突入(2)
何かあったらすぐに引き返す、という条件で俺達は地下八階の下見に向かう。
「モンスターは相変わらずメタルクラブとブラックスライムか」
呟きながらエニが鋼鉄の蟹を蒸し焼きにしていく。
俺はそんな芸当はとてもできないので、エニの逆に氷魔法で攻撃する。蟹の全身が薄く氷で覆われていくが、動きが鈍くなるだけだ。しぶとい。
「ひゃー凄いね、専門でもないのに、無詠唱でそのレベルなんて。マーリンの後継者って噂もあながち単なる噂じゃないのかな」
大げさに驚きながら、モーラがそのメタルクラブの甲羅を叩き割る。
「おっと、どうも、助かりました」
「謙虚な子だねー」
見た目幼女のようなモーラに子、と言われるとかなりの違和感があるが、多分年上なんだろうと納得する。
「おい、お前ら、俺に背中から近づくな」
気づかないうちに俺とモーラはブラドの背中に近づいていた。そして、それを振り返りもせずに察知するブラド。
「ああ、ごめん。うち、うっかりしてた」
素直にモーラは謝って飛び退く。
「相変わらず神経質ねえ」
とこっそりと俺にだけ耳打ちする。
「古い付き合いなんですか、ブラドさんとは?」
「ま、うちが駆け出しのディガーだった頃からね。あの時は、自分が冒険者になるなんて思ってもなかったなあ」
「へえ」
「けど、考えてみればいずれ冒険者になるのは決まってたのかも。だって、そもそもディガーになったのだって、掘り出したかったからだし」
「宝を?」
「ううん」
モーラはにっと笑って、
「夢を」
「随分、ロマンチストですね」
「二人とも、仲よさそうね。こっちが必死でモンスター退治してる時におしゃべり?」
いつの間にかモンスターは全滅して、俺とモーラを見てエニの目じりがぴくぴくと痙攣している。
やべっ。
「いいじゃないか、さぼってくれた方が、俺の斬る分が増えて助かる」
そこに意外なところから助け舟が出される。いや、助け舟か、これ?
ヘンヤだ。刀身にへばりついたモンスターの体液を刀を振って落としている。
「何、あんた、そんなにモンスター斬りたいわけ?」
口出しされたのに怒ったのか、エニが皮肉な口調で返すと、
「それも修行だ」
にこりともせず、冷たく粘ついた目でヘンヤが言う。
そのヘンヤを、後ろからウォッチが無表情に眺めている。
「君達、それより、ここを見てくれ」
妙な雰囲気になった俺達に、ハントが声をかけてくる。ジンと何やら相談しながら、しきりに前にある一方通行の壁を見ている。
「どしたの?」
モーラが小首をかしげると、
「この先、どう見ても一本道なんだよ。で、先には階段が見える。ってことは、この一方通行の壁を通ったら、そのまま地下八階に行くしかないってことか?」
ジンが疑問を口にする。
一人、いつの間にか既に離れて壁に背中を預けていたブラドが、
「ああ、そこか。そこは確かにそうだ。地下八階にいったん降りないと戻れない構造になっている」
「一度降りてから別の階段から上がるってことか? けど、ここ以外に階段なんて」
「ジン、冗談だろ、お前、何年冒険者やってるんだ? そっちの階段から上がったら、一方通行の壁がすぐにあるんだよ」
そうか、あの壁は通れる方からは半透明。逆からはただの壁だったな。それじゃあ、そっちの階段が隠されていてもおかしくはない。
「ブラド。この下はどうなっている? すぐにその階段から戻れる構造になっているのか? モンスターは?」
矢継ぎ早にハントが情報を確認しようとするが、
「さあて、どうだったかな。このダンジョン潜ったのはかなり以前だし、はっきり言ってよく覚えてない。地図作成担当者が六階で妙な死に方したせいで、地図も残ってないしな」
地図、と言われてはっとする。
そう言えば、地下五階まではハントが地図を確認しながら潜ってきた。だけど、五階より先は地図がないのか。だとしたら、攻略しながら地図を作成しないと。
「ちなみに今このタイミングでなぜか慌ててる阿呆がいるが、地図は俺が作ってるからな」
ジンが横目で冷やかに俺を見下す。
「ああ、さすが万能の冒険者。地図作成能力も高い君がいて助かっている」
如才なく持ち上げてから、ハントは懐中時計で時間を確認する。
「ふむ、やはりここはキャンプに戻って、明日改めてここから先に向かうということにしよう」
依頼主の代理人であるハントの意見に誰も逆らうことはなく、そうして引き返すことが決まる。
ふと、キジーツを見る。相変わらず動じる様子もなく、ただただ皆の動きに従っている。
目が合う。そして、俺は怯えて目を逸らす。羽飾りの間から見えた、キジーツの目。不思議そうな目だった。屋敷で蜂蜜酒を飲んだ時のような。
だが違う。ようやく分かった。不思議そうに見えたのは、あの目があまりにもまん丸く見開かれていたからだ。しかし、あれは見開かれているんじゃあない、あの状態が通常なんだ。
あれは、人形の目と同じだ。丸い、ガラス玉の目。
キャンプに戻ると、手慣れているジンの指揮のもとで俺達は働かされる。
といってもテントの設置や、たき火の準備、そして簡単な調理くらいだ。火は専門家だけあってエニがすぐに準備をして、その火を使って携帯食料を煮て作ったおじやのようなものがすぐに出来上がる。薬の調合のように真剣な目をして水と携帯食料の分量を確認していたシロナが少し面白い。
「よし、じゃあ食事にするか。ハントは、貴族様だからこんな粗末なもんは口に合わないか?」
ジンが頬を歪めるような笑いを浮かべると、
「馬鹿な。確かに貴族ではあるが、一応は冒険者なんだ。むしろ食事が温かいだけでもありがたいということくらいは分かっているさ」
苦笑してハントがたき火のところまで寄ってくる。
「せめて食器くらいはと思って、家のものを持ってきた」
ハントが荷物袋から取り出したのは銀の椀だ。
「ひええ、豪華」
モーラが背筋を伸ばす。
「キジーツ、ブラド、一緒に食べようよ」
既にその二人以外は全員たき火を囲むようにしている。
エニが誘うと、二人もゆっくりと近づいてくる。
「俺の使う椀は、これだ」
ブラドは、近づいてくるなり、無造作に数多くある銀の椀の中から一つを掴み、
「俺が自分でよそう」
と鍋からおじやをよそう。
鋭い目でそのおじやを、そして一瞬のうちに俺達の顔を窺いながら。
いきなりの行動にぽかん、とするが、一瞬遅れてその行動の意味が理解できて、俺は震える。
毒だ。
こいつは、俺達に毒を盛られることを警戒しているんだ。
キャンプで、仲間との食事。ダンジョンの中で唯一といっていい心安らげる時間のはずだ、本来ならば。
それを、ここまで警戒するなんて。
一体、こいつはどんな経験をしてきたのか。
だがそんなブラドの態度には慣れているのか、誰も動揺することもなく、最初にブラドが始めたやり方で全員が食事をよそう。
シロナ、エニ、ハント、ジン、モーラ、キジーツ、ヘンヤ、ウォッチ。
「あれ?」
遠慮して最後まで待っていたら、俺の分の椀がない。
「ああ、済まない。椀の数が足りなかったな。まあ、一人なら大丈夫だろう」
とハントが意味不明なことを言う。
「え?」
「直接鍋から食べればいいじゃないか」
というわけでなぜか俺だけ、でかい鍋にスプーンを突っ込んで食べることになる。
「いただきまーす」
とモーラが先陣を切ってがっつきだす。その小さな体のどこに入るのかという勢いでおじやを食べていく。
俺も食べ始める。ううん、味が薄い。贅沢は言えないが。
ブラドは全員が口をつけたのを見てから、ようやく食事を口に運ぶ。
どこまでも慎重な奴だ。
食事は滞りなく終わり、食器を洗うのは俺の役目になった。
理由は簡単で、水と風の魔術については俺が一番うまく扱えるからだ。
もちろん、貴重な飲料水を無駄にするのではなく、ダンジョン内の水分を集めて、汚れを少量の水と一緒に風圧で削ぎ落すようにして洗う。
魔術が得意だ、というのをこんな形で役に立てるというのが少し情けないが。
さて、後片付けも終わり、シロナの薬の調合やモーラやヘンヤの武器の手入れ、エニの火薬の詰め直し等が終わり、誰もが寝床に着くことになる。
男女に別れてテントに入ろうとする時点で、俺は目を見張る。
ブラドは、テントの中にある寝袋に向かおうとしていない。キャンプの片隅に、背負っていた鉄の箱を下ろしている。
「な、何を?」
思わず俺が訊くと、
「寝床の準備だよ」
平然と答えると、ブラドはその鉄の箱を、まるで棺のようなそれのふたを開ける。
大剣を箱の傍らに置くと、その中にブラドが潜り込む。棺のような、というよりも、棺だ。
「そ、そ、それって」
それきり、俺は何を言っていいか分からず絶句する。
「分厚い鉄の箱だ。おまけに、中から鍵がかけられる。一人用の要塞だ。寝首をかかれる心配もない」
不敵に笑うブラドの、その猜疑心警戒心の異常さに俺はたじろぐ。
「く、空気も入らないから窒息死するんじゃない?」
ようやく出たのはそんな質問で、
「空気穴くらいはある。もちろん、そこから攻撃なんてされないように込み入った構造になっているから心配するな」
そしてブラドはふと表情を殺して、
「ヴァン。俺を殺そうと冗談でも思うなよ? その素振りの欠片でも見せたら、俺はお前を殺す」
無言で、俺は逃げるようにテントに入る。
「ん、どうかしたか? 顔色が悪いぞ」
皆で雑魚寝をするようになっている。
寝袋の中にまで刀を持ち込み、抱くようにしているヘンヤが俺の顔を見て言う。
「い、いや、ブラドさんが変な寝方するから、驚いてさ」
「ああ、あれは昔からだ。寝ている間も安心できないんだろう」
かつて弟子だったハントが何でもないことのように言う。
ふと見れば、あの羽飾りのまま寝袋に包まれて、キジーツが既に寝息をたてている。
それで、何だかびびってしまった自分が急にバカバカしくなってくる。
「ああ、俺も寝ようかな」
「そうしろ。明日も大変なんだからな。このペースなら、明日はとうとう地下十階、ブラドが行った行き止まりの地点まで進むことができる」
鎧を脱ぎ終え、簡単な服装になったジンが寝袋に潜り込む。
「楽しみだ」
ぽつりとハントが言って、それきりもう誰も喋らない。ウォッチももう寝ているらしい。
これ以上起きていても体力を無駄に使うだけなので、俺も眠ることにする。
女性陣はまだ起きているのかな、なんてことを思いながら意識を手放す。




