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一人目

 朝になり目を覚ます。

 といっても、朝日が照らすわけでもなく、自然と目を覚まして時計で確認したらもう朝だったというだけの話だ。


 その時点で数人が目を覚ましたらしく寝袋の中でもぞもぞしており、


「起きるか」


 自分に言い聞かすように呟いてハントが寝袋から出た時点で、俺を含む全員が目を覚ましてハントに続く。雇い主側のハントが起きたのに俺達がずっと寝ておくわけにもいかない。

 テントを出ると、既に女性陣は全員起きていたらしく、エニがおこしたたき火を囲んでお湯を沸かしている。

 俺達も一緒にたき火を囲う。


「目が覚めるわ」


 とシロナから男性陣に手渡されたのは、そのお湯で作られたコーヒーだ。

 この世界のコーヒーは舌触りはざらざらしていて、妙に水っぽく、それでいて涙が出るくらいに苦い。だがその分、目覚ましには最適だ。


 俺達はありがたくもらう。

 女性陣はもう既に全員が飲んでいるらしく、そのせいか元気だ。


「だから、分かってないわね。夢は夢のままにしとくのがいいの。謎を全部解いたら面白くないでしょ。うちが子どもの頃に読んでたお伽噺は、お伽噺のままにしとくべきで、真実なんて探らない方がいいって」


「はああ!? 冒険者の風上にも置けないわね。いい、この世の全てを解き明かそうとするのが冒険者よ。前人未到の迷宮があったら飛び込んで攻略して明らかにする。これが冒険者でしょ」


 エニとモーラが冒険者論か何かで熱く言い合ってるのを見ながら、俺はその苦い液体で目を覚ます。


 キジーツは相変わらずのガラス玉の目でコーヒーを不思議そうに見ている。


 他の皆が黙ってコーヒーを飲んでいる中、ジンがふと俺に目を向ける。


「そういや、ヴァンは貴族になってどうなんだ? 何か変わったか?」


「家族から、妹が調子に乗ってるって手紙が届いたな」


 実感できるのはそれくらいだ。


「ふむ、実際、貴族の名だけでは何もできないからね。むしろ重荷になるだけだ。力がなくては」


 思うところがあるのか、ハントがコーヒーを目を閉じて味わいながら頷く。


「おい」


 それまで、コーヒーを飲みながらウォッチの方をちらちらと窺っていたヘンヤが声を出す。


「ブラドを起こしてやれよ」


「ああ、それもそうだ」


 ハントがぽんと手を叩く。完全に忘れていたらしい。


 こういう時は若輩者が行くべきだろうと思ってエニを見ると、今度はモーラと恋愛論みたいなのを語り合っている。ありゃだめだ。

 仕方ないので俺が立ち上がり、隅にある鉄の棺に寄る。


「朝ですよ、コーヒーあるから、ほら」


 声をかけるが、反応がない。

 仕方ないので、今度は蓋をこつこつと剣の柄で叩く。


「起きてください、おーきーてー」


 全く、反応がない。

 妙だな。

 もしや空か、と思って蓋を開けようとするが、開かない。鍵がかかっている。


「どうした?」


 手間取っている俺を見て、ジンが近づいてくる。


「いや、起きなくて。中にいるみたいなんだけど」


「ああ?」


 首を捻ってジンは、


「よっ」


 と気合を入れるとその鉄の棺を抱き起す。


「おっ、とっ、こりゃ、確かに、中にいるな。おーい」


 そしてゆさゆさと箱を揺する。だが、反応がない。


 その時には、たき火の近くにいたキジーツ以外の全員が俺達の周りに寄って来ていた。


「起きないのか?」


「いよっと」


 ジンはハントの質問に答えず、抱えていた箱を地面に落とす。ずん、と音を立てて箱が落ちるが、それでも中からは何の反応もない。


「妙だな、いくらなんでも」


 ウォッチがぽつりと言って、


「誰か、魔術の得意な、そうだ、エニ」


「え?」


「軽く炙ってみろ。熱気なら箱の内部にも伝わるだろう」


 ととんでもない提案をする。


「そうね、やってみましょっか」


 腕まくりをして乗ろうとするエニもエニだ。


「よして」


 さすがに医術師のシロナが止める。


「中にいるのは確実なの?」


 モーラの確認に、


「ああ、間違いない。重さと、それから箱を揺すった時に、中の何かが揺れる感触がした」


 ジンは断言する。


「しかし内部からの鍵か、厄介だな」


 目を細めるハントとは対照的に、ジンは大あくびをしてから、


「エニ、火薬は余分にあるだろ」


「え、ええ」


「無理矢理こじ開けるぞ」


「無理よ、そんなの。錠の場所が分からないじゃない」


 確かに、どこでロックされているのか、外部からは分からない。


「ここだろ、多分」


 とジンは棺の頭側にある蓋と箱の隙間の一部を指さす。


「どうして分かった?」


 ウォッチが本当に知りたいと思っているのか分からないような無表情で訊くと、


「さっき、揺らす時に蓋の方もこじ開けようとしたんだが、その時の感触でな。鍵のかかった箱を開けようとするのはこれが初めてじゃあない。経験則だ」


 得意げなジンに、前の事件で聖堂の扉をこじ開けた時の記憶が蘇る。


「よし、じゃあ、いっちょやってみますか」


 エニがいそいそと火薬を準備する。目が輝いている。やっぱり、爆発させるのが好きなのかもしれない。


「ここだな」


 と、ヘンヤがふらりと鉄の箱に近づくと、居合で刀を抜き放つ。

 俺の目にはただ単に刀を抜いただけにしか見えなかったが、きん、と高い金属音がした。


「む」


 そして、ヘンヤは自分の刀の刀身をまじまじと見つめた後で、


「どうも、もう一か所、留めてあるらしいな。感触からして逆側……ここか」


 と逆側に回ってからもう一度、刀を振るう。

 がきり、と今度は重い音がする。


 誰もがぽかんとしている中、ヘンヤは悠々と刀を鞘に納める。

 いや、ウォッチがそのヘンヤの刀の扱いを、凝視している。ただ一人、まるで驚くことなく、実験結果を確認する研究者のように。


「開いたぞ」


 何でもないことのように言うヘンヤに促されて、ジンは恐る恐る蓋を掴んで、持ち上げる。持ち上がる。

 そして、箱は開かれる。


 そこには、寝ているようなブラドが、だが決して寝ているとは思えない血の通っていない肌をしたブラドがいる。


「嘘でしょ、こんな、どうなってるの?」


 即座に反応したのはモーラだ。

 血走った眼でハントを見る。


「どういうこと?」


「さあ、こっちが聞きたい、が」


 ハントは口元を隠す。だが隠すその手が震えている。

 目が、モーラを睨み返している。


「死んでる、の?」


 茫然としたエニの疑問に、答える人間はいない。


 刀の鯉口を切ったヘンヤは眠ったように目を細くして、ウォッチを観察している。ウォッチはそれを気にすることもなく、ブラドの死体を凝視している。


 キジーツはようやく、いつの間にか俺の近くに寄って来ていた。

 相変わらずの目でブラドを見て、


「毒か」


 と呟く。


 それにシロナははっと顔を上げて、


「毒、そうよ、毒よ。これは、毒殺」


「毒だと? いや、そうか、外傷は見たところないようだし、毒だろうな」


 ジンが納得したところで、


「ガスじゃないかな、毒ガス。それなら、この箱の中にも入る」


 俺が言ってみるが、


「駄目だ、それじゃあ。誰が毒ガスを撒くんだ? そもそも、誰かが夜中に抜け出せば気づいただろう。男と女に分かれてテントの中に一緒にいたんだぞ」


 ジンの反論に返す言葉がない。そうだ。ブラドが棺に入った後で毒で攻撃するというのは少し無理がある。だとしたら。


「あの、食事?」


 訝しげにシロナが言う。その表情は、自分で自分の発言に納得できていないことを表している。


「遅効性の毒をあの食事の時に盛られた、か。ありえるのか、そんなこと?」


 唸るように言うジンに、


「食器はブラドが自分で決めていたし、自分でよそっていた。食事は全員で分けて食べたし、ヴァンにいたっては直接鍋から食べていたな」


 寡黙なウォッチが珍しくよく喋る。


「じゃあ、あの食事じゃないってことか、別の機会に毒を盛ったってことだ」


 ジンの発言に、それでもシロナは訝しげに、


「そんな機会があった? それでなくても、ポイズンリザードがいたから毒には神経質になって、私がこまめに治療していたのに」


「その治療で毒を盛ったのかもしれない」


 ぼそりと、しかし全員の動きを止めるような衝撃的な発言をするのは、キジーツだ。何の感情も籠らない目で、茫然とするシロナを眺めてから、


「あるいは、やはり食事に盛られたか」


「き、キジーツ」


 ようやく、俺は彼が言いたいことを理解する。


「つまり、お前は」


「ブラドでなくても、誰でもよかったのかもしれない」


 無差別殺人、という説を出して、それきりキジーツは沈黙した。


 いや、無差別殺人だとしても、犯人自身もその毒を喰らう可能性がある。ありえない。待てよ、解毒剤を犯人が持っているとしたら、犯人なんだから持っていることは十分にあり得る。でも。


 考えがぐるぐると回る。


「ヴァン、キジーツ、君達探偵が調査を頼む。シロナは死体を検分してくれ」


 混乱しつつある俺達を青白い顔をしながらも動かしたのはハントだ。

 若いながらもさすがはトレジャー家と思える威厳で指示を出して、そして頭を抱える。


「神よ、こんなバカな、こんなはずじゃあなかったんだ。何かが狂っている」


 呻くハントに、誰も声をかけられない。


 シロナの見立てで、ブラドは間違いなく毒殺されたと分かった。毒となれば一番に自分が疑われると分かったうえでの見立てなのだから、かなり信頼はおけると思う。


 毒の種類までは特定されていないが、遅効性の毒だろうとは全員の意見の一致したところだ。どうにかして、あの鉄の箱に入る以前にブラドにその毒を喰らわせたとしか思えない。

 だが、その方法に関しては誰もが首を捻った。俺もそうだ。

 あれだけ味方に対しても警戒していたブラドに、どうやって毒を? あの食事の時も毒を仕込んでおく手段があるとは思えない。

 あるいは、やはり無差別なのか。


「シャドウが、箱の中に侵入して毒を打ち込んだのかもな」


 冗談混じりのジンの発言に、誰も笑おうとはしない。


「冷静に考えよう。我々の中に犯人がいるとは限らない。あるいは、誰かが我々以外にこのダンジョンに踏み入って、このキャンプまで来たのかもしれない」


 ハントが場をまとめようとするが、その案はいくらなんでも無理がある。


「一人で、ですか? いくらなんでも自殺行為でしょう、帰還石もないこのダンジョンに一人で降りてくるなんて。危険すぎます」


 エニがすぐに反論し、


「もし複数人で降りてきたとしたら、いくら俺達が寝ていたとしても誰かしら気づくだろ。いや、一人でも、少なくともブラドは気づくんじゃないか? あれだけ警戒する奴なんだ」


 ジンもそれに同意すると、ハントは黙る。


「俺が保証しよう。誰かが寝ている間にキャンプに侵入したということはない」


 そこに、ヘンヤが重ねる。


「どういう意味?」


 シロナは訝しげな顔をするが、


「そのままの意味だ。誰かが入ってきたら、俺は寝ていようとも気づく。絶対にな」


 自信ありげにヘンヤが言う。

 俺は刀を抱いて寝ていたヘンヤの姿を思い出す。大げさではないかもしれない。


「ねえ」


 真っ直ぐにハントを見据えて、モーラが口を開く。


「それで、ダンジョンの攻略はどうするの?」


 はっとする。

 そうだ、こんな状況になってしまったが、果たしてどうするつもりか?


 依頼主の代理人でもあるハントに全員の視線が集中する。

 ハントはしばらく目を閉じて何やら考えていたが、


「進む。もとより、ダンジョンの攻略で犠牲が出るのは珍しいことでもなんでもない。ブラドの死に方は異常だが、だからといって一人の死で攻略を諦めるわけにもいかない。父上にも報告できない」


 苦渋の色を濃くしながらも、ハントが決断する。


「もっとも、今の時点でブラドの死の謎を解いてくれるなら、それに越したことはないが」


 そうしてキジーツと俺に視線が向けられるが、両者とも無言。

 何も、謎を解く糸口すら見つからなかった。

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