローズ様の研究が進めば、例えば精神に受けた傷を癒すといったことも可能になるかもしれません」
「数百人の心を殺すのと引き換えにしてな」
挑発のつもりか、薄笑いのボブがそう口を挟むが、
「未知の分野に踏み込むとは、そういうことです。多大な犠牲は当たり前です」
表情を崩さず、リックはお茶を注ぎ終わる。
「リリーナ、お前の兄ちゃん、ちょっと見ないうちにますます冷血人間みたいになってるな」
ハウザーが呆れた声を出すと、
「執事として完璧に近づいてるんですよお。ほら、執事っていつも冷静沈着なイメージだし」
笑うリリーナ。
和やかでありながらどこか不気味な雰囲気に辟易として、助けを求めるように隣のキリオに目をやると、
「ふむふむふむ」
なんと、キリオは目を輝かせながらローズの話を全てメモしている。
やっぱり、医術者として大いに気になるところなのか。とはいえ、あんな物騒な内容を聞いて目をキラキラさせているのを見るこっちとしては背筋が冷える。キリオだから特に。未だに彼女は底知れないところがある。にこにこしながら、ローズの実験を俺で行ってきてもおかしくない気がする。
「待たせた」
そこで、背後でドアの開く音と同時に声がした。
振り返った俺の目に、マントを纏った中年の男がうつる。
荒野のジャンゴ。七探偵の一人がそこにいた。
「わしがお待たせしたようで、申し訳ない」
ジャンゴの後ろで、血色のいい真っ白な髪をもつ老人が頭を下げた。見たことのない老人だ。前の世界で言う和服のようなイスウ服、そしてそのイスウ服の質の良さからしてイスウの貴族だろうとは思うが。
「えっ?」
そして、その老人にぴったりと寄り添うようにして立っている長身の男を見て、俺の口は勝手に動いていた。
無骨な顔立ち、その長身、そして背負っている槍。間違えようもない。
「ウォッチ・ホウオウ?」
俺の疑問に、ウォッチは首を微かに傾げて、
「ただのウォッチだ。貴族ではないし、ホウオウ姓は偽名だった。忘れたのか?」
ああ、そうか。そういえばそうだった。
いやいや、違う、そういうことじゃなくて。
「それにしても、久しぶりと言うには、まだあの事件から時間が経っていないな。まさかこんな早さで再会するとは俺も意外だ、ヴァン」
相変わらずにこりともせずにそう言うと、イスウの影は肩を竦める。
「言うまでもないことかもしれないが、それでも一応念を押しておこう」
リックとリリーナを除く全員が席について、まず口を開いたのはジャンゴだった。
「この場で明かされた事実、情報については、この全員の協議の結果、合意するまでは公表することは控える。これは絶対条件だ。これが同意されないのならば、今回の話し合いはなしだ。全てをなかったことにして解散する」
「できると思ってんのかよ、そんなこと。うちの国の重要人物を犯罪者扱いしといてよ。国際問題になるぞ」
さっそくボブが噛みつく。
「国際問題? オヤジさんがどこの国に属してるって言うんだよ。国際問題にしようがないだろ」
それをハウザーが切って捨て、
「そもそも、オヤジさんが言いたいのは、むしろこの場で明かされた事実をそのまま公表した方が、国際問題になるってことだろ。なにせ、色々と後ろ暗いことばかり知ってるわけだしね」
「この提案を無視するのもいいが、その場合、この場でシャーク国の恥部が出たならば、それが世界に公表される可能性もあるということだ。もう少し考えてものを言えよ、クソガキ」
突如として奥歯をむき出しにして怒ったようにも笑ったようにも見える顔をして、ジャンゴが吠える。
「ちっ」
俺だったらびびって硬直するところだが、さすがはボブは図太く、舌打ちをして黙っただけだ。
「分かった。ペース国としては問題ない」
レイが冷たい眼を俺に向ける。
俺の答えを促しているのだと気づいて、
「シャーク国としても、いいです、それで」
横でボブが凄い睨んでくる。俺が代表みたいに答えたのが気に入らないのだろう。
むやみに食って掛かって斬り捨てられるのが悪い。
「同意を得たところで、まずは紹介といこう。こちらのご老人だ。横の槍使いは、ヴァンとは面識があるみたいだが、単なる護衛だ。関係者はこちらのご老人」
そこでジャンゴはひげを撫でて、目で老人を促す。
老人は鷹揚に頷くと、
「ハヤノシン・ヤザキ。イスウの貴族をしておりますじゃ」
と貴族らしからぬ丁寧な挨拶をした。
ヤザキ家か。
確か、イスウの大貴族で、歴史で言えばイスウ建国までさかのぼれる由緒ある家柄のはずだ。
「ここ数年間は、ジャンゴ殿とは探偵と依頼主という関係でした」
「ほう」
声を上げたのは、何故かネイツだった。面白そうに、口が笑みを作っている。
どうして、彼女がここで感心するんだろうか?
「ここ数年間ということは、継続的に仕事を依頼していたというわけか」
冷たく的確なレイの言葉に、ハヤノシンは頷く。
「青い狼の討伐を依頼しておりました」
その言葉に、しんと部屋が静まる。
「……青い狼を?」
静寂の中で、キリオがおうむ返しに呟く。
「左様」
「どうして、いや、別におかしなことじゃない。青い狼はどの国にとっても大問題だからな。けど、それを私立探偵に頼む? 大貴族のあんたがか?」
ボブが首を捻る。
言い方は乱暴だが、同感だ。そんなことをしたら、国の威信もへったくれもあったものじゃない。
自国の探偵、騎士団を使うべきだ。
イスウには、騎士団長であり探偵団長である七探偵の一人、マサカドだっているはずだ。
「ご不審はもっとも。だが、それに対する答えは単純ですじゃ。一つ、わしにはどうしても青い狼を全滅させたい理由がある。二つ、わしには、ジャンゴ殿ならそれができるという信頼があった」
「ほう、黒い噂だらけのこの私立探偵のどこがそんなに信用がおけるのか、是非教えていただきたいな」
レイは美しい顎に手を添える。
「うむ、それは」
そこで、ハヤノシンはジャンゴ、そしてローズに目をやる。二人とも、かすかに頷いて返す。
「それは、わしがジャンゴ殿の捜査スタイルを知ったことによりますじゃ」
「スタイル? 捜査方法が画期的なのかしら? うちのヴァンよりもですか?」
ヴァンより優れた探偵など存在しない、とばかりにちょっとキリオがむきになっている。
「画期的、そう、画期的ですじゃ。組織犯罪に対しては、特に」
ハヤノシンは目を閉じる。まるで思い出に浸るように。
「あの捜査方法を、わしは『キジーツシステム』と紹介されましたじゃ」




